カグラバチ
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『助けてくれ』
六平から送られてきたその一文が、みことの背筋を凍らせた。
結界に異常はない。周囲へ警戒を強めながら六平の隠れ家へ歩を進める。
玄力を薄く周囲にはりめぐらして探索をするも、異常は感じられない。
今日は刀を打つ音がせず、あたりはシンと静まり返っている。背中に嫌な汗がにじんだ。
ふと風が起こり、目の前に柴と薊が現れた。
「みこと!」
「柴、薊」
柴も薊も珍しく狼狽の色を隠せていない。薊は柴に掴まれて飛んで来たのか、つい先ほどまで仕事をしていましたという風体であった。
「僕たちもメッセージをうけて急いで駆けつけたんだ」
「結界に異常があったらすぐに察知できるようにしとる。やけど、その気配はない」
「うん。今も周囲におかしな気配はないよ」
「神奈備本部も特に怪しい動きなし」
声量を落とし気配を隠し、短く報告しながら三人は六平の家に駆け込む。異常はない。それがかえって不気味だった。
玄関口に三人がたどり着くやいなや、扉が勢いよく開いた。
目の前に立っていた人物に三人はほっと胸をなでおろし、警戒を薄めた。
――六平は無事だ。
ほっとしたのも束の間。六平が拳を握り、微かに震えている。その様子にただ事ではないと三人は再び固唾をのんだ。
「チヒロが、」
ぽつりと告げられたその一言に三人に緊張がはしる。六平の瞳にはわずかばかりに涙がにじんでいる。
「チヒロが……!」
六平の言葉を最後まで聞く間もなく、三人は失礼すると告げ、足早に中に駆け込む。部屋の扉を前にして、三人がそれぞれ目配せをした。「正面」とだけみこと告げると「右」「左」と柴と薊が続けた。
みことが頷き、扉を開ける。
各々がいつでも敵がいた場合に即時殴れるように躍り出た。
「「「チヒロ君!」」」
部屋は静かで三人の揃った声だけが大きく響いた。敵らしきものは見当たらない。
三人が疑問を浮かべながら部屋を見回し、ソファに目をとめた。
千鉱がソファの上で小さく丸まっていた。
息をしている様子をすぐさまとらえ、安堵したが、千鉱の顔色は灰色に近く、唇は少し紫色だ。寒そうに小さく震えている。三人の目が同時に、鋭く光った。
「チヒロがぁああああ!」
六平が走って部屋に飛び込み、先ほどの三人の声量を優に上回る声で涙ながらに叫んだ。
「まさか刺客に毒でも……!?」
部屋の空気が一瞬震え、三人の気配が一斉にとがった。
丸くなっていた千鉱はけほけほと小さく咳をし、薄目で心痛な面持ちをしている三人の方に視線を向けた。
そして、そんな千鉱の口から出たのは、思いのほか平凡で、少し可愛い一言だった。
「……風邪、ひいた」
ズゴーッ、と三人の心が音を立てた。
緊張はまるで爆弾が弾けたかのように崩れる。
「紛らわしいんじゃあ六平ぁ!」
「うわ熱っ!これは大変だよチヒロ君!」
「六平!布団にちゃんと寝かせろ!」
「けど命の危機だろう!?チヒローー!死ぬなーー!」
「うるさいっ!」
「チヒロ君布団に運ぶで」
再び千鉱が咳を咳をひとつするだけで、三人の動きは戦場のようだ。
「窓を開放!空気清浄機全力で稼働!」
「ブランケット三枚、いや四枚重ねろ!」
「チヒロ君、体温計!水!あと食べ物は卵かゆでいい!?」
柴に抱えられた千鉱は汗を拭きながら、困惑の顔で苦笑する。
「いや……そこまでやらなくても、」
「守るべき存在がいる以上、油断は許されない!」
命の危機だと思った事件は、意外と小さな風邪騒動で終わった。
千鉱はため息をつきつつも、少し嬉しそうに笑う。
「皆さん、やりすぎですよ……でも、ありがとう」
その日、六平の隠れ家は、戦場よりも騒がしい看病部屋となったのだった。
