祠
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とある冬の日。心痛な表情をした帽子をかぶった人物がやって来た。初めて見る顔だ。ずいぶんと大人っぽいが、彼らと同じ服を着ていることから学生なのだろう。それに、赤也君と仁王君と同じく黒い鞄を持っている。恐らく彼もテニスをしているのだろう。彼は、祠の前に立ち帽子をとり頭を下げてきた。
「神仏にすがるなんぞあまり俺らしくはないが。だが、今は耳を傾けて欲しい」
静かに響く彼の声音に必死さを感じられる。思わず背筋が伸びるような威厳があった。
「幸村の病をどうか。アイツが再びテニスをできるように」
病。今までも確かに病やケガ、それらがよくなるようにという願いを乗せた人々がいた。必死な思いを彼の様子からひしひしと感じる。だが、私にできるのはいつも聴くだけ。快方に向かったという報告もあれば、最期まで頑張っていたという報告もあった。私にどうこうできるものではない。久しぶりに聞いた人の命に関する願いに、戸惑った。私に本当にそんな力があればいいのだが。神という存在を実際に見て、その奇跡を目の当たりにしていれば自信をもって、分かりました大丈夫ですよと言えるのだが。
私はただ黙って彼を見つめることしかできなかった。心痛な表情で目を閉じ、手を合わせていた彼が目を開け頭を下げて帽子をかぶる。
そして、静かにその場を去っていった。
冷たい冬の風が祠の周りを包んだ。私は、その幸村という人物の病がよくなるように祈りを込めて空を仰いだ。
それからも大きく変わらぬ日々が過ぎていった。そして、また仁王君がやってきた。相変わらず軽く頭を下げた後、ふう、と息をつき腰かけた。春の穏やかな陽気が祠を照らしている。彼の持つ鞄をみて、帽子の彼のことを思い出した。幸村という人はどうなったのだろうか、彼を眺めながら考える。
「幸村のこと、聞いてるか」
ふと彼が呟いた。突然のことに、一瞬自分に言われたのかと思い驚く。だが、彼は変わらず地面を眺めている。
「……帽子の人から聞いた。よくなることを祈っているよ」
私が呟くと彼は、徐に立ち上がり去っていった。彼にとっても幸村という人は、大切な人のようだ。
それからも、癖毛の彼たち、今までここに来ていた何人かが定期的にやってきて幸村という人の快方を願っていった。真剣に願う彼らに、自分の無力さを痛感する日々を私は送っていた。
夏が再び本格的にやって来た。人は相変わらずポツポツとやって来る。制服姿の彼ら。彼らの通う学校は、立海大附属という名前だというのも把握した。何回か来たことのある人もいる。ここ1年で、多くの立海大附属生をみてきた。仁王君も時折やって来る。しかし、彼が願いを口にするところはまだ見ていない。
そして癖毛の彼が再び試験の赤点回避を祈願し、無事に通過したことを告げてきた日から少しした頃。
帽子の彼が来た。隣に、前にデータが云々と言ってた人がいる。二人だけかと思ったが、後から何人かがやって来た。彼らは、定期的に幸村の快方を祈りに来ていた人たちだ。その中には、もちろん仁王君もいた。
そして、彼らは頭を下げ礼を何度も告げてきた。どうやら、幸村という人の手術が成功し、テニスを再びできるようになったらしい。今は必死にリハビリをしているとか。
その報告に胸がいっぱいになった。あんなに必死に皆が願っていたのだ。
「そうですか。よかった。皆さんのおかげですね!」
思わず声を上げ喜んだ。では練習だ、と帽子の彼が声をかけ、彼らが続く。彼らの表情が明るい。私も思わず口元が緩む。
ふと、仁王君と目があった気がした。
「ありがとな」
彼が声もなく、口の動きだけで呟く。え?
いや、勘違いでしょう。たまたま、だよね。