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ガレ魔女

 ガレリア雑貨店で作られた人形兵は異質でした。
 人形兵とは本来、ワードローブの中に広がっている別世界を探索するために作られる魔法生物。マナが満ちている世界の中でしか活動できず、雑貨店に戻ればただの人形に戻ります。
 しかし、彷徨える魂の憑代となったナチルが作成した人形兵はその常識の枠を軽く飛び越え、ワードローブの外でも動いて喋って活動することができるようになっているのです。
 理由は不明、原理も不明、人形兵本人なら何か知っているかもと尋ねてみましたが「我の闇の力と、とある魔女の瘴気の魔術が」と切り出し始めたのでまともに取り合うことをやめました。
 厄介そうに見えますが命令には従順なので、扱いに気を付ければ問題ないだろうと考えたナチルは原因追求を諦め、探索を続けてもらうことにしたのです。




 夜も更け、ガレリア雑貨店は店じまいのお時間。
「じゃあ、店も閉めるしワタシも部屋に戻るけど……アンタたちはこれから探索するの?」
 当たり前のように誰もいない店の中、レジ横のカウンターに堂々と仁王立ちしている人形に、ナチルは問いかけました。
 全長およそ三十センチほどの人形ですが、誰がどこをどう見ても生身の人間をそのまま縮めたようにしか見えない出立ちをしているため、これが人形素体に魂を入れて作った人形兵だと言われても信じる人はそう多くなさそうです。なお、今現在は二つありまして。
「いや、我らは少し休んでから探索に戻るつもりだ。連続して戦場に赴くほどの気力と体力は持ち合わせておらぬ」
 最初に答えたのは眼帯をした男の人形でした。低い声で返し腕を組むその姿は、作成者の魔女に対して従順というよりも、どこかの国の王か貴族のように、誇り高く堂々たる態度に見えました。
「魔法生物なのに休息っているんだ……?」
「小娘よ、貴様だって突然、魔法生物となり“お前は今日から人間じゃなくなったから人間らしい生活をするな”と言われたら嫌であろう? 従う気も失せるであろう? 我らとてそれは同じことだ」
 次に答えたのは眼帯の人形の横に並んで立っている、フードを被った女の人形です。腕を組む様も口調も魔女に対する態度も同一で、異なる点といえば声ぐらいなものです。
「あー……うん、まあ、言いたいことは分かるよ」
 適当に言葉を濁したナチル。制作して数日も経っていませんが、下手に波風を立てるよりもある程度は見切りを付け、合わせた方が楽だと知っているため威風堂々とした態度について下手に口出ししません。面倒ごとになりそうですし。
 人形二人は満足気に頷いていました。理解してもらったと受け取ったようですが、正直半分も理解したくないというのがナチルの本音です。
「じゃあ、アンタたちはここで休んでてね。こっちの許可なく上がってこないことと、人に見つからないようにすることに店の商品に傷とか付けないこと……それさえ守って貰えれば文句言わないから」
「心得た」
「じゃ。店開ける時に降りてくるからその時に探索再開ってことで」
「任せておけ!」
 胸を張って堂々と答えた人形を横目に、ナチルはさっさと店を閉める準備を始めたのでした。



 閉店後のガレリア雑貨店は、呼吸の音さえ響いてしまうほどの静けさに包まれていました。
 窓のカーテンも閉め切っているため月明かりも入って来ず、誰かに見つかってはいけないとランタンや蝋燭の灯りすら許されていない静寂に満ちた空間は、誰であっても不気味に……。
「暗い暗い暗い! すげー暗い! 暗すぎて逆におもしれーな!」
 思わないようです。主に、両手をぶんぶんと振り回してはしゃいでいる女性は。
 彼女の名前はアイリス、過去の記憶をほとんど持たない人形です。
「な、なんで暗闇ですごくはしゃいでいるんだ……? 夜目がきくとか?」
「ぜんぜん! 何も見えねーからおもしれーんじゃん!」
「ええぇ……」
 誰が聞いても相手に引いていると取れる声がすると同時に、足元が淡い緑色の光で照らされ始めました。
「わっ!? 何だ……?」
「触杖に微量のマナを纏わせるだけでも辺りを照らすことが可能だ。これを灯りとして使うと良い」
「え……」
 恐る恐る下を見ると、灯りの発生源は触杖の先に集まっているマナで、それはベイランの不安気な顔を照らしていました。
「なる、ほど……触杖にこんな使い方があったのか……初めて知った」
「我も初めて知ったぞ。出来るかどうかわからない状態でやってみたら偶然できただけだからな!」
 触杖を持ち、堂々たる態度という言葉を見事に体現している女性はシュザンナです。ナチルと会話していた人形の片割れ。
「マナの光ならカンテラよりも弱いし、余程のことをしない限りは窓の外に光が漏れ出すこともないってことね」
「そういうことだ」
 猫耳人形兵のマサーファと、ナチルと会話していた人形の片割れ、オディロンは静かに会話を終わらせ、次の話題へ移ります。
「それで寝床だが、各々好きな場所を勝手に使っても良いそうだ」
「じゃあ私は棺桶か拷問器具がいい」
「どうしてそんなマニアックな場所をあえて選んじゃうんだ……もっと寝やすい場所で……ギャッ」
 ベイランが引き気味に反論すると同時にマサーファに足を踏まれてしまい、痛みのあまり蹲ってしまいました。
「早朝に小娘が店を開けに来るから、その時までに起床し出発準備を済ませておくように」
「おっけーわかった! じゃッ!」
 軽く答えたアイリスは軽い身のこなしで棚の上へと登っていき、もう見えなくなってしまいました。
「……灯りの類を持って行かなかったが、奴はそれで良かったのか……」
「いいんじゃない? じゃあ、私たちも良い感じの寝床を探してくるわね」
 心底どうでもいいのか、実は心配しているのか……どちらにも取れるし取れない声色で返したマサーファは、蹲ったままのベイランの首根っこを掴むと、
「頑張ってね。お休みなさい」
 そう言い残し、ベイランの触杖を肩に担いで店の奥へ歩いて行ってしまいました。
 文句も言わず抵抗もせず、大人しくマサーファに連れて行かれる彼の姿から哀愁が感じられる……旅団では珍しくない光景でした。が、
「頑張ってね……?」
 言葉の意味はわかるも意図がわからず、オディロンは首を傾げていると、
「そうであるな。では、我々も行くとするか!」
「ああ…………ん、我々?」
「寝床の場所だが候補はいくつか決めておるぞ! 我が案内してやろう、ついて来るがいい我が半身よ!」
「そうか……わかった……わかった?」



 首を傾げたままのオディロンがシュザンナに案内され、着いた先は店の隅。
 そこに置きっぱなしになっているのはアンティークな装飾が施されたタンス、すっかり埃をかぶっていましたが、一番上の引き出しだけ少し開いていました。
「小娘に一番上の引き出しを開けさせた! ここを寝床にすればよかろう」
「そうか?」
「一番下でもよかったがこのタンスは足が少し長く、その上に登りにくくてな。だったら一番上の引き出しを寝床にするしかないという結論に達したのだ」
「なるほど?」
「ここに積み上げられている古本を梯子のように登ればタンスの頂上に登ることなど容易い。問題は無いと称して良いだろう」
「ほう?」
「このタンスの一番上の引き出しだけ他と比べると高さがないから登り降りも楽であるぞ。この辺りには窓がないから日が登っても薄暗いが、我らの完璧な体内時計があれば朝など日差しがなくても感じられる。懸念する点はない!」
「ああ?」
 堂々と語り続けるシュザンナにオディロンは曖昧な返答をしつつ、古本を梯子のように登り、そこからさっさと飛び移ってタンスの頂上に到達、開きっぱなしの引き出しの中に入りました。
 タンスは埃まみれでしたが、ずっと閉じられていた引き出しの中は汚れひとつありません、ややかび臭いような気がしますが。
「……何かが」
「小娘もなんだかんだと言いつつ親切であるな、寝冷えしないようにと古くなった毛布を切り分け我らに与えてくれた。人形である我らが人間らしい生活を行うことを尊重してくれたということか」
「…………」
「後はここに我らの分の毛布を敷けば立派……とまではいかないが、一応は寝床の完成であるな。早めに眠って明日に備えるとしよう」
「……我が半身よ」
 オディロンが顔を上げた時、毛布を足元に置いてから、さっさと上着を脱ごうとしたので、
「シュザンナ!」
「むっ?」
 唐突に名前を呼ばれ、ボタンを外そうとしてた手が止まりました。
「どうかしたのか?」
「どうかしたではない……何故だ、何故、貴様と我が同じの寝床で就寝することになっているのだ」
「ふむ?」
 きょとん。現在のシュザンナのリアクションを表現するためにこれよりも適切な言葉があったでしょうか。たぶんない。
「……なんだその顔は」
「我が半身でありながら気付いてないとは想定してなくてな、驚いてしまった」
「は?」
 唖然とするオディロンにシュザンナは、それなりに山のある胸を張って答えます。
「我と我が半身は元は同じ人間、言わば兄妹とは似て非なる身内のようなものであろう?」
「兄妹ではないがな」
「それはまあそうであるが、そうでなくても身内のような関係ということに変わりはない。長きに渡り、良好な関係にある身内が存在していなかった我らにとってそれは未知なるモノであるが、いずれ世界の闇を統べる王となる以上、知らぬモノなどあってはならぬ」
「ああ」
「そこで、身内のような関係である我が半身ともう少し親密になれば、知らぬことも少しは分かるようになるのではないかという結論に至り、まずは寝床を共にすることから始めたというワケだ!」
 断言したシュザンナのなんと自信満々なことか。輝きに満ち溢れている瞳は、まるで褒めてもらうのを待っている犬のようです。
「……」
 さて、質問に答えてもらった以上は何かしらの返答をしなければなりませんが、オディロン、言葉に詰まり頭のてっぺんから爪先まで固まってしまいました。
 感動の嵐に襲われているワケではありません。原因はとても単純。
 呆れているだけです。
「何故、今まで気付かなかったのか不思議なぐらいだ。我は貴様ではあるが時が経ち“シュザンナ”としての自我が根付いておるから今は別人である。だが、いずれは共に世界の闇を司るのであるからな、知らないことがない方が都合が良かろう」
「……」
「さっきから何を黙っているのだ? 訪ねてきたのはそちらであろう? 我はしっかり答えたぞ、何か言ったらどうだ?」
「……では、ひとつ、ハッキリと伝えよう」
「うむ」
「…………貴様は阿呆か」
 オディロンはシュザンナの肩をしっかりと掴みまして、
「我と親密な関係になりたいという気持ちは否定せぬ、だが、そのための方法などいくらでもあったはずであろう。複数ある方法の中から何故、寝床を共にするという選択をした? 他に方法がなかったとは言わせんぞ」
「これが一番仲良くなれる方法だとマサーファが」
「あの女か……!」
 悔しさと憎らしさが同時に襲いかかるも、奥歯を噛み締めることで怒りを一旦飲み込むことに成功しました。代償として右の奥歯にヒビが入りましたが。
「だから“頑張ってね”ということか……!」
「我と寝ることに問題があるのか?」
「あるわ!」
 即答と怒号。
「それなりの年齢を迎えた男女が寝床を共にするのは明らかに問題行為だ! 夫婦でもないのだぞ!」
「身内であるから問題なかろう?」
「身内であっても多少は問題だ! まさかとは思うがこれから先、親しくなりたいと思った相手の寝床に積極的に行くということはあるまいな……?」
「おお! その手もあったな! 明日はマサーファの元へ行ってみるとしよう、これまであまり会話らしい会話をしたことがなかったからな! 良い機会だ!」
「絶対にやめろ」
 この娘なら誰これ構わず行く展開になりかねません。肩を掴む力を強め、絶対に行くなという意思表示。
 しかしシュザンナは痛がりもせずにけろりとしています。頑丈な人形兵だからでしょうか。
「とにかくだ、恋人でも夫婦でも婚約者でもない男女が寝床を共にするな。合意と思われたらどうする」
「合意……? いや、マサーファは中性であるが生前は女性であったから女性であろう?」
「あの女に関しては性別云々の問題でない。我の許可なく行くことは許さぬぞ」
「他者の寝床を共にするのに我が半身の許しが必要になるのか? それは不公平な気がするが」
「……我が他の者と親密になるために寝床を共にしたくなった時、我が半身の許しを得てから行くことにする。それで良いだろう」
「うむ。これで我らは公平かつ対等な立場であるな!」
 納得してくれたようで一安心。肩を掴む手を離しました。離しましたが。
「……むっ?」
「よし、では明日も早いことだし休むとしよう。我らが寝坊してしまえば他の者に示しがつかなくなるからな」
「あ、ああ……」
 おかしい。そう思った次の瞬間にはシュザンナが服のボタンを外し終えていたので、すぐさま後ろを向きました。
「しまった……うまい具合にはぐらかされてしまった……」
「我が半身よ? 何故後ろを向いているのだ?」
「身内とはいえ肌を……いや、もういい。気にするな、寝ろ、寝てしまえ」
「そうだな!」
 とっても元気なお返事の後、布同士が擦れる音がしばらく続きましたが、オディロンは頭の中で素数を数え続けることで気を紛らわしました。
 脳内に並んだ素数の数が百を超えた頃、穏やかな寝息が聞こえてきて我に返りました。
「はぁ……」
 そして、重い重いため息。
「ぽっと出てきた女のことを、最初から身内と思えるわけがないだろうが……」



 なお翌朝。余計なことを吹き込んだマサーファに向けて、オディロンの長い長いお説教が始まってしまったため、探索開始時間は大幅に遅れたといいます。


2021.1.21
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