24 -seasons-
名前変換
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夏休みが終わり、ついに秋の季節かと思い始めたのに酷暑が続く。朝、学校に向かうときや、夕方の学校から帰るときの僅かばかりに涼しい風にラッキーとは思うくらいだ。
そんな学校が再開して、夏休みどこ行ったとか、夏の大会の結果に対するほとぼりが冷めてきた今日。数カ月に一度の、クラス内での大イベントが行われる。昨日、担任がそれを行うと告げた時から、心はどこかふわふわしていた。亜久津には気味悪がられ、地味ズにはそんな大げさだなと引かれようが、俺にとっては誰が何と言おうと、特大イベントなんだ。
横にある窓からは、雲一つない秋の高い空は全て自分のものだと主張するように太陽が燦燦と教室に光を照らしている。そんな光からパワーを補充する感覚のまま、俺は、神に祈っていた。
今日の占いでいて座は1位だった。ラッキーカラーはオレンジ。その色のハンカチも持った。うん、完璧だ。
「はい、じゃあくじ引き始めます」
担任のその一言に、俺は骨が軋むのではないかというくらいの勢いで両手を組み、全力で祈った。
「くじを引いた番号が新しい席だから、それぞれ確認して黒板の番号のところに名前を書き込んでください」
クラス委員が担任の言葉に続いて告げる。持っている箱を軽く振りながら俺の席がある列の先頭から回っていく。目を瞑り、俺は再び天に向かい心で叫んだ。
どうかあの子と近くの席になれますように!
そう。今日この場で行われている特大イベントは、何を隠そう、クラスでの席替えだ。
薄っすらと目を開け、ちらりとつい先ほどまで瞼の裏に思い浮かべていた人物を見る。志木セツちゃん。斜めからの彼女の顔がよく見える。今の俺の席は窓側の一番後ろ。周りからは羨ましがられる席だ。実際にいい席ではあると思う。前回のくじで、この席を引き当てたときは真っ先にラッキーだと思った。
しかし、問題はセツちゃんまでの距離だった。一番後ろの窓際の俺と対照的に、彼女は一番前の廊下側。対角線上の距離で、一番遠い。まあ、さりげなく彼女を見つめていられるからラッキーであるのには変わりないのだが、やはり近くの席で普段から会話に花を咲かせたいという願いは諦めきれない。
今回こそは。
祈りを捧げる俺のの目の前にクラス委員が迫る。どうぞと差し出さる箱に、手を入れる。
これか。
いや、こっちのほうがよさそう。
いやいや、この二個重なっているやつの方がいいか。
あ、いま手から滑り落ちたのがいいかも。待て待て、指先に触れるこれが良い気がしてきたぞ。
あー。
「千石君、大丈夫?」
「あああ!俺の幸運パワーよ!力を貸してくれ!」
えい!っとばかりに、一つを掴み引き抜く。ワンセットを終えた気分だ。
取った紙をカサリと開く。そこに書かれていた番号をポツリとつぶやく。クラス委員が黒板の方に振り返る。
「お。またこの席だね!さすがラッキー千石君」
クラスメイトからは、羨ましがられる声が上がった。おめでとうと言い、クラス委員が次の列に進んでいった。
持っている紙と黒板を照らし合わせる。
紙に書かれている番号は、確かに窓際の一番後ろの席の番号だった。
羨む周りに、笑顔でまたまたいい席で俺ってラッキーと言いながら、黒板に向かい、千石と自身の名前を書く。
席に戻る時に、ちらりとセツちゃんの方を見る。
「どこになるだろうねー」
「私は引くのは最後の方だから、ある程度決まってそう」
隣の席に座っている彼女の友人と会話を楽しんでいる。俺の席の前、横、その前はまだ名前が書かれていない。横に来てくれと念を送りながら席に着いた。
友人と話して笑顔を溢しているセツちゃんを見つめる。あんな柔らかな雰囲気であるのに、空手の有段者というギャップもまたいい。本人はあまり周りには知られたくないようだが。
彼女との出会いは本当に些細な事。最初は、完全にとばっちりに近いトラブルに巻き込まれていた俺を彼女が助けてくれたことだった。その時の彼女の迫力は、まるで亜久津みたいだと思ったものだ。だからこそ、助けてくれたのがクラスメイトのいつも奥ゆかしくいる志木セツだとははじめは思わなかったくらいだ。
セツちゃんは、正直言って誰もが振り返るような美人ではない。ひっそりといる。そんな存在だ。だが、その存在に興味を持ち、今では気が付けばもう目が離せなくなった。
あれは、クラス内の仕事で誰もがやりたくないと思う仕事を、俺と彼女がたまたま先生から頼まれた時のことと、彼女が落ち込んでいる時のことだった。
仕事を頼まれた時は、正直まだ接点はそんななかった。けれど、前に助けてくれた人だと思いずっと話したいと思っていた。その機会を得られたことに喜んでいたことや、実際に話してみて気さくだといったセツちゃんの新たな一面を知れた。何より二人きりだったのでゆっくり話せたのはラッキーだった。そんなことを伝えたら、彼女は笑って俺に向かって告げたのだ。
『クラスの皆は千石君をラッキーな人って言うけれど、それは、千石君がどんな小さな幸せも見逃さないからなんだね』
その一言は、ある意味で衝撃だった。成る程。そういうこともあるかもしれない。この時、俺はセツちゃんをただ恩人だからということを抜きにして、もっと仲良くなりたいと思えた。
そして、セツちゃんが落ち込んでいた時のこと。俺が告げた何気ない一言に、彼女は驚いた表情を浮かべていた。それから、どこまでも柔らかい笑みを浮かべた。
『ネガティブなことも、見方を変えればポジティブになれるね。ありがとう千石君、元気出たよ』
はにかんでまさにラッキーだねと告げた彼女に、俺はもう惹かれてやまなかった。
セツちゃんはひっそりとしているが、関わると誰もが魅了される人だと思う。その優しい笑顔に触れると、暖かさが伝わってくる感覚になる。窓辺の陽だまりにそっと手を置いた時のような感じだ。それに、普段の奥ゆかしさにはミステリアスさもある。きっと、仲良くなって仲を深めていくともっともっと可愛くなるに違いないと俺の勘が告げていた。
ぼんやりとどこまでも澄み渡る空を眺めながら、過去のことを思い出していると、あっという間に時間は過ぎていた。最後の列いきますーというクラス委員の声が耳に届いた。ついにセツちゃんがくじを引く番になったようだ。俺は急いで顔をそちらに向けた。
スッと箱に手をいれて、躊躇なく手を取り出している。きっと最初に触れたものを掴んだのだろう。
カサリと紙を開いている。彼女がクラス委員に告げている。クラス委員が指さす。彼女は笑っていた。
どこだ。どこになったんだ。
俺は、今更ながら黒板を食い入るように見つめる。俺の隣は気が付けば埋まっていた様だ。少しばかり残念に思いながらも、チョークをとる彼女の姿を見つめる。
セツちゃんが名前を書いたのは、俺の名前のすぐ近くだった。彼女は静々と席に戻った。隣の席の友達と軽く話をしている。
千石と書かれた上に、志木と書かれている。
これは、つまり、
「いやったー!!」
「千石―寝言かー?」
「……あ、すみません」
俺は文字通り諸手を挙げて喜んだ。隣の席ではなかったが、前の席。これはプリント配布の時や回収の時に、毎回彼女と話す機会を持てるということだ。いやそもそも、何気ない会話をしやすい位置ではないだろうか。
対角線の席から、前後の席。まさに棚から牡丹餅だ。
全員が引き終わったのか、各々が移動を始めた。俺は、今の席のままだ。
すぐに、セツちゃんはやって来た。俺はついついいつもより上ずった声で、よろしくねと告げる。
「うん、こちらこそよろしくね千石君」
花開く様な笑顔に満たされた気分になる。
これからしばらくは毎日こういった何気ない会話ができるのかと思うと、頬は自然と緩んだ。
「ケッ、だらしねえ顔してんじゃねえ千石」
「もー、仁君。そんな言い方しないの」
浮かれる俺を指摘する言葉と共に、大きな存在がドカリとセツちゃんの隣の席に腰をかけた。そんな彼に彼女は苦笑を浮かべた。その雰囲気に、二人はどうやら気心の知れた仲であることがすぐに分かった。
「え、仁、君?え。ええ、お二人さん、どういう関係?」
「以前、空手仲間だったの」
同じ道場で、と内緒話のように告げられる。え。えええ。ということは、河村君と亜久津とセツちゃんは、幼馴染みということか。まさかの繋がりに絶句する。
「亜久津!そんなこと一言も言わなかったじゃないか!」
「なんで俺がテメエにそんなこと言わなきゃならねえんだよ」
意味が分からないというような顔をされた。ま、まあ確かにそうか。
今まで彼女と亜久津が話をしている場面はあまり見たことがなかった。だが、それも俺と同じく席が近くはなかったからか。
今回、このように席が近くなったこともあり、セツちゃんは隣の亜久津と何か話をしている。
待ってくれ、俺も!俺も混ぜてくれ!!
思わぬ伏兵がいたものが、問題ない。寧ろ亜久津とこのように気兼ねなく話をしている人は、珍しい。好きな人と友人と俺、うーん、いい光景だ。これからこうなっていけばいいなと思う姿を脳裏に浮かべ、今日はやはりラッキーデーだと改めて思えてきた。
これぞ青春だとばかりに、俺は二人の会話に突撃した。
二十四節気 「白露」