フェルム地方出身
第七章
名前変換
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誰かが名前を呼んでいる。
そうだ、私はたしかドラゴンタイプのようなポケモンに超音波をくらって意識を失ったんだ。ズキリと一瞬頭に痛みが走り、手で額を抑える。そのとき、自身の手首に何か見慣れない物がついているのに気が付いた。
「これは、ブレスレット……?」
はじめは見慣れないと思ったが、じっくりと見るとどこかで見たことあるようなものだった。どこで見たんだっけ?どこか懐かしさを感じつつ疑問が浮かぶ。
「おお。気が付いたかい」
「貴女は……?」
考え込んでいる私に向かい、投げかけられた声があった。何だと思いそちらを見ると、威厳のあるご年配の方が立っていた。いつの間に。全く気配を感じなかった。
「私は、流星の民の者だ。おババとも呼ばれておる。好きに呼んでくれて構わない。あの子が迷惑をかけたね。伝承者シガナ様。いや、今はネリネ様か」
そう言い初老の女性はぺこりと頭を下げてきた。そのいで立ちや雰囲気がヒガナさんとどことなく似ている。あの子というのはヒガナさんのことだろうか。
いや、そもそもだ。
「あの、ヒガナさんも言っていたのですが、その、シガナというのは?私は、ネリネの名前しか分かりません。それに、伝承者というのも初耳です」
「……。そうじゃよな。だが、本当に聞き覚えはないかね?シガナという名。伝承者という言葉」
そう言われると否定は確かにしにくい。夢で見て、聞いている。それに、時折夢から覚めたときに自分の口が零している言葉。
「けど、あれは夢で」
「夢は、また別の世界の自分の記憶でもあるんじゃよ」
「別の世界の自分、ですか?」
「うむ。ネリネ様の場合は、貴女自身の記憶でもあるがね。して、この場所に見覚えはないかね?」
話題を変えようとばかりに、あたりを示しながら尋ねてくる。あたりを見るも、洞窟の様な空間だ。透き通るような水が少し先に広がっている。初めて見る場所なのに、見覚えがある。息が詰まりそうだ。
ここは流星の滝じゃよと、おババさんは告げてくる。流星の滝。ここが。
「さて、少し昔ばなしでもしようかね」
あたりを見回している私の横に、おババさんが腰かける。
彼女はゆっくりと、語り始めた。
これは、こことはまた別の世界の話。
その地もまたホウエン地方と呼ばれていた。自然豊かな土地が広がり、人々とポケモンがここと何ら変わらないような生活を送っていた。このホウエン地方との違いは、3000年前の戦争で最終兵器が使われなかったこと。つまり、メガシンカが存在しないホウエン地方だった。
そのホウエン地方にももちろん流星の滝は存在した。そして、流星の民も。
その地の流星の民は一つの伝承をずっと守っていた。『シガナ』の名を冠する真の伝承者。何千年ぶりにそのホウエン地方には『シガナ』が存在していた。地上のエネルギーと繋がり、神を降臨させる伝承者。そして、竜と心を通わせられる傑物。
そして、そのような伝承を受け継ぐ民は、伝統に厳しいのもまた事実。ましてやメガシンカが存在しない世界。ポケモンと心を通わせ、爆発的なエネルギーをポケモンと生み出せる伝承者は高貴な者として崇められ、周囲との隔絶を余儀なくされた。
伝承者は心を通わす竜たちを友としていた。そのような隔絶された中で、伝承者が外の世界に興味を持つようになるのもまた時間の問題だった。彼女のためならばと、竜たちはその力を使い、友を欲する願いを持つ者の世界と伝承者の世界を繋いだ。
そう、このホウエン地方とそのホウエン地方を。
そうして出会った二人の人物。住む世界は違ってもお互いに流星の民同士。すぐに二人は打ち解けた。
友情を育む日々の中、伝承者の元に一人の男が現れた。運命の悪戯か、それは本当に偶然の事故だった。その人物と出会い、次第に二人は惹かれていった。そして、伝承者は自由を望み、その男もまた伝承者をその運命のしがらみから解放することを望んだ。
だが、その望みは叶わぬままに終わった。
隕石がどこからともなく、突如としてホウエン地方の上空に出現した。それこそ、瞬間移動をしたように。
竜も時空を切り取り、そのホウエン地方からこのホウエン地方に逃がすことで伝承者を救おうとした。別の世界にいる友もまた、伝承者を自分の世界に来るように説得した。しかし、伝承者はそれを良しとしなかった。
役目を果たした男の後を追うようにして、伝承者も己の役目を果たそうとしたのだ。救える命があるのならば、と。
そして伝承の通り、祈りと共に姿を変えた神と共に、伝承者は眼前に迫る隕石に立ち向かった。
世界は消滅しないまでも、その隕石の衝撃はその世界を大きく作り替えた。
残されたもう一つのホウエン地方。伝承者の友であった人物は、ずっと悔いていた。
どうにかして、あの悲劇を止めることはできないのかと考えていた。そうしていく中で、その人物は、この世界の隕石が何らかの手段によって伝承者の住むホウエン地方へと飛ばされたのだと気が付いた。それを食い止めれば、この世界で隕石を破壊すれば、伝承者の世界は守られると踏んだ。
「ここまで言えばもう分かろう。その伝承者の友、それが、ヒガナじゃ」
そして、この話の伝承者。それが、シガナとおババさんは言葉を続けた。
「ネリネ様。貴女は、シガナ様じゃよ」
そんな馬鹿な。今の話ですらとんでもない話なのに、それが私だなどと突然言われ、どうしたらいいのか分からなくなる。否定をしたい。だが、自身がシガナだと考えるとパズルのピーズが揃うように、ストンと胸に落ちることが多くあるのもまた事実。
絶句する私に、安心するようにと手に手を重ねてくるおババさん。その手に体温が感じられず、一瞬ドキリとする。冷たいわけでも温かいわけでもない。不思議な感じだ。
そして、おババさんの話。どこかで聞いた話と似ている。そうだ、確かあれも夢でみた。アカデミー時代の先生の話。
「この話。どこか、似ています」
「フェルム地方のことかい?」
「!なぜフェルム地方のことを?!」
おババさんの口から、フェルム地方という言葉が出たことに驚きを隠せなかった。今まで、私以外の口からフェルム地方という言葉をこの世界では聞いたことがなかった。
おババさんはどこか遠くを見つめるようにして呟いた。
「それもそうじゃろうて。フェルム地方。それは、こことはまた別の、先ほどまで話をしたホウエン地方の遠いとおい未来の姿じゃ」