Pokémon短編
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耳を近づけたらミシリと軋む音がしたに違いない。手に持っている携帯用ゲーム機が悲鳴を上げている気がする。君に罪はない。だが、今は力む自分の手を抑えられなかった。
真っ暗になった画面といくらの賞金を渡したという表記にわなわなと震える。
「絶対チートでしょコイツ!なんなのもう?!チャンピオンでお金持ってるくせに敗者から1万円以上かすめ取るとか許せないわ!」
「なまえさん、なに騒いでるんですか」
「見てよグリーン君!」
叫んだ私に対して、優雅に座っていたグリーン君が呆れたような声で指摘をしてきた。そんな彼にずいっと画面を見せる。私の勢いに、呆気にとられたような表情を浮かべている。
「一回目はこんなんじゃなかったよね?!余裕で勝ちだったのよ?!ふふふ、日頃の恨み、けちょんけちょんにしてやる!って意気込んでもう一度挑んだら、なんかレベル上がってるし。プテラいなくなってるとか信じられない!」
「というより。それ、何です?」
「え、これ?皆をモデルにしたゲームだけど?」
ちなみにこれは2作目のリメイクね、と告げると、さらに訳が分からんという表情を浮かべていた。共に旅をするポケモンを決めて、自分がこの世界の主人公になってジム戦に挑戦しつつ色々なストーリーを楽しむ。そして、バッジを集めたらセキエイ高原にあるポケモンリーグに挑む。現実と同じ感じだ。ストーリーを楽しむのもよし、育成を楽しむのもよし、楽しみ方は人それぞれ。
「あ、ちなみに過去作ではちゃんとグリーン君の『バイビー!』『ボンジュール!』もあったりするよ」
「……」
「『このおれさまが せかいで いちばん! つよいって ことなんだよ!』」
「やめろ!」
私が高らかに告げると、グリーン君が立ちあがり私の手からゲーム機を没収した。ちこちこと感心しながら見ている。
「急に静かになったから何かと思っていましたけど、そんなことしていたんですか。……にしても相変わらず、手持ちは化石ポケモン」
「当たり前でしょ!この作品はシンオウとかイッシュ、カロス、ガラルの子たちはいないけど」
私の手持ちを確認したのか、オムナイト、プテラ、ユレイドルなど呟いていたグリーン君が全くとため息を溢し私にゲーム機を返してきた。また後でやろうと一度レポートを記し電源を切った。
そう、私が大好きなのは化石ポケモン。
太古の歴史を感じるあの風格、あの見た目、その愛くるしさ。復元してすぐは戸惑いを浮かべているあの子たちが徐々に心を開いてくれて、各々の表現で愛情表現をしてくるのは毎回心臓発作を起こすレベルで萌える。全てが私のツボだ。
そんな化石ポケモンを求めて、いくつもの山や海を渡り歩いてきた。私にとって宝庫と呼べるシンオウ地方の地下通路では、潜り倒し、あまりにも私が出てこないから遭難と思われてトウガンさん親子に捜索されたりしたのもいい思い出だ。
各地方の化石復元所にも通った。愛する化石ポケモンちゃんたちと共に、ほとんどの地方の山は制覇してきた。
だからこそ。だからこそ、なのだ!
「シロガネ山にも、化石があるかもしれないじゃない!」
「いや、ないと思いますけど」
「それはグリーン君の化石センサーが鈍いだけかもしれないじゃない!」
「なんです化石センサーって」
「とにもかくにも!シロガネ山に行きたいです!」
「だからあそこはチャンピオン戦に勝った人しかダメですって。毎回ここに愚痴りに来ないでくださいよ」
「シロガネ山がそれなりに近いんだもの」
それにグリーン君はチャンピオンになったことがある。あわよくば連れて行ってくれるかもと一度カチコミに来たのが、ここによく来るようになったきっかけだ。一回も頷いてくれないけれど。
そう。私が渇望するシロガネ山探索。強いポケモンが出るとの噂で、実力のある人しか行けない。それも、リーグチャンピオンになるというとんでもない代物だ。
「ワタルもワタルよ。幼馴染みなんだから、シロガネ山の入山特別許可出してくれてもいいのに」
「勝たなくていいんですか」
「そりゃ悔しいけど、シロガネ山の化石のためならば!」
無言でこちらを見てくるグリーン君。もう何を言っても駄目だこの人という心の声が聞こえた気がした。だが気にするものか。
四天王の人たちは突破できでも、その後に待ち構えている幼馴染みのワタルに毎回負けるのだ。そしてまた四天王の最初から。その繰り返しのせいで、最近はもうカリンあたりが憐みの目線を送って来るようになった。一番しんどいシバさんと戦ったあとのその視線は心にくる。イツキ君の仮面越しからも、何となくそんな視線も伝わる。絶対仮面の下はネイティオみたいな顔をしていると思う。キョウさんに至っては、お茶まで出してくれるようになった。
「なまえさんの実力なら、チャンピオン戦のワタルさんに勝てそうですけど」
「勝てないのよ。あいつの手持ち、相棒のカイリューちゃん以外にも、サザンドラとかボーマンダとか、ガブリアスとか強いのばっかりだし。挙句ギャラドスとかバンギラスとか出してくるし」
はじめの頃はワタルの大好きな破壊光線をぶっぱされていたが、最近は何か見事なまでに私の相棒たちである化石ポケモン絶対倒すパーティで来ているから困ったものだ。ほんと何なのあいつ。ゲーム内で改造厨疑い出ているけど、本当に現実でもなんかやってるんじゃないの。
「……え、ちょっと待ってください」
「?」
ブツブツとワタルへの毒を吐く私に、グリーン君が驚いたような顔を浮かべる。珍しい彼の表情に疑問がわく。
「チャンピオン戦って、チーム固定のはずですよ?」
「……は?」
「いや、まあ実力に応じて多少変わることもありますけど、そんな毎回違うってことは無いはずです」
「……え?」
ちなみにワタルさんの手持ちは何でしたか?とグリーン君に問われ、ここ最近戦った手持ちを思い出しながら伝える。ポケモンの名前を挙げるほど、グリーン君の口が開いていく。なんか愉快だな。
「いや、なまえさん。それ、」
「なまえ!やっぱりここにいたのか」
グリーン君が何かを告げようとしたタイミングで聞きなれた声が聞こえた。この声は。
後ろを振り向くと、予想通り逆立った赤髪が特徴の彼がいた。
「ワタルさん」
「グリーン。なまえがいつもすまないね」
「ほんとですよ。早くこの人連れ帰ってください」
「グリーン君!」
私を売るのか!と嘆く私をワタルが帰るぞと、手を引いてくる。いや帰るって言っても、貴方と私が帰る場所は別々ですから。それに、グリーン君がさっきなんて言おうとしたのかとてもとても気になるんですが。
グリーン君に視線を向けると、呆れたようにため息を溢し、口パクでバイビーと言ってきた。グリーン君よ、さっきはすまなかった。だから見捨てないでくれと目線を送るも無駄だった。
「それからワタルさん、ちゃんとチャンピオン戦してくださいよ」
じゃないと、いつまでたってもその人ここに来ますよ。そう告げたグリーン君。その人って私のこと?ワタルがぴくりと反応した。
ちゃんとチャンピオン戦をしろとは?まさか。
「ワタル!もしかして、ゲームの中だけで飽き足らず現実でもチートしてる?!」
私の腕を掴んでいた彼の手を掴む。ワタルの顔を見ると、叫ぶ私の言葉はどこ吹く風か、何のことだろうなといった感じでいる。あ、この顔は、完全にシラをきろうとしている!
「まさか、本来覚えられない技を覚えさせてたり?!」
「していない。というより、技を覚えるのは育て方次第のところもあるだろうに」
「なら、持ち物の制限がある中で、持ち物を重複させていたり」
「していない」
「人に破壊光線うったり!」
「……それは、まあ」
「えええ。これだけは冗談だと思ったのに!」
「なまえさんも、ワタルさんも!痴話喧嘩は外でやってください」
「どこが痴話喧嘩よ!」
「……はあ。なまえさん。ワタルさんは本来チャンピオン戦に使わないパーティを使ってなまえさんと戦っているんですよ」
「え?!」
えええ。グリーン君から伝えられた内容に絶句した。え、つまりそれはチートというやつでは?
グリーン君曰く、ワタルが私と戦う時につかっているパーティは、チャンピオン戦のパーティとは打って変わって、ワールドトーナメントで使うような所謂ガチパというやつらしい。
なんてことだ!おかしいでしょ!とワタルへの抗議をする前に、呆れたような疲れたような顔のグリーン君が、チャレンジャーが来るみたいなんでもう出てくださいと、ワタルと私をジムの外に出した。絶対もう関わりたくないだけだわ、これ。
ぽいっと外に出された私たち。チャンピオンであるワタルにもこの対応なあたり流石グリーン君だと感心する。
トキワシティの長閑な街並みが広がっている。いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。私は隣にいるさっきから無言の彼に向き合う。
「ワタル!どういうこと?!」
ワタルに詰め寄るも、涼しい顔をしている。だが、取り繕ったような顔だ。内心はどこか焦っているような感じが長年の勘で伝わる。
「グリーン君の言ったこと、本当?」
「……ああ」
私と戦う時は、どうやら本来のチャンピオン戦の手持ちではなく、彼の本気の手持ちでいたらしい。
嘘でしょう。絶句ものだ。ワタルが本気を出したら、どんな実力かは痛いほど知っている。今まで切磋琢磨してきた。それこそ駆け出しのトレーナーの時から。幼馴染みでライバル。彼はドラゴン軍団、私は化石軍団。お互いのパートナーたちを見せ合いながら、共に成長してきた。飛行タイプが多いワタルと、岩タイプが多い私。タイプ相性は私の方が有利であることは多かったが、ワタルの持ち前のバトルセンスで当時の勝敗は五分五分だった。
彼は四天王のリーダーから、チャンピオンへ。私たちの実力は、私が各地を放浪している間に気が付けば大きく差が開いていた。ずいぶんと遠くの存在になってしまったと思った。だからこそ、再びこちらに戻って来た時、かつてのライバルとして私も実力をつけようと必死でパートナーたちと特訓をした。けれど、彼の輝かしい噂を耳にするたびに自身のちっぽけさに惨めな気分になって、ここにいるよりも、とまた他の地方へ化石探しへと赴いていた。
そんな中で、本当に久しぶりのバトル三昧の日々だったのだ。
「……そんなに、私に負けるのが嫌だった?」
「違う。いや、そうだな」
肯定されたことに、どこか心に冷たい風が吹いた。
かつて共にバッジを集める旅に出た時、私が勝つこともあればワタルが勝つこともあった。けれど、勝ち負けよりもただただお互いが全力でぶつかるバトルが楽しかった。
今回、シロガネ山に行きたいのはもちろんだ。リーグに挑戦したきっかけはそれだったから。けれど、何度負けてもリーグに挑戦し続けたのは、正直言ってワタルとのバトルは楽しかったのもある。むしろそれが大きかったかもしれない。
私に負けるのが嫌だと言ったワタル。チャンピオンとしての日々を、勝たなければならない日々を送る中で、勝ち負けに拘らずにただバトルを楽しんでいたあの頃の幼馴染みはいなくなってしまったのだろうか。
自分だけが、今までのあのチャンピオン戦を楽しんでいたのだろうか。
無言になり俯く私に、ワタルが静かに言葉を落としてきた。
「なまえは勝利したら、もう俺の元に来てくれないと思った。シロガネ山に行って、それからまた他の地方に行ってしまうと」
「……え?」
いつもの自信満々の声音はなく、ポツリポツリと紡がれた予想外の内容に思わず驚く。ワタルの方を見ると、困った顔をしてこちらを見つめ返してきた。その瞳には、どこか寂しさを感じられた。
「それに、楽しかったんだ。久しぶりになまえと戦って、あの頃を思い出した。今まで、ずっとチャンピオンとして戦いをしていた。けれど、なまえと戦う時は、あの頃のポケモンたちと共に、ライバルと各地を旅して力をつけていった日々を取り戻した感覚になったんだ」
どこか懐かしむような表情を浮かべるワタル。その告げられた内容に、彼の表情に、思わず目を見開いた。
「ただ純粋に、今までのライバルとしての戦いをしたいと思ってしまったんだ」
チャンピオン戦に準備したパーティではなく、あの頃のように完全に対等な条件で。だが、それは確かによくないことだったな、と空を見上げ自嘲するように告げられた。
「なまえ。君を、手放したくなかったんだ。俺のエゴで、不甲斐ない」
改めてこちらを向いて頭を下げたワタル。ちょっとそんな改められると、私まで悪い気分になった。そんないいからと、思わず私まで頭を下げたワタルにあわせるように軽く身をかがめた。
ワタルが静かに頭を上げ、再び私と向き合う。一瞬目が合うも、気まずそうに逸らされた。
「気軽に声をかけて欲しいのに、君はどんどん離れていくし。今回、シロガネ山に行きたいという理由でリーグに挑戦してきてくれた時、本当に嬉しかったんだ」
伏し目がちのまま、すまないと、また謝ってくる。確かにシロガネ山探索への道を妨害していたのはお𠮟りものだが、理由を聞いて怒ることはできなかった。
なんだ、そうだったんだ。と告げる私に、今度はワタルが驚いた表情を浮かべた。ワタルも私と同じだったのかと知り、思わず頬が緩んだ。
「さっきのワタルの言葉。バトルが楽しかったってのは、かつてのライバルとしてこの上なく嬉しいことだよ!」
ワタルもバトルを楽しんでいた。だからこその本気の手持ち、本気のバトルだった。そんな彼の思いに気をよくした私は、きっと今日一番の笑顔をワタルに向けているだろう。
そんな私と対照的に、ワタルはどこか不満げな顔をした。
ちょっと、どういうことですかね。やんのかこら、と思っているとワタルが口を開いた。
「かつて?何を言っているんだ。今も、これからもライバルだろう」
あっけらかんという彼に思わず固まる。
え。
「いや流石にチャンピオン様とは釣り合わないって」
「なまえ!ほら!君はまたそうやって、俺から距離をとろうとする!」
「でも、」
「でもも、何もない!俺と君とで、何が違うというんだ?!チャンピオンなんて所詮はただの肩書きだ。君は俺の幼馴染みで共に旅をしたライバル。この事実がなくなることはない。それに、この前のバトル、俺は楽しかった。なまえは、俺とのバトルは楽しいとは思わなかったのか?」
「そりゃあ、楽しかったけど」
「お互いが楽しいと思えるバトルができる。それでいいじゃないか。釣り合うとか釣り合わないとか、そんなくだらないことで、離れられるのは御免だ」
息をつく暇もないほど怒涛の勢いで告げてくる内容に、思わずたじろぐ。微かに焦燥感を感じさせ、必死な彼の姿は珍しい。
勝手に私が彼との距離を感じていただけだったのだろうか。いや、私が距離を作っていたのか。
ワタルは、何も変わっていない。
むしろ、私が勝手に彼に引け目を感じていたのかもしれない。
「ごめん。勝手にワタルがどこか遠い人のように考えていた。ワタルとのバトル、私も好きだからさ、またいつでもやろうよ」
「ああ」
私が告げると、ワタルが安心したような表情をする。久しぶりに見る柔らかい表情だ。
「俺は遠くになどいない。今だって、目の前にいるじゃないか。むしろなまえの方が、俺より遠いところにいつもいた」
「それは、化石のためですね」
「本当にそれだけか?」
「うっ。……はいはい、そうですとも!確かにワタルから距離をとりたかったですー!ワタルから逃げましたー!こっちにいると、嫌でも貴方の輝かしい噂を聞くんだもの」
引け目くらい感じるわ、なんて胸の内を吐露する。そんな口をとがらせる私に、ワタルが噴き出した。そんなワタルを見て私も呆れたように笑った。
なんだか急に馬鹿らしくなってきた。
お互いに笑い合う。久しぶりに見た幼馴染みの笑顔に胸が温かくなる。
「という訳で、次のチャンピオン戦は絶っ対に!チャンピオン戦の手持ちできてね!本気のバトルはまた別のタイミングよ」
「ああ。いいけれど、シロガネ山に行くときは、俺も一緒に行くからな」
「って、それじゃあチャンピオン戦する意味ないじゃない!じゃあ今からシロガネ山行きましょ」
「ダメだ。きちんとチャンピオン戦をしてからだ」
「なんでよ?!」
「心配だからに決まっているだろう!」
全く何でそんな危機感がないんだと呆れたように告げるワタル。どこが心配なんだ。全く。
「強いポケモンがいるって噂だけど、ガラルのワイルドエリアみたいな感じでしょう。きっと」
「いや、問題はポケモンじゃないんだ」
「?じゃあ何よ」
「……ホウエンではダイゴと気が付けば仲良くなっているし、一緒に洞窟にこもったりしているし。フスベシティに戻って来たと聞いてすぐに家に尋ねたら、イブキから既にシンオウ地方に行ったと言われるし。挙句、地下通路で遭難したらしいじゃないか」
「え、家に来たの?!ごめん。あと、遭難はしてないからね。それに、ダイゴ君はデボンコーポレーションで化石の復元して貰ったときに知り合って、洞窟に詳しいから色々と教えて貰っていただけだよ」
「石好きのアイツが、化石軍団を連れる君に興味を持たない訳ないだろう!」
「知らんがな!けどなんもないわよ!」
「グリーンとかとも仲良くしているし」
仲良いのか?なんて疑問を持ちながら思い返していたら、急にワタルが私の手を握って来た。
「俺だって!なまえと一緒にいたいのだが」
「……え」
えええ。急にしおらしくなったワタルに、脱力する。
「さっきはこれからもライバルといったが、君がライバルを否定したいなら、いっそのことパートナーでいいか」
「ちょっと待って!」
うんそれがいい、なんて独りで不穏なことをブツブツと言っているワタル。
まさか、グリーン君が痴話喧嘩と言ったことといい、シロガネ山に行かせたくない、いっそのことパートナーでって、そういうこと?
『それとも いまから シッポ まいて かえるかい!なまえ!』そのセリフが頭に過った。
誰か助けて。幼馴染みが、私の想像以上に重たい奴かもしれません。
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