24 -seasons-
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暮れていく空を眺めながら、片付けを終える。先ほどまでの熱は、今は冷たい冬の風に塗り替えられていた。テニスコートは静寂に包まれている。
一年のうち最も昼の時間が短い冬至。「日短きこときわまる」を意味するからそう言うんだってことを担任が説明していたのを思い返す。更に担任は、古から冬至の前後になると太陽の力が弱まって人間の魂も一時的に仮死して、そこから再び太陽と共に力を取り戻していくとかなんとか話を続けていた。
終わりがあれば、始まりがあるのが定め。
冬至という太陽の再生と復活を象徴するこの時期。氷帝のテニス部も同じようなときを迎えていた。
いまだにテニスコートに佇み一人空を見上げている人物に、私は近づいてタオルを差し出す。彼は少し驚いた表情を浮かべた。
「若。お疲れ様」
「セツ。まだいたのか」
「マネージャーなんだから、当たり前でしょ」
そうかと彼はタオルを受け取り、また空を眺めている。はじめは空を見ているのはオカルト的な何かを探しているからとか言っていたが、それがいつしか彼の精神統一になっていそうだとここ2年、傍にいて感じている。
寒いのが苦手な彼が半袖でいる。百人組み手を終えた彼の身体はまだ熱を持っているのだろう。風がなくても冷たいこの季節。タオルで軽く汗を拭った若は、私の持っている上着を小さく礼を言いながら受けとる。まだ微かに肩で息をしている。あのような激闘をしたのだ。寧ろ今、若がここに立っているのが信じられないくらいだ。
「跡部部長から、引き継いだね」
「ああ」
「皆で、一緒に新しいテニス部をつくっていこうね」
今日、跡部部長から氷帝テニス部を託すと、お前たちらしい新たなものを作っていけと言われた。そして、マネージャーである私には、若を頼むとも。
今まで2年間、跡部部長だった。圧倒的なカリスマで200人を超える部員を束ねてきた。跡部部長が氷帝テニス部の象徴といっても過言ではなかった。彼がいない氷帝テニス部なんて想像できなかったが、月日というものは平等に、そして無情にやってくる。始まりがあれば、必ず終わりが来るのだ。引き継ぎの話がテニス部内で話題になった頃から、氷帝テニス部全体がどことなく不安に包まれていた。それは、跡部部長という絶対的な太陽が隠れてしまうことに不安だったのだと思う。
けれど、そんな不安を見事に払拭した若。
今日の百人組み手。あれをみて皆が納得し、新たな希望を、太陽を、確かに感じた。終わった時、しばらく誰も動かなかった。そして、ポツリと始まった氷帝コールがテニスコート全体を包んだ時、思わず胸がいっぱいになった。あの氷帝コールは、間違いなく若に向けての、次の代に向けてのものだった。
太陽が沈み、また新しい太陽がやってくる。
二人で今までの氷帝の思い出を語りながら、これからのことについて話をしていく。今日正式に引き継いだが、若はずっと前から今後のことを考えていた様だ。早速明日から取り掛かることなどを次々と話題にのぼる。張り切っている若にの姿に口元が緩む。しかし、頑張りすぎて無理をしないか心配だ。跡部部長はきっと、そんな若の性格も考慮して私に頼んだと言ったのだろう。鳳くんや樺地くんと協力して若が無理しないように支えていこう、そうしよう。
「それからセツ!お前な。跡部さんはもう部長じゃない。氷帝の部長は俺だからな」
部室に戻る道すがら、そういい若はラケットで軽く私を小突いてきた。こら、ラケットは人を小突くためにあるんじゃないとどこぞの部長さんみたいなツッコミを心で入れるが、私としてもつい今までの癖で跡部部長と言ってしまったことを指摘され、しまったと思った。しかし、いささか悔し気にしてむくれっ面をしている若にどこか愛嬌を覚える。思わず笑ってしまった私に何を笑っていると、再びラケットで小突いてきた。
「ごめんごめん。そうだね。日吉新部長かあ。いい響きじゃないの。頼りにしてますよ日吉新部長!」
「ふん。新はいらない」
「いざ全国制覇で下剋上!」
「でかい声で騒ぐな」
私が拳を空に突き上げながら言っている横で、呆れたように溢す若。そんな顔しておきながら、当たり前だろと、ぼそりと呟いたのを私は聞き逃さなかったからね!それに、照れているのも分かる。
そんなやりとりをしていると、帰りの支度を終えてやって来た鳳くんからお疲れ様と声をかけられた。
「聞いてよ鳳くん。若ったら、日吉部長って言ったら照れているのよ」
「照れてない」
「そう言ってー。あ、鳳くんも鳳副部長だね」
「うん。けど、そう言われると確かになんか照れるね」
頬を微かに指で掻きながら照れくさそうに笑う鳳くん。その横で、若もどこか誇らしげな嬉しそうな表情をしている。改めてよろしくね!と言いながら、部室に入る。中では樺地くんがパソコンで何か作業をしていた。3人で樺地くんのそばにいく。資料管理責任者になった樺地くんは日頃の記録を整理してくれているようだ。それを見ながら、若や鳳くんとまた練習メニューについての話になる。
ふと、部室にあるトロフィー置き場が目に留まる。
今年は都大会も、関東大会も、全国大会も氷帝はトロフィーがなかった。
あそこに、来年こそはすべてのを。まだ見ぬ景色をこのチームで見たい。そして、胸をはって跡部先輩たちに向かいあえるように。
真剣に話し合う彼らをみて、来年こそはと思わずにはいられない。
私も氷帝テニス部の一人。マネージャーとして、先輩たちの築いてきたものを守りつつ新たな道を拓こうとしている彼らを、支えていきたい。私ができること、私のするべきことを頭の中で考える。
氷帝学園中等部男子テニス部の新たな日々が始まった。
二十四節気 「冬至」