副編集長からの贈り物
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「誰だ、その女は?」
それは私を哀しみというほの暗い闇に突き落とすには十分すぎる一言だった。
真っ直ぐに見つめてくる眼差しから、まぎれもなく私に向かって放たれた言葉だと分かる。あの眼だ。私が好きなあの眼差しが、今はただ警戒の色をはらんで鋭く向けられている。
「ああ?!跡部、てめえ何ふざけたこと、」
「たけ落ち着き!」
「あーん?騒々しい奴だな。ここは病院だぜ?おい、樺地。つまみ出せ」
お前たちなんて知らないというように、樺地に私たちを外に出させようとする。宍戸たちが跡部に落ち着けと伝えている。樺地と目が合うが、樺地もどうしたらいいのかといった困惑の表情を浮かべている。そんな樺地の様子に跡部が疑問を浮かべている。
「どうした樺地」
「跡部!だから!こいつ等が、」
「なんだ宍戸。こいつ等を知ってんのか?」
どういうことか。跡部は、宍戸たちとは普通に今まで通りだ。私は混乱する頭を整理しようとするも何が何だかさっぱりだ。
日吉が悔し気に握りこぶしを作り俯いている。
「侑士くん、どういうことなの?!」
「うめも説明するさかい。3人とも一旦、俺と来てくれへんか」
「ふざけんな、オイ跡部!」
「たけ!今は侑士くんの話を聴こう」
ほらまつもと、うめが私の腕をそっと掴み病室の外に連れ出す。後ろに下がりながら跡部を見つめる。一瞬目が合うも、興味がないとばかりにふいと逸らされたその何気ない仕草ですら、私の心臓に悪い物だった。
本当に、覚えていないんだ。
それから、忍足からとんでもない事実が伝えられた。
なんでも跡部は記憶喪失になったらしい。だが、その喪失した記憶は3年生に入ってから記憶だという。つまり、あの跡部は私たちとはちょうど出会っていない頃の跡部だということだ。忍足たちにはいつも通りの態度であったのも頷ける。
宍戸たちが私たちの話をしてもさっぱりだったという。直接会ったら思い出すかと淡い期待を込めて私たちを病室に入れたが、その期待は叶えられなかったようだ。
「まつ、どうする?」
「自然と、思い出すのを待つしかないのかな」
「つーかまつも跡部も、そろいもそろって記憶喪失になるなんてあるのかよ」
そうだね、と苦笑いをするしかなかった。越前くんもそうだが、記憶喪失ってそう簡単になるものだっけなんて内心ツッコミをいれながらも、自分がいざ経験したから何にも言えない。
先ほどの警戒の眼差し。知らない奴が入って来たら戸惑うのは当たり前だ。ましてや、関わりのないと思われる女子生徒。あの警戒の眼差しの理由が分かり、少しばかり安堵するが、このまま思い出さないってこともあるのかな。
跡部も、私が記憶を失ったとき、こんな気持ちだったのかなとぼんやりと思う。
突然のことで混乱させるわけにもいかないと、今日はとりあえずテニス部の皆に挨拶をして帰ろうと思ったが、不安はぬぐえなかった。
忍足から話を聴き、再び病室に戻った。どうやら跡部は検査にむかったらしく、このまま樺地以外は今日はもう帰るようだ。
「まつ、大丈夫か。って、なわけなねえよな」
「まつさん」
「まつと話せば、跡部のやつ、思い出したりするんじゃないか?」
皆が口々に安心させるような声掛けをしてくれる。本人が覚えていないにせよ、跡部には助けてもらったお礼を直接言えていない。最後に軽く話をして帰ろうとなり、私だけ病院に戻ることにした。
たけたちやテニス部の皆を改札で見送り、樺地と跡部のいる病室に戻った。
「樺地。跡部はどう?」
「今は、休んでいます」
「さっきはつまみ出さないでいてくれてありがとう。けど、困ったよね」
「……ウス」
どうぞと樺地が扉を開け中に入ると、跡部は横になっていた。
樺地が気を遣ってくれたのか、少し何か買ってきますと病室を出ていった。
息を殺すようにしてベッドサイドに向かう。記憶喪失の日々は、予想以上に体力を使ったなと思いながら眠っている跡部の傍らにある椅子に座る。
「跡部、ありがとね」
それにごめんと、謝る。手を握ろうと伸ばそうとした。
「気安く景吾さんに触れないでくださる?」
静寂に包まれた病室で一人の女子生徒の声が響いた。この声は、たしかあの時も聞いたと思い声のした方を見ると、あの日に倒れている跡部に声をかけていた女子生徒が立っていた。