旅団バレンタイン

 それは、例年彼らを襲う地獄の形。

「ルテューア! 今年もバレンタインのチョコレートを作ってきたわよ!」
「うわああああああああああああああああん!!」
「あら、泣くほど嬉しかったの?」
 違うと言えたらどれだけ幸せなことだったでしょうか。

 魔女ノ旅団のリーダー、アステルクロウのアルスティ、フェイバリットは料理。
 女の子らしくて可愛らしい趣味ですね。
 味と見た目さえ良ければ。

 テーブルの上にはお皿がひとつ、ぽつんと、寂しそうに置かれてありました。
 お皿の上には赤黒い塊がみっつ、ずどんと、禍々しく置いてありました。
「……今年は三つなんだな」
 重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのはレグで、
「……今年はっつーことは、去年までは違ってたんだな」
 その横でカルミアが重い口を開いて、
「……ぐすっ」
 さらにその横でルテューアが袖で涙を拭っていました。
 彼らの注目を集めているこの赤黒い塊たち。これは、アルスティの手作りチョコレートです。
 チョコレートです。赤と黒のマーブル模様が不規則に動き、迷宮内に潜んでいそうな魔獣を彷彿するような出立ちですが。
 チョコレートなんです。一定のリズムで鼓動を繰り返していますが。
 チョコレートですって。辛いような酸っぱいような甘いような独特を通り越して例えようのない刺激臭を放っていますが。
 これはチョコレートです。
「おじさんは知ってるんだ、あーたんは仲間想いのリーダーだから、バレンタインになると旅団のメンバー全員分のチョコを作ってくれるってこと。優しいだろ?」
「優しくねーよ、無差別テロ並の人災だよこんなの」
 料理に対するコメントではない暴言を吐き捨てるように言いました。
 彼は、魔女ノ旅団の人形兵として生を受けてから今日までの日々を過ごす中、アルスティの料理がどれだけ“ヤバイ”か痛いほど……いえ、命の危機に瀕するほど思い知ってきたのです。
 ドロドロになっている不気味な赤黒い物体が大量に発生している様だけは、想像したくもありませんでした。
 すると、泣き続けていたルテューアは嗚咽交じりに喋り始めます。
「……みーさんがね、みーさんがね……“今年は例年より材料が入手しずらいのでアルスティさんは作るチョコの数を抑えてください、全員分は私でなんとかしますから……”って言って、あーたんのチョコの数を抑えてくれたんだ……」
「ホント、ミーアちゃんには何度お礼を言っても足りないな」
「それで旅団全員の命が救われてるんだからなぁ」
「……僕は救われないけど……」
 自分で言ってショックだったのかルテューアはその場に蹲ってしまい、
「「…………」」
 レグとカルミアはかける言葉を失いました。
「いいよ……いいんだよ。これは仕方のないこと、あーたんのことを好きになった僕の使命……みたいなもの。嫌だ嫌だってワガママを言ってても何も解決しないから……」
 悟ったような口ぶりですが所々に嗚咽が混じっていました。
「めちゃくちゃ無理して言ってんじゃねえよ!? ホントこんな料理モドキで心身共にボロボロになる必要とか全っ然ねえんだからな!?」
「カルミアくん……これが、愛の試練っつーヤツなんだ……」
「命を削るだけの愛なんてクソ喰らえだわ!!」
 レグに向かい唾を飛ばす勢いで怒鳴った後に、
「オレは毎回毎回、アルスティが料理を作ると世界の終わりが来たみたいに泣き叫ぶコイツがもう見てられねえんだよ! どうにかしようと思わねえのかよおっさん!」
「おじさんをおっさんって呼んでいいのは女の子だけ!」
「知らんわ!!」
 口論する二人の後ろで、ルテューアは静かに立ち上がりました。
「あーたんの料理をどうにかしてルテューアを助けてあげたいっつー優しさは理解できるよ? そうしたいならまず、あーたん本人にアレのヤバさを分かってもらわないといけない。それはわかるよな?」
「当然だよ」
「では聞こうカルミアくん。あーたんが料理をするにあたって“味見”という確認行為を怠っていると思うか? ちょっとドジでお人好しのアホのかわいこちゃんとはいえ、旅団のリーダーとして強い責任感を持つ、あのあーたんが」
「……!?」
 カルミアが愕然とするのを見ず、ルテューアはテーブルの前で足を止めました。
「その通りだ。あーたんはポメちゃん同様にあの灼熱色の料理に絶対耐性を持っている。だからこそ、自分の料理は美味しいっつー常人ではありえない答えに辿り着いちまってるんだ……ちなみにあの娘に味覚障害はない」
「なっ、なんて、こった……だからアイツはしきりに料理を作りたがって、それをみんなに提供しようとしている……嫌がらせでもなんでもねえ、ただの善意……」
「アレルギーの類でもない限り、自分が食べられるものが他人が食べられないなんて普通は思わない、だからあの娘は自分の料理を食べてもらいたがっているのさ……大好きな旅団のみんなによ……」
 悟るレグ、静かに手を合わせるルテューア。
「だからルテューアはアルスティの料理を断れないってことか……純粋馬鹿なアイツが、善意だけで作られたモノを断ることはできねえし、作った相手が好きな人なら尚更か」
「愛の試練っつーのはそういうことだ。ちなみにおじさんが死ぬと分かって灼熱料理を食べるのは単なる下心です」
「ど正直で逆に清々しいわ……まあいいか、だいたいの事情はわかったから……ルテュー」
 カルミアが振り返ると同時にルテューアは後ろから倒れ、後頭部と床が勢いよく激突した音を立てました。
「「ルテューアぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
 二度目の絶叫。今度はレグと共に。
 レグは倒れてしまったルテューアの顔の横に膝をつき、彼の様子を伺います。
「か、顔が土気色を通り越して腐植土みたいな色になってやがる……まさかっ!?」
「皿の上にあった灼熱色の汚物がなくなってるぞ!」
「あーたんの料理を汚物って言わないの! おじさんとの約束!」
 料理の呼称はともかく、三つ並んで禍々しかった料理らしき赤黒い物体は綺麗さっぱりなくなり、残骸なのか置き土産なのか、オーラのような痕跡が淡く漂っているだけになっていました。
 そして、ルテューアの口の端から血のような赤色の液体が流れていることから、目を離した隙に起こった悲劇を想像することは、赤子の手を捻るより簡単でした。
「…………食った、のか……全部」
「お前だけに辛い思いをさせたくないから、オレも一緒に犠牲になってやるって言ったのによぉ……」
「やだ、カルミアくんイケメン……」
 レグが少しだけときめくと同時にルテューアの目尻から黒い液体が流れ始めたので、カルミアは医術の心得があるミーアを呼びに、慌てて部屋から飛び出したのでした。

 こうして、混沌とした事態は静かに収束を迎えたそうです。

 アルスティの料理という脅威から仲間を守った彼の、勇気ある犠牲によって。




 数日後、意識が回復したルテューアは真っ先にアルスティに会いに行きまして。
「ミーアから聞いたわよ? 腐った肉を食べたせいでとんでもない腹痛に襲われたって、それも面会謝絶するほど……大変だったのね」
「えっと、うん……大変だった……えと、今日来たのは退院報告と、チョコの感想を言いに……」
「そうだったそうだった! 三つ全部食べちゃったんでしょ?」
「うん、食べちゃった……」
「どう? どう? どうだった? 今年は去年よりパワーアップしてると思ったんだけど」
「……れ、れ、れ、れ……」
「れ?」

「れ、例年通りのお味でございましたあぁぁぁぁぁぁぁ……」

 人ひとりを愛することは時として命をかけることもある。
 今年もバレンタインという行事を通して愛の重さをひとつ知り、少年はちょっとだけ大人になりました。

「泣くほど美味しかったのならよかったわ!」


2021.2.14
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