24 -seasons-
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「これは山茶花だよ」
「椿かと思った」
「ふふ。よく間違われるんだよ。確かに似てるよね」
けれど、よく見てと彼は山茶花の特徴を椿と比べながら話していく。成る程なんて納得しながら足元を見ると、確かに椿と違って花びらが散りばめられている。赤、白、桃色。絨毯のように敷き詰められた花びらを思わず見つめてしまう。
二人で並んでベンチに座る。隣にいた彼が、徐にスケッチブックと簡単な画材を広げた。そう言えば水彩画が好きなんだっけなんて思いながら、少し高台にあるこの公園からの景色を眺める。木枯らしがふくこの季節。近隣の有名な神社には七五三参りに来たのか、和装をしている小さい子供が千歳飴の袋を振り回しながら走っている様子を来る途中によく見かけた。
紅葉している木々を眺めながら、一年があっという間に過ぎていったことを実感する。
今日の部活はお互いミーティングのみであったため、いつもと比べ外はかなり明るい。帰り道に偶然出会い、大事な話があると彼に連れられ、学校の近くにある公園にやって来た。
全国大会も終わり、中学は今は2年がメインで部活をしている。高校も殆どが持ち上がりのため、引退と言うムードはないが、3年の肩の荷が下りているのもまた事実だ。
「ひたむきさ。困難に打ちかつ」
「?」
絵を描いていた彼が突然言葉を紡ぎ、何事かと思い彼を見る。彼もまたこちらを見てほほ笑んできた。
「山茶花の花言葉さ。なんだか、俺達にぴったりな感じだよね」
「困難に、打ちかつ……」
困難。確かにお互いに、一度コートから離れざるを得なかった身だ。彼は病。私は試合中の不慮の事故。
彼は昨年の冬に倒れ、今年の夏に手術をし全国大会に出場した。
一方の私は、昨年の夏、全国大会の決勝で着地に失敗し大ケガをした。エースという立場、なんとしても全国優勝を飾りたかった私は、無理をして試合を続けた。優勝を掴んだが、試合終了と共に倒れこんだらしい。目が覚めたら、全治1年以上、下手したら選手生命の断絶を告げられた。
部長となり、部を全国に導いていくと信じていた。しかし、それができないと分かったとき、それだけでなく選手生命まで絶たれるかもしれないなどと言われ、私は酷く絶望した。
退部も考えたがチームメイトたちが支えてくれた。だが、私を支えたのはそれだけでなかった。必死にリハビリをしている中、病院で出会った彼。
男子テニス部部長の幸村。
共に次期部長と言われていたため、話したことはなかったがお互いに存在は知っていた。一時的に第一線から退いている立場で出会った。共に追試験を受けたりもしたのも、今ではいい思い出だ。
「来年の大会には戻れそうなんだろう?」
「うん。元から全治1年以上とは言われていたけど、まさかほんとに1年たっちゃうなんてね」
「志木さんも戻ってこれてよかった」
「ありがとう。けど、自分の身体がなまっている気がしてしょうがない」
「復帰後は誰だってそうさ。必死でリハビリしているんだ。大丈夫だよ」
「ふふ。幸村に言われると心強いね。ありがとう」
先生からは最速復帰だなんて言われたけれど、1年のブランクはやはり大きい。そして、何よりこの年の大会に参加できなかったことは心から悔しかった。体力を落とさないように、安静の中でできることを探したりしたものだ。
「高校では、一緒に部長をするの楽しみにしているよ」
「だいぶ先の話ですねえ」
頬を緩ませ空を仰ぎ見ながらこたえる。彼と共に部長をする。部長会で顔を合わせ、お互いの部活の大会状況を伝えあったりする。そんな何気ないことが楽しみで仕方がないのは事実だった。
「今回のケガ。大会に出られないのは悔しかったけど、ある意味でよかったなって思うこともあったんだ」
空を見つめたまま呟く。横に座る彼が、手を止めこちらを見ているのが視界の端で見えた。
一度離れたことで、もう二度とできないかもしれないとなったことで、好きだということを強く再認識した。そして今回のケガをきっかけに、スポーツドクターという仕事に興味を持った。今はその夢ももって、勉強にもより一層力を入れている。
「それに、幸村と仲良くなれたし」
「それは俺も同意見かな」
お互いに顔を見合わせながら笑う。
さて、と言って彼はスケッチブックの一枚を切り取った。今描いていたものだ。どうやら描き終わったようだ。乾かすようにパタパタと紙を揺らす姿が少し幼く見えて思わず口元が緩んだ。
「はい。どうぞ」
「?私に?」
「U-17の代表合宿に来週から行くことになったんだ。しばらく会えなくなるし、日頃の思いも込めて受け取ってほしい」
「伝えたい事ってそれだったんだね!おめでとう!中学生で呼ばれるなんて流石だね。私も来年は参加できるように頑張らないと」
共に絶望の淵を見た者同士。彼が今はまだ前にいるが、私も同じように頑張っていきたい。その背中で自分を奮い立たせてくれる幸村。確実に前に進んでいる彼が眩しく映った。
差し出された紙を受け取ると、桃色の山茶花が描かれていた。下に小さく彼の名前と並んでセツと筆記体で書かれていた。水彩画の独特な淡い雰囲気が、彼の優しさにとてもあっていると思った。
お礼を告げながら、大事にしまっておこうと鞄からクリアファイルを取り出して大切にしまう。幸村は柔らかな笑みを浮かべている。
「そうだ。花言葉って、花の色によっても変わったりするからね」
「そうなんだね。幸村は本当に花が好きだね。花博士みたい」
「ありがとう。さあ、帰ろうか」
「うん!」
二人並んで山茶花が咲き誇る道を歩く。
桃色の山茶花の花言葉を調べ、しばらく頭を抱えることになるとはこの時は思いもしなかった。
二十四節気「立冬」