四季めぐり
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俺はテニスをずっとしていた。幸村とともに成長し、お互いに強豪校である立海大附属中学校を志し、そこで全国優勝することを誓った。当時の俺は、最強の自負があり、勝利への確信しかなかった。
しかし、小学六年の忘れもしないあの夏の日。突然現れた手塚に、俺は敗北を喫した。自身の驕りを痛感し、己の精神力を鍛える必要性を覚えた。剣道は幼少期からしていたが、尊敬する祖父から、精神力ならばと勧められ始めた居合道。
はじめての一級の審査の日。二月という寒さがまだ身に染みる時期。
周囲は老若男女揃う中、俺の隣で審査を受ける人は年若い女子だった。無事に合格し、手続きで並んでいる際、前後になった彼女の背中を見つめていたら、突然振り向き話しかけられた。花開くような笑顔にどうしたらいいのか分からず、女子と話すことが不慣れな俺は目線を逸らし、「ああ」と短く返事をすることが精一杯だった。
手続きをしている彼女は若いながらも、一つひとつの所作が洗練されているように感じた。提出している紙を見て名前を知り、祖父に話すと、祖父の友人の道場に所属していると知った。そして、同い年であることも。
同い年の居合道をしている少女。珍しいこともあるものだと当時思った。祖父から、これから昇段審査の度に会えるだろうと言われ、テニスのために始めた居合道であったが、次の初段の昇段審査が少しばかり楽しみだった。
桜が満開になった季節。立海大附属中学への入学が決まり、次の日に入学式が控える中、初段の昇段審査が行われた。順番は固定なのか大和は相変わらず俺の隣だった。遠くで道場の仲間と練習をしている大和を見ていると、祖父があの様子だと好敵手になるだろうと彼女の演武を見て呟いていた。彼女の太刀筋、礼の仕方はどれも洗練されていた。
初段を獲得し、受付を終える。解散となる際に、俺は彼女に声をかけたいと思った。前回は、あまり良い印象を与えられなかったと思う。それを拭いたかった。受付を終えた彼女は真っ直ぐに道場の師範の元に向かおうとしていた。
俺は声をかけ、今度は真っ直ぐに彼女をみて「またな」と挨拶をすると、桜の季節によく似合う笑顔で彼女は返事をしてくれた。春の陽気や明日の入学式に浮かれているのか、俺の心は軽かった。
段位を取得し、祖父から大会に出ないかと声をかけられた。全剣連の全国大会は五段以上の者で行われるが、県大会は各段位ごとに試合があった。テニス部の練習の合間を縫って練習を重ね、初段以下の県大会に参加し、俺は優勝したが、どこか物足りなかった。
次の年の春。二段の昇段審査が行われた。
大和が困った顔をして、他人に絡まれているのを見つけた。てっきり何か嫌がらせをされているのかと思ったが、俺の早とちりだったようだ。去り際にその人物が言った「逸材」と言う言葉、祖父のあの呟きを思い出し、大会で感じた物足りなさが、彼女がいなかったことだと気が付いた。
優勝したことを大和から祝福されるが、彼女がいない中で優勝をしてもあまり嬉しくはなかった。彼女から聞かれたことを素直に返す。何か納得したような表情をした彼女は、次の大会のことを語った。
それから、少しずつ大和が大会に参加し好成績をおさめていることを祖父から聞いた。支部が違うため直接あたることはなかったが、県大会になれば大和とまた会う。それがどこか楽しみだった。
立海大附属のテニス部も問題なく全国大会を制し、このまま来年も優勝し全国三連覇を成し遂げられると確信しつつテニスも居合道も練習を重ねていた。
そんな年の秋、ついに県大会で大和と相まみえることになった。会場内で歩いていた大和を見つけ、思わず声をかけた。振り向き俺の名前を呼ぶ大和。大会にいることが嬉しかった。しかし、それに加えて、その始めて会った頃よりも背も伸び、より大人っぽくなった大和の様子に思わず息をのんだ。輝いて見える彼女に驚いていると、またあの笑みが現れた。その笑顔を見て、強く心臓が脈打った。俺ははじめてのことに戸惑いながらも、冷静を装い会話をしたものだ。
順調に勝ち進み、大和も勝ち上がってきている。緊張した面持ちをして準決勝を待つ彼女に、無言で応援を送る。思い返せば、試合で演武をする彼女をこのように観客の立場から見るのは初めてだ。その演武の姿はまるで日本舞踊のようだった。
決勝戦。予想通り大和とあたることにあった。
演武は無心だった。お互いの発する音のみがある空間。演武を終え、ほとんど同時に立ち上がる時、大和と二人きりな感覚がした。
結果は俺の勝利だった。しかし、主審は判定の際に一度、彼女の旗を揚げた。それが意味するのは、ほぼ互角ということ。やはり彼女は強かった。素直に賞賛を送るも、謙遜されてしまった。次は、と笑顔で話す彼女に思わず自分の口元も緩んだ。
挨拶を交わし、次もまた県大会で会うだろうとこの時は思っていた。
しかし、その年の冬。幸村が病で倒れた。
立海大附属の全国三連覇。無敗でお前の帰りを待つ。友に誓い、その志に向け、居合道の練習の時間を全てテニスに打ち込むことにした。時折、精神統一も兼ねて道場で居合をすることもあったが、練習は皆無に等しかった。元からテニスのために始めたものだ、そう考えてはいたが、どこか心に引っかかりもあった。
中学三年の夏。幸村は無事に戻ってきたが、立海三連覇は果たせなかった。しかし、それが更に俺たちの結束を強くした。高校で新たな歴史を作る、そう改めて皆で誓い合った。
居合道をどうするかは一旦だが、悩んだ。居合道の情報誌で大和が県大会で優勝を飾ったときの、賞状を持っている大和の写真が目に留まった。違う場所で努力を重ねている姿に、思わず笑みがこぼれた。
その様子を幸村と蓮二に見られ、いろいろと話を聞かれたのは不覚だったが。
テニスが一番であることには変わりない。だが、居合道も極めていきたいという思いもある。テニスと共に居合道も鍛錬していくことを決め、今までの空白を取り戻すように練習を再開した。
高校も立海大附属に進学が決まり、新たな芽吹きの季節が来た。
三段の昇段審査。今回も入学式の前日だ。相変わらずな日程だと思いながら、俺は会場にいるはずの大和を探し、殆ど同時にお互いを見つけた。俺が言うのも何だが、元からどこか大人びていた雰囲気のあった大和は、初めて会った時よりも更に成長していた。その品のある所作も相まって、驚きと共に美しいという感嘆が思わず心に溢れた。どこか落ち着かない心を叱責し、平静を装った。
昇段審査ということもあり、簡易的な挨拶を交わし、どうしても伝えたかった優勝の祝福を述べるとあの笑顔が返ってきた。
演武を終えた後、大和の口からかっこいいという言葉が出た。その言葉に、己の顔へ熱がいくのが分かった。落ち着け俺、彼女は居合の演武のことを言っているに違いないと自分に言い聞かせた。うるさく鳴り響く心臓を叱咤しながら、お前も美しかったなんて言おうとした口を慌てて止める。お前もで止まった俺の言葉をどう解釈したのか、大和はお礼を述べてきたため、大和が嬉しそうならいいかと納得した。
それから部活の話題になり、俺がテニス部だと告げると驚いていた。大和はどうやら高校から居合道部に入るらしかった。全国でもあまり多くはない居合道部。一昨年くらいに立海大附属も高校で立ち上げたと聞いた。だが、大半が練習に参加しておらず、存在しているかどうかも明確ではないような部活だと聞いていることを思い出し、大和には居合道部は入るつもりはないことを告げた。まさかその立海大附属高校の居合道部に、彼女が入ることになるとはこの時は微塵も想像していなかった。
結果が発表され、共に三段に昇段した。空白の期間があったこともあり一抹の不安はあったが、練習してきた努力は裏切らなかった。
次に会うのは県大会だろうかと思い、大和を見ると、こちらを食い入るように見つめていた。その様子に、心が騒がしくなる。戸惑いながらも何かあるのかと尋ねたが、何でもないと返された。
またねと挨拶をする大和。その姿は、外の春の陽気のように俺の胸を温めた。