桜花爛漫
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「実は、私が見える方は弦一郎殿で二人目なのです」
あれからもナマエが眠っているところを俺が訪れ、目を覚まし談話をする日々が続いた。桜も盛りを迎え、散ることが多くなってきた。ふと、ナマエが風に舞う花びらを眺めながら言葉を溢す。
二人目。その事実に俺はいささか驚いた。
「そうなのか。その者は今どこに?」
俺の疑問にナマエは静かに頭を振った。そして、想いを馳せるような眼差しをもって桜の幹に触れた。
「私を植えてくださった方の、息子様ですよ。と言ってもあの方は、血は繋がっていませんでしたが。3代目の方と兄弟のように育ったお方でした。芽から始まり、私が今のこの姿になる頃、あの方もちょうど弦一郎殿のようなお年頃でした。その方を最後に、今までずっと誰の目にも映らなかった。そして、気の遠くなるような月日を経て、弦一郎殿に出会いました。その時、思ったのです。私が誰かに見える、それは私の始まりと、終わりの時だと」
初めてナマエと出会った時の表情を思い出す。
どこか待ちわびていたのは、長い月日を得て、ついに終わりが来たことを悟った表情だったのだろう。あの時からナマエは己の最期を悟っていたのか。
「もう終わりだと思っても、弦一郎殿に会えるのが嬉しくて。また会いたいと思ってしまったのです」
本来、あの年に終わりにするはずだった己を、俺とのまた来年という約束を守るためにここまで踏ん張っていた。
「ですが、分かります。今年で最期だと」
そう言うナマエは優しく微笑んだ。その微笑みに合わせて桜がざわざわと揺れた。
桃色の雨のもと、一陣の風が吹いた。
人と精霊。交わるはずのない存在であることは分かっている。だが、このように会話をしている。今を共に生きている。そして、別れの寂しさを感じる。精霊であっても、人と変わらない思いを俺は彼女に抱いていた。
「そうでした。弦一郎殿。よろしければ、どうぞ」
ナマエが何かを思いついたように言う。そして、それと同時にどこから出したのか、剃刀のような小さい刀を自身の一房の髪に押し当てた。
何をしていると止める間もなく、ナマエは髪を切った。そして、その髪は霞のように消え、それと同時に桜の枝が一つ俺の側に静かに落ちてきた。それをとっさに抱える。
何事かと戸惑う俺に、ナマエが微笑みかけてくる。
「よろしければ。あと数日のうちに私は切り倒されます。ならば、せめて一房でも弦一郎殿に、と思う私は我儘でしょうか」
「いや。だが、よいのか」
「当然です」
「感謝する」
ふふと微笑むナマエ。その姿に己の口元も自然と緩んだ。
その日はその枝を抱え、その場を後にした。帰る際に住職に出会い、俺の持つ枝を見つめていた。俺は手折ったと思われるかもしれないと思い弁明しようとするも何と言えばいいか戸惑った。
「ほほほ。よき枝じゃの。どれ、巻いてやる」
「これは、その」
「いいんじゃいいんじゃ。枝垂桜も喜んでおろう」
戸惑う俺に対しあっけらかんとしている住職。全て知っているから無用だというような雰囲気で、桜の枝を包んでいる。
不思議な気持ちになりながら帰宅し、祖父にその枝はどうしたのかと聞かれ知り合いの住職にやって貰ったと伝えた。嘘は言っていないと思う。実際に巻いたのは住職だ。
「見事な桜だ。風格を感じる。どれ、その花びらが散ったのちには染物にでもどうだ弦一郎」
「染物ですか?」
まあ楽しみにしておれと言いながら祖父はその桜を生け、居間に飾っていた。