ガレ魔女
アパルトマンと呼ばれるダンジョンがあります。
ガレリア雑貨店にある古びたワードローブから入ることができる、アパルトマンの裏世界。アルステラでは存在しないような異形の魔獣たちが跋扈する恐ろしいダンジョン。
そこを探索している人形兵たちはアパルトマンに点在している魔力を持った品々を回収し、魔女に献上することを命じられています。
魔女の目的はお金儲けのようですが、人形兵たちにとって彼女の私情はわりとどうでもよく、自分達の存在を抹消されないため使命に従っているワケでして。
扉を開けて廊下に出た一行を正面から出迎えてくれたのは、一体のロボットでした。
オモチャ屋のショーケースに並べられていそうなブリキのオモチャですがこれも立派な魔獣、意思疎通はできないものの自我は持っているらしく、積極的に襲いかかってくる魔法生物の一種です。
この手の魔獣は群れを作り集団で殴りかかってくるのですがこのロボは一体だけ。周囲に仲間の影も形もなくひとりぼっち、エレベーターを背に置物のように立っているだけ。
一体だけとは言えいつ襲ってくるかわからない魔獣に迂闊に近付こうとはしない人形兵一行、ロボの間合いの倍以上の距離を保ち様子を伺っていました。
「これ、ガッチャンロボだったっけ? なんで一匹しかいねえんだ?」
すぐさま口を出したのはアイリス、いつもと違った雰囲気の魔獣を指しています。
このまま無警戒に近づいて行きたいところですが、ヴィルソンに襟首をしっかり掴まれているため動けません。
「なんで幼児みたいに止められてんだアタシ」
「お前は何も考えずに手を出して無駄な怪我を無駄にするからな。修理だってタダじゃないんだぞ」
この世の何よりも「無駄遣い」という言葉が嫌いなヴィルソンはその性格と生前の職歴を買われて旅団の資金を管理し、無駄な出費を出さないように常日頃から考え、行動しています。
よって、後先考えずに行動した結果、怪我をしたり体の一部を無くしてしまう問題児アイリスの監視はもはや日課なのでした。
「えー。アタシの生き様を勝手に決めんじゃねーよー」
心当たりはあるものの反省する気は全くないアイリスが頬を膨らませますが、ヴィルソンの目つきは鋭くなるばかり。
「防御面が非常に緩い問題児が二人も入ってきたせいでゴアだのなんだので出費が嵩む上にダンジョンも険しくなってきて回復物質がより多く必要になってくる。だと言うのにダンジョン内で金目の物を得る手段は非常に限られているから常に安定した収入は期待できない、そんな俺たちが今、すぐに、できることはなんだ? あ?」
「…………」
激怒するヴィルソンにアイリスはちょっとだけ面倒臭そうに彼を見るだけにしておきました。ひとつを言うと十になって返ってくるとようやく学んだので。
「わかればいい」
敵に向かって突進する気配がなくなったとわかったのかヴィルソンは手を離してくれました。
「……」
ここで飛び出すと子供に聞かせられないような罵詈雑言が飛ぶので大人しくしておきます、仕方なく。
そんな最中、
「おぉ〜」
ひとりの青年人形兵がその光景を差します。ヨゼというシノブシの青年でした。目元を包帯で隠していますが本人曰く見えているので問題ないとのこと。
「まおーさま、まおーさま、ヴィルソンがまた苦労してるー」
一般で使われることなどまずない二人称「魔王様」を多用していますが問題ありません。
「なるほど、それは闇の王である我にとって良い傾向だと言えるぞ」
そう、彼が「魔王様」と呼び慕っている青年こそ(自称)闇の王オディロンだから。ちなみに現旅団を率いているのもこのお方。
「これからも旅団の活動が破綻しない程度にヤツを苦労させ心身共に疲れさせてやれ。そうなれば我の気も少しは晴れよう」
「わかった!」
「わかるな! アホな部下にアホな常識叩き込むな!」
ヴィルソン本人から直球のクレームが飛び出すもオディロンはガン無視。嫌いなので。
「あのー」
犬猿の二人の間に割って入るように恐る恐る手を挙げる男がいます。
「いつも通り喧嘩するのはもう仕方ないと思うけど、まずはエレベーター前で陣取ってるガッチャンロボをどうにかしないか……?」
怯えながら発言するベイランです。現在の旅団で唯一のドナム使いマギアコンシェリ、猫好き。
一応、旅団の指揮を取っているオディロンに向かって言ったのですが、彼が返答するよりも先に別の場所から元気な答えが返ってきます。
「そう焦るなベイランよ! あのようなブリキの玩具、闇の女王である我がわざわざ討伐しに赴くまでもない!」
自称闇の女王を名乗る人形兵シュザンナでした。元同一人物のオディロンとは双子のような兄妹のような相棒のような説明しにくい関係です。
「え、ええと……」
突拍子もない返答により言葉が詰まりますが、シュザンナはお構いなしに続けまして、
「だから作成されて間もない我がシモベたちにあの魔獣を討伐させる! 鍛錬もできる上に進行を妨害する邪魔者を排除できて一石二鳥だ!」
そうして呼ばれたシモベ、プリマクピードーのキキが素早くシュザンナの後に出てきて、
「シモベだからあんなロボぐらい一瞬でボコボコにしネーとな!」
「じょーおー様に呼ばれたから暴れるぜ!」
しれっと彼女の横に並んだヨゼ共々、意気揚々と自信溢れる意気込みを疲労しました。が、
「でもガッチャンロボのカウンターでよく死んでいるような……」
ベイランの一言により自信に満ちていた瞳から光が消え、頭を下げて落ち込んでしまいました。
「あ」
「若者の士気を下げない」
しまったと思うと同時にマサーファに右足の脛を蹴られてしまい、高い悲鳴が迷宮内に響いてしまいます。
「痛い!」
「気にするでないぞ我がシモベたち」
情けない悲鳴をバックコーラスにしてシュザンナが言います。
「お前たちは小娘に作成されて間もない状態、戦闘に慣れておらず怪我が多いのは当然のこと。当たり前のことでいちいち傷ついていたら身も心も魂も傷だらけになってしまうぞ、大事なシモベたちが傷つく様を我はあまり見たくない」
「じょーおーさま……!」
「女王様カッケー!」
シモベ二人の羨望の眼差しは止まることを知りません。更に演説は続き、
「ロボがダメならそこにちょうどいい具合に防御力があるファセットの男を使え! ヤツを練習台もといサンドバッグとして活用し、己の能力向上に努めよ!」
「隙あらば俺に危害を加えようとする積極的な姿勢をもっと別のところで活かそうと思え!」
丁度いい具合に防御のあるファセットのヴィルソンが叫んでもシュザンナは目を逸らすだけ。
ついでにヨゼとキキも同じ方向に目を逸らして見て見ぬふり。ヴィルソンのストレス上昇は収まるところを知りません。
「とにかくまずはあのひとりぼっちのガッチャンロボをどうにかしようぜ。行く手を塞いでるっぽいし、放置してたら永遠に進めなくなっちまうよ」
アイリスの一声に一同は我に返り、ベイランは「現状で一番リーダーっぽい言動をしてるのってアイリスだよなあ……」と思いました、後が恐ろしいので発言はしません。
「そうだな。アレを葬る機会はいつでもある」
「……」
オディロンがぼやけば彼の手元にいる降霊灯も「是認」で返事。相変わらず喋れませんが意思表示はできる不可思議な魂です。
「コーレイトウまで是認するな」
ヴィルソンのクレームは沈黙で返します。つまり無視。
「よし。まずはあの不可解なロボを倒し……」
オディロンがそこまで言いかけ、静止したままのガッチャンロボに目を向けた時でした。
ベルの音がしてエレベーターの柵が開きました。まだ誰も乗っていないというのに。
「む?」
ここにいる人形兵全員の視線がエレベーターに向けられた刹那、視界に飛び込んできたのは目を疑う光景。
「ぎゃああ! みっちり詰まってるぅぅ!」
真っ先に絶叫したベイランの発言通り、エレベーター内の床が見えないほど大量のガッチャンロボが鎮座しているではありませんか。
続いて廊下奥の扉が開く音がしたかと思えば、ガチャガチャと騒がしく音を立てながら歩いて来るガッチャンロボたち。こちらも大勢いました。
「なんだ!?」
かつて固定階層で戦ったガッチャンロボの大群よりも多い数、戦闘開始を悟った降霊灯が姿を消し、オディロンは動揺の色を隠せないまま武器を構えます。
他の人形兵たちも同様に、ふざける余裕など瞬時に消えてしまいました。
ガッチャンロボたちは人形兵たちに見向きもせずエレベーター前に集まります。
すると、大勢の中にいる一体が足と腕を折り畳んで胴体に収納。あっという間に胴体と頭だけのコンパクトな姿に変形。
同時に他のガッチャンロボも次々と変形を始めたかと思えば、飛んだり跳ねたり転がったりしながら他のガッチャンロボとくっついていき、どんどん縦に伸びて行きます。
それが他の場所で同時に起こり、4本の長細いガッチャンロボたちの塊が完成。集合体恐怖症の人が見れば失神してしまいそうな完成度でした。
唖然とする人形兵たちと降霊灯をよそにいつの間にかエレベーター正面では五つ目の合体ガッチャンロボが完成していました。
四本ある長細い塊とは違い、ほぼ正方形の四角い塊は巨大な胴体のようにも見えまます。
四角い塊がその場で飛び上ります。
塊の真下に素早く二本の長細い塊が潜り込めば、四角い塊に刺さり合体完了。底部分のガッチャンロボが九十度に折れ曲がればまるで足のような形態に。
残り二本の長細い塊が飛び上がると四角い塊上部の左右に刺さって合体完了。腕のような形態になり、先端部分にはガッチャンロボの手足がそれぞれ五つ付いていて、まるで指のように見えました。
そして、最初からエレベーター前にいたまま微動だにしなかったガッチャンロボが飛び上がると、四角い塊の頂部に着地、己の脚部を固定させて合体完了。黄色い目をギラリと光らせます。
あっという間に完成!! 合体ガッチャンロボ!!!!!!
「すげええええええええええええええ!!」
アイリスを筆頭にヨゼとキキ、更にはシュザンナまでもが拍手喝采大興奮。
「カッケー! スゲー! マジでけー!」
「あれ欲しい! オレめっちゃくちゃアレ欲しい!」
「我の知的好奇心をぶんぶん刺激する物体だなあれは! 是非とも我が配下に加えたいぞ!」
遊びにはしゃぐ子供のように目を輝かせながら賞賛、マサーファは無言で拍手をしているだけですが視線は巨大ガッチャンロボに釘付けです。
ハイテンションのアイリスたちと異なりヴィルソンとベイランは平静です。というよりは呆れていまして。
「動けなくなるまで痛ぶってから持って帰るとか言い出しかねないぞ、あの馬鹿たちは」
「嫌だ……絶対に嫌だ。嫌すぎる……」
頭を抱えるベイランですが八人いる旅団の中で既に五人が巨大ガッチャンロボに大して好印象。持って帰るか否かで多数決にでもなれば負けてしまうのは確実です。
数の力に勝つには圧倒的な権力が必要になります。ベイランは希望と期待を込め、オディロンに視線を向けます、訴えかけるように。
旅団の現リーダーである闇の王は視線に気付き、ベイランを一瞥してから、
「全く……騒がしいぞ我が半身とシモベたちよ」
「だってあれすっげーカッケーくてでっけーんだもん! まおーさまは欲しくねえのかよ!?」
ヨゼの口からとても頭が悪そうな説得が飛び出せば、オディロンは当然のように。
「何を言うか。アレは我の王城の門兵として起用するに決まっているだろう」
と、言えばヨゼだけでなくシュザンナとキキの瞳が輝き、
「オディロンさああああああん!? どうしてえええええ!」
ベイランの絶叫がアパルトマンに木霊するのでした。
「しまった……奴らは中身は同じだった……テンションと性別が違うだけで……」
額を抑えるヴィルソン。同時に吐き出すのは全てを諦めた時に発せられる深いため息。
その声をしっかり聞き届けたオディロンは振り向くと、
「大多数の魔獣が目についた侵入者を排除をするだけという単調な働きしかしない中、アレは周囲の同種と連携を取り常軌を逸した行動をした。ということは一般的な“個”とは異なる意志を持っている可能性がある。そのような個体は非常に優秀な場合が多い。常に優秀な配下を欲している我が認める逸材であるということだ」
「あ、一応そういったちゃんとした理由があるだ……」
最もらしい理由があってホッとしたベイランですが、向こうではしゃぐ闇の女王は単純に「カッコいいから!」という理由で欲しがっている可能性が高いです。
八人いる旅団で六人がロボに対して好印象。隙あらば持ち帰ろうとする姿勢を示しており、ベイランは今からナチルに対してなんと言い訳すればいいか一生懸命考え始めるのですが、
「でもこれどーゆー原理で動いてんだろ」
警戒心の欠片もないアイリスがノコノコとロボの足元まで近付いています。
刹那、
ロボの右腕が上がり構えるような動作を取ります。まるで、これから目の前の物を渾身の力で殴るような。
「避けろ!」
誰かの警告でとっさに咄嗟に体が動いたアイリス、バックステップで飛び退くと同時にロボの拳が元いた場所に着弾し、床に亀裂を生み出しました。
「あっぶね! 死ぬかと思った!」
直前まで来ていた死を回避できたことで高揚しているのか、アイリスの顔には笑顔が見えます。
彼女の横には破砕砲を構え、銃口をロボに向けているマサーファがいまして、
「避けられてよかったわね。あれが直撃していたら頭から粉々の全部位ゴアコース確定だったわよ」
「さりげなくめちゃくちゃ怖いこと言うなよ! ちょっと想像しちゃったじゃん!」
「その恐怖を忘れないことが長く戦えるコツよ」
淡々と言った後には破砕砲発射。鋭く尖った弾丸は巨大ロボの胸部に当たりますが、ロボが怯む様子はなく、静かに立ったままです。
「イマイチ」
表情筋を一切動かさずにぽつりと言うので、悔しいのか悲しいのか楽しいのか嬉しいのかよくわかりません。
すると、ロボの頭部が動いてマサーファを凝視、無機物の象徴である黄色いプラスチック製の目を向けると突如そこがギラリと光り……、
「あ」
嫌な予感を察知し素早くこの場から離れた刹那、ロボの瞳から黄色の細い光線が発射されました。
対象物を失った光線が壁に当たればそこは炎天下に晒した飴のようにどろりと溶けてしまい、壁の向こう側が見えてしまうではありませんか。
「…………」
マサーファだけでなく人形兵一同が絶句。溶けてしまった壁と合体ロボを交互に見て、現実を直視しつつ頭の中に叩き込めようと必死。
「……撤退するぞ」
オディロンが判断するのと同時に、一斉に踵を返して来た道を引き返していくのでした。
人形兵一行はエレベーター周辺通路から離れた別の通路に逃げ込んでいました。周囲に他の魔獣はいません。
「こ、怖かった……ぜえ……」
元より体力のないベイラン、触杖を支えにして立っているのがやっとという状況で肩で息を切らします。背中からビームを打たれるかもしれないという恐怖と戦いながら必死に逃げてきたのですから疲労感も多い。
疲労困憊の彼を尻目に、ヨゼは壁にもたれかかって腕を組み、
「なんでただのオモチャが合体してクソデカくなるんだろ」
「ぜえ……アパルトマンっていうダンジョンだからとしか……ぜえ……」
こんな状況でも律儀に返答してくれるベイランの人の良さが垣間見れますね。
「便利だよなあ、ダンジョンだからって言葉」
ぼやきつつも一切彼らを見ないままアイリスは扉を少し開け、その隙間から顔を覗かせて様子を伺います。
「見えるのか?」
ヨゼの問いにアイリスはすぐに返事。
「見える見えるばっちり見える。主にアイツがレーザーで開けた穴からな」
合体ガッチャンロボは相変わらずエレベーターの前に鎮座しており、移動する素振りは微塵としてありません。時折頭部のガッチャンロボがその場で回転し周囲の様子を確認していることから、警戒体制は継続されていることは分かります。
「ガッチガチに警戒してるなあ」
「なんで固定階層でもない普通の階層であんなボス級の魔獣が出てくるんだよお……」
ベイランは顔を覆って嘆くばかり。今までダンジョンで理不尽な目に何度も遭って来たと自負していますが今回は特に酷いと断言できる状況。
「固定階層じゃないから勿体無いけど一度ダンジョンから脱出して、再挑戦すればあの合体ガッチャンロボと二度と遭遇することはないんじゃないか……? 固定階層以外の場所は同じ場所は二度も見ることない構想なんだし、わざわざ無理して戦う必要なんて」
と、顔を伏せつつも意見を述べますが誰も返事をしてくれません。
発言を無視されることは主によくマサーファにやられていることですが、全員に無視されるのは初めてです。慌てて顔を上げてみれば、
「さて。どう仕留める」
合体ガッチャンロボに大興奮していた五人の人形兵たちと静かに賛同していたマサーファが円陣を組んで作戦会議を始めていました。ベイラン絶句。
「俺が二刀流刀剣で斬る!」
「オレも星嵐鎌で斬る!」
「アタシが殴る!」
「臆せず戦いに挑む姿勢は立派だと評価はするが、考え無しに突っ込んで行っても奴のカウンターの餌食になるだけだぞ」
「ぐっ……まおーさまの言う通りだ……いつも殴ったと思ったら殴り返されて返り討ちにあってらあ……」
「オレなんて殴り返されたらすぐに意識が飛ぶし」
「アタシはこの前右腕がどっか行ったし」
「奴の間合いで攻撃を仕掛けるのは得策ではない」
「ならば我らが触杖で殴ればいいのだ! 触杖の間合いなら奴のカウンターは届かぬ! そのために触杖に持ち替えたと称しても過言ではない!」
「私も破砕砲で応戦できるわ。でもガッチャンロボは銃弾に強いからあまり効かないかもしれない」
「我と我が半身が攻撃するしか有効打はないと考えるべきだが……あの魔獣は合体したことで非常に強化されている。我らの闇の力が戻っていれば話は別だったかもしれんが、力が微塵も戻っていない現状だと長期戦は必須だろう。我らは人形兵という魔法生物だが人間と変わらない肉体構造をしている以上、長期に渡り戦い続けていると肉体的疲労が溜まる、しかし相手は意志を持たぬただの機械と変わらぬ魔獣……」
「戦いが長引くとこっちが不利になっちまうってことだな。魔王様と女王様だけが先陣切って戦い続けるのはよくネーんだ」
「その通りだ。他に撃つ手を考えなければならぬ。完全に破壊せずに持ち帰ることも念頭に置いてな」
真剣な様子で話し合う彼らにベイランは何も言えません。合体ガッチャンロボとの戦いを避ける提案をしたところで足蹴にされてしまう未来ぐらい、巫女でなくても明確に見えてしまうのですから。
「……」
再び項垂れるベイランの独り言は続きます。
「ヴィルソンは一言も喋ってないな……自分が怒鳴り込んだところであの暴走状態を止めることができないって分かっているから、余計な労力を使わずに成り行きに身を任せることにしたんだ……あとついでにどさくさく紛れて大嫌いなオディロンとシュザンナがガッチャンロボに返り討ちに遭えばいいなとか思ってるんだ……」
「心の声が全部出てるぞ」
俯いたままでもヴィルソンに鬼の形相で睨まれていることだけは分かってしまい、ベイランの背中に冷たい汗が流れてしまうのでした。
刹那、アイリスから衝撃のセリフ。
「じゃあもう初心っつーかシンプルに考えて、ベイランがドナムをぶち込めばいいんじゃね?」
発言が終わると同時に、彼は全員の視線を一身に受けることになってしまいまして。
「…………あれれ?」
ガッチャンロボは打撃による攻撃の他に、魔法攻撃に対する抵抗力が非常に弱いという特徴があります。
ここに到達するまでの間、大勢のガッチャンロボと対峙した際はベイランがドナムを撃ってまとめて討伐するという手法が主となっていました。その間、ドナム攻撃が得意ではない人形兵たちは彼の防衛や自身の身を守ることを優先して行っておりまして。
とはいえ基本的に迷宮と魔物にビビり腰のベイラン、皆が守ってくれることは分かっていますが怖いものは怖い。いつもキャーキャー悲鳴を上げならドナムの準備をするため頻繁にクレームが来ます。主にヴィルソンから。
「何度もやってることなんだから深く考えなくて大丈夫だって! いつもはまとめて複数に当てなきゃいけない分、今回は的もデケーし一体だけなんだからさ! いつもより楽じゃん! 深く考えずに気楽にぶちかましてやれよ!」
「やだぁ! 絶対に無理ぃ!」
廊下の角を背にして涙目になりながらヤダヤダ叫ぶベイランにアイリスの激励は届いていません。
今回の作戦は至ってシンプル「ベイラン以外の人形兵がガッチャンロボの攻撃を引きつけている間にドナムをぶつけて倒そう作戦!」です。
ベイラン本人の了承もなく作戦を決行した旅団一同、霧のヴェールを駆使して合体ガッチャンロボの右側から奇襲を仕掛け、微かなダメージを与えつつ行手を塞いでいます。
さすが機械というべきか、並の魔獣のように奇襲に驚くことなく侵入者と敵対した合体ガッチャンロボ、威風堂々とした態度で応戦しているのでした。
「いつもみたいに一発殴られて即死させられるんだあ! 嫌だあ!」
ベイランは拒絶を繰り返しながらも触杖をしっかり握り、周囲のマナを集めつつドナムの準備を始めています。
この間は完全に無防備になるため一撃でも攻撃を喰らえば脆い彼は一瞬で意識を失いますし、酷い時には体の一部が消え失せてしまいます。
「口ではヤダヤダ言ってるのに体はめちゃくちゃ正直にドナム準備してんじゃん」
きょとんとするアイリスは知りません。思考は拒絶しても本能的に体が動いてしまう彼の言動は全て、マサーファの調教と脅しと虐めによる成果なのだと。
当たり前のような表情で彼の隣に立つ調教師マサーファは多くは語らず、
「この泣き虫毛虫のことは私に任せて、アナタたちは合体ガッチャンロボの攻撃がこちらに届かないように誘導することだけを考えてくれたらいいわ」
と言えばアイリスは大変納得した様子で頷き「任せた!」と言い残すと合体ガッチャンロボに向かって駆けていきます。
「オラオラオラァ! アタシが相手だ覚悟しろぉ!」
両腕を振り回しながら向かっていく姿は怖いもの知らずのやんちゃな不良でした。
「ああああ……嫌だなあ、責任が重大すぎる……一般人が背負っていいレベルじゃないよう……」
「どうしていつもそう自分にプレッシャーをかけるのかしら」
淡々と言い放つマサーファ、その視線は常に合体ガッチャンロボに向けられており、攻撃がいつ飛んできも対処できるよう警戒を続けています。
「自分にプレッシャーっていうか、当然の思考だと思うけど……」
「なぜ?」
ヨゼとキキの斬撃が合体ガッチャンロボの背中を傷付けます。
「俺のドナムが発動するかしないかで戦況が変わるんだぞ? それって旅団全体の命運は俺の命と一緒に委ねられてるってことだろ? 普通に怖いよ。人形兵だから死んでも復活するけど死ぬ時は痛いし苦しい、俺が一番よくわかってるって自負しているから人に同じ思いや痛みしてほしくない」
「それが恐ろしいからと言っても戦場で泣きながらドナムを発動する言い訳にはならない気がするけど」
「うぐっ」
オディロンが触杖で合体ガッチャンロボの右腕を殴打すれば、凄まじい力に弾き飛ばされた右腕はぐるんと一回転。人間なら肩が外れるほどの致命傷ですがロボなので無害、つまりほぼ無傷。
「アナタは他者が痛みを経験した原因が自分にあるからその責任を負いたくなくて拒絶しているのよ。逃げたくても逃げられない恐怖で怯え、情けない悲鳴を奏でてしまっている。とどのつまりは現実逃避、情けない話だわ」
「はい……仰る通りです……」
「それでも真面目なアナタは拒絶しつつもドナムで魔獣を一掃して私たちに貢献しているわ。これは勇気ある行動、積み重ねることで自信を付けていくのが一般的だと私は思うけど」
「確かに一般論というか美談だとは思う。でも、自分の武勇を美化させるよりも“生き残って良かった、責任を問われないでよかった”って安心する気持ちが勝つから……」
「失敗を恐れているわね」
「そうです……」
シュザンナは合体ガッチャンロボの懐に潜り込み、腹部や足下を触杖で殴りながら微かなダメージを与え続けています。時折「ビームはまだ出さんのかビームは!」と言っているような気がしますが気のせいでしょう。
「現状の旅団でドナムを一番上手く使いこなせるのはアナタしかいないから皆は頼らざる得ない。うるさいのは百も承知で任せている。オディロンやシュザンナも触杖の扱いは得意だけどもっぱら打撃専用武器として使っているからやっぱりアナタ頼りになる」
「うん……というかあの二人はなんで鈍槌じゃなくて触杖で殴ってるんだろう……」
「そこを誇りに思わないのかしら」
「はえ?」
地面を蹴って宙に飛ぶアイリス、合体ガッチャンロボの左後方の死角から頭部にいるロボを殴ろうとしますが、奇襲などとっくの昔に気付いていたと言わんばかりに反応した左腕が動き、羽虫を払うように張り飛ばされて廊下の壁に激突しました。
「アナタでなければドナムによる攻撃で敵を一掃することはできないと称しても過言ではないわ。自分にしかできないことを任されて頼られているんだから、そこは誇りに思うべきだと思うけど」
「ぷ、プレッシャーとか、すごくない……?」
「そうかもしれないわね。でも、まだたった八人、いえ、はまちも入れて九人しかいない少ない旅団ではひとりひとりの能力にそれぞれの役割があって、それに伴って責任も出てくるわ。プレッシャーに冒されているのはアナタだけじゃないわよ」
「……」
ヴィルソンは合体ガッチャンロボの正面にいたまま動かないまま。
動きのない外敵を目にしたロボは剛腕で殴り殺してやろうと腕を伸ばしますが、彼は盾で弾き返し、ロボをふらつかせました。
「自分だけじゃないって思ったら、少しだけ気が楽になるでしょ?」
「……状況に応じて旅団の命運を任される人形兵は変わるから、今はそれが偶然俺になっているってだけ。たったそれだけのこと……って、ことで、いいのか?」
「そうよ。今はそれだけ考えてドナムを発動させなさい」
「わ、わかった……頑張ってみるよ。君にそこまで言ってもらっているのにいつまでも気弱になってちゃ駄目だしな」
ベイランの周囲に集まっていたマナが一定の量に達しました。
「ドナム準備できた! 発動する!」
混沌とした戦場に響く青年の声。
それは、この長い攻防戦に終止符を打つ希望の声。
合体ガッチャンロボの頭上から濃度の高いマナの塊が現れ、一直線に降ってきます。
魔獣や魔法生物であっても、あまりにも濃いマナを浴びてしまえばひとたまりもありません。一瞬でマナ中毒を起こし、外部内部から破壊されてしまうことでしょう。
ガッチャンロボのように魔力耐性がない魔獣なら尚更……、
ばしん。
アパルトマンに響く音は何かを弾く音と酷似…………いえ、完全に何かを弾く音でした。
何が起こったのかと言えば、合体ガッチャンロボは頭上ギリギリにまで迫っていたマナの塊を右手で払い、着弾を防いだのです。
哀れ弾かれたマナの塊は合体ガッチャンロボ前方にある扉にヒット、役目を終えてしまったため細かいマナ粒子になって消えてしまいました。跡を濁さないのがこのドナムの数多い利点です。
「………………」
響く静寂。
人形兵たちはベイランを見ます。時間をかけて発動したドナム攻撃を見事にガードされてしまった、ベイランを。
マサーファも例外ではありません。いつもと変わらない表情ですが、心なしか目力があるようにも見えますね。
「えっ、あっ、いや、そ、そのぉ……え、えっ?」
――今のってドナムが命中してガッチャンロボを倒して大円団って話の流れじゃなかったの?
動揺しっぱなしで泣いてしまいそうなベイランに更なる悲しいお知らせですが、合体ガッチャンロボが完全にこちらを見ています。
「はっ」
今のドナムでターゲット認定されてしまったのでしょう。体をこちらに向けると足を動かして走り出します。本気で命を取ろうとした相手に容赦はしない、生物としての本能と礼儀が伺える全力疾走です。機械ですが。
「ぴゃあああああああ!?」
情けなく絶叫。このタイミングでドナムの準備をしても間に合うワケがありませんし、重さ故に両手で持たなければならない触杖があるため防御もままなりません。
このまま突進か、キックか、パンチか、それとも壁を溶かすほどのビームか……どれかを喰らって全身ゴアして死ぬのだと覚えもしない走馬灯まで脳裏を過り、人形兵になってから何度目かわからないこの世との別れを覚悟した刹那、
動いたのはマサーファです。
ゴシックグラトニアに似合わぬ俊敏な動きで背中に手を回し、そこから何かを取り出すと姿勢を低くして横投げ。
彼女の手から飛び出したそれは合体ガッチャンロボの足元に滑るように転がり落ちていきます。
無数のガッチャンロボで出来た左足がそれを踏みつけます。
想定外の物を不意に踏みつけたことでバランスを崩したのでしょう、足を捻って左に倒れてしまいました。
倒れた拍子に左半身を壁にぶつけると、その衝撃で左腕が外れて地面に落ちてしまいます。
落下した左腕はその衝撃でバラバラになり、ガッチャンロボたちは割れたガラスのように散らばってしまいました。
バランスを失った胴体は引っ張られるように落ちて床に激突。
衝撃によってロボたちは合体が解除され総崩れ、あっという間にガラクタの山のように積み重なってしまいました。
ロボたちが動く気配は微塵もありません。
戦いは終わりました。ガッチャンロボの自滅という形で。
「いやぁ〜! 死んだかと思ったけど生きてた! あっはっはっは!」
壁に追突してから消息を絶っていたアイリスが笑いながら戻ってきましたが、頭部からは血が滝のように流れており、顔のほとんどが血に染まっています。
ベイランだけがギョッとしていますが、彼女は自分のことなどどこ吹く風、バラバラになってしまった元合体ガッチャンロボを見て、
「あれ? なんでバラバラになってんだ?」
「ちょっと滑らせて転ばせたんだけど、その拍子でこの有様になってしまったわ」
淡々と言い放ったマサーファの視線の先は元合体ガッチャンロボが足を捻った場所。
そこには強い力で無理やり引き伸ばされたであろうピンク色の布と、白いふわふわとした綿が散らかっていました。
「?」
アイリスが首を傾げ、傷口が開いたのか側頭部から血が吹き出します。
「……」
オディロンは無言のまま武器をしまいます。同時にランタン姿の降霊灯が彼の手元に戻りました。
「我が半身よ、こいつはどうする?」
「転倒するだけで崩壊する脆い物など闇の王の配下に相応しくはない。それはお前も同意見だろう、我が半身よ」
「ああ。同意見で安心したぞ我が半身よ」
あっという間に話を済ませた闇の王と女王はエレベーターへと向かっていきます。が。
「あ、あのー!? ドナムミスった俺への叱咤とかは!?」
何事もなかったように次に進もうとする二人にベイランはつい呼び止めてしまいます。怒られるとわかっているのに。
すると、オディロンは足を止めて振り向きます。
「ガッチャンロボが防御を多用する魔獣であることは誰もが承知している。合体していてもその性質は変わらないと捉えるのが妥当だ。今回もそれが起こっただけだ。いちいち叱咤して何になる」
「え、あ、そうだけど」
「お前は失敗したがその失敗をマサーファがカバーすることにより、結果としてガッチャンロボを仕留めることができた。更には闇の王の配下に相応しくないと判断することもできた。それだけの話だ」
「傷付けるだけの他者のためにならない非生産的な叱咤ほど無価値で無意味な物はないからな!」
シュザンナが割り込んだところで話は終わり、二人はエレベーターに入りました。
「まおーさまとじょーおーさまがいらねーって言うなら俺もいらねー」
「オレもー」
王のシモベたちもそう言いつつエレベーターへ向かいます。
「持って帰らないならどうでもいいか……無駄に消耗させやがって」
ぶつくさ言いつつ足元に転がるガッチャンロボを蹴り飛ばして行くヴィルソンと、
「目からビーム出すことしか美点なかったな!」
笑いながらそれに続くアイリス。貧血のせいか少し足元がおぼつかないらしくフラフラと揺れています。
治療のためにとキキがヨモギ軟膏薬を彼女の額に押し付ける最中、マサーファは武器をしまいます。
「方針が決まったから進みましょうか」
「あの、マサーファ……さん」
「どうしたの?」
聞くと同時にその場で座り込んでしまうベイラン。
「ご、ごめん……腰、抜けて……死ぬかと思ったから……」
「この程度で腰を抜かしていたらこの先、生きていけないわよ」
「すみません……」
マサーファは眉毛ひとつ動かさず、追い討ちをかけるようなこともせず、彼の襟首を掴むとそのまま引きづりエレベーターへ向かって足を進め始めました。
「マサーファ……俺って、弱いのかな」
「弱いわね。メンタルが」
「はい……あ、あと、守ってくれて……ありがとう」
「私はアナタを守るという私にしかできない役割と責任を果たしただけよ。アナタがいつもドナムを使って旅団のみんなの命を一秒でも長く伸ばしているのと一緒」
「そ、そっか、そうだよ、な……?」
いつもと全く変わらない声色のせいで不安しか抱けませんが、彼女なりに慰めてくれているのだと思うことにしました。
いつも虐めてくるしセクハラもするし怖いことも言って脅すけど、とても優しい一面があると知っているから。
なお、自動書記で報告を受けたナチルが「コウレイトウがおかしくなった……」とショックを受けるのは別の話です。
2022.10.2
ガレリア雑貨店にある古びたワードローブから入ることができる、アパルトマンの裏世界。アルステラでは存在しないような異形の魔獣たちが跋扈する恐ろしいダンジョン。
そこを探索している人形兵たちはアパルトマンに点在している魔力を持った品々を回収し、魔女に献上することを命じられています。
魔女の目的はお金儲けのようですが、人形兵たちにとって彼女の私情はわりとどうでもよく、自分達の存在を抹消されないため使命に従っているワケでして。
扉を開けて廊下に出た一行を正面から出迎えてくれたのは、一体のロボットでした。
オモチャ屋のショーケースに並べられていそうなブリキのオモチャですがこれも立派な魔獣、意思疎通はできないものの自我は持っているらしく、積極的に襲いかかってくる魔法生物の一種です。
この手の魔獣は群れを作り集団で殴りかかってくるのですがこのロボは一体だけ。周囲に仲間の影も形もなくひとりぼっち、エレベーターを背に置物のように立っているだけ。
一体だけとは言えいつ襲ってくるかわからない魔獣に迂闊に近付こうとはしない人形兵一行、ロボの間合いの倍以上の距離を保ち様子を伺っていました。
「これ、ガッチャンロボだったっけ? なんで一匹しかいねえんだ?」
すぐさま口を出したのはアイリス、いつもと違った雰囲気の魔獣を指しています。
このまま無警戒に近づいて行きたいところですが、ヴィルソンに襟首をしっかり掴まれているため動けません。
「なんで幼児みたいに止められてんだアタシ」
「お前は何も考えずに手を出して無駄な怪我を無駄にするからな。修理だってタダじゃないんだぞ」
この世の何よりも「無駄遣い」という言葉が嫌いなヴィルソンはその性格と生前の職歴を買われて旅団の資金を管理し、無駄な出費を出さないように常日頃から考え、行動しています。
よって、後先考えずに行動した結果、怪我をしたり体の一部を無くしてしまう問題児アイリスの監視はもはや日課なのでした。
「えー。アタシの生き様を勝手に決めんじゃねーよー」
心当たりはあるものの反省する気は全くないアイリスが頬を膨らませますが、ヴィルソンの目つきは鋭くなるばかり。
「防御面が非常に緩い問題児が二人も入ってきたせいでゴアだのなんだので出費が嵩む上にダンジョンも険しくなってきて回復物質がより多く必要になってくる。だと言うのにダンジョン内で金目の物を得る手段は非常に限られているから常に安定した収入は期待できない、そんな俺たちが今、すぐに、できることはなんだ? あ?」
「…………」
激怒するヴィルソンにアイリスはちょっとだけ面倒臭そうに彼を見るだけにしておきました。ひとつを言うと十になって返ってくるとようやく学んだので。
「わかればいい」
敵に向かって突進する気配がなくなったとわかったのかヴィルソンは手を離してくれました。
「……」
ここで飛び出すと子供に聞かせられないような罵詈雑言が飛ぶので大人しくしておきます、仕方なく。
そんな最中、
「おぉ〜」
ひとりの青年人形兵がその光景を差します。ヨゼというシノブシの青年でした。目元を包帯で隠していますが本人曰く見えているので問題ないとのこと。
「まおーさま、まおーさま、ヴィルソンがまた苦労してるー」
一般で使われることなどまずない二人称「魔王様」を多用していますが問題ありません。
「なるほど、それは闇の王である我にとって良い傾向だと言えるぞ」
そう、彼が「魔王様」と呼び慕っている青年こそ(自称)闇の王オディロンだから。ちなみに現旅団を率いているのもこのお方。
「これからも旅団の活動が破綻しない程度にヤツを苦労させ心身共に疲れさせてやれ。そうなれば我の気も少しは晴れよう」
「わかった!」
「わかるな! アホな部下にアホな常識叩き込むな!」
ヴィルソン本人から直球のクレームが飛び出すもオディロンはガン無視。嫌いなので。
「あのー」
犬猿の二人の間に割って入るように恐る恐る手を挙げる男がいます。
「いつも通り喧嘩するのはもう仕方ないと思うけど、まずはエレベーター前で陣取ってるガッチャンロボをどうにかしないか……?」
怯えながら発言するベイランです。現在の旅団で唯一のドナム使いマギアコンシェリ、猫好き。
一応、旅団の指揮を取っているオディロンに向かって言ったのですが、彼が返答するよりも先に別の場所から元気な答えが返ってきます。
「そう焦るなベイランよ! あのようなブリキの玩具、闇の女王である我がわざわざ討伐しに赴くまでもない!」
自称闇の女王を名乗る人形兵シュザンナでした。元同一人物のオディロンとは双子のような兄妹のような相棒のような説明しにくい関係です。
「え、ええと……」
突拍子もない返答により言葉が詰まりますが、シュザンナはお構いなしに続けまして、
「だから作成されて間もない我がシモベたちにあの魔獣を討伐させる! 鍛錬もできる上に進行を妨害する邪魔者を排除できて一石二鳥だ!」
そうして呼ばれたシモベ、プリマクピードーのキキが素早くシュザンナの後に出てきて、
「シモベだからあんなロボぐらい一瞬でボコボコにしネーとな!」
「じょーおー様に呼ばれたから暴れるぜ!」
しれっと彼女の横に並んだヨゼ共々、意気揚々と自信溢れる意気込みを疲労しました。が、
「でもガッチャンロボのカウンターでよく死んでいるような……」
ベイランの一言により自信に満ちていた瞳から光が消え、頭を下げて落ち込んでしまいました。
「あ」
「若者の士気を下げない」
しまったと思うと同時にマサーファに右足の脛を蹴られてしまい、高い悲鳴が迷宮内に響いてしまいます。
「痛い!」
「気にするでないぞ我がシモベたち」
情けない悲鳴をバックコーラスにしてシュザンナが言います。
「お前たちは小娘に作成されて間もない状態、戦闘に慣れておらず怪我が多いのは当然のこと。当たり前のことでいちいち傷ついていたら身も心も魂も傷だらけになってしまうぞ、大事なシモベたちが傷つく様を我はあまり見たくない」
「じょーおーさま……!」
「女王様カッケー!」
シモベ二人の羨望の眼差しは止まることを知りません。更に演説は続き、
「ロボがダメならそこにちょうどいい具合に防御力があるファセットの男を使え! ヤツを練習台もといサンドバッグとして活用し、己の能力向上に努めよ!」
「隙あらば俺に危害を加えようとする積極的な姿勢をもっと別のところで活かそうと思え!」
丁度いい具合に防御のあるファセットのヴィルソンが叫んでもシュザンナは目を逸らすだけ。
ついでにヨゼとキキも同じ方向に目を逸らして見て見ぬふり。ヴィルソンのストレス上昇は収まるところを知りません。
「とにかくまずはあのひとりぼっちのガッチャンロボをどうにかしようぜ。行く手を塞いでるっぽいし、放置してたら永遠に進めなくなっちまうよ」
アイリスの一声に一同は我に返り、ベイランは「現状で一番リーダーっぽい言動をしてるのってアイリスだよなあ……」と思いました、後が恐ろしいので発言はしません。
「そうだな。アレを葬る機会はいつでもある」
「……」
オディロンがぼやけば彼の手元にいる降霊灯も「是認」で返事。相変わらず喋れませんが意思表示はできる不可思議な魂です。
「コーレイトウまで是認するな」
ヴィルソンのクレームは沈黙で返します。つまり無視。
「よし。まずはあの不可解なロボを倒し……」
オディロンがそこまで言いかけ、静止したままのガッチャンロボに目を向けた時でした。
ベルの音がしてエレベーターの柵が開きました。まだ誰も乗っていないというのに。
「む?」
ここにいる人形兵全員の視線がエレベーターに向けられた刹那、視界に飛び込んできたのは目を疑う光景。
「ぎゃああ! みっちり詰まってるぅぅ!」
真っ先に絶叫したベイランの発言通り、エレベーター内の床が見えないほど大量のガッチャンロボが鎮座しているではありませんか。
続いて廊下奥の扉が開く音がしたかと思えば、ガチャガチャと騒がしく音を立てながら歩いて来るガッチャンロボたち。こちらも大勢いました。
「なんだ!?」
かつて固定階層で戦ったガッチャンロボの大群よりも多い数、戦闘開始を悟った降霊灯が姿を消し、オディロンは動揺の色を隠せないまま武器を構えます。
他の人形兵たちも同様に、ふざける余裕など瞬時に消えてしまいました。
ガッチャンロボたちは人形兵たちに見向きもせずエレベーター前に集まります。
すると、大勢の中にいる一体が足と腕を折り畳んで胴体に収納。あっという間に胴体と頭だけのコンパクトな姿に変形。
同時に他のガッチャンロボも次々と変形を始めたかと思えば、飛んだり跳ねたり転がったりしながら他のガッチャンロボとくっついていき、どんどん縦に伸びて行きます。
それが他の場所で同時に起こり、4本の長細いガッチャンロボたちの塊が完成。集合体恐怖症の人が見れば失神してしまいそうな完成度でした。
唖然とする人形兵たちと降霊灯をよそにいつの間にかエレベーター正面では五つ目の合体ガッチャンロボが完成していました。
四本ある長細い塊とは違い、ほぼ正方形の四角い塊は巨大な胴体のようにも見えまます。
四角い塊がその場で飛び上ります。
塊の真下に素早く二本の長細い塊が潜り込めば、四角い塊に刺さり合体完了。底部分のガッチャンロボが九十度に折れ曲がればまるで足のような形態に。
残り二本の長細い塊が飛び上がると四角い塊上部の左右に刺さって合体完了。腕のような形態になり、先端部分にはガッチャンロボの手足がそれぞれ五つ付いていて、まるで指のように見えました。
そして、最初からエレベーター前にいたまま微動だにしなかったガッチャンロボが飛び上がると、四角い塊の頂部に着地、己の脚部を固定させて合体完了。黄色い目をギラリと光らせます。
あっという間に完成!! 合体ガッチャンロボ!!!!!!
「すげええええええええええええええ!!」
アイリスを筆頭にヨゼとキキ、更にはシュザンナまでもが拍手喝采大興奮。
「カッケー! スゲー! マジでけー!」
「あれ欲しい! オレめっちゃくちゃアレ欲しい!」
「我の知的好奇心をぶんぶん刺激する物体だなあれは! 是非とも我が配下に加えたいぞ!」
遊びにはしゃぐ子供のように目を輝かせながら賞賛、マサーファは無言で拍手をしているだけですが視線は巨大ガッチャンロボに釘付けです。
ハイテンションのアイリスたちと異なりヴィルソンとベイランは平静です。というよりは呆れていまして。
「動けなくなるまで痛ぶってから持って帰るとか言い出しかねないぞ、あの馬鹿たちは」
「嫌だ……絶対に嫌だ。嫌すぎる……」
頭を抱えるベイランですが八人いる旅団の中で既に五人が巨大ガッチャンロボに大して好印象。持って帰るか否かで多数決にでもなれば負けてしまうのは確実です。
数の力に勝つには圧倒的な権力が必要になります。ベイランは希望と期待を込め、オディロンに視線を向けます、訴えかけるように。
旅団の現リーダーである闇の王は視線に気付き、ベイランを一瞥してから、
「全く……騒がしいぞ我が半身とシモベたちよ」
「だってあれすっげーカッケーくてでっけーんだもん! まおーさまは欲しくねえのかよ!?」
ヨゼの口からとても頭が悪そうな説得が飛び出せば、オディロンは当然のように。
「何を言うか。アレは我の王城の門兵として起用するに決まっているだろう」
と、言えばヨゼだけでなくシュザンナとキキの瞳が輝き、
「オディロンさああああああん!? どうしてえええええ!」
ベイランの絶叫がアパルトマンに木霊するのでした。
「しまった……奴らは中身は同じだった……テンションと性別が違うだけで……」
額を抑えるヴィルソン。同時に吐き出すのは全てを諦めた時に発せられる深いため息。
その声をしっかり聞き届けたオディロンは振り向くと、
「大多数の魔獣が目についた侵入者を排除をするだけという単調な働きしかしない中、アレは周囲の同種と連携を取り常軌を逸した行動をした。ということは一般的な“個”とは異なる意志を持っている可能性がある。そのような個体は非常に優秀な場合が多い。常に優秀な配下を欲している我が認める逸材であるということだ」
「あ、一応そういったちゃんとした理由があるだ……」
最もらしい理由があってホッとしたベイランですが、向こうではしゃぐ闇の女王は単純に「カッコいいから!」という理由で欲しがっている可能性が高いです。
八人いる旅団で六人がロボに対して好印象。隙あらば持ち帰ろうとする姿勢を示しており、ベイランは今からナチルに対してなんと言い訳すればいいか一生懸命考え始めるのですが、
「でもこれどーゆー原理で動いてんだろ」
警戒心の欠片もないアイリスがノコノコとロボの足元まで近付いています。
刹那、
ロボの右腕が上がり構えるような動作を取ります。まるで、これから目の前の物を渾身の力で殴るような。
「避けろ!」
誰かの警告でとっさに咄嗟に体が動いたアイリス、バックステップで飛び退くと同時にロボの拳が元いた場所に着弾し、床に亀裂を生み出しました。
「あっぶね! 死ぬかと思った!」
直前まで来ていた死を回避できたことで高揚しているのか、アイリスの顔には笑顔が見えます。
彼女の横には破砕砲を構え、銃口をロボに向けているマサーファがいまして、
「避けられてよかったわね。あれが直撃していたら頭から粉々の全部位ゴアコース確定だったわよ」
「さりげなくめちゃくちゃ怖いこと言うなよ! ちょっと想像しちゃったじゃん!」
「その恐怖を忘れないことが長く戦えるコツよ」
淡々と言った後には破砕砲発射。鋭く尖った弾丸は巨大ロボの胸部に当たりますが、ロボが怯む様子はなく、静かに立ったままです。
「イマイチ」
表情筋を一切動かさずにぽつりと言うので、悔しいのか悲しいのか楽しいのか嬉しいのかよくわかりません。
すると、ロボの頭部が動いてマサーファを凝視、無機物の象徴である黄色いプラスチック製の目を向けると突如そこがギラリと光り……、
「あ」
嫌な予感を察知し素早くこの場から離れた刹那、ロボの瞳から黄色の細い光線が発射されました。
対象物を失った光線が壁に当たればそこは炎天下に晒した飴のようにどろりと溶けてしまい、壁の向こう側が見えてしまうではありませんか。
「…………」
マサーファだけでなく人形兵一同が絶句。溶けてしまった壁と合体ロボを交互に見て、現実を直視しつつ頭の中に叩き込めようと必死。
「……撤退するぞ」
オディロンが判断するのと同時に、一斉に踵を返して来た道を引き返していくのでした。
人形兵一行はエレベーター周辺通路から離れた別の通路に逃げ込んでいました。周囲に他の魔獣はいません。
「こ、怖かった……ぜえ……」
元より体力のないベイラン、触杖を支えにして立っているのがやっとという状況で肩で息を切らします。背中からビームを打たれるかもしれないという恐怖と戦いながら必死に逃げてきたのですから疲労感も多い。
疲労困憊の彼を尻目に、ヨゼは壁にもたれかかって腕を組み、
「なんでただのオモチャが合体してクソデカくなるんだろ」
「ぜえ……アパルトマンっていうダンジョンだからとしか……ぜえ……」
こんな状況でも律儀に返答してくれるベイランの人の良さが垣間見れますね。
「便利だよなあ、ダンジョンだからって言葉」
ぼやきつつも一切彼らを見ないままアイリスは扉を少し開け、その隙間から顔を覗かせて様子を伺います。
「見えるのか?」
ヨゼの問いにアイリスはすぐに返事。
「見える見えるばっちり見える。主にアイツがレーザーで開けた穴からな」
合体ガッチャンロボは相変わらずエレベーターの前に鎮座しており、移動する素振りは微塵としてありません。時折頭部のガッチャンロボがその場で回転し周囲の様子を確認していることから、警戒体制は継続されていることは分かります。
「ガッチガチに警戒してるなあ」
「なんで固定階層でもない普通の階層であんなボス級の魔獣が出てくるんだよお……」
ベイランは顔を覆って嘆くばかり。今までダンジョンで理不尽な目に何度も遭って来たと自負していますが今回は特に酷いと断言できる状況。
「固定階層じゃないから勿体無いけど一度ダンジョンから脱出して、再挑戦すればあの合体ガッチャンロボと二度と遭遇することはないんじゃないか……? 固定階層以外の場所は同じ場所は二度も見ることない構想なんだし、わざわざ無理して戦う必要なんて」
と、顔を伏せつつも意見を述べますが誰も返事をしてくれません。
発言を無視されることは主によくマサーファにやられていることですが、全員に無視されるのは初めてです。慌てて顔を上げてみれば、
「さて。どう仕留める」
合体ガッチャンロボに大興奮していた五人の人形兵たちと静かに賛同していたマサーファが円陣を組んで作戦会議を始めていました。ベイラン絶句。
「俺が二刀流刀剣で斬る!」
「オレも星嵐鎌で斬る!」
「アタシが殴る!」
「臆せず戦いに挑む姿勢は立派だと評価はするが、考え無しに突っ込んで行っても奴のカウンターの餌食になるだけだぞ」
「ぐっ……まおーさまの言う通りだ……いつも殴ったと思ったら殴り返されて返り討ちにあってらあ……」
「オレなんて殴り返されたらすぐに意識が飛ぶし」
「アタシはこの前右腕がどっか行ったし」
「奴の間合いで攻撃を仕掛けるのは得策ではない」
「ならば我らが触杖で殴ればいいのだ! 触杖の間合いなら奴のカウンターは届かぬ! そのために触杖に持ち替えたと称しても過言ではない!」
「私も破砕砲で応戦できるわ。でもガッチャンロボは銃弾に強いからあまり効かないかもしれない」
「我と我が半身が攻撃するしか有効打はないと考えるべきだが……あの魔獣は合体したことで非常に強化されている。我らの闇の力が戻っていれば話は別だったかもしれんが、力が微塵も戻っていない現状だと長期戦は必須だろう。我らは人形兵という魔法生物だが人間と変わらない肉体構造をしている以上、長期に渡り戦い続けていると肉体的疲労が溜まる、しかし相手は意志を持たぬただの機械と変わらぬ魔獣……」
「戦いが長引くとこっちが不利になっちまうってことだな。魔王様と女王様だけが先陣切って戦い続けるのはよくネーんだ」
「その通りだ。他に撃つ手を考えなければならぬ。完全に破壊せずに持ち帰ることも念頭に置いてな」
真剣な様子で話し合う彼らにベイランは何も言えません。合体ガッチャンロボとの戦いを避ける提案をしたところで足蹴にされてしまう未来ぐらい、巫女でなくても明確に見えてしまうのですから。
「……」
再び項垂れるベイランの独り言は続きます。
「ヴィルソンは一言も喋ってないな……自分が怒鳴り込んだところであの暴走状態を止めることができないって分かっているから、余計な労力を使わずに成り行きに身を任せることにしたんだ……あとついでにどさくさく紛れて大嫌いなオディロンとシュザンナがガッチャンロボに返り討ちに遭えばいいなとか思ってるんだ……」
「心の声が全部出てるぞ」
俯いたままでもヴィルソンに鬼の形相で睨まれていることだけは分かってしまい、ベイランの背中に冷たい汗が流れてしまうのでした。
刹那、アイリスから衝撃のセリフ。
「じゃあもう初心っつーかシンプルに考えて、ベイランがドナムをぶち込めばいいんじゃね?」
発言が終わると同時に、彼は全員の視線を一身に受けることになってしまいまして。
「…………あれれ?」
ガッチャンロボは打撃による攻撃の他に、魔法攻撃に対する抵抗力が非常に弱いという特徴があります。
ここに到達するまでの間、大勢のガッチャンロボと対峙した際はベイランがドナムを撃ってまとめて討伐するという手法が主となっていました。その間、ドナム攻撃が得意ではない人形兵たちは彼の防衛や自身の身を守ることを優先して行っておりまして。
とはいえ基本的に迷宮と魔物にビビり腰のベイラン、皆が守ってくれることは分かっていますが怖いものは怖い。いつもキャーキャー悲鳴を上げならドナムの準備をするため頻繁にクレームが来ます。主にヴィルソンから。
「何度もやってることなんだから深く考えなくて大丈夫だって! いつもはまとめて複数に当てなきゃいけない分、今回は的もデケーし一体だけなんだからさ! いつもより楽じゃん! 深く考えずに気楽にぶちかましてやれよ!」
「やだぁ! 絶対に無理ぃ!」
廊下の角を背にして涙目になりながらヤダヤダ叫ぶベイランにアイリスの激励は届いていません。
今回の作戦は至ってシンプル「ベイラン以外の人形兵がガッチャンロボの攻撃を引きつけている間にドナムをぶつけて倒そう作戦!」です。
ベイラン本人の了承もなく作戦を決行した旅団一同、霧のヴェールを駆使して合体ガッチャンロボの右側から奇襲を仕掛け、微かなダメージを与えつつ行手を塞いでいます。
さすが機械というべきか、並の魔獣のように奇襲に驚くことなく侵入者と敵対した合体ガッチャンロボ、威風堂々とした態度で応戦しているのでした。
「いつもみたいに一発殴られて即死させられるんだあ! 嫌だあ!」
ベイランは拒絶を繰り返しながらも触杖をしっかり握り、周囲のマナを集めつつドナムの準備を始めています。
この間は完全に無防備になるため一撃でも攻撃を喰らえば脆い彼は一瞬で意識を失いますし、酷い時には体の一部が消え失せてしまいます。
「口ではヤダヤダ言ってるのに体はめちゃくちゃ正直にドナム準備してんじゃん」
きょとんとするアイリスは知りません。思考は拒絶しても本能的に体が動いてしまう彼の言動は全て、マサーファの調教と脅しと虐めによる成果なのだと。
当たり前のような表情で彼の隣に立つ調教師マサーファは多くは語らず、
「この泣き虫毛虫のことは私に任せて、アナタたちは合体ガッチャンロボの攻撃がこちらに届かないように誘導することだけを考えてくれたらいいわ」
と言えばアイリスは大変納得した様子で頷き「任せた!」と言い残すと合体ガッチャンロボに向かって駆けていきます。
「オラオラオラァ! アタシが相手だ覚悟しろぉ!」
両腕を振り回しながら向かっていく姿は怖いもの知らずのやんちゃな不良でした。
「ああああ……嫌だなあ、責任が重大すぎる……一般人が背負っていいレベルじゃないよう……」
「どうしていつもそう自分にプレッシャーをかけるのかしら」
淡々と言い放つマサーファ、その視線は常に合体ガッチャンロボに向けられており、攻撃がいつ飛んできも対処できるよう警戒を続けています。
「自分にプレッシャーっていうか、当然の思考だと思うけど……」
「なぜ?」
ヨゼとキキの斬撃が合体ガッチャンロボの背中を傷付けます。
「俺のドナムが発動するかしないかで戦況が変わるんだぞ? それって旅団全体の命運は俺の命と一緒に委ねられてるってことだろ? 普通に怖いよ。人形兵だから死んでも復活するけど死ぬ時は痛いし苦しい、俺が一番よくわかってるって自負しているから人に同じ思いや痛みしてほしくない」
「それが恐ろしいからと言っても戦場で泣きながらドナムを発動する言い訳にはならない気がするけど」
「うぐっ」
オディロンが触杖で合体ガッチャンロボの右腕を殴打すれば、凄まじい力に弾き飛ばされた右腕はぐるんと一回転。人間なら肩が外れるほどの致命傷ですがロボなので無害、つまりほぼ無傷。
「アナタは他者が痛みを経験した原因が自分にあるからその責任を負いたくなくて拒絶しているのよ。逃げたくても逃げられない恐怖で怯え、情けない悲鳴を奏でてしまっている。とどのつまりは現実逃避、情けない話だわ」
「はい……仰る通りです……」
「それでも真面目なアナタは拒絶しつつもドナムで魔獣を一掃して私たちに貢献しているわ。これは勇気ある行動、積み重ねることで自信を付けていくのが一般的だと私は思うけど」
「確かに一般論というか美談だとは思う。でも、自分の武勇を美化させるよりも“生き残って良かった、責任を問われないでよかった”って安心する気持ちが勝つから……」
「失敗を恐れているわね」
「そうです……」
シュザンナは合体ガッチャンロボの懐に潜り込み、腹部や足下を触杖で殴りながら微かなダメージを与え続けています。時折「ビームはまだ出さんのかビームは!」と言っているような気がしますが気のせいでしょう。
「現状の旅団でドナムを一番上手く使いこなせるのはアナタしかいないから皆は頼らざる得ない。うるさいのは百も承知で任せている。オディロンやシュザンナも触杖の扱いは得意だけどもっぱら打撃専用武器として使っているからやっぱりアナタ頼りになる」
「うん……というかあの二人はなんで鈍槌じゃなくて触杖で殴ってるんだろう……」
「そこを誇りに思わないのかしら」
「はえ?」
地面を蹴って宙に飛ぶアイリス、合体ガッチャンロボの左後方の死角から頭部にいるロボを殴ろうとしますが、奇襲などとっくの昔に気付いていたと言わんばかりに反応した左腕が動き、羽虫を払うように張り飛ばされて廊下の壁に激突しました。
「アナタでなければドナムによる攻撃で敵を一掃することはできないと称しても過言ではないわ。自分にしかできないことを任されて頼られているんだから、そこは誇りに思うべきだと思うけど」
「ぷ、プレッシャーとか、すごくない……?」
「そうかもしれないわね。でも、まだたった八人、いえ、はまちも入れて九人しかいない少ない旅団ではひとりひとりの能力にそれぞれの役割があって、それに伴って責任も出てくるわ。プレッシャーに冒されているのはアナタだけじゃないわよ」
「……」
ヴィルソンは合体ガッチャンロボの正面にいたまま動かないまま。
動きのない外敵を目にしたロボは剛腕で殴り殺してやろうと腕を伸ばしますが、彼は盾で弾き返し、ロボをふらつかせました。
「自分だけじゃないって思ったら、少しだけ気が楽になるでしょ?」
「……状況に応じて旅団の命運を任される人形兵は変わるから、今はそれが偶然俺になっているってだけ。たったそれだけのこと……って、ことで、いいのか?」
「そうよ。今はそれだけ考えてドナムを発動させなさい」
「わ、わかった……頑張ってみるよ。君にそこまで言ってもらっているのにいつまでも気弱になってちゃ駄目だしな」
ベイランの周囲に集まっていたマナが一定の量に達しました。
「ドナム準備できた! 発動する!」
混沌とした戦場に響く青年の声。
それは、この長い攻防戦に終止符を打つ希望の声。
合体ガッチャンロボの頭上から濃度の高いマナの塊が現れ、一直線に降ってきます。
魔獣や魔法生物であっても、あまりにも濃いマナを浴びてしまえばひとたまりもありません。一瞬でマナ中毒を起こし、外部内部から破壊されてしまうことでしょう。
ガッチャンロボのように魔力耐性がない魔獣なら尚更……、
ばしん。
アパルトマンに響く音は何かを弾く音と酷似…………いえ、完全に何かを弾く音でした。
何が起こったのかと言えば、合体ガッチャンロボは頭上ギリギリにまで迫っていたマナの塊を右手で払い、着弾を防いだのです。
哀れ弾かれたマナの塊は合体ガッチャンロボ前方にある扉にヒット、役目を終えてしまったため細かいマナ粒子になって消えてしまいました。跡を濁さないのがこのドナムの数多い利点です。
「………………」
響く静寂。
人形兵たちはベイランを見ます。時間をかけて発動したドナム攻撃を見事にガードされてしまった、ベイランを。
マサーファも例外ではありません。いつもと変わらない表情ですが、心なしか目力があるようにも見えますね。
「えっ、あっ、いや、そ、そのぉ……え、えっ?」
――今のってドナムが命中してガッチャンロボを倒して大円団って話の流れじゃなかったの?
動揺しっぱなしで泣いてしまいそうなベイランに更なる悲しいお知らせですが、合体ガッチャンロボが完全にこちらを見ています。
「はっ」
今のドナムでターゲット認定されてしまったのでしょう。体をこちらに向けると足を動かして走り出します。本気で命を取ろうとした相手に容赦はしない、生物としての本能と礼儀が伺える全力疾走です。機械ですが。
「ぴゃあああああああ!?」
情けなく絶叫。このタイミングでドナムの準備をしても間に合うワケがありませんし、重さ故に両手で持たなければならない触杖があるため防御もままなりません。
このまま突進か、キックか、パンチか、それとも壁を溶かすほどのビームか……どれかを喰らって全身ゴアして死ぬのだと覚えもしない走馬灯まで脳裏を過り、人形兵になってから何度目かわからないこの世との別れを覚悟した刹那、
動いたのはマサーファです。
ゴシックグラトニアに似合わぬ俊敏な動きで背中に手を回し、そこから何かを取り出すと姿勢を低くして横投げ。
彼女の手から飛び出したそれは合体ガッチャンロボの足元に滑るように転がり落ちていきます。
無数のガッチャンロボで出来た左足がそれを踏みつけます。
想定外の物を不意に踏みつけたことでバランスを崩したのでしょう、足を捻って左に倒れてしまいました。
倒れた拍子に左半身を壁にぶつけると、その衝撃で左腕が外れて地面に落ちてしまいます。
落下した左腕はその衝撃でバラバラになり、ガッチャンロボたちは割れたガラスのように散らばってしまいました。
バランスを失った胴体は引っ張られるように落ちて床に激突。
衝撃によってロボたちは合体が解除され総崩れ、あっという間にガラクタの山のように積み重なってしまいました。
ロボたちが動く気配は微塵もありません。
戦いは終わりました。ガッチャンロボの自滅という形で。
「いやぁ〜! 死んだかと思ったけど生きてた! あっはっはっは!」
壁に追突してから消息を絶っていたアイリスが笑いながら戻ってきましたが、頭部からは血が滝のように流れており、顔のほとんどが血に染まっています。
ベイランだけがギョッとしていますが、彼女は自分のことなどどこ吹く風、バラバラになってしまった元合体ガッチャンロボを見て、
「あれ? なんでバラバラになってんだ?」
「ちょっと滑らせて転ばせたんだけど、その拍子でこの有様になってしまったわ」
淡々と言い放ったマサーファの視線の先は元合体ガッチャンロボが足を捻った場所。
そこには強い力で無理やり引き伸ばされたであろうピンク色の布と、白いふわふわとした綿が散らかっていました。
「?」
アイリスが首を傾げ、傷口が開いたのか側頭部から血が吹き出します。
「……」
オディロンは無言のまま武器をしまいます。同時にランタン姿の降霊灯が彼の手元に戻りました。
「我が半身よ、こいつはどうする?」
「転倒するだけで崩壊する脆い物など闇の王の配下に相応しくはない。それはお前も同意見だろう、我が半身よ」
「ああ。同意見で安心したぞ我が半身よ」
あっという間に話を済ませた闇の王と女王はエレベーターへと向かっていきます。が。
「あ、あのー!? ドナムミスった俺への叱咤とかは!?」
何事もなかったように次に進もうとする二人にベイランはつい呼び止めてしまいます。怒られるとわかっているのに。
すると、オディロンは足を止めて振り向きます。
「ガッチャンロボが防御を多用する魔獣であることは誰もが承知している。合体していてもその性質は変わらないと捉えるのが妥当だ。今回もそれが起こっただけだ。いちいち叱咤して何になる」
「え、あ、そうだけど」
「お前は失敗したがその失敗をマサーファがカバーすることにより、結果としてガッチャンロボを仕留めることができた。更には闇の王の配下に相応しくないと判断することもできた。それだけの話だ」
「傷付けるだけの他者のためにならない非生産的な叱咤ほど無価値で無意味な物はないからな!」
シュザンナが割り込んだところで話は終わり、二人はエレベーターに入りました。
「まおーさまとじょーおーさまがいらねーって言うなら俺もいらねー」
「オレもー」
王のシモベたちもそう言いつつエレベーターへ向かいます。
「持って帰らないならどうでもいいか……無駄に消耗させやがって」
ぶつくさ言いつつ足元に転がるガッチャンロボを蹴り飛ばして行くヴィルソンと、
「目からビーム出すことしか美点なかったな!」
笑いながらそれに続くアイリス。貧血のせいか少し足元がおぼつかないらしくフラフラと揺れています。
治療のためにとキキがヨモギ軟膏薬を彼女の額に押し付ける最中、マサーファは武器をしまいます。
「方針が決まったから進みましょうか」
「あの、マサーファ……さん」
「どうしたの?」
聞くと同時にその場で座り込んでしまうベイラン。
「ご、ごめん……腰、抜けて……死ぬかと思ったから……」
「この程度で腰を抜かしていたらこの先、生きていけないわよ」
「すみません……」
マサーファは眉毛ひとつ動かさず、追い討ちをかけるようなこともせず、彼の襟首を掴むとそのまま引きづりエレベーターへ向かって足を進め始めました。
「マサーファ……俺って、弱いのかな」
「弱いわね。メンタルが」
「はい……あ、あと、守ってくれて……ありがとう」
「私はアナタを守るという私にしかできない役割と責任を果たしただけよ。アナタがいつもドナムを使って旅団のみんなの命を一秒でも長く伸ばしているのと一緒」
「そ、そっか、そうだよ、な……?」
いつもと全く変わらない声色のせいで不安しか抱けませんが、彼女なりに慰めてくれているのだと思うことにしました。
いつも虐めてくるしセクハラもするし怖いことも言って脅すけど、とても優しい一面があると知っているから。
なお、自動書記で報告を受けたナチルが「コウレイトウがおかしくなった……」とショックを受けるのは別の話です。
2022.10.2
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