番外編
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金木犀の香りが漂う季節。
半袖では肌寒くなってくる時間帯も出始めたそんな10月のはじめ。
土曜日の午前だけの時程だからというのもあるだろうが、氷帝全体が浮かれている。それに、今日はよく「おめでとう」という言葉を耳にする。放課後だというのにその賑わいは未ださめなさそうだ。
「まつは、もう景吾君におめでとう言った?」
隣に座る滝はクラスメイトの会話を眺めながら私に尋ねてくる。
そう。今日は10月4日。生徒会長であり、氷帝テニス部の部長であった跡部景吾の誕生日だ。多くの人が、跡部に祝福の言葉を伝えているのがよく聞こえてきた。今も今夜のパーティに行くいかないと言った話をしているのが聞こえてくる。
「まだ言ってない。直接会ってないし」
「ええ。絶対跡部くん落ち込んでるよ!はやく行ってあげなって!」
「ホントに付き合ってるんだよね?!」
「……まあ、一応?」
「しっかりしろまつ!」
全国大会が幕を閉じたあの日、跡部と私は付き合うことになった。
あれから1か月と少し経った。いざ付き合うとなっても、あの時以外特にスキンシップもなく、今まで通りのような関係でいる。手も下手した繋いでいないんじゃないかな。
そんなことを呟いていると、たけが思いっきり私の肩を掴んだ。
「え?!まさか、キスもまだだったりするのか?!」
「当たり前でしょ!!」
まだ付き合って1か月ちょいだし、中学生の私たちがそんなほいほいやるべきものでもないでしょう。何より、私にとってファーストキスだ。大切にしたい。
それに跡部から迫られたこともないし、いまだに顔を合わせたら何かと口げんかも多いし問題はないように思う。
「まったく君たちは……。まあいいか。プレゼントは用意してあるんだよね?先月の頭あたりに俺に相談してきたくらいだし」
「うん」
夏休み明け、学校も再開された頃にノートを見返していたらふと跡部の欄の誕生日に目が行った。そう言えば10月4日は一か月後だと思い、付き合っているし日頃の感謝も込めて何か贈りたいと思った。
けれど、彼は御曹司。それにあの性格からして欲しいものは既に自分で手に入れてそうだった。食べ物とかも何だか違う気がする。まず好きな食べ物からして意味不明だったし。色々悩んだが、どれもしっくりはこない。そこでクラスメイトで跡部とそれなりに付き合いの長そうな滝に相談をした。ありのまままつが思うものでいいと思うよ、なんて言われ逆に困った。
とりあえずは、と思い無難なプレゼントは用意したが、それは今夜行われるというパーティの時にでも渡そうと思っていた。
「とりあえず!まつは跡部くんのところ行っておいで!」
「え、今?!」
うめに背中を押され、今すぐに行けというような雰囲気に驚くも滝とたけにも当たり前だと返される。
教室を半ば無理やり出された私は、重い足取りでA組へ向かう。
本日2度目のA組の入り口だ。
朝のホームルーム前に、一度声をかけようと跡部のいるA組に向かったとき、そこにはかなりの人だかりがあった。おめでとうと祝福を受ける彼。プレゼントも多く渡されていた。それらに一つひとつ丁寧に対応しているあたり流石だなって思いながらも、渡す女の子にはかわいい子も多く、学年で一番美人じゃないかなんて囁かれている子も笑顔を溢してプレゼントを渡していた。そんな様子を教室の入り口で見ながら、少し落ち着いてから出直すかなんて思いあの時は踵を返した。
恐るおそる教室をのぞくと、そこには多くの人がすでに帰宅をしたのか殆ど人がいなかった。クラスに残っていた人が私に気が付き声をかける。跡部のことを尋ねると、もうクラスにはいないと告げられた。
もう帰ったのかな?
結局学校では会えず仕舞いか、なんて思いながら教室を出てたけたちのところに戻ろうとした時、名前を呼ばれ見ると樺地が立っていた。
「生徒会室にと」
「生徒会室?ああ。跡部の居場所ね!ありがとう樺地」
「ウス」
そう言い樺地は去っていった。わざわざ教えにきてくれてありがとう樺地。
生徒会室に向かい、扉の前に立つ。あたりは静かだ。誰もいないのだろうか?遠慮しながらも扉を軽く叩く。
「入れ」
中から凛とした声が返される。よかった、跡部はいるようだ。そう思い私は扉を開ける。中を覗くと、生徒会長の椅子に腰を掛けた跡部がいるだけだった。
跡部は私を黙って見ている。そんな跡部に、ゆっくりと「誕生日だね」と声をかける。跡部は私を見つめ無表情のまま、少しの沈黙の後に「もっと早く言え」と呟いた。え、まさかダメ出し。彼がそう言うので、早口で「誕生日だね」と言ったら「そういう意味じゃねえ」と少し驚いたような顔をして怒られた。解せぬ。
「全くお前ってやつは」
そう言い呆れたように頭を抱える跡部。しかし、その顔は笑っている。で、何かプレゼントはあるのか、なんて祝われる気満々に言われる。まあ祝うけど。
「プレゼントは……まあ、あるっちゃああるけど。物はパーティの時に渡そうかなって思ってた」
「そうか」
そう言い、跡部はどこか残念そうな顔をして頬杖をつきため息を溢す。
悩んで決めた渡す物。私が決めたプレゼントは、それだけじゃない。というより、物はあくまでもパーティ用。私が悩んで決めたプレゼントはまた別だ。
それを私は今渡しに来ている。緊張で心臓の鼓動が速くなる。それをほぐすように大きく息を吸った。跡部の名を呼ぶと、彼は何だとこちらに視線を送る。握りこぶしをつくり、まっすぐに彼を見る。
「誰よりも努力しているところ、それを誰にも見せないところ、堂々としているところ。いつもまっすぐに前を見つめてひた向きなところ。部員の名前も顔も性格も全部頭に入ってて、なんなら氷帝生全員の顔と名前を知ってて、それぞれが活躍できるように気を配っているところ。自分が先頭に立って、皆を引っ張っているところ。ちょっと変わってるけど、いつも誰かの道しるべになっている。そんな跡部が、好きだよ」
私の怒涛の言葉に、跡部が固まっている。一度口を開き、言葉を告げるとどんどん出てくる。固まる跡部をよそに、あと、と言葉を更に続ける。
「性格もだけど、顔ももちろんかっこいいと思う。それに、テニスしている姿は綺麗だし、生徒会長として挨拶しているときも、その挨拶の内容も素敵だと思う。それに……」
「待て待て待て」
色々指折り数えるように話す私に、話を聞きながら頭を抱えていた跡部が制止の声をかける。何だと思い、言葉を止め、跡部に視線を送る。
頭を抱え俯く跡部は何かぼそぼそ言っている。何を言っているのか聞こうとしたら跡部が顔をあげた。その頬は少し赤く染まっていた。珍しい跡部の表情に思わず息をのんだ。そして、こちらを見るなり跡部は大きなため息を溢した。なんだこら。
いろいろ悩みながら、私は今までのことも振り返った。その時、私は何かといつも言葉を口にすることが足りないと改めて思った。それですれ違ったり、勝手に一人で暴走したことが多い。それを反省し、今回は滝のアドバイスもあり素直に思っていることを伝えようと思った。しかし、この結果がこれか。あまり嬉しそうでない跡部に、少し残念に思う。
「こっちに来い」
そうぶっきらぼうに言われ、そういえば入ってすぐの扉の前に立ったままだったことを思い出す。私は跡部が示す方に向かう。まさか蹴られるか、なんて少し思いながら恐るおそる傍に立った。その瞬間、腕を取られ、思いっきり引かれる。
倒れこむように、座る跡部の胸元にダイブした。いきなり何をするのかと抗議を述べようとした。しかし更に体が引かれ、固く抱き締められ身動きが取れなくなる。お互いの鼓動が聞こえる。まるであの時のようだ。
「まつ。お前は、どこまで俺を惚れさせる気だ」
そう呟く声が耳に届く。
「お、怒ってないの?」
「……なぜ怒る必要がある?」
「何か嬉しそうじゃなかったし」
「馬鹿野郎。あれは、照れ隠しだ。慣れないことをしやがって」
そう言う跡部に、思わず笑ってしまう。跡部が私を強く引いていた腕を離す。生徒会長の椅子は大きいから二人で座っても多少は余裕がある。広い部屋にちょこんと二人で椅子に座っている姿が何だか面白くて、また笑ってしまう。
「だよね。けど、それでも伝えたかった」
「ああ。ありがとな。俺もそんなまつが好きだ」
それから跡部は私がしたように、私の好きなところを延々と話し始めた。やめろ。される側になって分かった。これ、めちゃくちゃ恥ずかしい。跡部が続けている言葉をやめさせる。
「やはり素直に言葉を口にするのはお互いに慣れないね」
けど、どこか心が温かい。幸せだ。
「これから一緒に慣れていけばいいさ」
「うん」
「慣れ、と言えばだが」
「?」
「そろそろ、お前の初めてを貰いたいんだが」
「は?」
そう跡部は妖艶に笑い、私の唇に人差し指を置く。これは、その、あれですかね。
「俺様の誕生日だ。お前の初めてのキ……」
「あああ!用事思い出した!じゃ、じゃあまたパーティの時にね!!」
危険信号点灯。椅子から逃げるように降り、脱兎のごとく生徒会室を出る。微かに笑い声が聞こえた。からかったなちくしょう。
扉を閉め、一息つく。心臓が止まるかと思った。あんな表情、同い年の人ができるのか。
少し冷静になり、大事なことを伝えていないのに気が付く。
振り向き、扉に手をかける。大きく息を吸い、勢いよく扉を開ける。開けた先には、思い出し笑いでもしていたのか少し楽しそうな跡部がいた。
「跡部!私、跡部と会えてよかった。生まれてきてくれてありがとう!誕生日おめでとう!!」
じゃあまたねと言い扉を閉める。去り際に目が合った時、跡部は嬉しそうに笑っていた。
Happy Birthday !! 2022/10/4
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