番外編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ほんと、腹立つくらい整った顔立ちをしていらっしゃる」
まつは指を組み顎を乗せ、ため息を溢すように独り言ちた。その視線の先にいるのは、この氷帝学園では知らぬ人はいない人物。間近で溢された言葉に反応はない。その人物は、彼専用のソファに腰かけ、穏やかに目を閉じている。どうやら眠っているようだ。
微かに開いた窓からこの氷帝学園の生徒会室に爽やかな風が吹き込んだ。
まつはこの穏やかな時間と、目の前で眠る彼の存在に微笑んだ。そして、今までこんなにじっくり見たことなかったと思いながら、整った顔をしげしげと眺める。眺めては先ほど溢した言葉が頭の中で再度湧き上がる。
「ほんとに、なんで付き合えてるんだろう」
微かに寂しさも滲ませ、小さく呟く。
ふとしたときに、跡部景吾という存在を意識するたびに、どこか不安がよぎる。自身も彼に釣り合うようにと、彼に追いつこうと必死だった。踏み出し、やっと彼の元にたどり着いたかと思っても彼は更にその先にいる。まるで自身が一歩進む間に、彼は三、四歩も進んでいるようだ。
付き合ってそれなりの月日が経った。はじめの頃は口喧嘩ばかりであまり付き合う前とは大きく変わらなかったが、少しずつ、跡部とまつは恋人として段階を踏んできた。
はじめはぎこちなかったスキンシップも、流石は跡部というべきか、すぐにまつをリードして今では流れるように行っている。
だが、たまには、自分がリードしてみたいなんて思うのは我儘なんだろうかと、まつは思っていた。
今までまつからキスをしようと思ったことはあってもできないでいる。というのも、跡部が先にしてしまうからであった。まつが思ったタイミングは跡部が思うタイミングでもあるのか、まつがチャンスと思ったらそれはもう跡部にとってもチャンスなのだ。そして、跡部はそれを決して逃さない。
もちろん嫌なわけではない。大切にされていると日々感じるし、愛されているというのも痛いほど感じる。けれど、恋人としての死角のない跡部に、いつも自分に愛情を与えてくれる彼に、自分も彼に与えたいと思うのだ。
私、意外と重い女?なんて自身に投げかける。どうなんだろうか、なんて思いながら再び目の前で眠る彼を見つめる。
跡部は生徒会室にいると言われ、やって来た。最近、プライベートでも家業でも部活をはじめとした学校生活でも繁忙であったのは感じていた。机に散乱していた書類を整理して、紅茶を淹れたりしても跡部は起きなかった。珍しいなと思いながら、見つめてからどれくらいたっただろうか。
紅茶がまだ温かいから、きっとそんなには経っていないんだろうと思いながら、この穏やかな時間が続けばいいのになんてまつは思った。
「景吾。紅茶淹れたよ?景吾の好きなやつ」
気が付けば淹れ方も上手くなったよ、と心で呟く。跡部の反応はなく、静かに目を閉じたままだ。
ダメ相当疲れている。まつは微かにため息を溢した。
ふと。これはチャンスでは、という考えが頭をよぎった。
まつは目の前で眠る彫刻のような人物をじっと見つめる。ゆっくりと息を吐く。
そして、彼の額に軽く口づけを落とした。
「好きだよ、景吾」
目を瞑っている跡部に向かい、無意識に言葉を告げていた。
静寂があたりを包んだ。そして、その静寂はまつの頭を冷静にさせ、自身の行動を俯瞰して見るには十分なものだった。
え。これ、夜這い?まつは自身の行動を振り返り、そんな言葉が脳裏によぎる。
「いやいやいや」
ない、ないって!ありえないって自分!とまつは顔を赤くし、自身の頭を抱える。このままここにいては自身の安寧が保てないと思ったまつは急いで立ち上がり、踵を返した。
しかし、クイっと何かに腕をひかれる。
「可愛いことするじゃねーのまつ」
突然の聞きなれた耳に溶け込む声にまつは驚く。
「だが、そこじゃねえだろ」
景吾、と名前を呼ぼうとしたが、その声は彼によって遮られた。微かに薔薇の香りが鼻をかすめた。
先ほどまで眺めていた彼の顔が目の前にある。
突然のことに身体が硬直し、一瞬顔を離そうとするが、後頭部を支える跡部の手がそれを許さない。吐息まで飲み込むような口づけと共に自身を抱き寄せてくる跡部。まつは敵わないなと思いながら、目を瞑って彼の背中に腕を伸ばした。
1/1ページ