舞い降りた天使
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静寂の空間。まただ。またこの空間にいる。
珍しく俺は立っている。あたりは周囲が漂白されたようなかすんだ空間だ。こんなだっただろうか。そんなことを思っていると、ナマエが現れた。
「無茶なことを。私の仕事を増やさないでいただけますか」
「ナマエ。何が起きたんだ」
「今日あの時、あの場所でバス事故が起き、死者が多く出る。もちろんあの女の子も。子供はいつもなぜか私たちを見つけるのが早いんですよね」
そういいながら、またどこかから出したバインダーを眺めている。今まで、俺はてっきりその人の死の現場にやってきて、その人を連れて行くのだと思っていた。
だが、今日のあのナマエの発言、バスに乗り込んでいたこと。それを踏まえると、思い至ったことがあった。
「ナマエは、人がいつ、どうやって死ぬか前もって知ってるのか?」
「知ってなければこの仕事はできませんが?」
さも当然というように、何を今更と言った雰囲気で返される。確かにそうだ。
「そんなこと、今まで一言も言わなかったじゃねえか」
「聞かれませんでしたので。時間がもったいないです。ジャッカルさんはお戻りを」
「他の乗客たちは?死んじまうのか?」
「ええ。残念ながら」
「嘘だろ」
「私たちは嘘がつけません。とりあえずリストにないあなたをまずは戻します」
そう告げながらいつもみたいに指を俺の額に向けてくる。俺はそれに逃れるように微かに後ろに下がった。ナマエが訝し気な表情を向けてくる。
「乗客を、助けることはできないのか?連れていなかないとか、俺みたいに戻すとか」
「何言っているんです」
「できるんだろ?!」
ナマエは嘘がつけないと言った。それに、聞かれたことがないから言わないとも。きっと、聞かれたことは嘘偽りなく答えるだろう。
「戻す、連れて行く。どちらに送るかの違いだけですからね。けれど、リストに沿わなければ規約違反です。どんなことになるか。それに、大勢が私の羽を見ている」
「見捨てるのかよ?」
「失礼な。リストはいわば運命なのです。かえることは許されない!」
ナマエの顔がゆがんだ。自分でも理不尽なことは分かっている。
それに、今日のバス停でのナマエの表情。あれは疲労ではない。ナマエだって辛い思いをしているんだろう。大勢の死に目を見届け、天に送ることを憂いている表情だったのだと今更ながら納得する。
「俺を、いつも助けてくれたじゃねえか」
「あれはリストにない死だからですよ」
「命は平等なはずだ。おかしいだろ。頼むナマエ」
「平等ですよ。平等に死は訪れる。ただ、タイミングがあるだけ」
「それかじゃあ何だ。俺を送れば、皆が戻ったりすることもあるのか」
「それはどんな計算なんですか。死ぬべきでない人を送ったりしたら、それこそとんでもないことです。馬鹿なことを」
自分でも馬鹿な願いだとは分かっている。いつも困り顔をしながらも助けてくれた彼女に、こんなことを言うのは間違っている。そうは分かっていても、少女らを助けられるかもしれないのに諦めるのは嫌だった。
まっすぐに見つめる俺とナマエの目線がぶつかる。
「あなたは、お人よしが過ぎますね」
こんなはずではなかったんですが、なんて呟きながらナマエが近づいてくる。俺は抵抗しようとナマエの指から逃れようと思った。しかし、思わず視界にとまったナマエの表情に、俺は動きをとめた。
「なんで出会ってしまったのでしょうね」
罪な人です。そう告げるナマエの頬に、一筋の涙がつたっていた。
トン、と額に指が当たった。