四季めぐり
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
高校になり、二度目の春が来た。
テニス部の練習を終え、そのまま皆で帰路につこうとしていた。少し離れたところにある校門の桜が吹雪をおこしている。その様子をゆっくりと歩きながら眺めている大和に目が留まった。相変わらず姿勢がいい。その様になる姿に思わずため息を溢す。
「弦一郎。彼女は今一人の様だぞ」
「チャンスだね。行ってあげなよ。それに、そろそろ告げたら?」
「何だよ、まだくっついてないのかよい」
「た、たわけ!くっつくとかそういう間柄ではないのだ、俺たちは……」
「けど、好きなんでしょ?彼女のこと」
「幸村!」
「人を想う気持ちは、素晴らしいものですよ真田君」
「何じゃ、そういう柳生は誰かおるのか?」
「黙りなさい仁王君」
「プリッ」
「大和は去年、組では付き合っているとかそういう話は聞かなかったぜ」
「当たり前だ!」
「そ、そうか」
俺でない誰かと恋仲になっている大和を想像しただけで、絶望の淵に沈みそうだ。昨年、俺は大和のことが好きだと自覚させられた。日に日に思いは募るばかりだ。自分にこんな感情があるとは想像もしなかった。
幸村からは発破をかけられることも多くなった。テニス部の皆に背中を押され、俺は大和の元に向かう。
二人並んで歩く。隣に彼女がいるだけで、いつもと同じ道なのに、全く違うように感じる。
悩んでいる大和から話をきく。どうやら居合道部の部員確保に難色を示しているらしい。居合道部を団体戦で全国へ、そのことを志しているのを知っている。今は人数が足りず団体戦への参加が厳しい状況だと。俺がいれば、団体戦に参加する人数に達することができる。
彼女を支えたい。そう思い俺が入部しよう、と告げようとした。その言葉が、自分の口から出ようとしたことにも驚いた。
しかし、彼女はやんわりとだが、信念をもって断った。俺がテニスを一番に思っていることを知っている、彼女らしい言葉だった。その真っ直ぐな心。居合道への想い、それは彼女の演武に十分に現れている。そんな彼女が好きだと告げようか悩んだ。けれど、真剣に部長として部のことについて悩んでいる彼女に、雑念は不要だと思い口を噤んだ。
新入生歓迎会の日。葉桜になった桜の下で、風紀委員として仕事行っていた。赤也が閉門の時刻間際に全力疾走して校門に現れた。高校に入っても相変わらずの締まりのなさだ。
「赤也!遅刻とはどういう了見だ!」
「げげっ、真田副部長!すみませんでした!けどギリギリセーフです!」
「新年度早々、余裕のない時点でたるんどる」
あまり反省の色が見えず平謝りを続ける赤也。
「そう言えば真田副部長。付き合っている人がいるってホントなんですか?!」
「ば、馬鹿者!!な、なにをいきなり……!」
「えええ。その反応、マジですか!この前の部活終わり、副部長がいないと思ったら、デート中だよとか幸村部長たちが言うから」
冗談だと思ったのになどと言いながら、驚愕の表情を浮かべる赤也。あの日のことを言っているのだろうか。全く幸村たちも余計なことを。
「で、で!どの人なんです?!」
「全く、たるんどる!」
だらしない笑みを浮かべ完全に楽しんでいる赤也に、拳骨を落とす。俺も負けてられねえなんて言いながら校舎に向かっていく姿に呆れる。
新入生歓迎会がはじまり、居合道部の出番となった。
一人舞台に立ち、演武をする大和。はじめは居合道なんて知らないと、半ば馬鹿にするような表情をしていて人もいたが、その演武が終わる頃には食い入るように舞台の彼女をみていた。
一人、静かに礼をする。凛とした声で、居合道への勧誘の言葉を告げる。その姿は、どこまでも美しかった。テニス部の出番が近いため、移動するように声をかけられるまで、俺は放心していた。
途中で彼女を見つけた。学校で居合道着を纏っている彼女は初めて見た。俺は、前に伝えられなかった言葉を静かに告げた。
彼女は驚きの表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。その笑顔はどこまでも温かい。手を振り、去っていくその姿は春風のようだった。
夏も盛りの頃、赤也から、副部長も彼女ができて女の子と話すの慣れたんですね、などと意味の分からないことを言われた。もとから必要最低限の会話はしていたはずだと告げると、苦笑いされた。前日に大和と帰ったこともあり、確かにああいう風に女性と親しく話すことは今までなかったことだとは思ったが、それは彼女の場合だけだ。
あの新入生歓迎会で居合道部が少し有名になったと同時に、大和も注目の的になった。普段は人当たりがよく大和撫子のような彼女が凛として演武をする。その姿をみようと、練習の時に道場を覗く者が増えたらしい。もとから覗いていた者もいたらしいが、何となく心がざわついた。
彼女は居合道に一直線だ。恋などそういうものに現を抜かすことはないと思っていた。けれど、そのような話をきくと、もしかして、などと思ってしまう。
夏が終わり、新学期が始まった。あの新入生歓迎会で、見事に部員を確保した居合道部も、ついに全国大会へ駒を進めたらしい。
俺たちテニス部は無事に全国大会二連覇を果たした。
幸村たちから発破をさらにかけられた。
次の全剣連での県大会、その時に、想いを告げよう。そう思った。昨年は不覚をとった。テニスの練習にも集中しつつ、早朝に自宅の道場で居合の練習に励んだりした。全国大会終了と同時に、居合道の練習に本腰を入れた。今度こそ、お前に並び立ちたい。その一心で、練習にうちこんだ。
朝の時間に校門で会わなくなったことを彼女と同じ組である柳に告げたら、朝は道場で練習をしているとのことだった。大和も練習に力を入れているのだろう。
彼女と学校で会うこともないまま、県大会当日を迎えた。不思議と会場で、大和と会えず挨拶も行えなかった。トーナメント表は、俺と対極にいた。順調に勝ち進む俺は、合間にみた大和の相変わらず洗練された演武だったが、どこかいつもの覇気が感じられず、どうしたのかと疑問に思った。
そして、決勝。やはりここまで来たか。そう思い、共にまた二人でこの舞台で演武ができることを喜ばしく思ったが、彼女は目を合わせない。疑問を覚えつつも、試合開始を待つ。
試合が始まった。いつもと同じく演武をする。突然、隣から大きな音が響いた。何事かと思ったが、俺は冷静に演武を続けた。
指定の型が終わり、隣の演武の終了を待つ。先ほどの音。刀を落とした音だった。今ここで刀を持っているのは俺と大和だけ。俺からではないということは、大和が刀を落としたということだ。
いったい、何があったのだ。大和に声をかけたかった。主審が判定と声を上げ、揚がった旗は全て俺の色だった。優勝。だが、それはどこか釈然としないものだった。
後ろに行き、挨拶の礼を行うも、大和は顔を上げない。手が震えている様子が目に留まった。違和感しか覚えないその様子に、名前を呼ぶ。
大和が顔を上げる。心痛な表情をしている。その目からは、はらはらと涙が流れていた。どうしたのか、何があったのか、俺は混乱した。
乱暴に涙を拭い告げられた言葉は、まるで別れの言葉のようだった。その顔は、いつもの温かさのない、凍てついた哀愁しかない表情だった。
話をきこうにも、彼女は逃げるように俺の前から去っていった。表彰式の時も、俺の方を見ず、黙って前を見ている。いったい何が。その思いが止めどなくあふれた。