合縁鬼縁
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「はなして!もう、もういいの!」
「ナマエ!」
「なんで。なんでよ。だって、皆。皆あの子を信じて、私を信じてくれない。今までの絆なんて幻だったの。もういいの!生きていたって」
辛いだけだものと紡ぐ彼女の悲痛な叫びに、俺は思わず抱き寄せた。離してよと叫ぶ彼女を宥めるように、フェンスから引き離し、俺は固くかき抱く。二人きりの屋上に風が吹く。
「分かっている。分かっているから。ごめんなナマエ。ごめん」
囁くように呟く俺の顔は、きっとこれから先もないほど情けないだろう。こう思うのも何度目だろうか。
「今は辛くてもな、これからたくさん楽しいことが待っている。全てが間違いだったって、あと数日で皆が知る。幸村君たちもナマエを信じていて、分かっていた。けど、アイツがぼろを出すにはああするしかなかったんだ。今は俺の言うことなんて信じらんねえかもしれないけど、あと数日、あと数日だけ待っていてくれ」
ナマエは黙って俺の言うことを聞いている。俺を信じていいのか、疑問をもっているだろう。それもそうだろう。急に、そして突然こんなことを言うやつが現れたら、どんな奴だってビビる。けど、なりふり構ってなどいられないんだ。俺だって必死だ。最悪の結末を避けるために、そのために俺は此処にいるんだから。
ナマエは話を聞いてくれている。俺は、今より少し瘦せぽっちな彼女を抱きしめながら祈るように言葉を続ける。
「それからは、変わらず二人で仲良く仁王のパッチンガムに引っかかる記録をどんどん更新していくし、ナマエはマネージャーを続けて高校で全国優勝して今度こそ3連覇するし、W杯に応援に来て変な奴に絡まれているところを助けてから、俺と付き合うようになる。そんでな、俺と初めてのデートで俺と同じ量食べようとして苦しくなっておんぶして帰ったりする。それにこの前なんて、大学でもな……」
ナマエとの思い出を懇々と語る。ナマエは固まっている。どうして、といった表情をしている。ふと、彼女の袖から覗く痣が目に留まった。胸に重いものがのしかかる。中学生の頃の彼女の姿を見つめながら、思い出を語る度、後悔の念も強く自分に押し寄せる。鼻声になる自分の声に、その情けなさと罪の意識から紡いでいた言葉が止まる。
「丸井、君?」
「……だから、バカなことしちゃだめだ」
ナマエを抱き寄せる。ごめんな、という思いを込めて。
「生きてくれ。未来で、必ず俺がお前を幸せにしてやる。約束する」
そう伝える俺の視界は徐々に暗転していく。真っ黒になる頃、ナマエからのありがとうが耳をかすめた。どこか遠くから焦ったように彼女を呼ぶ声と、屋上の扉が勢いよく開く音が聞こえた。
ブン太、と俺を呼ぶ声がする。真っ暗だった視界に突然光が差し込み、思わず目のところに手を翳す。
「ブン太ー?何してるの?もうすぐ休憩も終わ……ってどうしたの?!」
目の前には、先ほどまで会っていた人物。逆光で分かり難いが、確かにそこには少し大人になっている彼女がいた。
ナマエと名前を呼ぶと、笑顔でおはようと挨拶をしてくるが、俺の目元を指さす。何かと思い自分の目元に指をやると、指先が濡れた。どうやら寝ながら泣いていたようだ。毎度のことだ。
「なんじゃ騒がしいの」
「仁王君。ブン太がなんかまた泣いてる!どうしよう」
「落ち着きんしゃい。夢でお菓子でも食べ損ねたんじゃろ」
そんなやり取りをしている彼女と友人の様子に、ナマエの笑顔に心臓が掴まれたような気分になる。よかった。ちゃんと、生きている。
仁王と俺の夢の内容について考えているようだが、お前らは俺イコール食べ物しか思いつかないのかよいなんてツッコミを入れたくなる内容を延々と話している。全く、なんて思いながらお菓子や食べ物の話を聞いていると単純な俺は、お腹がすいてきた。するとナマエがそんな俺を見て、きょとんとした表情で首を傾げてくる。
「やっぱり、お菓子食べ損ねたの?」
心配気な表情を浮かべるナマエの後ろで仁王が含み笑いをしている。
中学の頃のお前に会いに行っていたんだよ、なんて言ったら二人はどんな表情をするんだろうな。寝ぼけていると思われるだろうな。
あの夢のやりとりは、何回目だろうか。あの夢を見る度、起きたときにお前がいなくなっている世界になっているんじゃないかって不安になるんだ。けど、毎回ナマエは笑顔で迎えてくれる。その瞬間いつも、色んな想いがぐちゃぐちゃに交わって、胸が押しつぶされそうになるんだ。
「まあ、そんなところ」
絶対に手をはなさない。あの時、そう決めたんだ。
だから、俺は何度だって、夢の中でお前を止めに行くからな。