24 -seasons-
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志木さんっていつも笑ってるよね。元気貰えるし、流石生徒会長ってかんじ。明るいし、セツ会長のこと皆大好きですよ。今回の海原祭も良い感じ、次の体育祭も会長がいれば安心だね。志木、生徒会長らしい立派な生徒の見本だ。これからもよろしく頼んだよ。
そんな言葉が常套句。生徒、先生、多方面から告げられる言葉はこれだ。傍から見たら、周囲から認められる存在で幸せなように映るのだろう。実際にその言葉を貰って嬉しくないわけではない。
生徒会室の窓から吹く雨上がりの湿気の混じった秋の風が、どこか私の心の寂しさを際立たせてくる。
恵まれた悩みなんだろうとは分かっている。
今日は立海の文化祭である海原祭。
中高大合同で開催されているため校舎はいつも以上の賑わいをみせている。窓から聞こえる声を背景の音としながら、窓の先にある空をぼんやりと眺める。雨も止んで、鉛色の空の間に青が見え隠れしている。
先ほどまでいた大会の会場には、今は軽音部がいるのか、どこか懐かしい音楽が微かに耳に届いた。
「ここにいたのか」
目を閉じて小さく聞こえる音楽を聴いていたら、すぐ近くでまた別の音が聞こえた。その声に、つい先ほどまで繰り広げていた大会が自然と思い返される。
「柳くん、お疲れ様」
目を開けてゆっくりと入り口の方を見ると、そこにいたのは柳くん。なんでここに、と思ったけれど、彼も生徒会だ。海原祭の合間に、生徒会室に来ても変ではない。
「テニス部の方は良いの?」
「ああ。今はフリーな時間だ」
「そっか。せっかくだしさ、好きなところ回ってきなよ」
「そうさせて貰っている」
そう告げるや否や、彼が私の隣に座り込んだ。
「え。何してるの?」
「?好きなところに回ってくればいいと言ったのは志木だ」
「ここ模擬店じゃないけど」
「知っている」
何を言っているんだというような顔をしてきた柳くんに、それはこっちがする顔ですよとツッコミを入れる。
驚いている私とは反対にどこ吹く風か、あっけらかんとしている彼はスッと私に飲み物を差し出してきた。
「何?」
「やる。疲れただろう」
「いいよ悪いし」
「受け取ってもらえると俺が嬉しい」
グイッと押し付けられるように更にこちらに向けてくる。今日はいつになく、押しが強い。そこまで言うのならとおずおずと受け取った。
「ありがとう」
お礼を告げると、柳くんは満足そうに微笑んだ。その柔らかな表情に、先ほどまで渦巻いていた思いがどこか遠くに消えてなくなっていく。
飲み物を渡して満足したかと思ったが、どうやら彼はこのまま居座る気のようだ。いつまでも立ち上がろうとしない彼の方を見る。何か、話した方がいいよね。ちょうど話題もあるしと思い、口を開いた。
「数独大会さ。柳くん、もう殿堂入りでいいんじゃない」
「殿堂入りしてしまったら、君と楽しめなくなるな」
「楽しめているの?」
「少なくとも俺はな」
そうなんだと意外な答えに驚く。いつも淡々としているから分からなかった。
先ほどまで繰り広げられていた数独大会。今年も彼の優勝だった。私も負けじと毎回参加しているが、結局は柳くんには敵わないままだった。気が付けば周囲からは中学生徒会長と書記の一騎打ちの注目バトルなんて言われるようになっていた。まあ、柳くんが圧勝して彼を賞賛する、お家芸みたいな感じだ。
周囲が柳くんの独壇場だと言う中、本気で勝ちにいくつもりで、ひっそりとこの日のために特訓もしていた。負けたことが普通に悔しかった。けれど、笑わなければならない。私が悔しがる姿を、皆は求めていないから。それに疲れて私は逃げるようにここに来た。
消えたと思った思いが再び心に戻って来た。自分から話題にしておきながら何をしているんだろう。彼から貰った飲み物を持つ手に、自然と力がこもった。
「誰もがどうせ俺の勝ちだと諦めて、真面目に取り組まなくなっても、志木はいつも本気で向かってきてくれた」
「え」
「隠れて練習しているのを俺が知らないとでも?」
突如として語りだした彼がペラリと出した紙。それは私が今日の朝もここで練習した数独の紙だった。捨てようと思っていたが、いつの間に。隠していたことがばれて気恥ずかしくなる。何と答えるのが正解なのか分からず、逃げるように窓へ目線を送った。
「俺は、自分のことを大切にできない者が、他者を大切にできるとは思わない」
「柳くん?」
ポツリと柳くんが落とした言葉に、何だか私の核を突かれたようで、心臓がドキリと脈打った。とっさに、柳くんの方を見る。彼は持っている紙の方に顔を向けていた。
「自分に厳しくあるのは大切だ。だが、時には自分をほめること、厳しさとのバランスをとっていくことは、より大切であると思う」
柳くんがこちらを向く。窓から風が吹きこみ、私たちの髪を揺らした。
「それに、いつも笑っている必要はない」
「けれど、そんな私を皆は望んでいる」
笑っていない私は、明るくない私は望まれていない。
周囲の望む私でいられないから、皆に会いたくなかった。だから、誰も来るはずのないここに引きこもっていた。
「疲れたときは立ち止まっていい。自分を、認めてやってくれ」
カタリと立ち上がった彼が私の前に移動してきた。その柔らかい雰囲気と言葉に、私の頬は自然と緩んだ。
柳くんはいつだって私に、安心感を与えてくれる。きっとそれは、私を価値判断しないからだろう。
良い状態、悪い状態、どんな私でも変わらずに名前を呼んで、淡々と接してくれる。彼のその一定の態度が、私にとっては何よりもありがたかった。周囲が与えてくれる賞賛も、それが続けられたら苦しめるのだ。彼もそれを分かっているのかもしれない。
やさぐれていようと、全然ダメダメの私だろうと。変わらずに受け止めてくれる柳くん。きっと究極に安心感を与えるのは、このようにいつも変わらずに接してくれる存在なのだろうと思えてならない。
「ありがとう柳くん」
いつでも会いたいと思える、そんな存在がいてくれることに心が温かくなった。
素直に気持ちを告げると、柳くんもまた優しい笑顔を浮かべた。その表情に、自分の頬に熱が集まるのを感じる。
頬の熱を冷ますようにして振り向き、また窓の外の景色を眺める。鉛色をかき消した青が、どこまでも高く澄んで広がっている。
セツと名前を呼ばれると同時に、トンという音がなった気がした。空を見つめる私の背中へ、風と共にふわりと温もりがやってきた。
二十四節気 「秋分」