祠
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それからも、立海大附属生らは訪れてくる。何か噂を耳にしてなどと言って学生以外の人も訪れるようになってきた。
不思議なものだと思っている中、またテニスをしている彼らがやって来た。その中に見たことのない人物がいた。中性的な顔立ちをしている。
「ここかい?」
「そうだ幸村」
「成程ね。この祠か。いくら感謝してもしきれないね」
そう言い目を瞑り手を合わせ祈っている。静かにお礼を告げてくる。そうか、彼が幸村という人か。初めて見る彼に、その元気そうな姿に安堵する。私は祠に寄りかかりながら彼らを見る。
「それじゃあ次は立海の全国優勝を願おうか」
「高校で三連覇を目指そう」
「そうだな」
「先輩たち、まずは来年の俺の全国制覇を願ってくださいよー!」
「ふふ、仕方ないね」
「なら赤也。願いを聞いて貰わんとな。ほれそこに立ちんしゃい」
「どこっすか?」
「ほれ、ここじゃここ」
「は?ちょっと。え?」
仁王君が赤也君を私の前に立たせる。その近さに驚き、私は思わず逃げるように距離を取る。しかし、仁王君は変わらず赤也君を私の方に寄せる。
「え、仁王先輩祠そっちッスよ」
「ちょ、ちょっと!近い、って。うわあ!」
後ろにあった石に躓き、思わず私は尻餅をついた。仁王君は、あと声を上げた。周囲にあった草花が思わず揺れ、彼らが驚く。
「何だ?今変な風が吹いたか?」
「まあ、そんなとこじゃろうな。大丈夫か?」
一見彼らに声をかけているようだが、彼は確実にこちらを見ている。え?何?見えているの?
「い、いつから?」
思わず出た言葉はそんな言葉だった。驚く私に微笑みかける彼。内緒というように人差し指を唇に当てている。
驚く私をよそに、彼らは願いを告げ、そろそろ行こうとその場を後にしようとしていた。
「またの」
そう言い仁王君も去っていった。何なの?え?
驚きを隠せない私はただ困惑するしかなかった。
次の日、ひっそりと仁王君がまたやって来た。いつものように頭を下げる。しかし、彼はいつものように腰を掛けず私を見つめている。私もまた彼を見つめていた。ばっちり目が合っている。
「こうして話すのは初めてじゃの。昨日はすまんかった」
「いつから、見えていたの?」
「はじめからじゃ」
私は驚愕した。どうやら暑がりが彼にとって涼しい場所を探すのは日課のようなものだったらしい。そして見つけたこの場所。私が前に東北の方にいたのもあるからか、僅かばかりにここは気温が低いらしい。
ふらりとやってきて、思わず誰かがいたことに驚いたらしい。やって来るうちに、彼は私が人でないと勘づいた。そして、赤也君にあの祠には神様がいるとか何とか伝えたとか。
「それで、赤也君が……。立海大附属生が来るのはなぜなのかと思っていたけど、そういうことだったのね」
「皆が皆誰もいなかったと言ってな。それに、赤也と二人で来たあの日。まあそこで確信した感じぜよ」
「全くそんな気配悟らせませんでしたね」
「ま。伊達に詐欺師とは言われちょらんからの」
そう悪戯気に笑う彼。普通に話しているが、よくよく考えたら、いやよくよく考えなくても不思議なものだ。私が人間と話している。時折、こういう存在がいるというのは聞いていたが、そんなものは迷信だと思っていた。まさか本当にいるとは。
「もう知ってそうだが、俺は仁王雅治じゃき。お前さんは、名前あるんか?」
「私?一応あるけど」
「タブーでなければ、教えてくれんか」
「ナマエよ」
「そうかナマエか。いい名じゃな」
そう告げる彼に、驚く。不思議な気持ちだ。自分の名前をあまり今まで意識したことがなかった。気がつけばその名前だったし、誰がつけたのかも分からない。自分という存在を認識した時から自分はナマエだった。いい名。なんだか嬉しくて少しこそばゆかった。
「正直、神様ならもっと難しいような何とかのみこととかそういった名前かと思ったが」
「私は神じゃないよ」
呟く彼に、静かに告げる。そうなのかと疑問を浮かべる彼に、私は自分の存在のことをそれとなく告げる。
「なるほどな」
「神じゃなくてごめんね。私には皆の願いを叶える力はないよ」
てっきり残念がられるかと思ったが、彼はあっけらかんとしていた。
「誰かがどこかで、自分の想いを知ってくれている。見守ってくれている。それだけで、人はがんばれるんじゃ」
「そんなもん?」
「ああ」
「なんか君の方がこの役目、向いてる気がしてきたよ。人は本当に強いね」
そんなことを告げると、彼は声をあげて笑った。
今まで神の存在を見たことがないから、本当にいるのかなんて思ったこともあった。しかし、迷信だと思っていた私たちを見ることのできる人間が、実際にいた。神もどこかにいて今日も誰かの願いに耳を傾けているのだろう。今はそう思えてならなかった。
あ。そうそう。この祠。プロテニスプレイヤーたちが願ったという噂が噂を重ね、参拝者の絶えることがない日々が続きました。それから幾年も大切にされ、今もひっそりと神奈川の地にあるらしいですよ。