カグラバチ
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風邪をひき一時はどうなるかと思ったが、千鉱は快方に向かっていた。
まどろみの中、千鉱がそっと手を伸ばすと、傍らにいた三人が自然とその手に触れる。温かさが互いに伝わり合う。
千鉱の寝息が夜の帳に溶けていく。小さな胸が、静かに上下していた。
六平がその様子を眺めながら、微かに目を細める。柱に凭れ、窓の外を眺めながらどこか呆れも含ませ告げた。
「それにしてもお前たち。全力すぎるな……」
薊、柴、みこと、六平――四人は互いに視線を交わし、微笑む。誰も言わないが、確かに感じていた。それぞれが何も言わず、頷く。
静寂の中、六平は再び外に視線を向けた。
「……なあ。もしも、」
窓の外で、風が枝を鳴らした。
六平がぽそりと呟き、外を眺めたまま言葉を詰まらせた。
いつもとは違う雰囲気を纏った六平に三人が視線を向ける。六平は遠くを見つめ、どこか儚げな様子だった。
息をつき、肩の力を抜いた六平が三人の方に顔を向けた。
「もしも、俺に何かあった時は――千鉱を頼む」
六平が言葉と告げると同時に、風が吹き抜けた。木々のざわめきが、それぞれの心を反映しているようであった。
「何言っとるんや六平」
「何かあったら、って何よ」
「そうだよ六平。急に」
「そもそも、何で貴方が先にいなくなる前提なのよ」
「まあ確かに六平が一番おっさんやけど」
「おい。俺達大して変わらないだろうが」
「何かって言っても、その時は私たちも何かあるんじゃない?」
「僕たちは一蓮托生だからね」
うんうんと三人が頷き合う。みことが少し考える様子を見せ「けど現状さ」と言葉を告げる。
「なんやかんや神奈備と一番バチバチだったり、色んな所から恨みかってるのは私だろうし。真っ先にいなくなるなら私じゃないの……って、あれ?けどそうなったら、結界はってるし六平がピンチになるからまずいのか」
「アホぬかせ。俺やって別に神奈備とはうまくいっとらんし、色んなとこにちょっかいかけとるわ」
「まあ皆それぞれ危険とは隣り合わせではあるね」
各々の現状を振り返り、今も命の危険があるのは事実。誰がいつ、というのはあまり考えたくはないが、その可能性がゼロでないことは確かであった。
「とまあ、六平は何か言うても台所爆発とかやろ」
「この前ホットケーキにチャレンジするとか言って暗黒物質生成してたもんね」
「うわ、それなら食中りも心配だ」
「いやあれはあれでなかなかいけたぞ」
「あれ出されたときのチヒロ君の顔が忘れられない」
「今度柴と薊にも振舞うとするかな!」
「拷問やんけ」
「遠慮しておくよ」
ドン引きという言葉がぴったりな様子で身を引く二人に遠慮するなと肩を叩く。笑い合う中で、あれ?結構真面目な雰囲気のつもりだったんだけどな、と六平は思うが、きっとこれらはみことたちの気遣いでもあるのだと察した。
自分が生きている限り、ここにいる誰一人として死なせない。お互いがお互いをそう考えている。
「……父さん?何を騒いでるの」
「チヒロ!起こしちまったか悪いな」
「六平声デカいねん」
「いや柴も十分うるさかったと思うよ」
「チヒロ君顔色ちょっと良くなったね。まだ寝てていいからね」
「よーし父さん子守歌でも歌っちゃうぞチヒロ」
「子守歌なら俺も得意やねん」
「そうなの?柴が得意とか初耳なんだけど」
「今から得意になったる」
「……」
「じゃあ僕は太鼓でも叩くかな。仕事でも使うし」
「薊はあれ叩いてもらっているんじゃないの」
「よし。ではみなさんご一緒に!」
「……父さん、何で子守歌で合唱しようとしてるの」
つい先ほどまで静寂に包まれていたのが嘘のように、各々が自由にてんでバラバラな曲を歌ったり叩いたりしはじめる。千鉱はその不協和音であっても、それぞれが自分のために行ってくれているというのも分かっていた。
だがしかし、
「……うるさい」
病み上がりの体にはつらかった。
千鉱はすぽりと布団を引きあげた。
「あー!チヒロ!なぜお布団にお顔ないないするんだ!」
「みことたちの声がうるさすぎたんだと思う」
「いや、薊もでんでん太鼓でどうしたらそんな音ならせるのって位すごかったよ」
布団に隠れてしまった千鉱に対し、大人たちが焦りながら再び騒ぎだした。
やれ音を外したとか、やれ曲の選択が謎だとか、やれ妖術を使ったんじゃないかとそれぞれが言い合う。妖術、と聞いてみことが閃いたとばかりに指をさした。
「あ!そもそも薊の妖術でチヒロ君の血行よくしてあげたらよかったんじゃない?!」
「確かに!」
「チヒロ君お布団から出てきて!」
「おやすみなさい」
「「「チヒロ君―!」」」
「……お前らに託すの、ちょっと心配になってきたかもしれない」
こんもりと丸くなっている布団に向かって嘆く三人の姿を見つめながら、呆れたように六平が独りごちた。
けれど先ほどの声音といい、布団から微かに嬉しそうな雰囲気を感じる。千鉱もきっと分かっているのだろう。
守る対象がいる限り、戦いは終わらない。
戦争は終わった。だが、妖術が世に明るみになったことで新たな混乱が生まれているのもまた事実。
世界は平和になったわけじゃない。ただ、騒ぎ方が変わっただけだ。
それでも、こんな日常の中にある、ささやかで確かな奇跡が、彼らの心を満たしていた。大きな戦場よりも、ずっと意味のある戦場であった。
六平は窓の外を見た。夜は、静かだった。
四人の大人と一つの小さき命が静かな戦いと笑いの中で、日常は続いていく。
大人たちの過保護は止まらないが、それこそが愛情の証でもあった。
千鉱の笑顔こそが、何よりの戦果であり――みこと達の光だった。
