無声の声
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四天宝寺の門を何とか潜り、白石が撫子の肩をちょんちょんと突いた。撫子が何だろうと視線を向けると、白石はどこかを指さし、指を行ったり来たりさせる動きをした。
「行きたいところがあるの?」
白石は頷き、一緒に行こうとばかりに手招きのような動作をした。
「うん、行こうか」
撫子が告げると、白石は嬉しそうに目を細めた。並んで足を進める。
少し歩くと、テニスボールを打ち返す音が響いてきた。どうやら、白石はテニス部に用事があったようだ。
「もしかして、金ちゃんの様子を見に?」
撫子が尋ねると、白石は正解とばかりに頷き、苦笑を浮かべた。
全国大会も終わり、今は次期部長の財前が中心となって活動をしている。白石たち3年生が顔を出すこともあるが、基本は財前に任せていた。
だが、財前は天真爛漫なルーキーをコントロールする術を磨いている最中だ。そのため、遠山のこととなると、白石が時折顔を出して様子を見ていた。
白石と撫子が揃ってコートへ姿を見せると、練習していた後輩たちが嬉しそうに声をかけてくる。前部長とマネージャーの来訪は、それだけで部員たちを安心させるようだった。
「金ちゃんは、さっき千歳さんを見かけて、すっ飛んでいきましたわ」
全くとばかりに、撫子たちの傍にやって来た財前が伝えた。
「ほんま、あと数カ月で何とかなるんスかね。もういっそ、金ちゃんが卒業するまで留年してください」
そう言い残し、財前は後輩たちの方へ戻っていった。堪忍してとばかりに、白石が苦笑を溢した。
撫子と白石は、少し離れたところから遠山の元気な声が聞こえてきたのに気が付いた。二人で顔を見合わせ、そちらに向かう。
向かった先に視界にとびこんだのは、千歳と遠山が下駄で「あーした天気になーれ」なんてやっていた。飛んできた下駄が、すさまじい音を立て、地面にめり込む勢いで目の前へ落ちる。
「……千歳君の下駄は、凶器だね」
そんなことを呟く撫子に、白石も思わず肩を揺らして笑う。のんびりと下駄を拾いに来ていた千歳が、白石と撫子の存在に気が付いた。遠山も元気よく千歳を追いかけてやって来た。
挨拶を交わし、白石が話せないことを告げると、二人は驚きを隠さなかった。心配の表情を浮かべ、白石の体調を労わっていた。だが、遠山が何か気が付いたように、あっと声をあげる。
「――ってことは、白石の説教もしばらくないってことやんけ」
ポロリと溢した一言に、白石の眼が鋭くなった。それを見た撫子が、やれやれとばかりに眉間に手を当ててため息を溢した。
そんな二人の様子を見た千歳が、ひらめいたとばかりに笑った。
「金ちゃん!」
「な、なんや、千歳?!」
突然声をあげた千歳に、遠山は驚きの表情を浮かべた。そんな遠山に対し、千歳は「実はな」と声を低くして内緒話をするように体を屈め、言葉を続けた。
「白石は――荒れ地の魔女と契約して、声を奪われてん」
突然遠山に真剣な面持ちで、語り始める千歳。その千歳の雰囲気に遠山が息をのんだ。
「ちょっと、千歳君?」
撫子と白石は千歳に戸惑いの目を向けるが、「任せとき」とばかりに自信あり気な顔をした。二人は、静かに千歳を見つめ、様子をみることにした。
「ばってん、魔女との契約内容を忘れてしもて、」
「白石アホやなー!」
「呪いん声になってしもうたんや」
「なんやて?! の、呪い?! 声が?!」
「せや。まさしく呪言や。毒手以上にえげつなかばい」
「げげげ。毒手以上やって?!」
「ちゅー訳や、金ちゃん。俺の言う事きかんと、呪言くらうで?」
遠山の背後から近づいて来た財前が、遠山の頭に手を置き、告げた。どうやら、財前はやりとりを聞いていたようだ。
「呪言嫌やー!!堪忍してえな!財前―、大人しゅう言うこときくわ!」
「金ちゃん。今、白石は周りば傷つけんために封じとう。何とか俺達で解呪方法ば見つくるまで、テニス部ば頼んだと!」
「そういうことやったんか……。ワイ、ちゃんとテニス部守るで!白石ー!はよ呪い解いてな!行くで財前!!」
「はいはい」
すっかり千歳の話を信じ込んだ遠山は、眩い笑顔と共に、財前を引っ張りながらテニス部の練習に戻っていった。
嵐のような騒がしさが去っていった。
「あれを、信じるのね」
呆気にとられたように思わず撫子がポツリとこぼした横で、千歳が伸びをした。
「素直やねー金ちゃん」
白石が少し申し訳なさそうに笑いながら、千歳に身振りでお礼を告げた。自分が不調の間、遠山を上手く制することができるか心配だったようだ。白石が、安堵の息を微かについた。
「お大事に。早う良くなることば祈っとう。撫子ちゃんも、白石んこと頼むばい」
そう告げ、千歳は鼻歌を唄いながら去っていった。爽やかに去っていくが、あちらは校舎の方向ではない。撫子と白石は、それを気にしないようにした。
「なんか、朝からどっと疲れたね」
時計を見ると、もうすぐチャイムが鳴る時刻に迫っている。まだ登校の段階であるが、遠い目をして言葉を落とした撫子の横で、白石は首肯した。空は、先ほどより更に厚い雲に覆われている。
そんなどんよりとした空を背景に、撫子と白石は並んで、教室へと向かった。
「――ええ?!白石、それホンマか?!」
撫子は2組の教室までついていき、謙也に事情を説明した。謙也は他の皆と同じく、驚きつつも白石に気遣い声をかけた。
「まさか、パンイチでヨガでもして、そのまま寝たんとちゃう?」
「え、そうなの蔵?」
二人の問いかけに、白石は「そうそう実は」というように優雅にポーズを決める動作をした。ドン引く表情を撫子がしたため、焦ったようにちゃうちゃうとばかりに手を翳し、頭をふった。どうやら冗談らしい。
「けど、普通にあり得そうなんだよね」
「やな」
そんなことを言っている二人に、ため息を溢す。それから、謙也がふと何かを思い出したように、あっと声を上げた。
「どうしたの謙也君?」
「いや。ほら……もうすぐ、木下藤吉郎祭やん?」
木下藤吉郎祭――四天宝寺の文化祭だ。それに白石も何かピンと来たのか、どこか気まずそうな顔をしていた。
文化祭実行委員である撫子は、白石と謙也が所属する2組はミュージカルだったことを思い出した。
「蔵?」
「2組の出し物、白石が主演やねん」
「えっ、そうだったの?!」
謙也が気まずそうに伝え、撫子は目を丸くして白石の方を向いた。白石は、眉を下げ、肩をすくめている。
文化祭ではそれぞれのクラスが、何かしら出し物をする。お店であったり、発表であったり。他クラスである撫子は、白石がその主演だとは知らなった。文化祭までに治るのか、そんなことが頭によぎったタイミングで、ちょうどチャイムが鳴った。
撫子は自分のクラスに戻ることを告げ、2組を後にする。二人も笑顔で挨拶を返した。
去り際に見た白石の表情に陰りに、撫子の胸に不安が広がった。
白石の笑顔の中に感じた違和感を頭の隅に残したまま、撫子は昼休みをむかえた。
今日は、文化祭前の最後の通常時程で、昼休みに文化祭実行委員会が開催される。この全体会で最終調整をし、来週からは本格的に準備期間に入っていく。撫子は気持ちを切り替えるように小さく息を吐き、パタパタと会場に向かった。
ちょうど2組の実行委員の隣になったため、撫子は会話の中でさりげなく2組のミュージカルの話題をふった。
「そうなんよー、クラスの皆で主演は白石君!ってなってな。まあぴったりやろ?!」
自慢げに笑顔で告げる実行委員に対して、撫子は、微かに頷いた。見た目もそうだが、歌も上手い彼がミュージカルの主演にピッタリなのは、間違いなかった。
「台本とかそういうのは、各々もう既にやっとってん。今日の放課後から、皆でがっつり練習なんや」
ちなみに脚本のクオリティもばっちりやで!と親指を立てている。だが、一拍置くようにして、実行委員は息をついた。
「……やけど白石君が、喉やられとるみたいでな。無理はせんで欲しいけど、どうなんやろなぁ」
椅子をゆりかごのようにギコギコさせながら、独り言みたいに告げた。
撫子がどう返事をしようか考えたタイミングで、担当の教師がスライディングで入ってきた。ヘッドスライディングだ。さすがの四天宝寺、すかさずツッコミが入り、教師が寝そべったまま「ほな、委員会始めるでー」と告げた。
それぞれがツッコんだりと騒がしい中、撫子はその喧騒がどこか遠いところに感じられた。
ちらりと見た窓の外は鉛色で、校庭までも色を失ったように見えた気がした。
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