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ほか



「なあ戒くん、飯食いに行かね?」

ライブ後の楽屋で、れいたが戒を誘った。

「いいね〜、どっか決まってんの?」
「おう、美味いラーメン屋があるらしいんだよね」

「お前はまたラーメンかよ」
「あ、うっさん!お疲れ〜」
「おつかれさま、戒くん」

そこに準備を終えた麗がやってきた。戒くんを口説き落とせそうだったれいたは思わぬ幼馴染の乱入に眉を顰める。

(チッ、空気読めよな〜…)
「いいじゃねえかラーメン。うめえし」
「あのねえれいた、もう俺ら三十路だよ?ラーメンとか太るでしょ…。ツアー中なんだしさ、体型維持大事だよ?」
「うっ…」

普段おっとりしている幼馴染に痛いところを突かれると、他のメンバーに言われるよりこたえる。好きな戒の前なら、なおさら屈辱的だ。

「それより戒くん、俺美味しい薬膳の店知ってんだけど、どう?」
「あ、薬膳もいいね。大人って感じ!笑」
「あはは何それ!…可愛い」

可愛い、の部分は戒には聞こえないような小さい声で呟かれたが、れいたにはしっかりと聞こえていた。

(は?今こいつ、可愛いって…?)

戒のことを好きなのは自分だけだと思っていたれいたはひどく混乱した。聞き間違えなことを祈る。ただでさえ鈍感な戒との恋路に邪魔者が現れるなんてまっぴらだ、とれいたは思った。とはいえ、今は混乱している場合ではない。このままだと戒は麗とご飯に行ってしまう。それだけは阻止したい。なんとかしないと…と考えていると、廊下に葵が通りかかった。

「あ!葵さん!ちょっと!」

急に呼び止められた葵が苦笑しながら楽屋に入ってくる。

「なーに?この葵サマになんか用〜?」
「葵さん薬膳食いたいって言ってなかった?麗が良い店知ってんだって!一緒に行ってこいよ!」

「…え」

硬直する麗を横目に、れいたはしめしめとほくそ笑んだ。戒はというと、

「葵くんも一緒に来るの?やったー」

麗の気持ちも知らず、ファンを虜にするあの素晴らしい笑顔を咲かせている。

「んー薬膳ねえ…。てかれいた、お前こそいいんじゃないの?体だるいって言ってたじゃん。麗と行ってきたら?」
「えっれいちゃん大丈夫?しんどいの?」
「えっ…いや、まあちょっとダルかっただけだし…もう大丈夫っていうか」
「筋トレばっかやってっから笑」
「は?筋トレは体にいいことばっかなんだよ!」
「でたでたでた、お前いつからそんな筋肉信者になったわけ?ちょっと暑苦しいよ」

麗とれいたが言い争いを始めるのを葵は一瞥し、溜め息をついた。

「はあ〜戒くんの前で情けないなあ、戒くん、今のうちに飯でも行こか?お腹空いたやろ?」
「あ、うん。そうだね!れいちゃんたちにはあとから連絡したらいいし…」
「優しいな〜戒くん」(まあ連絡なんか一生寄越さへんけど)

2人で楽屋を抜け出し、廊下を歩いていると、後ろからバタバタと走ってくる音が聞こえる。戒と葵は不思議に思って後ろを振り返ると、我らがボーカル・ルキその人だった。

「戒くーん!」
「きーちゃん、走るなんてどうしたの?」
「マネージャーが呼んでる!急いで戒くんつれて来てって言われてよー」
「ええ?何だろ…、ごめんね葵くん、先行ってて?」
「…焦るの嫌やろし、マネージャーの話がどれくらいかわからんし、飯はまた今度でもええよ?」
「わ〜ごめんね、そうしてもらえたら助かる!」

ごめんね〜、と両手を合わせながら、戒はルキとマネージャーの方へ行ってしまった。

「あーあ、盗られてもたなあ」 

ぼそりと小さくなる背中につぶやく。

「誰をだよ」
「あーおーいーさーん?」
「うおっ!?」

葵の背後には喧嘩を終えた麗とれいたが、恨めしい顔で佇んでいた。下手なホラー映画より怖い。

「ってかルキ、体よく戒くん奪っていったけど、なんて言って連れ出してたわけ?」
「あーなんか、マネージャーが呼んでるって」
「………マネージャーふたりとも逆方向にいたけど」
「えっ」
「マジだよ、俺らすれ違ったべ」
「やられた……………」



「マネージャーの話ってなんだろうね……怒られんのかなあ………なんかしたっけ?ねえきーちゃん」

心持ち早めに歩みを進めながら戒が尋ねる。

「…ごめん戒くん、その話ウソなんだよね」
「え!?」
「実はさ、戒くんと2人で行きたい店あって。………ダメかな?」

少し不安そうに問いかけてからの、上目遣い。というか、身長が低いルキはおおよその人間に対しては自然と上目遣いになってしまうのだ。しかしこの上目遣いをルキにされて、断れる奴はこの世にいない、というくらいの破壊力があった。

「…ダメなわけないじゃん!行こ!」
「いーの!?」
「いいよぉ〜きーちゃんってホント可愛いよねえ」

(可愛い、か……………)

戒と2人で抜け出せることへの喜びと、いまだ戒の恋愛対象となるには程遠い己の無力さを噛み締めながら、ルキは複雑な気持ちになるのだった。



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