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ざああ。
携帯を忘れたため、取りに学校まで戻ってきた麗は、教室の中に1人佇む人物を認め、はっとした。幽霊の番組を昨日見たばかりだったから、過敏な反応をしていまい、決まりが悪くなる。その人は、顔は窓の方に向かれていたため見えなかったが、濡れたような黒髪と少し近寄りがたい、アンニュイな雰囲気ーー幽霊ではなく、同じクラスの城山葵だった。
(わ、気まず……城山とあんまり話したことないんだよなあ………)
このまま見てみぬふりをして帰るか、とも考えたが、携帯がないのは耐えられない。あまり話したことがないクラスメイトと話せる良い機会ではないか、と自分に言い聞かせ、麗は意を決して教室に入っていった。
葵は麗が教室に入ってくると驚いた様子でこちらを見た。
「…高嶋?」
「城山ごめんね、ちょっと携帯とってもいい?」
葵が座っていたのは麗の席だった。
「あ、悪い…」
「んーん、全然…って、え?」
携帯を取り、葵の方をみた麗は絶句した。
葵が泣いていたからだ。麗は混乱した。なぜ。
「城山?なんで泣いてんの……?」
「っ、なんでも、ないからっ」
麗から目線を逸らす葵。視線が床に向けられているため、伏し目になったクラスメイトの顔を見て、麗は不覚にも動悸が速くなっていくのを感じた。この城山葵という男には、どうも他のクラスメイトとは違う、妙な色気があるのだった。
「…かお、上げて?」
麗は葵のことがとてもいじらしく、それでいて劣情を抱く存在に思えて、いても立ってもいられなかった。もっと葵の顔を見たい、その一心から発された言葉は葵には届かず、葵は依然としてうつむいたままだった。
麗はじれったくなって、葵の顔に手を伸ばし、顎を持ち上げて自分の方を向かせた。
「な、に」
葵が震えているのが伝わってくる。
初めてまじまじと見た葵の顔は、彫刻品のように綺麗という訳では無かったが、人をぞくっとさせるような色香を発していた。
透き通るような白い肌、やわらかく鴉の羽のような黒髪、ほんのりと赤い唇、そして黒い瞳が、すがるように麗を見つめて。
「…きれいだね」
心からの感想だった。男が男にきれいだと思って見惚れることなんて無いと思っていた麗にとって、それが現実となったいま、葵は男でありながら男でないような、不思議な存在に思えた。
葵はというと、ほぼ初めて話すクラスメイトに顔を凝視されたうえ、きれいだなどと言われ、すこし目を大きく開いて驚いた様子だった。しかし、その顔にはどこか、嬉しさが宿っていた。
「高嶋それ、本気で…?」
葵が震える声で言う。麗が応える。
「うん、ほんとにきれい。城山、」
言い終わるか言い終わらないかのうちに、麗の唇が葵のそれを覆った。
「んっ…」
葵の口から吐息が漏れる。唇が離れて、少しの沈黙が流れた。沈黙を破ったのは麗だった。
「ごめん、俺…」
「…高嶋なら嫌じゃないから、謝らんで」
「え」
葵の顔から、いつのまにか涙は消えていた。
「なあ、高嶋は俺のこと好きなん?」
こころもち、晴れ晴れした顔で葵が問いかける。
「好き…なんだと思う、たぶん……」
「ふはっ、なにそれ」
好きと言い切れない麗と、それを咎めず笑って流す葵。
ばつが悪い麗が外を見遣ると、いつのまにか雨は止んでいた。
「城山、一緒に帰ろっか」
「うん」
帰り道では、どちらからともなく手を繋いでいた。
おわり
「なんであのとき泣いてたの?」
「…麗のことが好きやったけど、絶対に叶わへんと思ってたから!」
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