24 -seasons-
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備品庫に用具を戻し汗を拭う。空を見上げれば、部活の熱を冷ます隙を与えないようにと眩い太陽が日差しをコートに浴びせていた。
久しぶりに七夕の日が晴れそうだな、と今日の夜空に思いを馳せた。つい先日、七夕飾りに記した願いを思い返す。
「今年の青学は、絶対にいけるんだから」
そう誰に向けて言った訳もないまま言葉を落とす。昨年は関東大会で4位。全国大会に行けないまま終わった。その時の手塚君たちの表情は忘れられない。
今年はあの氷帝を下し、昨年のリベンジを果たした。氷帝に勝利してから、テニスの試合で思い返すときの彼らの顔は、もう昨年の敗退の時の顔ではなかった。
次に控える緑山に勝てば全国進出。手塚君が不在のまま関東大会の準々決勝が目前に迫る中、部活での練習の熱も自然と高まっている。
部室に戻る道すがら、ガチャリと更衣室から人物が出てきた。制服姿で、帽子をかぶっていないその姿にほんの一瞬誰だか分からなくなる。
彼は私を見つけると、驚いた顔をした後、どこか不満げな表情を浮かべる。
「セツ先輩。もうネットとか全部片付けたんですか」
「うん。今日もお疲れ様!」
「ありがとうございます。俺たちもやるって言ってるのに」
「マネージャーの仕事だから大丈夫!皆は練習に集中!」
「けど」
「いいのいいの!」
「先輩、無理してケガとかしたらどうするの。マネージャーいないとか困るんだけど」
どこか気まずそうにしている彼に、気にするなと伝えるが、相変わらず不満げだ。だが、告げる言葉は私を気遣ってのものであるというのも分かる。不器用ながらも相手を思ってくれる素直でない彼に、思わず口元が緩む。
「なに笑ってるんですか」
「ふふ。越前君って、本当に可愛いなって思って」
「か、可愛い?」
「可愛い後輩ができて嬉しい限りよ。うんうん。気遣ってくれてありがとね」
可愛いと素直に思っていたことを告げたら驚いた顔をした越前君。むくれっつらをしているが、そういうところも可愛いのだから仕方ない。
「俺、男なんスけど」
「え、知ってるよ?」
「いや、その。男が可愛いとか嬉しくないんですけど」
珍しくまごつきながら、微かに視線を逸らして告げる姿に、今度は私が驚いた。そんな姿に可愛いなあと告げそうになるのを抑えた。
海堂君と一緒に猫と楽しそうに戯れているところや、何やかんや先輩思いや友達思いなところ、テニスが大好きで、負けず嫌いなところ、私が可愛いと思っているポイントを越前君に告げる。
「そんな越前君が素敵だと思うんだけどなあ」
最後にその言葉を溢すと、越前君が微かに目を大きくした。視線が合ったと思っても、すぐにまた逸らされた。
「俺、いつか絶対、セツ先輩にかっこいいって言わせて見せますから」
口をとがらせながらぼそりと呟いた言葉。その様子に、思わず笑みが零れ声を上げた。
「うん!期待してるね!」
「ちょっと。もっとさあ……」
「ふふふ。可愛い奴じゃのー」
「また可愛いって言ってるし。しかも何その口調」
私の反応に越前君は不機嫌そうな顔をして言葉を告げる。振り払うことをしないことをいいことに頭を撫でまわす。
その私の手を、越前君が不意に掴んだ。どうしたのかと驚くと、越前君と目が合った。
射貫くようなその視線に、思わずたじろぐ。
「だから先輩。それまでに、他のやつのところにいったりしたら、許さないから」
真っ直ぐに私を見つめ、ハッキリと告げてくる。
「は、はい……?」
突然のことに、そんな素っ頓狂な返事しかできなかった。え、これは誰?完全に度肝を抜かれた。
固まる私に満足したように笑い、じゃあまた、と越前君は踵を返した。
「片付け、明日からは俺達を待っててね」
顔だけをこちらに向け、手を挙げて去っていく背中。一匹のアゲハ蝶が優雅に私と彼の間を横切っていった。後ろ姿は間違いなく彼ではあるのだが、いつもと違って見えた。
はい、と小さく返事をしたことに、微かに笑ったような雰囲気を感じた。
それから3年後、再び同じチームとして再会をしたとき、雄々しく成長した彼からの凄まじいアプローチに、かっこいいが振り切ってドギマギする日々を送ることになるとはこの時は思いもしなかった。
二十四節気 「小暑」