番外編
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隣を歩く存在が、ふと、何かに気が付いたのか、言葉をとめ一点を見つめていた。
どうしたのかと思いそちらを見ると、彼女の視線の先には花屋がある。バケツの中に一輪だけ残っているガーベラを見つめていた。
「まつ。ガーベラが気になるのかい?」
「うん。何かちょっと昔を思い出しちゃって」
困ったように笑うまつは、こちらに一度顔を向けたが、またガーベラを見つめていた。その横顔にドキリとした。
彼女の横顔にある憂いを微かに帯び儚さを感じさせる表情は、あの時と、一緒だ。
「何か哀しい思い出でもあるのかい?」
「哀しい思い出って訳じゃないんだけどね。懐かしいなって素直に思うの」
そう言いながら、ちょっと花屋に寄っていこうと声をかけ足を運ぶまつ。歩きながらまつは懐かしむような表情をして空を見上げながら、俺に話をしてきた。
「昔ね、お母さんが入院しているときにガーベラの花をお見舞で持っていったの。花言葉も調べて、少しでもお母さんを元気づけようって。けど、生花はお見舞の品で禁止されてるって知らなくて。持っていったのに、結局持ち帰って家で飾ったの」
折角だから写真をとなりそのガーベラの写真をお母さんの病室に飾っていたらしい。確かに病院や病気によっては生花をお断りしているというのを聞いたことがある。
「家で飾ったガーベラを眺めながらお母さんのことを思ったあの日々をちょっと思い出したというかなんというか」
「そうだったんだね。けど、きっとお母さんもまつの気持ちに勇気づけられたと思うよ」
「そう?」
「ああ。俺も入院中、赤也から花を貰ってね。どんなものであれ、俺を思って選んでくれたその思いが、嬉しかったさ」
「どんなものであれ、って何渡したのよ切原」
「鉢植えさ」
「ええっ?!それ縁起悪すぎるでしょ!私も間違えた身だけど、流石に鉢植えはダメだと思ったわよ」
「ふふ。家族も処分したそうだったよ。今も大切に育てているんだ。無事に退院したし体調も問題ないし」
びっくりだけど、まあ切原らしいかなんて言いながら笑うまつ。いつものまつの雰囲気だ。
だが、先ほどの会話で合点がいった。あの日の表情も、お母さんを思い出していたのだろう。
花屋に入り、花を見ているまつ。店員さんと何か会話をしている。何か花を買うつもりなのだろうか。
少しばかりまつから離れて、花屋に並んでいる花々をぼんやりと眺める。どれも丁寧に育てられてきたのを感じられる。ふと、先ほど見たバケツの中に残っている一輪のガーベラを思い出した。オレンジのガーベラだった。あの日も、確かオレンジのガーベラだった気がする。
「希望」「光に満ちた」「常に前進」。ガーベラ全体の花言葉は、それを見つめていた彼女によく似合う。それに、オレンジなら「忍耐強さ」という意味もある。
思い出すのはあの日。あれは、まつに初めて会った時の日のことだ。
俺は一旦退院し、久しぶり学校に赴いていた。といっても、これから検査入院の日まで来れる日に来ることを伝えることや、今までのプリントなどを受け取りつつ担任と話しをするため放課後に訪れただけだった。
家族に車で学校まで送ってもらっている途中のことだ。
車が信号で止まっているときに外の風景を眺めていた。ちょうど立海までの通学路で、俺が気に入っていたところだった。地域の人たちが協力して管理している花壇。そこには色々な花が咲いていた。
何気なく見ていた中に、目に留まった人物。ここらへんではあまり見かけない制服の人が、咲いているガーベラを眺めていた。あの花壇を立ち止まって見ている人などそう多くはない。
珍しいななんて思っていると車が動いた。その人を追い越すときにふと見えた横顔。花を見つめる表情がどこか哀し気で、どうしたのかと思ったものだった。花を見て笑顔を溢す人が多いが、あのような表情をする人は珍しい。不思議な人物だった。だが、どこかその儚さを感じさせるその表情に胸がざわめいたのを今でも覚えている。
久しぶりの学校、すれ違う人たちに久しぶりと声をかけられたりした。どこか疲れを感じながら職員室をでて、テニス部に寄って帰ろうとしていたとき、先ほどの人物がいるのに気が付いた。
何故ここに、そう思った。そして、同学年の立海生との会話で男子テニス部という単語が聞こえた。その人物がまさかの立海の男子テニス部に用があるとは思いもしなかった。俺はどこか運命を感じながら、二人に話しかけた。
氷帝のマネージャー。跡部から今までの出来事から氷帝はマネージャーをとるつもりはないと聞いていた。だが、その跡部が自ら指名したという人物。俺はますます興味を持ったものだった。
今まであまりテニス部と関わりがなかったのか、俺を見ても立海大附属の部長とは思っていなさそうだった。ただの同級生でテニス部の人、何ならマネージャーか何かだと思っていそうな雰囲気だった。立海大附属では、俺たちは有名すぎる。いつも何かしら羨望の眼差しを向けられているが、このようにただの同級生として話をしてくれる存在に、少しばかり心が和やかになったのもまた事実だった。
はじめはあの跡部が気にかけているという興味だった。病院では俺の理不尽な怒りにも寄り添ってくれた。そして、俺に希望を感じさせてくれていた。気が付けば、俺はまつに惹かれていた。
「幸村!」
「?まつ。どうしたんだい?」
ぼんやりと過去を思い返していると、まつが用事を終えたのか、俺の元に来ていた。俺が顔を向けると、まつは嬉しそうに悪戯気に笑った。何だ?
「はい。誕生日おめでとう!」
「え?!さっきプレゼントは貰ったよ」
「追加よ追加」
ずいっとまつが俺に差し出したのは花束だった。クンシラン、ヤグルマギク、リナリアが入っている。それをうまく調和させている花束。この花の種類は。
「幸村の誕生花。店員さんと相談していい形になっているでしょ」
「とても綺麗だ。ん?それは?」
まつから花束を受け取り眺めていると、まつの手にはまだ何か花があるのに気が付いた。
「ああ。さっきのオレンジのガーベラ。一輪だけ残っていたから折角だし、と思って」
「なるほどね。まつ。よければそれもプレゼントとして受け取ってもいい?」
「え。……いいの?一輪だけだよ?」
「もちろんさ。まつから貰うものは何でも嬉しいよ」
「また恥ずかしげもなくそういう事を」
そんなことを言いながらもおずおずと渡してくるまつ。オレンジのガーベラを受け取る。花言葉の意味は知っていそうだが、本数の意味までまつは知っているのだろうか。ガーベラの一輪の花言葉は、「あなたが私の運命の人」。
それに、今思えばあれは俺の「一目惚れ」だったのかもしれないね。
「俺たちにぴったりだね。ありがとうまつ」
「こちらこそ。これからもよろしくね、精市」
「ああ。……ん?今、名前」
精市。確かに俺の下の名前をまつは呼んだ。今まで呼んでと言ってもなかなか呼ばなかった。まだ恥ずかしいから、なんて言っていたが。
俺が疑問を浮かべてまつをまじまじと見ると、まつは顔を反らした。微かに頬が赤くなっている。耳に至っては真っ赤だ。
「え。ちょっと。もう一回」
「え?!いやそれは、」
「録音する」
「いやいやいや!可笑しいから!やっぱり無理!」
「まつ!頼むよ!」
「ほら!さっさと帰って映画鑑賞会しましょ!花もいけなきゃだし!」
「家で、いっぱい聞かせてくれる?」
「なんかいかがわしく聞こえる……」
Happy Birthday !! 2023/3/5
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