四季めぐり
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一級を取得した私は、喜びも束の間、2か月後の昇段審査で初段を取るぞと師範に言われ練習の日々だった。私としても、もっと頑張りたい思いだったためありがたかった。
草花が笑う季節となった。心地よい風の吹く中、初段の昇段審査が行われた。ちょうど中学校の入学式前日の日に昇段審査とは、世の中も鬼だなんて思ったものだ。
桜が満開になっている道場で、私は彼と再び出会った。
師範の言った通り、初段の昇段審査の面々は一級の時と殆ど同じだった。彼とは相変わらず隣の番号だった。
一級の時と違い、段の審査となると合同練習はなく、それぞれが会場で時間まで想いおもいに練習をしていた。師範と、他の段を受ける道場の数名の先輩方と共に練習をしていた。彼の掛け声は今回は聞こえなかった。
恙なく初段の審査を終え、合格発表を見ると番号はあった。もちろん彼の番号もある。欠席者以外は合格してそうだ。また次の審査も、この人たちと一緒に受けられるようだ。今回は2か月後だったが、次を受けるには1年後待たなければならない。無事に受けられるように練習あるのみだと奮起した。
受付を終え、師範のもとに向かおうとしたら「おい」と声がした。近くには私以外の人はいない。その真っ直ぐ通る声は、と思いそちらを向くと彼がいた。
「またな」
そう言われ、私は胸が温かくなった。
「うん、またね!」
思わず笑顔になって手を振ってしまう。彼に一礼をして去る。
昇段審査で合格したのも嬉しかったが、彼の声が聞けたこと、声をかけてくれたことも相まって足取りはとても軽かった。
それからも、道場の皆で練習を重ねていった。先輩方は皆私よりだいぶ年上の方が多く、孫のようにかわいがってもらえた。そんな先輩方が、四段以降、五段や六段などの審査でまた落ちた、次受かるのは厳しいかもしれないといった話をしていて、上に行けば行くほど厳しくなっていくのだと日々痛感する。
初段も取得したし、大会に出るかと話もされたが、今は自分と向き合いたいといって断っていた。もともと大会とかが苦手で、ただ自分と向き合うような自己鍛錬を志していたというのを知っているからか、師範も強くは推してこなかった。
そんな中、居合道の回って来る情報誌で、各段の大会優勝者の写真に彼がいた。その下には段位と共に名前が記さていた。
真田弦一郎。私は彼の名前を知った。
彼と出会ってから、二度目の春。二段の昇段審査も桜が咲く中で行われた。一級で顔を合わせていた人も、少し減った気がする。やめてしまったのだろうか。少し寂しさも感じながら自分の番号の札を胸元に付ける。
今回も彼は隣で受ける。大会に出て優勝しているくらいだ、辞めている訳がないだろうと一人思いながら、審査の準備をした。
昇段審査、指定された型のうち一つは、私の少しばかり苦手意識を持つものだったが何とか問題なく終えられた。
最後に演舞した4人で挨拶するとき、彼の顔を見て、初対面のときより更に大人っぽくなっている姿に驚いた。背も高くなっている。どんどん成長していっている彼が少し眩しかった。
終了後に、先ほどの昇段審査の演武を見ていたのか、他の道場の方らしき人から声をかけれた。
「君、あの真田君のとなりで審査を受けていた子だよね。いやぁ優勝者の彼と遜色ないよ。君も大会に出なよ」
「ありがとうございます。ですが、大会は、苦手ですので」
「苦手?珍しいね」
やはり珍しい部類なのだろうか。大会は勝ち負けがある。それが苦手だった。困った顔をしていると、横からあの声がした。
「彼女が困っています」
私を庇うように前に立つ真田君。話しかけてきた人は、「せっかくの逸材だから思わず声をかけちゃったごめんごめん」と謝罪し去っていった。
「大丈夫か?すまない、てっきり何か嫌がらせをされているのかと」
「あ。うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
人が去った後、真田君がこちらを振り返る。視線がぶつかり、こんなに近くに彼がいたこともなかったため少し胸が騒ぐ。
「真田君はすごいね。そういえば、情報誌で見たよ。優勝おめでとう」
「ああ。……大和は、これからも大会には出ないでいくのか?」
「うーん。そうだね。真田君は、どうして大会に出るの?」
「どうして、だと?」
「うん。どうして出るのか、というより、どうして出られるのかって聞く方がいいのかな。私はその勇気がまだ持てないから」
「大会も審査も、変わりはしない。ひたすら己と向き合うだけだ」
「大会も?」
「己を鼓舞し、負けるかもしれないなどと思う弱き己を斬り勝つ。それだけだ」
まっすぐなな真田君の言葉。同い年とは思えない逞しさに、私は気付かされた。
私は、負けるのが怖いだけなのかもしれない。相手がいたって、結局は向き合うのは自分だ。そう思うと、大会も自己鍛錬の一つかもしれない。師範が大会を一度勧めてきたのも、その思いがあったのかもしれないとそのときに気が付いた。
「ありがとう真田君。なんか、ちょっと勇気が持てそうだよ」
「そうか」
「次、大会で会えたらいいね」
「楽しみにしている」
またね、と挨拶を交わし去る。楽しみにしているという言葉は少し意外だった。
なんで彼は私の名前を知っているのかと疑問に思ったのは家に着いてからだった。けど、私も真田君の名前を知っているし、同じようにどこかで知ったのだろうと納得した。