フェルム地方出身
天上の花束
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ホウエン地方での天変地異や隕石騒動から、いくつかの季節が過ぎた。
ふと、テレビに映る人物に目が行く。自身の後任を快諾してくれた彼は、コンテストと両立しながらしっかりとチャンピオンの務めを果たしているようだ。今回も華麗に勝利したらしく、堂々とインタビューを受けている。そんな彼に感謝と賞賛の念を送りながら、再びこれからのことについて考えを巡らせた。
さすらいの石集めとして多くの地方を渡り歩いてきた。
次はどこに行こうか。最近、大穴に何か起きたというパルデア地方に行くのもありか。ガラル地方も10年越しに新たなチャンピオンが出たという話もある。そんなことを考えていたら、向かいで話に花を咲かせている人たちの声が耳に届いた。
「もうすぐフェルム地方のリーグでグランドマスター戦が行われるらしいよ」
「フェルム地方?」
「不思議な地方らしくてね。最近注目されているのよ。今まであまり他の地方と交流をもっていなかったみたいだけど、最近交流に力を入れてるみたいなの。ポケモンとトレーナーが一体になってガチンコでバトルするんだって。その最高位のグランドマスター戦が久しぶりに開催だとか」
「なにそれ面白そう」
「前回は新しいグランドマスターが誕生したらしいけど、今回はどうだろうね」
「最近色んな地方で新チャンピオンがあるもんね。あ!リーグ戦といえば、この前のガラル地方のトーナメント。キバナ様かっこよかったね」
「ねー!」
フェルム地方。聞いたことのない地方だ。
だが、何故か胸が締め付けられる思いがする。フェルム地方に行かなくてはいけない、何故かそう思った。本能がそう語っている。
シャランと手首につけているブレスレットが鳴った気がした。
フェルム地方では、多くのトレーナーが相棒となるポケモンを横に連れていた。耳につけている共鳴石を埋め込んだバトルグラスというものが興味深い。
ポケモンはあまりモンスターボールに入れない文化のようであり、己も相棒と呼べるメタグロスと共にフェルム地方を回っていた。
フェルムバトルと呼ばれるポケモンバトルでグランドマスター戦が行われ、見事グランドマスターがその座を防衛したらしくフェルム地方全体がお祭り騒ぎだった。ちょうど己が到着した前日に試合が行われてしまっていて、直接観られなかったは残念だ。
途中に人だかりを見つけ、何かあるのかとそちらに向かった。
向かう道すがらに聞こえてきた単語から、どうやらグランドマスターがいるらしい。
どんな人だろうかと、人垣の隙間から見つめる。そこにいた人物を見て、心臓が激しく脈打った。何だ?
一人の女性がそこには立っていた。相棒のポケモンを連れ、FSBCという腕章をつけた人たちにマイクとカメラを向けられている。インタビューを受けているのだろうか。受け答えをしているその横顔、笑顔に懐かしいという思いが何故かこみあげてきた。
彼女に話しかけなくては、そう思えてならなかった。
インタビューを終え、人だかりから離れたタイミングを見計うのがよさそうだ。フェルム地方でのグランドマスターは他の地方のチャンピオンと同じと考えれば、連日何かとインタビューも受けているだろう。己のチャンピオンとして過ごした日々を思いだしながら彼女に労いの気持ちを持った。
早鐘を打つ己の心臓を鎮めようとも思い、そっとその場の喧騒から離れた。
「あの人は、いったい」
静かな場所で、自身の呟きだけが響く。なぜこんなにも気になるのだろうか。
今まで感じたことのない感覚があったことに対する戸惑いと、考え込んでいたからか、人とドンとぶつかった。しまったと思いお詫びをしようとしたが、そのぶつかった人物はわき目もふらず去っていった。
それにしても、こんなに広いのにぶつかるほど、自分は周りを見ていなかったのだろうか。不思議だと思っていると、ボールがカタカタと揺れた。メタグロスか?
相棒を出すと、焦ったように何かを伝えようとしていた。落ち着けと戸惑っていると、ふと自身の違和感に気が付いた。
「ラペルピンがない」
いつも身に着けているキーストーンが埋め込まれたラペルピン。しまった、と思い先ほどの不思議な出来事に納得がいった。あまり人は疑いたくないが、恐らく先ほどの人物だろう。完全に油断していた。自身の失態に苦い思いを抱えながら、メタグロスと共に先ほどの人物を追いかける。まだそんなに遠くには行っていないはずだ。
存外、すぐ近くにその人物はいた。しかも、完全に伸びている。
声をかけると、すぐに目を覚ました。そしてまたわき目もふらず、ごめんなさいと悲鳴と共に走り出した。何があったんだ。いやそんなことより、ラペルピンを返してくれ。
止めなくてはと思いメタグロスに指示を出そうとしたら、声をかけられた。
「よかった、ここにいらしたんですね。いなくなってしまったかと」
その声音に、思わず固まる。
遠くに去った大切な何かが突然また現れたような感情がわき上がる。振り向くと、グランドマスターである彼女がいた。
どうぞと、ラペルピンを差し出された。戸惑いながらそれを受け取る。確かに僕のラペルピンだ。
「先ほどの現場をたまたま見てしまって。無事にお渡しできてよかった」
では、と何か用事があるのか相棒と思われるガブリアスと共に足早に去っていく。予期せぬ巡り合いに一瞬思考が止まった。
もしや、彼女があの人物から取り返してくれたのだろうか。恐らくそうだろう。それに、あの声を聞いた時の何かにうたれたような衝撃。お礼も言えていない。立ち尽くす己を叱咤し、足を進める。
彼女に会わねば。そう思うと同時に駆け出していた。
先ほどの進んだ様子だとこの方角だと思うが。不慣れな地方でもあることに加え、あたりは森や岩場といった自然の地になっており、一度見失うとなかなか見つからないものだ。
メタグロスが何か気配を悟ったのか反応を示した。促されるまま足を進めると、激しい音と振動がおきた。何事かと思いその出所に向かう。
そこにいたのは、探していたかの人物だった。
「上出来だ、メタグロス」
お礼を告げながら撫でるとメタグロスが嬉しそうに返事をした。あたりを見回しても彼女とポケモンしかいない。
何か特訓でもしているのか、ガブリアスがエーフィとブラッキーの攻撃を避けながら技を繰り出している。これが、フェルムバトルだろうか。初めて見る凄まじい攻防に、思わず手に汗を握った。食い入るように見ていると、彼女がそこまでと声を上げ、ガブリアスと頷き合った。
彼女はふうと息をつき、相棒たちに何か声をかけている。どうやら一段落したようだ。
静かにそこに向かう。何と声をかけよう。
自分に向かってくる己の存在に気が付いたのか、彼女は何だろうかと思いながらもペコリと挨拶をしてくる。
「はじめまして。ホウエン地方のポケモントレーナーのダイゴです」
「はじめまして、ダイゴさん。フェルム地方のトレーナーのネリネです」
何てことない挨拶。ネリネ。その名前に、どこか心臓が鷲掴みにされた気分になる。
急に話しかけられたことに戸惑っている様子も感じられる。その表情、雰囲気に、どこかで会ったことがあるのだろうかというくらい懐かしさがこみ上げる。
「先ほどはありがとうございました。しっかりお礼を言えていなかったと思って」
「そんなわざわざ。ありがとうございます。リーグが開催されている前後は観光の方も多くなるので、それを狙ってああいうのが時々あるんです」
ごめんなさいね、と謝罪をされる。彼女はどこも悪くないのだが、普段はのどかな楽しい街だと告げられ、フェルム地方を嫌いにならないで欲しいという思いからかと納得する。その心配は不要であること、今までフェルム地方を回っていてフェルム地方の楽しさを味わっていたと告げると、花が綻ぶような笑顔がこぼれた。その笑顔にやはりどこか既視感があり、胸が高鳴った。
「……ネリネさんとは、何だか初めて会った感じがしません」
「?もしかして、口説いています?」
「あ、いえ!そんなつもりは。気分を害されたのでしたら、申し訳ない」
確かにこんな急に話しかけられてこんなことを言われたら誰だって戸惑うだろう。それに、グランドマスターやチャンピオンという肩書きをもつのであれば悪意を持って近づこうとする人も多くいる。
焦る自分に、ネリネさんがクスクスと微笑んできた。
「ふふ。冗談ですよ。こちらこそ意地悪をしてごめんなさい。冗談でも言うべきではありませんでした。それにしても、よく育てられているメタグロスですね。この子を見ているだけで、ダイゴさんというトレーナーが分かる気がします」
メタグロスを撫でながら告げてくる。こんなやり取りを以前どこかでしたような気がしなくもなかった。なんだか不思議な感じだ。
「どうです、よければこの後、先ほどのお礼も兼ねてお食事でも」
「女性の扱いがお上手なんですね。って、ガブリアス?!」
「はは。立派なナイト様だな」
「すみませんダイゴさん!大丈夫ですか?!本当に、血気盛んな子で」
「大丈夫だよ」
ネリネさんの手を取ってお誘いをしたら、彼女の相棒であるガブリアスが手に噛みついて来た。甘噛みだから痛くはないが主人を取られるとでも思ったのか、その様子に思わず笑い声をあげた。
全くとガブリアスに向けて困った様子を見せながら、ネリネさんがこちらに向き直った。
「よろしければ。是非ご一緒させてください」
「ええ。喜んでエスコートさせていただきます」
ネリネさんが微笑み、己の隣にやって来た。
二人で並んで歩く。頭上に広がる空は澄み渡っている。この瞬間がどこまでも愛おしい。
手首のブレスレットが再び涼やかな音を奏でた。
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