舞い降りた天使
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あれから俺はいつもみたいに何食わぬ感じで目を覚ました。また大勢に囲まれたりしてんだろうな、なんて思いながら事故後の惨劇を想像していたが、違った。
不思議なことに、バスは普通に走っていた。出発したバス停の次のバス停にまもなく到着しますとアナウンスが入る。
あたりを見回してもナマエの姿はどこにもなかった。俺は、近くに立っていた人に尋ねてみた。
「あの。ここに俺と同じ年位の女の人乗ってませんでしたか?ほら、さっきのバス停で俺を降ろすかどうするかとか言って」
「いえ。そんな人いませんでしたけど」
試しに女の子に軽く羽を見たか聞くも、何のことかといった顔をされた。それに、さっきのバス停では俺は降りようとして、やっぱり降りませんと一人で言っていたらしい。これ以上色々と探ると不審者扱いになるため、やめにした。
分かったのは、バスの事故などなかったこと、ナマエの存在がすっぽり皆の記憶から抜け落ちていることだった。ナマエが、何かしたんだろうか?そもそも事故などなかったのだろうか。
そんな不思議な日から少し経った。あれからナマエには全く会っていない。見かけなくもなった。元気にしているのだろうか。そもそも、あの日は何があったのか。ナマエに直接会って聞きたいし、乗客を助けてくれたであろうことにお礼も言いたい。だが、会えない。
寂しい気持ちを抱えつつ、俺は今日もオヤジの店の手伝いをしている。最近客が減ってきている気がする。なんとかしなくてはと新しいメニューを考えたりしながら皿洗いをしていた。
引き戸があき、人が入って来る。いらっしゃいませと声をかけ入ってきた人はカウンターに腰かけた。どうやら客は一人らしい。
俺は皿洗いをやめ、いらっしゃいませと再び言いながらカウンターに向かう。
そこに座っていた人物に俺は驚愕した。何食わぬ顔でそこに腰かけている。
「ナマエ」
「無料券。使えますか?」
「あ。ああ。ってそうじゃねえだろ!今までどこに」
「お腹がすいたのでただの一人の客として来ただけですよ。もしかしてこれ有効期限とかあありました?」
「ねえよ!」
そういい無料券を預かる。オヤジがちょうど休憩からもどってきて、ナマエのことを覚えていたのか、気前よく返事をしてラーメンを作り始めた。
他に客もいないため、俺はナマエの隣に腰かけた。ナマエは気にせず水を飲んでいる。
普通にラーメンを食いに来ただけか。ナマエの横顔をちらりと見ながら、先ほど告げられた内容を思い返す。
ん?さっきナマエはなんて言った。何かひっかかる。お腹がすいた。一人の。
俺は今までのナマエとのやりとりと、先ほどの言葉との違和感に気が付いた。ナマエはお腹がすくことはない。けれど、嘘を言わない。どういうことだ。
「ナマエ。お前、天使じゃなくなったのか?」
「前のあれが天使というべきものなのかは如何ともですが。ええ。今はただの人間ですね」
「はあ?!」
「当たり前です。あんな禁忌を犯したのです。寧ろ、これくらいですんで私の方が驚いていますよ」
「禁忌って。やっぱり乗客を助けてくれたんだな?!」
「リストの死を無視する。記憶を消す。禁忌を二つもですよ」
ああそれと、事故現場を何事もなかったかのように修復することもですね。なんて言っている。やはりあれは夢ではなかったのだ。そして、俺たちはナマエに助けられた。
「ありがとなナマエ」
「天界に住むものは自己犠牲をする人を尊いと考えていますから」
どこぞの救世主と同じですねなんて言いながら氷だけになったコップを口に運ぶナマエ。礼を言われて少し照れるような表情をしているのが見て取れる。
それを微笑ましく見ながらコップに水を注いでいると、オヤジがヘイお待ちとラーメンを運んできた。
「人間になり不便になるかと思いましたが、この空腹という時に食べるラーメンは最高ですね。それに、重い羽もなくなりましたし」
いただきますといって瞳を輝かせながらラーメンを食べるナマエについに抑えきれず声をだして笑ってしまった。