24 -seasons-
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中庭に枯葉を踏みしめる一つの足音が響く。
肌寒い日が多くなった。朝方に降っていた雨が嘘のように今は晴れ渡っていた。日中はあたたかな日差しが差し込むこの氷帝学園の庭では、紅葉した木々についた露が反射しており眩しく輝いている。
跡部はひっそりと中庭に訪れていた。彼が探していた人物はそこのベンチにいた。何かに集中しているのか、跡部が現れたのには気が付いていない様子だ。
「セツ」
跡部が名前を呼ぶと、かの人物は驚いたように肩を上げ、ゆっくりと彼を見た。
「え?跡部?本物?まさか仁王……って、仁王も合宿中だったか」
驚いた表情のままブツブツと何かを呟くセツに、相変わらずだなと呆れたように跡部は笑った。
「生徒会長だからな。時々戻りもするさ」
「来るなら来るって言ってくれればよかったのに」
「急な用事だった。それに、連絡するより先に会いたいと思っただけだ」
「またそうやって恥ずかしげもなく……」
そうは言いながらも、少し嬉しそうなセツの様子に跡部も微笑む。彼女は座っている場所を少しずらし、跡部が座れるようにさり気なく場所をあける。跡部もそれに礼を伝え、遠慮なく腰掛けた。
久しぶりに互いがそばにいる。穏やかな時間だと跡部は思いながら中庭を眺めていた。隣にいるセツは今までしていた作業を続けながら、跡部に語り掛けた。
「電話でも言ったけどさ。改めて中学生日本代表の大将就任、おめでとう」
「当然だろ」
「オーストラリアにはいつ行くの?」
「12月にW杯が開催だからな。それまでには行く」
「そっか。お土産よろしくね」
「当たり前だ。何なら一緒に現地で選ぶか?」
「私は私で、日本の氷帝でやることがあるのよ。けど、皆のテニスをしている姿はみたいかな」
「俺様はいつでも迎えに行くぜ」
跡部の誇らしげな様子に本当にしそうだな、とどこか遠い目をしている。会いたいとか言った暁にはオーストラリアであろうが普通に来そうな彼に、愛されているんだかどうなんだか、むず痒い思いを隠すようにセツは手の中にある落ち葉に集中する。
「なんだそれは?」
「これ?」
先ほどから何か一生懸命に作っているセツに跡部が問いかけた。彼女の手には複数のイチョウの落ち葉があった。どれも鮮やかな黄金色だ。
「ちょっと待ってね。もうすぐでできるから。……じゃーん!どうでしょう!金色の薔薇です!」
そう言いセツが跡部に差し出したのは、イチョウの落ち葉を綺麗に重ね合わせてできた一輪の薔薇だった。
あげると言われ渡された跡部はその完成度に思わず感心した。
「ほう。なかなかだな」
「昔お母さんに教えてもらったんだ。綺麗でしょ」
「花冠といい、面白いもんだな」
「跡部、花冠知っているの?」
「前に小学生のガキと一緒に作ったことあるぜ」
「ええ?!意外!」
「樺地とだがな」
「それ絶対に全部樺地がやったでしょ」
「俺様もやったさ」
納得したわーとか言うセツの額を小突く跡部。
それから、跡部はイチョウの薔薇の作り方をセツに尋ね、作ることにした。完成したのを彼女は手のひらで眺める。それぞれが作った金色の薔薇。どちらも綺麗に作られているが、並べるとどちらが慣れた人物が作ったか分かる。
「初めてなのにクオリティ高いね。流石。あ、師匠の腕がいいのねきっと」
途中まで褒めていたが、当然といった顔をした跡部に対抗心を少し燃やしたのか。そんなセツの言動に跡部もツッコミをいれながら笑う。
セツはしばらく手のひらにある二輪の薔薇を眺めていた。跡部は再び中庭を見つめる。日差しが温かい。隣に座る存在も己を温めてくれる。今までの合宿の喧騒を離れ、穏やかなひと時に跡部はテニスをしている時とはまた別の幸せを噛みしめた。
ふと、隣に座るセツが己に寄りかかってきた。突然の行動に思わず跡部の胸は高鳴った。先ほど自分の過去のことを少し話したことといい、いつもよりも強く心を許してくれている気がする。
1か月近く傍にいなかった。連絡はとってはいても、手を伸ばせばいる距離にいるのは久しぶりだ。海外遠征が決まり、またしばらく会えなくなると思い、元からするつもりではあった生徒会の仕事の用事を急遽今日にした。それほど、会いたかった。
セツも想っていくれていたのだろうか。跡部はそう思うと、また愛しさがこみ上げてきた。
今まで、こうして積極的に自分から甘えるように身を任せてくれることなどあっただろうか。静かに、そして慈しむように彼女の名前を呼ぶ。
「セツ。俺は、やはりお前が好きだ。しばらく会えないのは寂しいが、俺様の雄姿は必ず……」
そう呟くものの、反応がないことに跡部は疑問を持つ。正面を見ていた視線を、隣に向ける。改めて名前を呼ぶも返事がない。
どうしたのかと顔を覗き込むように見ると、セツは目を閉じていた。
「……寝てんのかよ」
全く呆れるぜお前には、と言う跡部の顔は笑っていた。穏やかな寝顔を浮かべる彼女の頬に軽く指をあて撫でた。
セツが大事そうに手のひらにおさめている二輪の金色の薔薇。跡部もまた、薔薇を包むように彼女の手に己の手を重ねた。
中庭のベンチで寄り添うように眠っている二人の男女。
その様子を微笑ましくもどこか羨ましそうにも見ている人物は、カメラを構えていた。そんな人物に向け、現れた別の人物が声をかける。
「おお!樺地君か。びっくりさせないでくれ。にしてもほら、見てよあの二人。やっぱいい二人だよなあ。羨ましいぜ。あ、これは報道委員の新聞にあげないから安心してくれよ!委員長として、この恋路は邪魔させねえ!」
現像して贈るからな!などと一方的に話をして満足そうに去っていった報道委員の委員長。樺地はその背中を見送ったあと、ベンチで眠る二人を見つめる。
互いが互いに身を預け眠る二人の顔は、幸せそうだ。
二人の手のひらで、二輪の薔薇が風に揺れた。
二十四節気「小雪」
パステル番外編