副編集長からの贈り物
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
入り口に立っていたのは同学年の女子生徒。他クラスだが、その見た目の華やかさといい、家柄もいいとそれなりに話は聞いたことがあった。性格は直接的な関わりがなかったため知らないが、同じクラスになったことのあるたけが自分とは馬が合わないと言っていたのは覚えている。
名前を知っていても話したこともないくらいの関係だが、その整った顔立ちの彼女からは私に対する憎悪をはっきりと感じた。
「どうして貴女が、景吾さんの隣にいらっしゃるの」
こちらを見据え、吐き捨てるように告げてくる。彼女と跡部は、景吾さんと名前を呼び合う仲なのだろうか。突然現れ、憎悪を向けられる上に、跡部と彼女の関係が何なのか掴めず戸惑う。
「景吾さんがそうなったのは、貴女のせいでしょう」
隣に立つ資格なんてなくてよ、という言葉が聞こえる。確かに跡部がここにいるのは、私を庇ったせいだ。それは否定できない。だが、何故私と跡部の関係に対して、隣にいることに対しての指摘を受けなければならないのだろうか。
ぞれに、彼女からは何かそれ以外の感情を感じられる。私の起こしたことよりも、まるで私の存在自体が嫌悪感を覚えるかのような雰囲気を纏っている。どこか既視感を覚えた。
そうだ、この感じは、祖母と同じだ。そう思いいたるも、何故彼女からここまでの激情をぶつけられるのか分からない。
戸惑いながら彼女の名前を呼ぶと、私から名前を呼ばれるのも嫌なのか、顔をゆがませた。その表情も祖母と重なり、胸がチクリと痛んだ。
「私の名前をご存知なら、私が何故ここにいるか察しがつくのではなくて?それなのに、いつまでここに居座るつもりかしら」
「どういうこと?」
「私の家柄はご存知よね。まだ公表はしていないけれどね、私と景吾さんは婚約者になる予定なのよ」
「……え?」
突然の告白に、衝撃を受けた。
婚約者?どういうこと?そんなこと、全く跡部から聞いていない。以前聞いてしまったたけとうめと忍足の会話が思い起こされる。
固まる私に気をよくしたのか、彼女が腕を組み立て板に水の如く言葉を続けてくる。
どこで知ったのか、私に家のごたごたがあることなども指摘してきた。彼女は、私が跡部や自分とは地位や背負うもの、育ってきた環境が違いすぎると告げてきた。そして釣り合わないと。挙句今回、跡部を傷つけた事実を再び述べてくる。
彼女の言葉一つひとつが、私の心をゆっくりと確実に抉っていった。どれも、確かに心の底では私自身も思っていたことだったから。
「貴女も景吾さんの幸せを考えることね」
跡部の幸せ。その言葉を自分の頭の中で反芻する。
「景吾さんが大切なんでしょう?」
当たり前だ。跡部は私にとって大切な人。
「大切な人だからこそ、迷惑をかけてはいけないのではなくて?」
そう告げてくる彼女は、きっと私が跡部と付き合っていることを知っている。そう思えてならない。そして、それを知ったうえで、今までの態度なのだと気が付いた。跡部の足枷となることは許さないと語っている。
私が黙っていると、彼女の携帯に何か連絡が来たのか、徐に携帯を出し、ため息を溢した。
「令嬢は忙しくて困るわ。私がここに来るまでに早々に立ち去ってちょうだいね」
厭味たっぷりに令嬢という言葉を強調して彼女は部屋を出ていった。踵をかえすちょっとした所作ですら華やかに映った。去っていくその背中に悪態をつきたくなったが、跡部が横で休んでいる手前、婚約者にそんなことをしてはいけないと自制する。
彼女が告げた言葉が頭の中で繰り返される。大切だからこそ、迷惑をかけてはいけない。そして、跡部の幸せ。
眠る跡部の顔を見つめる。
彼の隣に立つのにふさわしい人物になりたかった。私は跡部といるのが幸せに思っていた。けれど、私は跡部を幸せにできていたのだろうか。先ほどの彼女の指摘が、頭をよぎる。
そして、私やたけたちに関する記憶を失った跡部の態度。ふと、今回、記憶を失ったのは逆にちょうどいいのかもしれないと思えてきた。
あの日、同じクラスでたまたまテニス部の中で仲の良かった滝と話をしている時に呼びに来た彼ら。あの時があの瞬間がなければ、きっと私と跡部たちは接点のないままだっただろう。偶然が重なって、交わった私たち。
本来は、まつや跡部と気兼ねなく呼び合って、時に喧嘩して、冗談を言い笑い合って、共に隣で過ごすなんてことは、ありえないことなのだ。
そう思いいたると、今までのが、すべて夢の時間だったのだと思えてきた。
これからは、本来あるべき姿になるだけだ。跡部は彼に見合う婚約者と共に過ごし、彼の行くべき道を邁進していく。
跡部の幸せに思いを馳せる。そこにいる私は、想像できなかった。
ベッドサイドにある跡部の携帯に目がとまる。今まで靄がかかっていたのが嘘のように、私のするべきことが鮮明に分かる。
携帯を手に取る。ロック画面に頭を悩ます。早くしなければ。そろそろ樺地も戻ってくるはずだ。それに、彼女も。
以前、私が携帯にロックをかけていないことに対して跡部はかけておけと指摘してきた。何にしようか悩む私に、誕生日でいいだろと言われたのを思い出す。試しに、彼の誕生日の1004をいれるも違いますと出る。おいおい。時間がないんだ勘弁してくれ。もういっそ指紋認証でいいかなんて思い、起こすリスクはあるが跡部の手をそっと掴み指紋を押し当てる。何か悪いことしている気分だ。いや、実際に悪いことだけどなんてセルフツッコミを入れ、ロックを解除する。
そして、携帯から全ての私の痕跡を消した。途中、手が止まりそうになった。けど、これでいいんだと言い聞かせ手早く済ませる。
「今まで、ありがとう」
そっと携帯を元の位置に戻し、立ち上がる。跡部も起きていないし二人も戻ってきていない。よかった。
病室のドアの前で、一度振り返る。未練がないわけじゃない。寧ろ未練しかない。けれど、私じゃ彼を幸せにできない。それに婚約者がいるのなら言ってくれればいいのになんて、自嘲の笑みがこみ上げる。最後くらい、ちょっと呼んでみようかなんて思えてきた。
「さようなら、景吾」
その言葉と共に、私は逃げるように病室を出た。
7/7ページ