四季めぐり
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県大会の日、師範たち道場の人たちとと慰労会と称した振り返りを行った。準優勝だったが、正直苦みしかない。刀を落としてしまった私は、剣士失格だと落ち込んだが、師範たちは自分たちの失敗談などを交えながら励ましてくれた。
試合の最中に雑念から一度でも好きな居合道を否定してしまったことが、辛かったと告げた。師範たちに今はどうなのかと聞かれたとき、今は、やっぱり大好きだという思いしかなかった。そう告げると、笑顔で頷いてくれた。
木枯らしが吹く季節。校門の桜の木も、すっかり枝だけになっている。3年生の先輩方が引退し、自分たちが部活では実質の最高学年となった。
冬休みに向けて、また部長会が開かれる。指定ではないが何となくいつも同じ席に座ってしまう。開始を待つ。また隣は彼だろうと思っていたが、黙ってそこに座ったのは予想外の人物だった。
「真田、君」
さも当然というように隣に腰をかけ、黙って腕を組んでいる彼。ずいぶんと久しぶりに見た気がする。あの県大会の日、逃げるように彼の前から去り、それ以降も避けてきていた。
席を移動しようにも、それなりに人も集まってきており今更動くのも難しそうだ。どうしようか考えていたら、定刻になり部長会が始まった。幸村君は、今日はいないみたいだ。代理で彼が来たのだろう。
隣に彼がいるだけでどこか落ち着かない心を宥める様に、まっすぐに前だけをみる。隣を意識するなと考えるほど、意識してしまう自分がいた。冬休みのことや来年に向けた事務連絡、来年度の予想される三役の顔ぶれなどを共有し、部長会が終了した。終了と同時に勢いよく立ち上がり、逃げるように教室に戻ろうとしたが、真田君に呼び止められた。その声に、忘れたいのに心に温もりを覚える。彼には、もう付き合っている人がいる。迷惑をかけたくなかった。必死に彼への想いを否定する。
どうしたの、といった形で至極冷静にそちらを向く。真田君は何かを話そうとしたが、固く口を噤んでしまった。なんでもない、と言われたため、私はその場を足早に去った。
放課後になり、部活を行う。今日は普通に活動日のため全員が集まっている。全員の練習を眺めながら、来年度のことを考える。来年度はもう引退の年となる。あっという間の高校生活だ。
あれから部員も成長し、入学当初の時とは比べ物にならないくらいの腕になったと思う。来年の4月には、多くの部員が初段を獲得できるだろう。剣道の後輩は、部員の中では特に抜きんでていた。
だが、団体戦となると三人が勝利する必要がある。私が勝ちをとるとして、あと残り二人。あと一人でも、確信できる実力の人が欲しかった。
顧問と相談しつつ、今後の予定も立てていく。個人戦を連覇していることに加え、今年度から団体戦も全国大会に出場しており、少しだけ有名になった立海大附属高校居合道部。元からある立海の知名度と相まって、強豪選手が入学してくれる可能性もあると顧問は呟いていた。
全員で十二本の型を終え、部活終了の言葉を告げる。
帰り路、テニス部の面々が校門付近にいるのが見えた。もちろん彼もいる。その隣には、幸村君もいた。今日は欠席していた訳ではなさそうだ。
このまま横を通りすぎることが可能かどうか逡巡する。まだ距離もあるから、このままここで一定距離を保って帰る方が安全だろうか。そう考えていたら、後ろから肩を叩かれた。振り向くと後輩がいた。
一緒に帰りましょうと言われ、どうしようか悩む。悩んでいたら、手を取られ、引っ張られるように連れられる。テニス部の人たちは何か待っているのだろうか、校門付近から動いていない。
切原が友達である彼に気が付き、あ!と声を上げる。必然的にテニス部の皆の視線が手を引かれている私にも行く。やめて切原君。私は気配を必死で消すも、無駄だった。真田君が私の名前を呟く。立ち止まりそうになる私の足を、後輩の彼が手を引くことでそれを許さなかった。
すれ違いざまに見た彼の顔は、信じられないものをみるような驚きの表情を浮かべていた。そして、悲し気な声音で紡がれた私の名前が、風とともに飛んできた。
どうして、君がそんな顔をするの。
少し歩いて、私は後輩に手を離すように伝える。後輩はすみませんと、謝り手を離した。
「ごめんね。やっぱり、まだ気持ちには応えられそうにないよ」
そう申し訳なく伝えるも、後輩は笑顔で分かっていると告げる。次の全国大会まで待つと決めたんでと、と言い笑顔でまた部活の時にと挨拶して走り去っていく彼。素直で真面目な後輩。いい人であることは分かっているのだが、付き合うとなると心に待ったがかかる。
先ほどすれ違った真田君の顔が浮かぶ。あの声で名前を呼ばれて嬉しいと思ってしまう自分がいる。
忘れたいのに忘れられない。
自分の心の未熟さに、私は再びため息をこぼした。吐いた息は白く、厳しい冬の寒さが身に染みた。