四季めぐり
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二段の昇段審査の後から、私は大会に参加するようにした。
はじめは地区内での小さな大会の団体戦から始め、少しずつ大会にも慣れてきた。
師範たちは、個人戦では大会に参加していても、道場ごとの団体戦は今まで二段以下の段位の人がいなかったため、参加できていなかったらしい。今回、二段の私が入ったことで、団体戦に参加できるとのことだった。
私が大会に出ることで師範たちの機会が得られたということだけでも大会に参加している価値はあったと思う。それと同時に、今まで参加せずにいたのが少し申し訳なく思った。
私が謝ると、無理強いさせたくなかったから気にしなくていいと師範は言ってくれた。それに加え、何か顔つきが変わった、何か自分の中で答えが見つかったのかな、なんて言われ、演武も褒められた。
真田君からもらった勇気で、私はがんばれそうだった。
真田君が言った、大会でも常に己との戦い。まさにその通りだった。
はじめのころ、連勝が続き、勝つことを意識して勝負にこだわってしまっていた。それから初めて負けた時、また試合が怖くなってしまった。けれど、師範と真田君の言葉を思い返した。勝負へのこだわりで自分を見失っていたと気が付き、克己の精神をもって修行に励んでいった。
そして県大会。残暑が厳しい中にも秋らしさを感じつつある季節、師範から個人戦に参加しておいでと背中を押され今回参加している。
個人戦は初めてだ。
いつもの昇段審査の会場と同じだが、季節が違うのもありまるで違う会場のようだった。
「大和?」
「真田君!久しぶり」
緊張をほぐそうと会場内を歩き回っていたら、あの声がした。真田君。上下の黒の居合道着がよく似合う。半年ぶりくらいなのに、また背が伸びている気がする。幽霊でも見たかのように驚いた顔をしている彼の表情が少し面白くて笑ってしまった。
「面白い顔してるね。そんなにびっくりした?」
「……ああ。大会、でるのか?」
「うん。はじめての個人戦」
「そうか」
真田君は微かに笑っていた。どうやら、真田君もこの県大会、個人戦で参加するらしい。同じ段位。勝ち進めばどこかで当たるだろう。
ふと、大会用に左胸に記された支部と名前が目に留まる。私の支部とは少し離れている。通りで今までの小区画の大会では会わなかった訳だ。
「お手柔らかに」
「たわけたことを」
相変わらず古風な物言いだ。その精悍な顔立ちも相まって、ほんとに同い年なんだろうかと思いながら、挨拶を交わし別れた。
大会はトーナメント方式だ。私は真田君と真逆のところにいた。いつも通りね、と師範たちに言われ、大きく息を吸い祈るように愛刀を握って順番を待つ。
試合は一対一で紅白に分かれ、主審一人と副審二人の合計三人の揚げた旗のうち、多い方が勝ちとなり、最終的な勝者の旗を主審が揚げる。
一回戦。二回戦ともに三つとも私の色が揚がった。順調に勝ち進んでいる。二段はそんなに人数も多くないため、次の三回戦で勝てば決勝となる。
自分の番以外は精神統一をしようと静か座って待機していた。
三回戦の相手は同じ段位だが、年齢はかなり上のご高配の方だった。それだけで貫禄があった。怯みそうになる己を鼓舞して、次が自分の試合のため、並ぶ位置につこうとする。
そこに向かうとき、真田君と目が合った。真田君はまっすぐにこっちを見ている。今さっきまで行われていた、もう一つの三回戦。勝ったのは彼だ。微かに頷くようにして真田君は去っていった。
三回戦。副審の一人は相手を揚げたが、二対一で主審の揚げた旗は変わらず、私が勝ち進んだ。
試合後の対戦相手との礼の挨拶の後、相手は悔しさも少し滲ませながら、今まで知らなかったけど、貴女なら優勝しそうだねと言われ応援された。
いよいよ決勝戦。師範がいつも通りいけば問題ないと笑顔で応援してくれた。対戦相手は真田君。昨年度の覇者だ。
若い者同士の対決と言うこともあり、会場にいた人の注目を浴びていた。
互いに開始線まで進み、「始め」と宣告がされる。
正面の礼を行い演武を行う。刀が風を切る音、衣擦れの音だけが響く。無心だった。
ほとんど同時に終わりの礼を行い、試合が終わった。不思議な感じだった。刹那とも永遠とも感じる時間。
主審が呼吸を整え、判定が出される。
副審二人が赤。主審が白を揚げた。
主審が左右を確認し、白を下げ、赤を掲げる。
勝ったのは、赤の真田君だった。
息をつき、後ろに向かう。互いに向き合い試合後の礼を行う。
互いに無言で立ち上がる。立ち上がると同時に緊張の糸が切れた。大きく息を吐き深呼吸をする。
「緊張した。真田君はやっぱりすごいね。ありがとう」
「主審は白を揚げていた。互角だった。俺こそ礼を言う」
「そんなこと言って。次は全部私の旗を揚げてみせるからね」
「望むところだ」
お互いに笑い合う。その厳格な雰囲気と違い、話をしてみると気さくで、やっぱり同い年だなと実感する。
私たちが話をしていると、互いの道場の人たちが来た。師範同士で言葉を交わしている。なんか家の子自慢のような会話をしていて笑ってしまった。
優勝を逃したのは少しばかり残念だ。けれど、あの真田君と二人でこの武道館で、並んで演武をしていた。あの時間、それだけで何だか心が満たされる。
「ありがとね、真田君。またね」
「ああ」
真田君が柔らかく微笑む。その優しい表情に、胸が高鳴る。
この時挨拶して別れたときは、昇段審査は再来年だから、次に会うのは、またこの大会かなと思っていた。
けれど、季節が一巡した次の年の県大会。真田君はいなかった。
会えると楽しみにしてた分、残念さも大きかった。一年間、彼と会っていないということだ。
真田君がいないのもあり、私は優勝を飾った。師範たちは喜んでくれたけれど、どこか心に物足りなさがあった。それに、優勝の時の試合、真田君とともに演武をしたときのような高揚感はなかった。
私は、真田君が居合道を辞めてしまったのか不安だった。
大会が終わり、私は本格的に高校受験の準備に入った。志望校をそろそろ確定しなくては、と思っていたがどれも決定打がなく、なかなか決められずにいた。
そんな中、師範から、知り合いが新しく立ち上げた居合道部の顧問をしているようだが、人が集まらず困っているようだという話をきいた。その高校は、もともと文武両道をかかげている大学附属の学校で、学力もさることながら、どの運動部も全国区らしい。居合道が一番強い神奈川の地でも、まだまだ知名度の低い居合道。そんな中で、全国区の居合道部を作りたいとその方は発起し、その学校に白羽の矢を立てたらしい。けれど、立ち上げたばかりでもあり、なかなかうまくいっていないようだ。
もともと部活では居合道はしないでこの道場だけで行ってきた私だが、師範の勧めもありそこの学校で居合道をするのもいいかもしれないと思った。通学距離も問題なさそうだ。校舎も綺麗そうだし、文武両道の精神が何となく惹かれた。
私はその立海大附属高校に行くことを決めた。