24 -seasons-
名前変換
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校門の前に見慣れた人影がいた。けど、なんでここに。
その人物を見るだけで、胸がきゅうっとなるあたり自分の乙女の面に微かに苦笑いが浮かぶ。
まるで誰かを待っているかのような立ち姿に、どうしたのかと思っていると、彼がこちらに大きく手を振りセツと名前を呼んできた。
この様子は、もしかして私を待っていた?そんな自惚れのようなことを思わざるを得ない。
「蔵くん」
私が彼の前に行くと、お疲れ様と笑顔で言われる。彼の笑顔は春の日差しのようだ。冬のこの厳しい寒さや、勉強の疲労なんてどこかに忘れさせられる。
「何しよん?テニス部は?」
「いま何時やと思っとんねん。とうに終わっとるわ」
そう言われ、時計を見ると確かにそれなりに遅い時刻になっていることに気が付いた。
陽が落ちるのが少しずつ遅くなってきているとはいえ、今は冬の真っただ中。あたりは暗い。暗がりの中でも彼のほんのり明るい髪は目立つなとぼんやり眺めていると、その端整な顔立ちに笑みが浮かんだ。相変わらずお綺麗な顔をしている。
「相変わらずセツは勉強一直線やな。ほな、帰ろか」
「まさか、ウチのこと待っとったん?」
「おう。あ、待つ言うてもほんのちょっとやさかい。ちょうどええクールダウンタイムやったから気にせんでな。それに、この暗さで女子一人は危ないやろ」
私が待たせてごめんという前に、彼はフォローを入れてくる。ほんとに彼は人への気遣いも上手い。こんな彼がモテるのは至極真っ当だ。
以前、蔵くんはモテるよねと軽く伝えたら、顔だけはそれなりやからな、なんて困り顔で言われた。確かに顔も綺麗だけど、その性格が何よりもモテる理由だと思うのにそれの自覚がないのだろうかなんて思った。彼の困り顔に申し訳なく思い、それ以降は色恋沙汰に関しての話題は避けている。
隣を歩く彼の姿を眺める。今日の部活のことやクラスでの授業の時の話題などがのぼる。
楽しそうに話す彼を見ているだけで、私も口元が緩む。
不毛な恋だとは分かっている。
確かにきっかけはその容姿だったのは否定しない。入学式から彼は輝いて見えた。何をしても様になる彼。そして更に性格よし、勉強よし、運動よし。笑いのセンスは変なときはあるけど、それはそれで面白いからアリだ。白石蔵ノ介という完璧な存在の裏には、凄まじい努力があると知った時には、もう彼に惹かれてやまなかった。
片思いをして、3年。少しでも彼に近付きたくて、それなりに頑張ってきた。運動に関しては普通の域を出られなかったと思うが、勉強はそれなりにいい成績でいられたと思う。それもあり、両親や先生たちから高校は有名な女子校をすすめられた。校風も気に入り、そこを進学しようと思っている私にとって彼と一緒の学校に通うのは、残り3カ月もない。
このままの丁度いい距離感をもって、大切な思い出として胸にしまっておくのも悪くない。そう思っている。
そんなことを思っていたら、ふいに彼と手と手が触れた。
「冷た」
「あ。堪忍な」
「ああ。気にせんで。にしても自分、手冷たいな」
「いつもは手袋しとるんやけどね。今日、忘れてしもて」
私の手の冷たさにびっくりされた。朝少し暖かいかと思ったが夜はやはり冷える。もともと指先は冷えやすい体質だったが、そんなにびっくりされるとは思わなかった。
「さよか!ほな」
「え?!」
彼は何かいいことをひらめいたというような顔をした。そして、私の手を掴んできた。ええ?!
つないだ手を見る。私の激しく脈打つ心臓がこの手を通じて彼にばれないことを願う。
そして彼は私の手を掴んだまま、自分のコートに手を突っ込んだ。
ちょっとなにこれ。どういうこと?!
「ちょ、ちょっと蔵くん?!」
「人間カイローなんつってな。どや?温いやろ?」
「は、恥ずかしいんやけど!」
「まあまあ」
そうからからと笑ってくる。完全にふざけている。
私が彼の手から逃れようとするも、がっちりつかまれている。く、これが男子テニス部の力か。そんなことを呟く私に、彼は更に笑い声をあげた。
「ほな行こか」
そう言い気にせず歩みを進めている。ほんとに、もう。私の気も知らないで!
笑顔を溢す彼に、ため息を溢す。
「これ、まさか皆にやっとんの?」
「お。何や嫉妬か?」
「ちゃうわド阿呆」
「ひど!蔵くん傷ついたわあ」
「自分で蔵くん言うな!」
「大事にしたい人だけの特別や」
そんなことをまっすぐな眼差しで言う彼。それからまたいつもの春の笑顔を浮かべ、楽しそうに話をはじめる。
ほんとに。心臓に悪いのでやめておくれ。
二十四節気 「大寒」
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