桜花爛漫
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出会いは中学に入学してすぐのこと。
通学路から少しそれたところに咲いていた枝垂桜。その美しさに惹かれ、少しばかり寄っていくことが多かった。
だが、俺が惹かれていたのは桜だけではなかった。その桜の傍らにいる彼女にもまた、惹かれていたと今となっては思う。
桜の蕾が出て花びらが散るまでの季節、彼女はその桜の傍らにいた。桜を見つめている和装の女性に目が留まり、はじめはその儚げな雰囲気も相まって息をのんだ。
それからも通るたびに彼女を見ていたが、ある時違和感を覚えた。あのような雰囲気の和装の女性が一人でいればそれなりに目立つが、周囲にいる人々は全く目もくれずにいた。
そして、桜が散った後の季節になると彼女はどこにもいなかった。
あれは幻だったのだろうかと思うようにしたが、2年のとき再び彼女は桜と共に現れた。あの時と同じ姿見で。
気になった俺は、声をかけた。すると、彼女は驚愕の表情を浮かべていた。信じられないという言葉がこれほどまでにぴったりだろうかと思うくらいに。
「私が、見えるのですか?」
「ああ」
「……そうなのですね」
彼女は何か考え込むような表情をし、それから桜を見上げた。その横顔はどこか寂し気であったが、どこか待ちわびていたかのような複雑な表情が浮かんでいる。
彼女は呼吸を整えるように息をつき、俺に向き直って笑顔を浮かべてきた。その何気ない表情に心臓が跳ねた。
「はじめまして。枝垂桜です」
「やはり、そうでしたか」
「怖くはないですか?」
そう尋ねる彼女は悪戯気に微笑んでいた。
俺が美しいと思うと素直に告げると、再び驚いた表情をしたのちに嬉しそうにした。どこか近寄りがたい雰囲気があったが、話をしてみると人ならざるものであると分かっていても、ただ一人の女性としか思えなかった。
あれから5年の月日が経った。
立海大附属高校3年となった俺は、今日もナマエに会いに来ている。
「おう。真田の坊。今日も来たのか。ほんとに大きくなったのう」
「住職もお元気そうで」
桜を管理しているのは近くの寺であり、自然とそこの住職とも顔見知りになった。好々爺と称するにふさわしい住職から樹齢400年以上だとも以前聞いた。なんでも戦国時代、この地を治めることになった領主が植えたらしい。それからも大切に守られ、この地を見守ってきた枝垂桜。
「二代目の殿様が手ずから植えたと伝えられている。それにほれ、ここらにあった城の主が、いたく気に入っていたとも言われているんじゃ」
そう嬉しそうに語っていた住職が思い出される。しかし、今日はそのいつもの明るさはなく、遠くを見つめため息を溢した。その表情は曇っている。
どうしたのかと尋ねる俺に、謝罪を述べてきた。何事かと瞠目する俺に静かに、ゆっくりと語った。
「せっかくお主のような若人が気に入ってくれているが、あの桜はもうすぐ寿命なんじゃ」
その一言に、俺は冷や水をかぶったような気分になった。
寿命。そうか、生あるものは必ず終わりが来る。当たり前のことだが、どこか彼女は変わらずそこにいると思っていた。
「いつか伝えねばと思ってはいたんじゃがな。真田の坊が来るようになった次の年。5年前かの。あの時から実は、今年が最後じゃろうと思っておったが、その冬に再び蕾をつけよってな。それが続いた5回目の今年は蕾の数が少ない。恐らく今年こそ最後じゃないかと思うてな」
真田の坊の卒業と同時におしまいかのうと空に呟く住職。
その言葉に、俺は身に覚えがありすぎた。
ここ2年程、ナマエは座っていることが多かった。そして昨年は眠っている姿を初めて見た。目を覚まし隣に座っている俺に驚くといったやりとりがしばしばあった。
住職と別れ、俺は枝垂桜の方に向かった。ナマエは咲き誇る桜にもたれ掛りながら眠っていた。
その寝顔に、今までは愛しさがあったが、今は寂しさが胸に広がる。
また来年に、俺が最初にそう言ってから、毎年最後の花びらが落ちると同時にナマエはその言葉と共に隣から消えた。
今年が最後。そう思うと胸が締め付けられる。
「ナマエ」
名前がないと言った彼女に贈った名前を呟き、己も桜にもたれ掛るようにしてナマエの隣に座る。
桜の花びらが風に揺られ桃色の雨を降らせている。その一つひとつに散らないでくれと思わずにいられなかった。
「……弦一郎殿?」
隣から声がする。そちらを見ると、ナマエはまたやってしまったというような表情をしてこちらに挨拶をしてくる。
俺は気にする必要はないと伝え、いつもと同じく二人で学校でのことなど他愛もない話に花を咲かせ過ごした。