不動峰の日々
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――幽霊。辞書には、死者のたましい。死後さまよっている霊魂。恨みや未練を訴えるために、この世に姿を現すとされるもの。亡霊。また、ばけもの。おばけ。といったものが出てくる。
私が見ることのできるこの世ならざるものは、一般に心霊番組等にでるような髪が長くて青白くて目が恐ろしくてといったおどろおどろしいものでなく、普通の人と同じような姿をしている。ただ、背中には金色の鎖があり、それは縫い付けられているように地面につながっているのだ。以前それに触れたときは、暖かくも冷たくもなかった。
あれは昨年のことだった。
自分が見えているものは他の人には見えないと分かり、幽霊に関して完全に口を閉ざした私はこの不動峰で普通の中学生活を送っていた。
「それでさ、テニス部が来るから今日は逃げようってなってさー」
「ほんとに困るよね、あの部活。何とかなんないかなぁ。あ、そういえば話変わるけど今度転校生来るらしいよー」
帰り道の友人らの他愛のない会話を聞きながら、ふと視線を道の先にうつす。
「ねえ。私のネックレス知らない?あれ大切なものなの。ねえ」
必死に通りかかる人に声をかける女性。しかし通行人はまったく反応せず、視線もあわさず過ぎていく。
それもそうだ。
彼らは本当に見えていないのだから。
「ねえ、見えないの。誰か気付いて……。大切なものなの。あの子も悲しんでいるわ」
幽霊の嘆く声を聞くたび、胸が押しつぶされそうになる。一般の幽霊ってもっと怖いものではないのか。なぜ私の見る幽霊は、こんなにも切ない思いを抱える人ばかりなのだろう。
声をかけようか逡巡していると友人の一人が私に声をかけてきた。
それに返事をし、私は幽霊の女性の横を、通り過ぎた。
罪悪感を胸に抱きながら。
家に帰り、机に向かうが、集中できない。
今まで小学生の時は活動範囲も限られていたし、そんなに目にすることもなかった。中学生になり、それなりの活動範囲になってからは幽霊を目にする機会が増えたと思う。
幽霊が求めているのは、決まって些細な願いだ。だいたいが亡くし物だったりする。それを渡したりして願いが満たされると、光に包まれ消えていく。いわゆる成仏。
小さい頃、遊んでほしいと願う子にお家で遊ぼうよと言ったら、「ここから動けないんだ」と言われたのでその場で一緒に遊んだ。その後、「ありがとう」と笑顔と共に消えていった。母が迎えに来た時、一人でこんなところで何しているのと呆れられた。
幽霊は地面と背中をつなぐ鎖で移動範囲が決まっていたんだ、と今更ながら思う。
時折、みえる幽霊が自然といなくなっていることもあった。なぜいなくなっているのかは分からない。何かやはり幽霊にも幽霊界のルールでもあるのだろうか。
勉強しようと机に向かったのに考え浮かぶのは幽霊のことばかりだ。
特に今日すれ違った女性の声が離れない。
「あー!もう!」
仕方ない。行くか。
頬をぱちんと両手で挟んで気合十分。
母に出かけることを伝え、向かうは、あの帰り道の女性のところ。
女性は変わらず必死に声をかけていた。
「あの、ちょっと」なんて声をかけると、女性はものすごい勢いでこっちを見た。
ちょっとその勢い怖いんですが。
「あなた、私が見えるの?見えているのね。ああ嬉しい。神様ありがとう。お願いがあるの。ネックレスをなくしてしまって」
悲しくて悲しくてたまらない顔をしていた女性が、驚愕ののちに天を仰ぐように微笑みの表情になる。
矢継ぎ早に言われその勢いに圧倒される。
「はあ。まあ。そのネックレスでしたっけ?何か覚えありますか?」
「前にあの子が住んでいたお家にあると思うの。あの子ったら引っ越しのときに、忘れていってしまったみたいで。ずっと離さず持っているって言ったのに。あの子もきっと嘆いているわ。お願い。あの子に届けてほしいの」
成程。自分に届けてのパターンではないこともあるみたいだ。
「その、あの子っていう方が住んでいたところはどこです?」
私が尋ねた後、幽霊さんはついて来てくれとと言われ案内された家はすぐそこだった。
真新しい表札には『橘』と書かれていた。
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