その他
氏照兄上と幻庵殿から教わった笛を、指に覚えたまま奏でる。
――小田原の使者から、北条氏康の訃報が告げられた。
最後に会ったのは、相模を去る時だった。美しい妻と優しい義父上、頼れる家臣たちに囲まれ、小机で幸せをつかんだと思っていた。そんな中で突然告げられた越後行き。はじめはその理不尽さに嘆いたものだ。だが、北条のため、そう父に苦し気に告げられた。兄上たちも言葉は少なかったが、自分を心配しているのも分かった。
いつか兄上たちと共に、北条を支える。その一翼を担いたいと思っていた。場所は違えど、北条のため。そう思い越後へやってきた。
そして今、その越後でまた冬を迎えようとしている。相模の穏やかな海と違い、荒れる黒い海が広がっている。
去る前日に、父とともに海を眺めた。相模を、関東を思う領主の眼差し。父は領主としての選択は間違っていない、だが、父親としては間違っていると呟いた。そして、北条を頼むと、離れていても心は繋がっていると父は己に言い聞かせてきた。
兄上たちはどうしているだろうか。元から、父は第一線を退き、氏政兄上が北条を率いていた。あの几帳面な兄だ。きっと今も綿密に色々なことを考え行動を起こしているだろう。
自分にできることはなにか。考えれば考えるほど、悩みの種は尽きない。
父の穏やかな笑顔が浮かぶ。その魂が安らかであるように、願いを込めて静かに笛の音を紡ぎ続けた。
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