祠
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それからもちょこちょこ彼はやって来た。相変わらず願いは口にしないが。どうやら暑がりらしく、ここで涼んでいるようだ。
「全く。願いはないのかな」
そんなことを彼に向かいポツリと呟く。どうせ彼に私の姿、声は聞こえていない。彼は相変わらず何も言わず、去っていく。
それからしばらくして、彼と同じ服を着たまた別の青年がやって来た。ふわふわの癖のある髪をしている。何か訝し気な表情をしているが、祠を見つけた途端ぱっと顔を明るくした。
「おお!ほんとにあった!」
そんなことを叫ぶように呟き、一心不乱に祠に向かってくる。元気な声に驚く。彼は祠に向かい手を合わせ必死に何か言っている。
「次のテスト、赤点回避お願いします!テニスの試合がかかってるんスよー!」
なにやらそんなことを呟いている。勉強のことか。頑張れ。
それから彼は何か思い出したように、お供えしなきゃと言いながらポケットをさぐる。だが、顔色がみるみる青くなる。あれない、とか言っている。どうやらお賽銭がないようだ。ごめんなさいと必死に謝る彼。先ほどの願いといいその必死さ、おっちょこちょいで一人で焦っている彼に思わず笑みが零れた。
彼はどうかよろしくお願いしますと元気に言い、頭を下げて去っていった。銀髪の彼と同じく大きな黒い鞄を持っている。先ほどテニスと言っていたが、彼らはそれをしているんだろうか。
そしてそれからまた少しした頃、相変わらず銀髪の彼はふらりと現れしばらく休んで去っていく。そんな日々を繰り返いしている中、またあの癖毛の彼が来た。非常に嬉しそうな顔をしている。
「ありがとうございました!赤点回避!しかも今まで一番いい成績で先輩たちにも褒められましたよ!」
お賽銭を入れ、開口一番大きな明るい声でお礼を告げてきた。嬉しそうな彼に、こちらもよかったねと思わず声をかける。それから銀髪の彼がやってきて彼に赤也と声をかけていた。どうやら彼らは知り合いだったようだ。
「いやー仁王先輩にまた騙されたと思ったんスけど、本当でした!」
「なんじゃ疑っちょったんか」
「はじめはッスよ!今は信じてますって。ここに祈ってからなんか勉強もやる気が出たんすよ!」
「そうか。ま、引き続き頑張りんしゃい。レギュラー入りももうすぐじゃろな」
「絶対に先輩たちより強くなるッス!」
どうやら彼らは先輩後輩の関係みたいだ。銀髪の彼は仁王というらしい。
「よかったね赤也君。けど赤点回避は普通に君が勉強を頑張ったからだよ」
やり取りをしている彼らを眺めながら、私は思ったことを素直に呟く。
それから不思議と、彼らと同じ服をきた人々がよく訪れるようになった。様々な人物が様々な願いを呟いていく。はじめの頃とは打って変わって人がそれなりに訪れるようになった。
「どうか新体操部のあの子と付き合えますように」
そうか。恋多き時期だもんな。頑張れ。
「オヤジの職が見つかりますように!」
それはなんとまた。苦労人なんだろうか。若くして髪がなくなるほど大変な思いをしているんだな。見つかることを私も祈るよ。
「新たなデータを得たい」
知らんがな。なんのこっちゃ。
そんな若人の願いを聴く日々。あの子とあの子、お互いに思い合っているじゃないかなんて思ったりすることもあった。勉強や恋愛、日常生活のこと。悩みを溢していく人もいる。
けれど、どれも自分で何か答えを見つけて納得している。彼らは自分の力でそういった問題を解決していっている。人間という存在の不思議さを彼らを見ていて改めて感じていた。
こんな日々を過ごす中、今まではそれなりに来ていた仁王君が来なくなった。どうしたのだろうか、と思ったが暑さもおさまり今は冬の厳しい寒さの日々だから涼む必要もなくなったのだろうか。
少しばかり寂しさも覚えつつ、訪れる若人の願いに耳を傾けていた。