合縁鬼縁
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「私、こう見えて特撮とか大好きなんですよ」
「はいはい」
逃げる私を付け回すのは、学校では紳士とかなんとか言われているらしい人物。足が長いのか、私は早歩きなのにペースを変えていない彼との距離は一向に離れない。
なんでこんなことになったんだ。数日前の自分の失態を嘆く。
「ナマエさんは優しすぎるんです」
「どこが」
「身を粉にして人を守っています」
どこまでも付け回してくる彼。前にたまたま彼を助けた。何故かばったりと会うことが多く、術を使っているところを目撃された。それからも何かと付きまとわれている。今まであまり人には見られないようにしてきたのに。やってしまった。
術を使えば簡単に逃げられるが、ここは人気が多い。きっとわざとこのような人が多いの中で毎回付け回しているのだろう。賢いのか何なのか。逃げ切るのは無理だと思い、歩みを止め、振り返る。おやと声を上げ少しばかり嬉しそうな様子に、思わずため息が溢れた。
「そんなことない。その認識は、間違っているよ柳生」
「そうでしょうか。私は貴女が人を慈しんでいると思いますが」
「私が?」
「違いますか?」
「ええ。私は、ただ自分の役目と思えるものをやっているだけ」
「ですが、それは誰かに強要されたものではないでしょう?」
眼鏡を上げながら射貫くような目線をそそがれる。彼はどうしてこうも自分の心をかき乱すのか。その視線のいたたまれなさや返答に困った私は、静かにうつむいた。
「それならば、貴女はやはり人を慈しんでいます。誰が何と言おうと、私がそれを認めます」
そんなことを言う彼に、胸が痛んだ。
違う。そんな綺麗なものじゃない。不安に押しつぶされそうになりながら必死に生きているだけなんだと叫びそうになる。
自分が経験したことのない記憶に戸惑うが、それは確かに自分の記憶でもあった。1000年以上の莫大な記憶。時には貴族の傍仕えとして、時には武家の姫として、時には貧しい村娘として……。自分が自分でなくなる感覚、だがその自分を飲み込もうとしているものもまた自分だ。
ミョウジナマエという私と、人を守る存在としての私。繰り返す生に、次こそはもう、と願った前の時代。だが、今回もまた地上にいる。さらに今までよりその存在としての記憶がやってくるのに時間がかかった分、ミョウジナマエとしての自我が強い。
そして、今まで自分が人々を守る超人的な存在だと認識する前の人生を送っていた自分は、本当に自分だったのだろうかと思うようになった。そこには私ではない私がいて、その人の生を私は摘んだのではないかと思うようになった。一人の人間を殺したのに等しいのではないかと。
そんな私が人を守り、人を慈しんでいるなど、なんとも説得力のない馬鹿げた話だ。
地上に初めてやって来た時、人々は吉兆だと言った。そして、私を地上に引きとどめた。私も人を守る、私なら災厄から人々を守れるなど愚かな考えをもって、天が迎えに来た時に地上に残ると伝え戻らなかった。
その後、天に戻ろうと思った時、地上の穢れを受け過ぎたのか、私は天に戻ることはかなわなかった。そして、天はいつの間にか私に代わり麒麟という存在がいた。私は酷くうろたえた。なぜ。
地上にも天にも、自分の居場所を見いだせなかった。人を守ることで自分の存在意義が確立できるのではないかと続けていた。
「ナマエさん?」
「あのさ、柳生」
柳生が私を見つめている。彼は私を美化しすぎている。もういっそ心の内を伝えれば、彼は目を覚ますだろう。そう思い、胸の内を吐露した。これでもう構わなくなるだろう。少しばかり寂しさが胸の内を吹き抜けたが、これでいいんだと自分に言い聞かせる。
しかし、柳生は私の予想を裏切った。微笑みながら、そうですかと呟いている。それにあろうことか、胸の内を告げたことに笑顔で感謝を述べられた。思ってもいない反応に、思わずたじろぐ。
「それでしたら、私が貴女を守ります。いけませんか?」
「あなたが?私を?血迷ったこと言わないで。力もないのにどうやって」
「何も力がなくては守れないわけではありませんから。ですが語弊がありましたかね。守るのではなく、隣でお支えします」
「はい?」
「貴女の居場所?それなら、とっておきのがありますよ。私の隣です」
「ちょっと柳生サン?」
「さ。そうと決まればナマエさん。さっそく困っている人を助けに行きましょう」
有無を言わさず私の手を引く柳生。そういえば最近こんな話を耳にしましてね、なんて話を始めている。どうやらその話の元に向かおうとしているのだろう。
何かつき物でも落ちたかのように楽しそうにしているその姿に、こちらも毒気を抜かれる。今までこんな存在はいただろうか。自分を崇めたり、慄いたりする一歩引いたもの達ばかりだった。隣に立つ、そんなことを言う愚かな存在がいたとは。私の手を引き前を歩む彼の姿に、胸が高鳴る。思わず口元が緩んだ。
私が天に戻るその時も、一人の人間が絶えず私の隣にいた。