四季めぐり
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再び桜の季節がやって来た。学年も上がり、今年は昇段審査もないため穏やかな心持ちで春季休業を過ごした。居合道にも向き合う時間も多く取れ、師範からも褒められることが多くなった。
居合道部は、相変わらず練習に参加している人数は変わらない。見学している人に、帰り際に声をかけても遠慮がちに断られてしまう。何人か入ってはくれたものの先輩が抜けてしまった分、振り出しに戻っている。
もうすぐ新入生歓迎会。そこの部活動紹介で、なんとか新高校一年生を何人かでも勧誘できれば、と踏んでいた。
「テニス部は新入生歓迎会どうするの?」
「俺たちは例年通りだよ」
部活紹介に向けて集まった部長会で、相変わらず隣に座っている彼に尋ねる。テニス部は伝統もある部活であり、新入生歓迎会は恒例のものがあるようだ。
居合道部は、恒例も何も昨年度までアナウンスのみ。困ったものだ。
部長会が始まり、司会が居合道部はどうしますか、と他の部活同様に聞いてくる。
「検討中です。今年は何か舞台でできたらと思ってはいますが」
そう答えると決まり次第教えてくださいと伝えられた。どの部活ももう殆ど構想は決まっていそうだ。期日を伝えられ、部長会は解散した。
放課後の部活。道場に集まり、居合道部の皆で練習前に頭を抱える。それぞれが険しい表情をしている。傍から見たら一見、何かの厳格な話し合いのように見えるが、話し合っている内容は部員確保のための部紹介の出し物だ。だが、皆で目指している団体戦に向けた人数確保のため、真剣なのは確かだった。
なかなかいい案が出ないまま、とりあえず雑念を払うために練習しようとなり、練習を開始する。
部活もお開きになり、着替えをして帰路に就く。校門付近に立っている桜が風に揺られ、花びらが降り注いでいる。
「大和」
桜と空をみながら歩いていると、声をかけられる。真田君だ。制服姿でテニス鞄を背負っている。彼も部活帰りだろうか。お疲れ様と声をかけると、一緒に帰らないかと誘われる。彼からの誘いに二つ返事で了承した。
「一緒に帰るの、はじめてだね」
「そうだな」
お互いに駅までではあるが、並んで歩く。最初に出会った時は、背丈もそんなに変わらないくらいだったのに、今ではすっかり彼の方が大きい。
今年もクラスは別々だった。クラス発表のとき、彼の名前を先に見つけ、そのクラスの名前一覧を見たが私の名前はなかった。何人か仲の良い人と同じクラスにもなり、全体として雰囲気はいいクラスだが、彼がいないことがやはり寂しかった。
「何か悩んでいそうだな」
「わかりやすい?」
私が困ったように笑いながら尋ねると、彼は首肯した。素直に新入生歓迎会のこと、居合道部を何とかしたいという悩みを伝える。
「俺が……」
「大丈夫だよ。正直言うとね、真田君がいたらって思ったこともあるんだ。けど、それは違うとも思った。私は私で頑張りたい。真田君は、大好きなテニス部で頑張ってほしい」
「そうか」
真田君が困ったように、だがどこか納得したように笑う。優しい真田君が、申し訳ないと思わないように願った。
「大和は居合道が好きなんだな」
「うん」
「なら、その思いを素直に表現したらどうだろうか。大和の居合を始めた理由、続ける理由は何だ」
共に悩みながら、そう真っ直ぐに問いかけてくる真田君。私の理由。思いを表現すること。
考え込む私に真田君は何か言いたそうにしていたが、駅に着いたことで会話も終わりを告げた。
電車は別方向だった。また明日。そう言い別れる。電車の窓を流れる風景を眺めながら、私が居合道を始めたきっかけを思い返していた。あの黒い袴での演武。厳粛な雰囲気。そして、居合道の精神。何か、答えが見つかった気がした。
次の部活の時、私は顧問も交えて新入生歓迎会の案を提示した。賛成の意見を貰い、私が当初思っていた形とは少しばかり異なったが、部員からの意見を吸い上げ、私は部長会に提出をした。
桜が葉桜に近くなってきた。校門には真田君がいる。昨年に引き続き風紀委員をしているようで、張り切って生徒の身だしなみの確認をしていた。変わらずの厳格さに微笑み挨拶を交わす。一週間もしないうちに移ろう桜の儚さも感じつつ、立海の校門を潜る。
今日、立海大附属高校では、新入生歓迎会が行われる。
教室からは校門に立つ彼が微かに見えた。もうすぐ門が閉まる時刻だ。ものすごい勢いで走ってきた男の子に対して怒鳴っている彼の姿に驚く。男の子は知り合いだろうか、平謝りをしているが何か言ったのか、拳骨が今にも飛びそうだった。あ、飛んだ。
「あれは切原赤也だ」
「切原?」
「立海テニス部の下の学年のエースだ」
「ということは一年生?」
同じクラスになった柳君が、私が眺めている横で解説をしてくれる。どうやら、中学の時も切原君は3年生に交じって2年生でレギュラーだったようだ。やんちゃな面があり、真田君によく目をつけられていたとも教えてもらった。それだけ期待しているのだろう。賑やかなテニス部が更に賑やかになりそうだなんて思いながら、予鈴が鳴りそれぞれが席に着く。
新入生歓迎会。もうすぐ居合道部の出番だ。
身だしなみ、よし。持ち物、よし。部員や顧問に見つめられながら細部までチェックする。頑張れ、頼んだ、自信もってなど声をかけられる。
会場は盛り上がっている。その盛り上がりの様子に、本当に大丈夫だろうかと不安がこみ上げてくる。大丈夫。そう自分に何度も言い聞かせる。下手したら昇段審査のときより緊張しているだろう。
続きまして、居合道部です。とアナウンスが入る。私は大きく息を吸う。部員の皆が、部長と声をかけ私の背中を応援するように叩く。彼らは制服姿だ。今、ここで居合道着を着て刀を持っているのは私だけ。
深呼吸をして、皆に行ってくるね、と声をかけて真っ暗な舞台に向かう。私がでると、私を照らすように明かりがつく。平常心、大丈夫と、呼吸を整えて舞台の真ん中に赴く。
始めは賑やかだった会場は、私が一礼をすると、静寂に包まれていた。
刀礼から始まり、私は演武をする。いつもと変わりはしない。己に打ち勝つのみ。いつもと違って、自分一人だけの風を斬る音と衣擦れの音。
演武を終え、終わりの礼を行う。まるで自分一人しかこの世界にはいないのではないかというくらい、静かだった。
静かに舞台に立ち、私は息を吸う。居合道は己を敵として己と向き合うもの。入部を待っていることを告げ、一礼をする。私は静かに舞台袖への向かう。一つ、また一つと静寂を切り裂くように拍手が鳴り、袖に着く頃には賑やかになっていた。
「き、緊張したああ」
舞台袖に着くなり、私は糸が切れたようにへたり込んだ。部員たちや顧問が恥ずかしいくらい褒めちぎってくる。
はじめ私が案を持ってきたときは、居合道部の皆で演武をするつもりだった。けれど、一人で厳粛にやるのはどうだろうとなり、部長の私が指名され一人ですることになった。
どうなるかと思ったが、何とかなったようで安心した。あとは、新入部員を待つだけだ。
居合道部の発表が終わったため、片付けをして鑑賞席に戻ることになった。私は着替えをする必要があったため、控えの部屋のようなところに向かう。
「大和!」
向かう途中に大きな声で名前を呼ばれびっくりする。この声は彼だ。何かと思い、立ち止まり彼の方を向く。
「その……、美しかった」
呼び止めたときの迫力はどこにいったのか、どこか気まずそうに言葉を告げられる。その様子、言葉に思わず顔に熱がいく。こみ上げてくる嬉しさに笑顔が抑えられなかった。
「ありがとう!真田君のおかげだよ」
もうすぐテニス部の出番があるだろう。私は、頑張ってねと手を振り、ふわふわとした気分のまま、控えのところに駆け出した。
結果として、居合道部の部活紹介は御の字だった。一年生だけでなく、二年生からも入部届がきた。部員の数は、10人を超えた。それぞれが幽霊にならないことを全力で祈りつつ、団体戦への参加の兆しが見え始めていた。