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ガレ魔女

 一ヶ月前、自称チョコレートの悪魔の生命体を錬成したアルスティは当然のようにルテューアにそれをプレゼントしました、してしまいました。悪意のない犯罪です。
 それを食べたルテューアは案の定倒れてしまい、下痢腰痛嘔吐高熱頭痛神経痛肩こり腹痛その他諸々を発症し大変なことになりましたが、アルスティは知る由もなく。
 普通であればこんな悪魔じみた破壊兵器……たった一粒で凶悪な魔獣を殺せそうで、料理と呼ぶのも料理に失礼だと思ってしまうような物体を送られれば、ホワイトデーにお返しなんてする気力すら湧かないものです。
 ただし、相手は純真無垢が服を着て歩いていると称されても過言ではないと誰もが断言する人形兵、ルテューアです。
 料理という破壊兵器が原因で生死の境を彷徨ったぐらいで、彼女を想う気持ちが廃れることはなく……。



「ホワイトデーだからお菓子いっぱい作ってきたよ!」
 三月十四日、ホワイトデー当日。
 この時期も甘い匂いでいっぱいになる拠点で呼び出しを受けたアルスティ、ウキウキしながらやってきて、すぐさま目にしたのは……。
「……ホワイ?」
 テーブルの上にほとんど隙間もなく並ぶ、大量のお菓子でした。
「バレンタインのお返しとか関係なく、あーたんにはいつも感謝しているしいつもいつも大好きだから、どうやってお返しをすればいいかわからなくて……」
「う、うん……」
「みーさんに相談したら“だったらいっそ好きなお菓子を全部作ってしまえばいいんですよ”って言われて、一緒にたくさんのお菓子を作ったんだ!」
「お、おおう……」
「お菓子作りって初めてだったから上手くいくかすごく心配だったけど、ちゃんとできたと思うよ!」
「さ、さいで……」
 ニッコニコの素敵な笑顔で喋る彼を見ているだけで癒されるところですが、アルスティはお菓子の量に驚きを通り越して引いています。
「お菓子作りを始めた動機はわかったわ……でも、ええと……どうしてこの量?」
「感謝の気持ちの数だけあるから」
「な〜るほ〜どねえ〜?」
 「私のお菓子であんなに喜んでたから当然か……」と自分を納得させていますが、何も知らないって幸せですね。
「ってことは、私はルテューアにこーんなにも想われてるってことね。光栄だわ〜」
「えへへ〜」
 嬉しくって照れてしまい頬をかくルテューアの前で、アルスティはふと軽く手を叩き、
「そういえば、ホワイトデーに送るお菓子ってそれぞれに意味があったりするんだけど……知ってる?」
「お菓子に意味があるの? 美味しい! じゃなくて?」
「私も人から聞いた話だから具体的には覚えてないんだけど、例えばクッキーだったら“アナタとはお友達です”って意味だし、キャンディーだったら“あなたが好きです”って意味なんだって」
「へぇ〜!」
 そんな知識は当然初耳、目を輝かせて話を聞き、
「あっ! じゃあプリンは? プリンにはどんな意味があるの!?」
「プリンは無かった気がする」
「そっかあ……」
 あからさまに残念そうです。大好物がプリンですから、何かしら特別な意味があることを期待したのでしょう。
 ころころと表情を変える彼が面白くて可愛くて、こねくりまわしつつ愛でてあげたいという欲望が体の上から下まで駆け巡りましたが、それは一旦心の隅に避難させます。
「まあいいわ。それじゃあみんなを呼んでお菓子パーティでも始めましょうか。キャルに紅茶を淹れてもらって……」
「えっ」
「えっ、って何よ」
「それ、あーたんひとりの分のつもりで作ったんだけど……」
「…………」
 先程も述べましたが、テーブル上には大量のお菓子が無駄な隙間は一切ない状態で配置されています。クッキーやチョコレートやカップケーキと言った定番スイーツを始め、プリンゼリーシュークリームマシュマロマドレーヌエクレアロールケーキマカロン以下省略……。
 これをひとりぶんだと主張するので、アルスティは思わず、
「ルテューア……数も数えられないほど馬鹿だってことはない、わよ、ね?」
 暴言が出ました。
「酷い!?」
「ごめん。でも、お菓子を作ってきてくれたことは嬉しいのよ? それだけ私のことを想ってくれてるってことだし、慣れないことに果敢に挑戦していくスタイルは好きだから、アナタの気持ちを真摯に受け止めたい。それを前提として」
「うん」
「だけど……その、この量は……この量はなあ……」
「女の子はお菓子が大好きだからいっぱい作っておいた方がいいよーってみーさんが言ってたけど」
「ミーアめ……」
 何を想って彼に吹き込んだのかアルスティは想像もできません。
 蛇足ですが、灼熱色の料理に振り回され続け時に生死の境を彷徨うことになっているルテューアの痛みを少しでも知れという、彼女のちょっとした恨みから出た提案だったりします。
「アナタが一生懸命作ってくれたお菓子だから全部食べてあげたいけど、私ひとりじゃとても無理よ。食いしん坊キャラじゃないんだから」
「そっかあ……でも、毎日ちょっとずつ食べていったらいいんじゃないかな?」
「クッキーとかカップケーキの焼き菓子ならいいけど、エクレアとかシュークリームみたいなクリームを使っているモノは一日置くだけで傷んじゃうのよ?」
「えっ」
 ルテューア硬直。それも知らずに大量生産していたと、リアクションを通して知ることができてしまいました。そして、目に見えて動揺を始めます。
「ど、どうしよう……あーたんに食べてもらいたくて作ったのに、食べられなくなっちゃうのは……」
「嫌よねえ、分かるわよアナタの気持ち。どんな食べ物でも粗末にしたくないっていう優しさというか勿体無い精神は」
「勿体無いとかそういうの以前に、今日明日の食べ物がないかもしれないって環境だったんだけど」
「そういう心痛む話はいいから!」
 食に関して何ひとつ苦労せずに育ってきたアルスティ。極限状態で生きてきた人間の話をされると本当に無力だということを思い知らされてしまいます。救えなかった人間が圧倒的に多いと。
 仕方がない、という言葉では片付けられないことを。
「とにかくお菓子をどうにかしましょう。私以外の人に食べてもらうのはちょっと嫌なのよね?」
「ちょっとどころかすごく嫌かも」
「うーむ……配り歩く話はナシとなると…………最終手段を用意するしかなくなるわね」
「まだ何も始まってないのにもう最後の手段なんだね」
「お黙り。これのためにはアナタの協力が必要になるんだけど、いいかしら?」
「も、もちろん! 僕は何をすればいいの?」





「はーい、燃やしまーす」
 ミーアが軽く明るい口調で宣言すると同時に、迷宮に爆炎が広がりました。
 結魂書には焔舞Ⅳと書かれているこのドナム、消費魔力は大きいものの威力は絶大で、つい数秒前まで雄叫びや奇声を上げながらこちらに向かってきていたおぞましい魔獣たちは、断末魔をあげることすら許されないまま、一匹残らず骨ごとしっかり燃やされてしまいました。
 こうなってしまえば戦闘は終了したも同然。他の人形兵たちは魔獣を燃やす炎を焚き火を眺めるように穏やかな気持ちで鑑賞し始めます。
「よく燃えてるね〜あったかいね〜」
「今日はちと冷えるからあったかいの欲しかったんだよなあ。ミーアちゃんナイスタイミング」
「そうねー」
 ニケロとレグはぼやき、アルスティはシュークリーム片手に暖を取り、
「マジでオレここの魔女ノ旅団の人形兵でよかったって思うわ。アレが自分に向かって使われるかもしれないって考えたくもねえ、死ぬ時にはせめて時世の句とか読みてえよ」
「そうだねー」
 ドナムの威力が壮絶すぎて驚くことすら忘れてしまったカルミアと、完全に見慣れているため動じることはほぼないルテューアがマカロンを頬張りつつのんびり同意して、
「…………つーか、さあ」
「なに?」
「お前ら、マジで何やってんだよ」
 カルミアの一声を皮切りに、お菓子を頬張るルテューアとアルスティは一同の視線を一気に集めてしまいました。
 続いてレグが確信を突く問いかけ。
「探索が始まってからずーっと言いたかったんだけどさ、どうしてあーたんとルテューアはお菓子食べながら戦ってたの?」
「ホワイトデーにルテューアが作ってくれたお菓子の量がすごく多かったから、探索の合間に食べて少しでも減らしていこうと思って!」
「あーたんひとりじゃ食べきれないから僕も食べることにしたよ!」
 堂々と答える旅団のリーダーとその恋人。自信満々という四文字が世界で一番似合うコンビですが、周囲の反応は北風よりも冷ややかです。
「いや、作り過ぎたなら二人だけで処理しないで周りに言えよ。灼熱色の汚物じゃねえんだから普通に食うよ」
「汚物はわかるけど灼熱色って何かしら? そんな名前の色ってあった?」
「だってあーたんのために作ったから、あーたん以外の人に食べて欲しくなかったんだよ」
「るーくんに独占欲が生まれてきてるのか単純にワガママに目覚めただけかどっちなんだろうね〜どうでもいいけど〜」
「だからって戦闘中でももぐもぐする? おじさんなんか心配!」
「戦闘って結構カロリー消費するからそういう点だと都合がいいのよねー、人形兵だから食べても太らないし……ところで灼熱色って何なの?」
 その質問に答えられる者はおらず、無視されてしまいます。イジメではなく優しさです。
 魔獣もすっかり燃え尽き炎も自然鎮火し静まり返ってしまった迷宮。
 静寂の中、灼熱色について疑問を浮かべるアルスティと、冷ややかな視線の意味が理解できないルテューアが取り残されてしまっているという状況。
 沈黙を破り、同時に話の方向性を変更するのはやっぱりカルミアで、
「つまりバカがバカやらかして発生した問題をアホがアホなりに解決しようとしてアホとバカが手を組んでアホバカやらかしたってことか」
 ついでと言わんばかりに解りやすく罵倒して、
「要約すると“妥協しやがれ馬鹿共”だね〜」
 続いてニケロがストレートな悪口を言い、
「ごめーんおじさんでもこれは擁護できないからラムちゃんに通報しておくね」
 最後にレグが残酷な決断を下しました。
「「なんで!?」」





 その後、今日はたまたまサポート待機組だったラミーゾラをわざわざアタッカーに引っ張り出し、お行儀が悪いだの問題解決方法が雑すぎるだの食べ物を作るときは量を考えろだの以下省略と……めちゃくちゃ叱られてしまい、ホワイトデーの思い出はすっかり灰色になってしまったのでした。


2021.3.14
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