番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
切原から連絡を受け、まつは駅で携帯の画面を改めて確認して待っていた。約束の時刻よりもかなり早く来てしまっていた。
立海と出会ったあの日。切原とどこか遊びに行こうと誘われていたことは覚えていたが、社交辞令だとまつは思っていた。しかし、全国大会が終わり、少しばかりテニス部の肩の力が抜けたこのタイミングで、切原からその時の約束と言われ連絡がきた。それからトントン拍子に予定が決まり、会うことになった。特にどこに行くとかは決まっていないが。
「まつ先輩!」
「おーっすまつ!」
「ひさしぶりだなまつ」
集合時刻よりも前だが、自分の名を呼ぶ聞きなれた声に気が付きそちらをふりむく。やはりその人物たちだった。
「切原、丸井、ジャッカル。久しぶり。今日はよろしくね」
現れた三人に挨拶をし、彼らもまつに笑顔で返事をする。切原や丸井は行きたいところがあったようで、そちらに向かいつつ四人で会話をしていく。それぞれの行きたいところを行きながら、話題は尽きず会話は常に弾んでいた。
ある程度行きたいところを回り、少し休憩しようと入ったお店でまつが零した一言。それがまさか後に、あのようなことに繋がるとは発言した本人も思ってもいなかった。それは、テニスの話題になったときのこと。
「そういえば、マネージャーしておきながら、テニスしたことないんだよね」
おかしな話だよね、なんてサラリとまつは特に気にもせず言ったが、その発言に三人が思いっきり食いついてきた。
「え?!そうなんですか?!」
「ラケットも握ったことないのかよい」
「授業とかでもねえのか?」
「うん。授業では以前、選択式では確かにあったけど、その時は私はバレーボールを選んだし」
「テニスすることには興味ないんですか?」
「ない訳ではないんだけどね。現に、皆の試合をみてからは、やってみたいなとは思っているし」
「じゃあ俺達と今からやりましょうよ!」
「お。そりゃいい!俺様の天才的なボレーを伝授してやる」
「まつは体力ありそうだし、あの足の速さはかなり活かせると思うぜ」
「え、今から?!」
「もちろんですよ!やりましょうよ!」
まあ折角に機会だし丁度いいかなんて思い頷くと、善は急げとばかりに三人に連れられ、急遽テニスの練習をすることになったまつ。
ルールはマネージャーをしていたため、把握していた。それなりの動きは頭ではわかっていても、実際に自分で行うのはまた訳が違っていた。ショット、サーブ、スマッシュを教えてもらうもなかなか皆のようにはできなかった。
「なんかテニス始めたばかりの頃とか思い出しますねー」
「だな。けど、やっぱりパワーがあるからそれなりにいい球打ててるぜ」
「よくここまでついてこれてるな。流石だぜ」
「そう思うならもっと優しくして!」
肩で息をしながら言うまつ。まつの想像は、もっと和気藹々とふんわりやるもんだと思っていた。だが、流石は王者立海。初心者だろうと容赦なし。むしろ初心者だからこそ、基礎を固めるために内容はものすごくスパルタだった。
打ち返すのがやっととなったところで、ショートラリーを行うもなかなかコントロールがうまくいかない。ボールが吹っ飛んでいくことがざらだった。
「こういうのいいっすね!」
「柳とかがいたらもっといい練習方法思いついてくれそうだけどな」
「折角だし呼びますか?」
「やめてくれー!」
「いいんじゃねえか。柳もまつに会いたいだろう」
「どうせなら皆に声かけるか」
「ちょっとー!何言ってるの!」
「あ。柳先輩?相談なんスけど……」
「切原ー!何もう電話してんのー!」
「おう仁王か?実はな……」
「あああ」
方々で電話を始めた三人にまつは頭を抱える。最悪だ。今でこれなのに、あの立海ビック3とかも来たらどうなるんだと恐怖に慄いた。そしてあの幸村に会うのも少しばかりだが気まずい。頼む、皆すでに予定が入っていてくれと全力で祈ったまつだったが、切原から告げられた一言に絶望した。
「まつ先輩!先輩たち、ちょうど予定がなかったみたいですよ!折角だし立海に行きましょう!」
「全員やる気満々みたいだぜ」
「即答だったもんな」
そのやる気というのが別の漢字に変換されそうだ。いやそもそもその意味で使っているのではとさえ思えてきた。まつは心の中で静かに自分に合掌した。
それから立海に赴き、血反吐をはくような練習が行われた。いや分かってたよとまつは遠い目をする。
「ふむ。まつはスタミナ、パワーは申し分ないが、テクニック、メンタルが足りないな。スピードはあるが、フットワークはあともう少し強化したいものだ」
「はい」
柳がまつに解析データをグラフ化したものを見せながらアドバイスを行う。メンタルなんていつ測ったんだなんて思いながら、まつは柳のアドバイスに耳を傾けた。
「ラケットをボールに当てるときは、自分の体より前になるように意識するんだ。振りが遅れがちだ。少し早いくらいのタイミングで前に向かって振ってみて」
「はい」
「いい感じだね。もっと上半身を意識して」
「はい」
幸村が直々にラリーに応じ、その都度アドバイスを行っていく。五感が奪われないか冷や冷やしたが、どうやら奪う気はないらしくまつは無事に動けている。
「力の調整が難しそうだな」
「とりあえず打ち方に拘らず山なりに打ってみてください」
「はい」
「手首だけで打とうとするな!痛めるぞ!もっと全身を使え!」
「はい」
真田と柳生とともにショートラリーを何とか行っていく。気が付けば少しばかりラリーができるようにはなっていた。
「まつ、生きてるかー?」
「はい」
「まつ先輩、さっきからはいしか言ってないですけど大丈夫ですか?」
「生ける屍状態じゃな」
「しっかりせんかーまつ!」
「ちょ……びっくりしたあ!なに急に?!」
「あ戻ってきた」
「お疲れ様まつ。よく頑張ったね」
ほとんど休みなく練習をしていたこともあり、まつは止まっているのに体はまだ動いているような不思議な感覚だった。集中していた。真田に肩を掴まれ、声をかけられてやっと地に足がついたような感じがした。それだけ夢中でまつは練習をしていた。
流れる汗を冷やす風が心地よかった。久しぶりに何かに集中してこんなに取り組んだ気がする。それに、はじめてのテニス。楽しいという思いがこみ上げてきて思わず頬が緩んだ。
「どうじゃ。なかなか楽しいもんじゃろ」
「うん!ありがとう皆。皆とテニスできて楽しかった」
そう笑顔でこたえるまつ。その様子に、立海の皆も笑みを浮かべた。
「休みの日にわざわざありがとう。ボールを打ち返すのがやっとってレベルでごめん」
「誰しもはじめはそうだ」
「教えることは逆に我々の勉強にもなる。気にするな」
「私たちも楽しく行えましたよ」
休みの日にこうやって初心者のために集まってくれた立海に、まつは感謝が尽きなかった。自分は楽しめたが、皆が楽しめたかどうか不安であったが、真田たちの言葉に胸をなでおろした。
「またいつでも、歓迎するよ」
幸村の微笑みにまつは微かに胸を痛めながら感謝を述べた。解散となるとき、切原にまた遊びましょうと声をかけられ、是非と返事をした。
「まつ。駅まで送るよ」
幸村がまつに声をかける。他の立海の面々は、何かを察したのか、じゃあこれでと二人に挨拶を交わして帰っていった。返事をするまでもなく、幸村と二人きりになり、駅までの道を一緒に歩いた。
空は、あの日と同じような色合いをしている。まつは隣を歩く幸村の方をちらりと見る。そんな視線に気が付いたのか、幸村がまつの方に静かに顔を向けた。その顔には微笑みが浮かんでいる。
「今日は楽しかったね」
「幸村も?」
「もちろんさ。まつにも会えたし」
「私こそ、ありがとう」
前と変わらない様子で話しかけてくる幸村。まつが幸村に少しばかり会うのを躊躇った理由。それは、あの全国大会決勝の日の出来事があったからだった。幸村から想いを告げらえたまつは、戸惑いながらもその想いに応えらえないことを伝えていた。ほとんど同じ時に想いを伝えた跡部の手を、まつは取っていた。
その時の幸村の表情がまつは忘れられなかった。そして、告げられた言葉も。
「そうか。ありがとうまつ。伝えてくれて」
「ごめん幸村」
「謝る必要なんてないよ。俺も、何となく分かっていたから。けど、やっぱり悔しいな。今日の試合といい、逆に記念日になりそうだ」
空を仰ぎ見ながらそう言った幸村。それから、まつの方を見て名前を呼んだ。その声はどこまでも優しく、お願いがあるんだ、真剣な眼差しでそう告げる幸村に不安がよぎったを思い出す。
「まつと変わらず今までのような関係でいたい。支えあいたいし、話もしたい。ダメかな?」
告げられた言葉は、まつとしても望んでいたものだった。告白への返事で、幸村との関係が切れてしまうのは嫌だった。
もちろんと了承したはいいものの、いざ直接本人とこうやって一対一で話すのは、その日以来だ。どこか緊張してしまう。練習の時は他の立海の人もいたことに加え、テニスに集中していたのもあり、問題なかった。だが、今はどこか心が落ち着かない。もうすぐ駅だ。
「その、幸村……」
「ふふ。困らせちゃったね。けど、まつが愛しいと想う気持ちは今も変わらない。気にしないで、というのは無理なことも分かっている」
だけど、やっぱりまだ諦めたくないんだという言葉を幸村は飲み込んだ。
想いに応えられない自分を気遣ってくる幸村に、まつは申し訳ないという思いを抱く。だが、謝罪は幸村が望んでいないものであること、逆に傷つけるだけだというのも分かっていた。
だからこそ、と思い笑顔を向ける。
「今日もありがとう幸村。またね」
幸村も相好を崩し、またと挨拶を交わす。改札に入り、振り向くとまだこちらを見送っている。まつが笑顔で手を振ると、幸村も彼らしく控えめに手を振り返す。
二人の顔には、どちらも嬉しさに揺れるような笑みが浮かんでいた。
4/9ページ