24 -seasons-
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はじめの頃は、切れ長の涼やかな目元、すらりとした長身……洗練された所作も相まって、本当に王子様みたいだと思ったものでした。
そう、思ったものだったのです。過去形なのです。
もちろん今も涼やかな目元は健在ですし、テニスのU-17のW杯で活躍しているのもあり、その体つきもさらに立派になっています。お父様のお仕事柄、海外での生活が多いのに、好きなのは和食だったりする面もとてもいいと思います。
世間一般から見たら王子様であることには変わりないのでしょう。
第三者目線なら、100人中100人が首を縦に振る王子様でしょう。
けど、違うんです。違くないけど違うんです。
私の話、聞いてください。
事の始まりは、なんてことない日だったはずです。背の高い男の子が校門のところにいました。立ち止まり、ここでいいのかなんて困っていそうだったので、声をかけました。私としては、困っている人を放っておけなかっただけなのです。要件も、その内容もなんてことない会話だったはず。感謝すると言って、彼は去っていったのだけは覚えています。大人っぽい人だななんて思ったんです。本当にそれだけ。
実際に何を会話したか、なんて覚えていません。彼に言われて、そういえばそんなことがあったなと思ったものです。
「初めて出会ったあの日。思えば、あれは運命だったんじゃないか」
この前、そんなことをしみじみと私に向かって言ったので摩訶不思議です。
1年目、クラスは別でした。
彼は成績も優秀で、テニスも上手で正直言って女の子にモテモテです。あの日、さして気に留めなかった自分におバカと往復ビンタをしたいものです。
共に学校生活を過ごすうちに、接点は皆無に近いですが、有名な彼の話はこちらにはよく耳にはいります。私も彼に憧れに近いものを抱いていました。文武両道、それを地で行く彼。海外を拠点に幼少期からテニスをしていたらしく、たまたまそのテニスをしている姿を見たとき、その美しさに惚れ惚れしました。
彼は、俗にいう私の推しになりました。けれど、認知される必要はないので、壁でありたいので、ひっそりと。本当にひっそりと応援をしていました。彼を廊下で見かけたとき、頑張ろうと思えたりするくらい栄養源でした。遠くからその姿を眺めているだけでも心は満たされていました。
そんな推し活をしている中で、学校のテニス部には入らず、どこか物足りなさそうで空虚な様子があることに気が付き、何となく寂しさを覚えていました。クラスメイトの子に、彼の話題になったときさらりとその話をして、そんなこと言うなんて変わっているねと、と友人には言われました。
そして、まさかこの会話を彼が聞いていたなんて、その時の私は知る由もありませんでした。
「あの時、そう言われて心を見透かされた気がした。学内の誰もが賞賛する中で、志木セツ。君は違った。そしてそのすぐ後、俺は合宿でとある先輩方に会い、変わったんだ」
1年の終わりごろに急に、そんなことを言われたものです。軽く悲鳴を上げました。今まで全く会話をしていなかったのに、何故と思いました。幸い、推し活をしていたことはばれていないことに神に感謝したものです。とりあえずよかったね、とだけ伝えました。
2年目もクラスは別でした。
そして文化祭の時、演劇でたまたまご一緒することになってしまいました。
恥じらいを持つ年頃。私たちのクラスからお姫様を出さねばならず、それ以外の魔女やサブポジションが人気で、はなかなか決まらずくじになりました。そして私に決まってしまったのです。この時は神に何故ですかと空を仰いで尋ねました。
次の日に、他のクラスで王子様が決まり、まさかの私の推しでした。王子様が王子様なのは納得でしたが、私がお姫様とは見事に実力不足です。しかも推しは自分から立候補したという話をきき、私に更にプレッシャーを与えたものです。私は再び天に叫びました。心で。
それから練習をしていき、ついに王子様と共に練習することになった日。私の心臓は口から飛び出るんじゃないかというくらい、激しく脈打っていました。まともに会話したことなんてありません。1年の終わりに少し会話をしただけです。向こうもじっと私を見ていました。何と話をしたらいいのかもわからず、よろしくね、ととりあえず笑いかけました。
王子様とお姫様。愛し合う二人が共に障害を乗り越え、結ばれる。難しいけど、やるからにはしっかりやらねばと思い練習をしていました。
だが難しい。どうしようと悩んでいました。
「そういう時は日常から意識してみなよ、憑依型役者とかもいるし」
「なるほど。さすが演劇部。けど、日常からって、あの徳川くんと、そのそういう関係って意識すること?」
「いいじゃない。実際に徳川くん王子様だし」
そうは言っても、推しと私が、というのは解釈違いなんです。そう叫びたくなりましたが、
「そうか。なら明日から、そのつもりでいこう」
突然会話に参加してきた徳川くんに、絶句したものです。何を言っているんでしょう彼は。戸惑うなかで、彼の王子様攻撃がはじまりました。それも完璧な王子様です。
時々君を描いてみたと言って、似顔絵か何かでしょうか、よく分からない何かが書かれた紙を渡されたりもしました。何とか褒めようと思いまして、ピカソみたいだねと伝えました。ピカソ好きの友人には怒られました。
放課後に一緒に練習をしたりしたのも今ではいい思いです。なんとか文化祭は終えられました。たくさんの人に良かったと言われ、素直に嬉しかったものです。これも、彼のおかげでした。
お礼も込めて、彼が欲しがっているものをさり気なく彼に聞き、ボードをプレゼントとして渡しました。少し値ははり、何カ月分のアルバイト代が溶けましたが、昨年と今年の誕生日プレゼントの分と考えたら、推しへの貢物としては安い物です。渡したとき、僅かばかり口角が上がった姿に思わずドキリとしたものです。
文化祭の後、彼はすぐU-17の代表合宿に戻りました。そして再び戻って来た時、可愛い後輩ができたということも嬉しそうに話をしてくれました。気がつけば気軽に話す仲になっているに僅かばかり戸惑ったものです。推しからセツと名前で呼ばれ、推しの微笑を真正面から受けて、何度成仏しそうになったことでしょうか。
以前、彼は恋愛には興味がないらしく、好みのタイプは考えたこともないなんて答えていたとある情報通の子は言っていたんです。周囲は残念がっていましたが、私としてはテニス一直線な彼への解釈一致で、ですよねなんて心で思ったものです。けれど、行きたいデートスポットや大切な人へのプレゼントなどいったものはすらすらと答えていたらしいのです。不思議ですよね。
「好みのタイプ?好みというより、嫁はいる」
「え、徳川くんって結婚してるの?」
「する予定だ」
「えええ。びっくり。結婚式呼んでね」
「呼ぶ?セツがいない結婚式なんてある訳ないだろう」
前にそう言って貰えて、内心小躍りしました。推しの結婚式。きっと華やかな衣装で麗しいことでしょう。受付係とか頼まれたら喜んでやります。この言い方はきっと受付を依頼をしてくるでしょう、今のうちにしっかり受付のやり方とか学んでおきますね。彼の友人にふさわしくいられるように自分磨きを怠りません。そう思っていました。おバカです。よくよく会話を振り返ると、微妙にかみ合っていませんね。
今年は桜が咲くのが早く、始業式、クラス発表の日には、ほぼ葉桜になっていました。最高学年になり、私は推しと同じクラスになりました。それも私が確認するよりも前に、推しから同じクラスだと告げてきたのです。
「よろしくね徳川くん」
「ああ」
彼の微笑に少しばかり見慣れてきました。眩しいです。
そしてその日は突然やってきました。
始業式の日の放課後、3年間同じクラスになることが決定した男の子から、告白されたのです。今まで推し活ばかりしてきた私にとって戸惑いしかありませんでした。クラスメイトとしか見ていなかったけれど、私を好きと言ってくれる稀有な存在のその人に、こたえたい思いもありました。だが、推しである彼のことが頭から離れませんでした。一旦保留で、その場は終わりました。
荷物をとりに教室まで戻ると、推しである彼一人が教室にいました。どこか居心地の悪さを抱え、鞄を急いで取りまたねと教室を出ようとしました。
しかし、それは叶いませんでした。
「アイツの、元に行くのか?」
「え?」
俗にいう壁ドンです。ちょっと待ってください。どういうことでしょうか。長身細見の彼。けどこんなに迫られたら、圧しかありません。誰かこの状況を説明してください。
「君は、俺が好きなんじゃないのか?」
「ええ?!」
「君の友人から前に聞いた。俺が好きだと」
それはきっと推しとしての好き!とっさにそう叫びそうになった。おのれ友人め。なんと誤解を招くことを。
違うんです。私の好きはそうじゃないんです。LOVEというよりLIKEなんです。推しと自分がというのは解釈違いなんです。
「どうすれば、君は俺の元にいてくれるんだ?」
そんな子犬のような目をされても困ります。推しの見たことのない表情に激写したいと咄嗟に思いました。もう現実逃避に走っています。
「と、とりあえず。お友達から……?」
「もう友だろう」
「そ、そうだね」
アイツの元には行くななんて言いながら、肩のところに額を押し付けてくる彼に、どぎまぎするしかありませんでした。
それから、想いを告げてくれたクラスメイトには感謝と共にお詫びをした。友人曰く、遠くからその様子を眺めていた徳川くんの表情は恐ろしいものだったとか言っているのを聞きました。なんてことなんでしょう。
それ以降から現在まで、気が付けば徳川くんにあれやこれやと外堀を埋められまくれ、自分の感情が複雑骨折して結局、推しなのか異性として好きなのか分からなくなってきてしまったのです。
熱烈な彼の告白に、頷く以外の選択肢は私には残されていませんでした。
「そんな触られるとちょっと恥ずかしいんですけど。何しているの?」
「指のサイズを測っている。最高の指輪を、共に選ぼう」
うん。ごめん、やっぱり理解できないです。いくら付き合ってそれなりの月日が立っていても、天然なのか彼の考えはどこかふっとんでいます。本人はいたく真面目な顔をしているのもたちが悪い。どなたか、この暴走機関車をどうにかしてください。
二十四節気 「清明」