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ガレ魔女

 今日は年に一度のビッグイベント。年末の雪が降り積もる時期に起こる、大人も子供も大好きなあのイベント。
「クリスマス! 今日はクリスマスだよルミィ!」
「へー」
 出来立て熱々のチキンを片手に大興奮のルテューアでしたが、カルミアからの返事は大変淡白なものでした。
「あれ? ルミィってクリスマス嫌い?」
「嫌いじゃねえけど、別にもうクリスマスとかではしゃぐ歳でもねえだろ……美味いもんは食うけどそれだけだし、彼女とかいたら別かも知れねえけど」
「?」
「なんでお前が首傾げてんだよ」
 クリスマスと恋人同士が結びつけられる地点に発想が追いついていない少年。カルミアはため息を吐くだけ吐いて、
「まあいいや……お前が楽しそうなら俺はそれでいいけどよ、ハメ外しすぎると……」

「じゃあ乾杯の音頭ね! 今日は朝までメリクリるからそのつもりで! メリクリするわよー!」

『メリクリー!!』
 旅団のリーダーアルスティの高らかな掛け声と共に、ワインやシャンパンを開ける音がトリブーナに響き渡るのでした。
 地下迷宮の入口、人喰みワードローブの前に並んだテーブルたちの上にはチキンやケーキのご馳走がズラリ。椅子は用意されていない立食パーティ形式です。ちなみに現実世界なので人形サイズです。
 すぐ側に設置されているクリスマスツリーも豪華で人形兵的には巨大なサイズ、おまけに降霊灯がツリーの頂上あたりにぶら下がっており、一行を見下しながら見守っていました。
 誰が見ても豪華な仕上がりですが、カルミアはどこか苦い顔。
「いいか。クリスマスだからどんだけハメを外してもいいだろうって捉えるような大人には絶対になるんじゃねえぞ」
「ルミィってちょくちょくあーたんたちを悪い大人の例えにするよね」
「逆に聞くけどよ、アイツらが素行の良いまともな大人だって思ったことあんのか?」
「あんまり」
 返答は冷静でした。
「じゃあ酔っぱらいに絡まれる前に俺らはメシ持って撤退すんぞ」
「えー……でもみーさんたちがさっき……」
 ルテューアが引きとめると同時に、
「はーい。誰かさんが酒に溺れて行動不能になる前にちゃちゃっとメインイベントを始めますよー」
 ワードローブの前に現れたミーア、触杖ではなく箱を両手で持っています。
 同時に人形兵全員の視線がそちらへ向けられ、いつの間に用意したのか、彼女の後ろにずらりと並んでいるあるプレゼントの箱や袋を視界に入れます。おまけに、その全てに一から二十四の番号が貼られていました。
「あれ〜? もうやるの〜? プレゼント交換会」
 即座にニケロが手を挙げるとミーアはにこやかに返します。
「うかうかしているとどこかの誰かさんがまた酔った勢いで不貞行為に走るかもしれませんからね」
「しないもんしないもん!」
 アルスティの抗議は無視してルール説明に入ります。
「今からひとり一回くじを引いてもらいます。くじには番号が書いてあって、該当する番号が貼ってあるプレゼントが貰えますよ。みなさん、今日のために用意してくださってありがとうございます」
 同時に響く「どういたしまして!!」の声、キャルラインでした。
「名前を呼ばれたらひとりずつ前に出て貰ってくじを引いて、その場でプレゼントを開けてくださいね。それではコーレイトウがあらかじめ決めておた順番通りにお呼びします」
 一通り簡潔な説明を終えるとメモを取り出し名前を呼び始めます。ベイランからでした。
「……これ、選んだプレゼントによっちゃあ公開処刑になるぞ……」
 カルミアが心底呆れていましたが、いつまで待っても誰も何も返してくれず、首を傾げつつ振り向くと、
「あーたんあーたん! あーたんは何をプレゼントにしたの?」
 大事な弟分、いつの間にやらアルスティに突撃していました。
「それを言っちゃったら意味ないでしょ?」
「ごめん気になっちゃって……」
「気になる気持ちも分からなくはないけどね。ヒントぐらいならあげちゃうわ」
「なになに?」
 二人のやり取りを黙って聞き続けるカルミア。何故かムカついてきました、何故か。
 しかしそんなイライラは次の瞬間TOに巻き込まれた時のように吹っ飛んでいくことになります。
「私の特技であり、フェイバリット的なことを生かして作ったモノ……かしら? これじゃあヒントじゃなくて答えねー」
 刹那、楽しいパーティ会場に戦慄が走りました。
 人間どうしても聞きたくない単語というものは耳に入りやすくなってしまうもので、彼女のヒントに近い答えは旅団の人形兵全員の耳に入り、鼓膜を震わせ脳に情報を送り込みました。

――――この中にジョーカーがある。「死」という名目のジョーカーが。

 今、その「死」に一番近い男がいまして。
「あ、ああ……あああああ……」
 既にくじを引き、プレゼントを得てしまっているベイランでした。
 とっさにミーアを見ます。彼女は何も言わず、目を閉じて静かに首を振るだけ。
 まるで「私の力が至らずに申し訳ありません」と謝っているようにも見えました。
 とにかく、今はまずプレゼントを開けてみることしかできないので、開封から始めることになります。
 ちなみに「後で食べると言って取っておき迷宮に捨てればいいのでは?」というツッコミに対しては「アルスティお手製の兵器(料理)を不法投棄することは重罪である上、投棄場所周辺の環境を著しく汚すことになる」という認識がアルスティとポメ以外の全員に広まっているため、捨てるという選択肢は無いモノとして扱います。
「腹と首を括って潔く死ぬしかないわね」
「ヒイイィいいぃぃイィい!」
 マサーファがボソッと脅しを入れればベイランは顔を真っ青にさせて半泣きなりながらプレゼントの封をしているリボンを一気に解きます。いっそ殺してくれとまで言わんばかりの勢いで。
 そして、袋の中に手を入れて一気に取り出します。触れるだけならセーフなので。
 顕現したその物体は、
「…………骨?」
 の、形をした弾力性がほとんどない硬い物体でした。ほのかに肉の匂いがします。
 とりあえずアルスティお手製の兵器(料理)ではなさそうなのでベイランは命拾いしてしまいました。マサーファだけちょっと残念そう。
「あ……それ。ぼくが入れたやつ……」
 控えめに手を挙げたのはゾーレンでした。
「そ、そうなんだ…………で、これって何?」
「歯が痒くなった時に噛むやつ……」
「犬用のガム!?」
 香ばしいチキンの香りと言いそれなりに硬さのある物体なので間違いなさそうです。ベイランは猫しか飼ったことがありませんがなんとなくわかったワケで。
「……美味しいよ」
 心なしか、ゾーレンはどこか得意げでベイランは返答に困ってしまうのでした。
「はーい、そのガムは後で堪能してもらうことにして、どんどん行きますよー」
「人間がどうやって犬用ガムを堪能しろと?! スルメみたいに噛めと!?」
 絶叫に近いツッコミは無視一択。
 最初の危機は去りましたが、一同はまるでロシアンルーレットを待機しているような緊張感に包まれています。
 緊張に耐えられなくなったのか、ルテューアはぽつりと、
「だっ、大丈夫。誰かがあーたんのプレゼントを当ててもぼ、僕が犠牲になれば……」
「やめろ馬鹿! そんなことしたらオレがマジのガチのバチでキレっぞ!」
「ひぃ……」
 カルミアに本気で怒鳴られた上に胸ぐらまで掴まれてしまい、自己犠牲は無しの方向で話がついたのでした。アルスティだけ首を傾げていますが無視。彼女は自分の料理の危険性を自覚していないのですから。
「次はアイリスさん、よろしくお願いしますねー」
「やったアタシだ! 任せろ任せろ!」
 何を任せるのかはさておき、無駄に張り切るアイリスは両手を振り回しながら前に出てきます。ベイランが気まずそうに戻っていきました。
「くじをどうぞ」
「おっしゃあ!」
 くじを引き、番号を見て、プレゼントを探して受け取るまでの一連の投げれをスムーズに終えて、彼女の手に小さな箱が渡ります。
「旅団ために死ぬなら後悔はないさ……」
 明るい表情の裏にある決意を呟き、さっさと封を解いて中身を取り出します。
 出てきたのはクレヨンタッチのイラストが可愛らしい絵本。タイトルは「セミ太郎のぼうけん」
「なんじゃこりゃ」
「あ〜それは僕ですね〜」
 声を挙げたのはファルでした。彼は更に続けて、
「カテドラルを歩いている時に偶然見つけたんですよ〜結構面白い内容でしたよ〜」
「へー、大人でも楽しめるか?」
「それは読み手次第かと〜」
「そっかあ」
 なんて納得し、絵本を持ってその場から離れ、ワードローブの足元で腰をおろしてあぐらをかくと、絵本を開いて早速読み始めました。
「アイリスさんは読書を始めましたし、サクサク進めますよー」
 サクサク進める過程に自らの死があるかもしれないと誰が想定しているでしょうか、誰もしていません。
 続いて呼ばれたのはシュザンナでした。
「皆は例の破壊兵器に怯えているようだが、我はそれぐらいのスリルがないと面白みがないと思っておるぞ!」
「なんで私を見ながら言うの?」
 アルスティの質問は無視されました。
 くじを引いてからのプレゼント受け渡しまでの流れを終え、
「ふむ……袋ごしから伝わる感触からするにセーフのような気がするな」
 とか言いつつ中身を取り出すと……、
「ぬいぐるみだと?」
 ワンピースを着たウサギのぬいぐるみが顔を出しました。ファンシーショップに売っていそうな普通のぬいぐるみですね。
「市販のもの……ではないな、手作りのような気がする。この旅団でこれほどのクオリティのあるぬいぐるみを作成できるのは……」
「もちろん私」
 もちろんマサーファ。
「やはりマサーファか。貴様にしては普通に可愛らしいぬいぐるみを送ったものだな」
「ええ。気に入ったかしら?」
「可愛らしいが我の趣味には合わん」
 我が道を行く闇の女王はバッサリ言い切りましたが、
「あら? まだそのぬいぐるみの真の姿に気付いてないのね」
「真の姿とはどういうことだ」
「耳を澄ませてみなさい」
 首を傾げつつも目を閉じて音に集中します。
「みんなもほんの少しだけ静かにしてもらえると助かるわ」
 人形兵一同も一旦言葉を止めてトリブーナに静寂が訪れると、

 サビシイヨ……サビシイヨ……サビシイヨ……サビシイヨ……サビシイヨ……サビシイヨ……サビシイヨ……サビシイヨ……サビシイヨ……サビ

「ギャーッ!!」
 悲鳴が出ました。ベイランの。
「何か喋っておるぞ!?」
 正反対に大興奮のシュザンナ。新しいおもちゃを買い与えてもらったようにワクワクしているではありませんか。
「生地用の布は腐るほど手に入ったけど綿だけがどうしても手に入らなかったの。だからハッピーハッピーの綿を引き抜いてそれに詰めたわ」
「これハッピーハッピーの成れの果てだったの!? 生皮はいで中身だけ変えたってこと!?」
「真の姿と言いなさい。あと言い方がグロい」
「痛い!」
 脛を蹴られてしまいベイランの抗議終了「アナタは大人しく骨でもしゃぶってなさい」と言われて泣かされました。いつもの流れです。
「それで、気に入ってもらえたかしら?」
「うむ!!」
 闇の女王のお気に召しました。召してしまいました。当事者たち以外が引いていますがどこ吹く風。
 そこでレグ、オディロンに耳打ち。
「シュザンナちゃんが呪いのアイテム貰っちゃったけど、旦那的にそれっていいのか?」
「デザインが少女寄りでなければ我も欲しかったが」
「なんで? どうして? どうするん?」
 困惑の結果に終りました。
 その後はゾーレンが猫の抜け毛で作ったお守りを貰ったり、キャルラインが羽毛入りの枕を貰ったり、エトスが花瓶が受け取ったりしまして、次に呼ばれたのはポメとラミーゾラでした。
 二人で一緒に前に出てきたのでとうとう二人同時に進行していくのかと思われましたが、
「ポメがひとりでプレゼントを用意するのが難しいから僕と一緒にってことになってるんだよ」
 だそうです。旅団内で唯一の年齢一桁かつ生後五年ですからね、当然の配慮でしょう。
「ポメがくじびきするー!」
 やりたがりなお年頃は気合い満々です。なお、旅団の中で唯一アルスティお手製の兵器(料理)に絶対耐性があるのがポメなので、彼女にあれが当たれば最も被害が少ない結果に終わります。欠点はかなり心が痛むこと。
「ポメは旅団最年少ということなので、特別なくじを用意しましたよ」
 ミーアはさっきまで使っていたくじいり箱をそっと足元に置き、プレゼントたちに紛れて置いてあった金ピカの箱を持ってきます。金色の折り紙を貼って作っているだけの手作り豪華な箱。
 ポメの前でしゃがみ、引きやすい位置に箱を差し出せば少女の目は輝きます。
「ぴかぴか!」
「この中から紙を一枚だけ取ってくださいね」
「わかった!」
 元気なお返事の後に早速手を突っ込んで、すぐに紙を掴んで取り出します。
「とった! ななばん!」
 そしてすぐに番号を読みました。早いですね。
「七番ということは……」
「そうだね、そうなるね」
「?」
 ミーアとラミーゾラが顔を見合わせて話し始めるのでポメきょとん。人形兵他一同もきょとん。
 周囲を放置してラミーゾラは七番の札が貼ってあるプレゼントを持ってきました。大人が両手で抱えてやっと持ち上げられる大きさがありました。
 すると、ポメは大きく首を傾げます。
「なんで?」
「ポメは七番のくじを引いたからね、僕とポメが用意したプレゼントは今から君の物になったよ」
 中には重量のある金属製の物体が入っているのか、床に置くと同時にそれらしき音がしました。
「用意する時に“ぽめもほしい”って言ったし、ちょうど良かったんじゃないかな」
「いいの?」
「いいよ」
「やったー!」
 大袈裟に喜んで箱のリボンや包みを解くポメ、それなりに大きいためラミーゾラも手伝います。
 大変微笑ましい光景にレグとニケロが感心して、
「自分が選んだプレゼントを自分で当てることもあるか、ラムちゃんも嬉しそうだし、ポメ的には良かったんだろうなあ」
「そうだね〜クリスマスにいいものが見れたよ〜」
 なんて会話していますが、次の瞬間に飛び出すアルスティの心無い台詞。
「あれはエトスがこのイベントにかこつけてポメにプレゼントしたかったから仕組んだやつよ?」
「「はい?」」
 愕然とする二人に説明が続きます。なるべく小声で。
「ポメにプレゼントを渡したいけど、どれだけあの子好みの物を選んでも絶対に受け取って貰えないから、ラムやミーアに協力してもらって仕組んだんですって。自分が用意したプレゼントをラムとポメが一緒に用意した物だってことにして、イベントの場でイカサマのくじを引いてもらって当てるってやつ」
 これがあの感動的なイベントの真実。不幸な偶然により徹底的に嫌われ続けることになってしまった少年の、悟られてはならない影の努力。
「ととくん……君は、そこまでして……」
 同業者の涙ぐましい無駄な努力に気の毒さを感じずにはいられません。
 横目でエトスを見れば、彼は心底安心した顔でポメたちを見守っていました。現状に満足しきっています。
 その様はレグやアルスティの目にも留まっていましたがノーコメントとして。
「だからプレゼントを選ぶときはポメ考慮しなくて良いって言われたのか……その方法ならおじさんたちは好きにプレゼントを選べるしエトスはこっそりプレゼントできるしポメもクリスマスに素敵な思い出ができて一石三鳥ってことかあ」
「そうそう」
 なんて頷き「まあ私はミーアから聞いただけで何もしてないけどね!」なんて言ってますよ旅団のリーダー。レグはノーコメントを貫きましたが。
「そういえばサンタさんって今年は来るのかな〜? まあ、サンタは妖精の中でもそこそこ万能だから抜かりなさそうだけど〜」
 ふと、思い出したかのようにニケロがぼやくと、
「エッアッウンソウダネ!」
「ダイジョウブヨダイジョウブ!」
「なんでおじさんとあーたん、声が裏返ってんの?」
 ニケロは心底不思議そうに首を傾げたのでした。
 そして、
「…………ニケロ、あいつ、まさか…………!」
 近くでしっかり会話を盗み聞きしていたカルミア戦慄。
 知りたくなかった、毒舌少年のたったひとつのピュア心を……。
 なんて衝撃を他所に、
「俺もあれがいい! あのぴかぴかの箱からくじ引きたい! ミーアに頼んだら引かせてくれっかな!」
「僕も僕も! ぴかぴかがいい!」
 駄々を捏ね始めたヨゼとルテューア。何が二人の心をあそこまで惹きつけてしまったのか、カルミアは理解に苦しむしかありません、歳はあまり変わらないはずなのに。
「知能が園児レベルしかねえのかテメェら!!」
 とりあえず、しっかり叱られたのでした。
 ちなみに、エトスがわざわざ遠回りをしてまでポメに渡したかったプレゼントは黄金色に輝く鎧でした。ちゃんとピアフォメイルサイズですよ。
「ぴかぴか! ぴかぴか!」
「よかったね」
「よかったですねえポメ」
 暖かい気持ちで見守るラミーゾラとミーアですが、幼い少女が黄金の鎧ひとつであそこまではしゃぐ様を見て将来的に心配にならざる得ません。趣味がそれで本当に大丈夫なのか。
 そこへ、
「ポメ、よかったな……」
 勇気を振り絞ってエトスが声をかけますが、
「シャー!!」
 尻尾を踏まれた猫のように威嚇。エトスの心が痛み、リリエラはこっそり吹き出すのでした。
「さて、では続けますよー」
 プレゼント交換会はまだまだ続きます。
 まずティスがレース編みのコースター、次にセンがマジックハンド、さらに続いてエクスレイナが卑猥な本を貰って、
「おお……これは……なかなか……」
「お嬢様ってば卑猥なことに興味深々ですね! しかしそれは公共の場で読むべきものではないかと!」
 その場で熟読を始めたのでキャルラインに促されて強制退場。なおその次はミーアで、彼女は毛糸のマフラーを貰いました。
「次はルテューアです」
「ひっ……は、はいっ!」
 一瞬だけ出てしまう悲鳴。それもそもはず、プレゼントのジョーカーであるアルスティお手製の兵器(料理)はまだ現れていない、つまり、自分がそれを引き当ててしまう可能性があるということ。頭が弱くても分かります。
「お、おい……トラウマ発症しそうならオレが先に出るぞ」
 蒼白する弟分を気遣うカルミアですが、ルテューアはそれを短く断り、一堂の前に出ます。
「なんでルテューアは怯えているのかしら。プレゼントの中にヤバいのがあるのを見たとか?」
 お人好しのアホがほざいていますが無視されました。
「……いいんですか? ルテューア」
 くじ入り箱を持つミーアからの最終確認。彼が望むならアルスティお手製の兵器(料理)が出た後にくじを引かせてもらうことだってさせてもらえることでしょう。旅団内で一番の被害者という肩書きがあるので。
 しかし、ルテューアは首を横に振って、
「そんなズルはできないよ」
 静かに言い、くじを引きました。
 そして、恐る恐る……番号を読みます。
「び、ひょ、あわ、わわ、て、あ……ごびゃん……」
 怯えすぎて言葉と体が震えまくっていました。
「あら五番ですか」
「も、もしかして……!?」
「ふふ、よかったですねえルテューア」
「ヒエッ!?」
 ミーアは優しく微笑み、くじ入り箱を足元に置くと、プレゼントたちの中から五番の札が貼ってある長方形の箱を持ってきました。
「これは私が用意した物です。セーフですよ」
「ほ、ホント!? ホントにみーさんの!?」
「本当です。喜んで貰えるかは分かりませんが」 
「みーさんからのプレゼントなら何でも嬉しいよ!」
 死亡回避できたことに心の底から安堵し、笑顔でプレゼントの箱を開けると、
「マナカエルのホルマリン漬けを作ってみました」
「うわあ!?」
 現れたのは、大きな瓶にぎっしり詰められたマナカエルがホルマリンに漬けられている悲惨な光景。これもこれで下手をすればトラウマになりそうな物体です。
 えげつない光景にしばらく絶句していたルテューアでしたが、やがて漬けられたカエルたちを見てぼそり、
「…………これじゃあ食べられないね」
「食うのかよ」
 ツッコミを入れたのは案の定カルミアでした。なお次に呼ばれた彼は腕一本だけを消せる小さい霧のヴェールを貰い「どうやって使えって言うんだよ!」と盛大にキレ散らかしたそうな。
「何を企んでいたのかはあえて聞かないでおきますね、次はニケロですよ」
「は〜い、死にたくないな〜」
 次の犠牲者候補はニケロです。早速くじを引き、木箱を貰いました。
「生存確定したのはいいんだけど〜これ、なに?」
「開けてみれば分かりますよ」
 ミーアに促され、木箱の上の蓋を外すと顔を出したのはカンタレラの雪酒たち、十本ほど。
「え、お酒?」
「おお、闇の王たる我からの供物は貴様に届いたか」
 そう言ったのはオディロン。途端にニケロの顔が曇ります。
「最悪なんだけど」
「そう残念がるな。貴様が子供の体故に飲酒できないことは承知しているがこの交換会は闇の王である我でも先が読めない混沌が広がっておる故に」
「誰に当たるかわからないからとりあえず適当にお酒を見繕ってきたってだけなんでしょわかる〜」
 淡々と吐き捨てました。次の犠牲者候補の番になったので酒の入った箱を引きずってその場から少し離れることにします。
 それに何故かオディロンも付いて来て、
「貴様が飲酒できないと言うなら我が引き取るが」
「もしかしなくてもさあ〜お酒が飲めないメンバーにこれが当たったら自分で飲むか〜って思ったりしてな〜い」
「…………」
「おい喋ろよ」
 毒舌少年の素が飛び出した時、
「あれ? なんかニケロとおんなじやつが当たったぞ!?」
 いつの間にか前に出ていたキキが驚きの声を上げていました。
「それは我が見繕った物だな」
 すかさず声を出したのはシュザンナだったので、キキの目が輝きます。
「女王様の!? やった! なんだろ!」
 意気揚々と木箱の蓋を開ければ。
「我が供物、カンタレラの雪酒十本を受け取るがいい」
「は?」
 声を上げたのはキキではなくニケロ。信じられないものを見るような目でシュザンナとオディロンを交互に見ています。
 キキと言えばは何度か瞬きをした後にシュザンナを見上げ、
「女王様、魔王様と打ち合わせでもした?」
「「ぜんぜん」」
 同時に帰ってきたのは否定の言葉でした。
「なんでそういう意味のないところばっかりで息が合うのさ君らは」
「女王様からのプレゼントは嬉しいけどさ、オレまだお酒飲める歳でも体でもネーんだよな……」
 心底呆れるニケロとは違ってキキは純粋に残念そう。純真無垢とまでは言いませんがシュザンナを慕う心は真っ直ぐそのもの、落胆するのも無理はありません。
 その小さな肩をシュザンナは優しく叩きます。
「落ち込むことはないぞ我がシモベ。貴様が成人するのを待っていては酒が腐ってしまうから保存するという方は取れぬが、別の解答ならいくらでもある。今日は諦めて数年後にまた同じ物を送る……とかな」
「女王様……!」
 感動したのも束の間、ニケロは尋ねます。
「じゃあ今当てた酒はどうなるの〜?」
「それはもちろん我らが!」
「送り主としての責任を持って処理しよう」
 これほど「威風堂々」という言葉が似合う返答もそうありませんね。胸を張り、闇の王と女王としての誇りを持ち、自身の責任は自身で取るという王というよりも大人としての手本のような……。
「食い気味に言ってるあたり未成年とか飲めないメンバーに当たったら自然な流れで自分達の物にするって魂胆だったんじゃないの〜?」
「「そんなことはない」」
「酒カスが」
 暴言が飛び出しても交換会は続きます。
 ファルはぴかぴかに磨かれた泥団子、アルスティは最高級資材二十個を貰って、
「自分で使って自分を治すのも良しですが! これでレグ殿を破壊しても自分でちゃんと治すこともできますよ!」
 送り主のキャルラインは随分と得意げな様子でしたがアルスティはとてもクール。
「なんでそれ相応のことをして殺した奴を私がわざわざ治して生き返らせないといけないのよ」
「それもそうでしたね!」
 レグの人徳のなさが垣間見れる会話が飛び出したのでした。
 この次はオディロンです。くじを引いてプレゼントを受け取って中身を確認して、
「我が当てたプレゼントだが」
「はい」
 淡々と返答するミーア。
 オディロンの手の中には何かの小動物の頭部らしき骨の端に小さな穴を複数開け、それぞれに紐を通して黒い宝石やビーズを繋ぎ合わせた、禍々しいオーラを放っているお守り…………の、ようなものがありまして。
「これは……」
「あ、俺のプレゼントそっちに行ったの? ヴィルソンさんに貰って欲しかったのになー」
 残念そうに声を出したのはリリエラ、全員が「やっぱり……」と言いたそうな顔をしました。
 しかし闇の王はその程度ではブレないので淡々と言います。
「交換会で一点狙いとは斬新だな」
「ヴィルソンさんが貰ってくれないならなんでもいいや。捨てていいよそれ」
「ふむ……」
 なんてぼやいて神妙そうな表情になるオディロンにリリエラはきょとん。てっきり二つ返事でその場に捨てられてしまうと思っていたのですから、
「えっ? いるの?」
「見た目はどこかの呪具店にでも置いてありそうな物だが、愛とも憎悪とも執着心とも呼べる禍々しいい感情が多くこめられている。闇の王である我が驚愕するほどのな」
「あっそう」
「気に入ったぞ、この技術力」
「気に入られちゃった。マジで最悪なんだけど」
 最悪の反応が返ってきましたがオディロンはまるで気にしません。ハートが強靭なので。
「それで、これを奴に渡せばいいのだな」
「渡してくれるの? ヴィルソンさんに?」
「この珍品を本来の役目も果たせないまま放棄するのはあまりにも勿体無いからな。貴様からの贈り物だと分かれば奴への精神的攻撃にもなり我の気も少しは晴れよう」
「前言撤回、最高だよ闇の王様。いい報告を期待しているね」
「任せておけ」
 スムーズに依頼が済み、オディロンはプレゼントの袋に禍々しいお守りを戻したのでした。
「俺が目の前にいるっつーのにこんな会話できる神経は何なんだ、おい」
 丁度二人の間にいるように立っているヴィルソンからの苦情は無視されたのでした。
「はいはい、文句を言う前にちゃんと催しに参加してくださいね、次は貴方ですよヴィルソンさん」
「チッ」
 ということで次は旅団の問題児が一人、ヴィルソンです。
 くじを引き、番号を言って、プレゼントを受け取りました。掌サイズの小さな箱でした。
 この彼、本当はこんなくだらないレクリエーションに参加したくなかったのですが「参加しないとリリエラの夜這いに手を貸しちゃいますよ? 聖夜に自身の貞操に終わりの挨拶をしたいんですか?」とミーアに脅されてしまったので渋々参加しています。
「……高値で売れる物がタダで手に入れば良いが……」
「おやおや、金欲に溺れし鎧の君は私の贈り物を引き当てたようだね」
 絶妙にウザい言い回しの主はこの旅団でひとりいれば十分です。その名はティス、両性。
「お前か……」
「そんな顔をしないでくれたまえ。私からの贈り物が全く期待できないという感情が直球に伝わってきて悲しくなるよ」
「くそでけぇハープを弾きながら言っても説得力ないぞ」
 一体どこで見つけてどうやって持ってきたのか、オーケストラで使うようなハープを弾きながら優雅に話し続けているティス。その表情に悲しみの色はなく、穏やかでした。
「悲しみを覚えてしまったからこそ音楽を奏でて気持ちを和らげているのさ。美しい音色は人の心に恵みと癒しをもたらすからね」
「へえ」
「ちなみに私からの贈り物も美しい音色を奏でる楽器だよ。壊れていた物を完璧に修理したほぼ新品……きっと君を満足させられるんじゃないかな」
「なるほど。修理済みの中古品ならそれなりの値段がつくかもしれないな」
 もはや売り飛ばす予定を包み隠すこともしないこの男。そういう奴です。
「この小ささの楽器……オルゴールか……?」
 中身の確認のため、丁寧にラッピングを外していきます。ティスの自信ありげな様子からして相当高価な物が入っていると睨んだ人形兵たちが固唾を飲んで見守る状況。
 その中、興味がないのか直接聞いた方が早いと思ったのか、ゾーレンはティスの服を引っ張りながら、
「……美しい音色を奏でる楽器って……なに?」
 なんて正直に尋ねれば、ティスは高らかに答えます。
「大人から子供まで楽しんで演奏できる上にその独特かつポピュラーな音は長きに渡り愛され続けている伝説の楽器、カスタネットさ!」
「テメェ!!」
 同時に中を取り出した様子のヴィルソン激怒。彼の左手の中には確かにありました、赤と青の打楽器、カスタネット。誰かが吹き出す音が聞こえました。
「これでどうやって儲けろって言うんだよ!」
「それを考えるのが君の役目じゃないのかな?」
「うるせえ!!」
 勢いと怒りに身を任せてカスタネットを床に叩きつけてやろうとも考えましたがやめまして、ブツブツ文句を言いながらも戻って行くのでした。
 さて、プレゼント交換会も終盤。
 マサーファは色とりどりの花を集めて作った花束、ヨゼは古びたコイン、続いてリリエラは、
「随分と軽い袋に入っているね? なんだろう」
 警戒心もなく袋に手を入れて取り出したのは、
「あっ! それは俺が見つけたやつ!」
 細い木の枝に付いたカマキリの卵でした。
「…………」
 アルスティお手製の兵器(料理)ではないため致命傷は免れたものの、これは別のベクトルでダメージを喰らう時限爆弾のような存在。
 リリエラには過去の記憶がありませんが、それぐらいの知識は持ち合わせているもので、
「…………」
 無言のまま踵返し向かったのはワードローブ。
 その目前で足を止めます。人形サイズとはいえ長身であれば扉には届くので、劣化したことで出来た小さな窪みに手を入れて引っ張れば、簡単に人喰いワードローブの扉が開き、
「えいっ」
 その中に卵を投げ入れたのでした.
「あああああああああああああああああああああああ!!」
 ヨゼ絶叫。後でボソっと「予定調和じゃねえか」とカルミアがぼやいていましたが、きっと聞こえてなかったのでしょうね。
 と、いうことで、次がラスト。
「……コーレイトウってさあ、おじさんのことオチ担当だと思ったりしてる?」
 ツリーにぶら下げられた降霊灯を見上げても、彷徨える魂からは何の返事もありませんでした。
 最後のひとりはレグ。
 ラストということは、誰も引き取っていないプレゼントが彼の元に来るということ。くじを引く必要はありません。
 つまり……。
「今年最後に運を使い果たせてよかったじゃない」
 長年付き添った友人の喜びを確信してか、アルスティはどこか嬉しそうに頷いていました。
 そう、アルスティお手製の兵器(料理)がレグの手元に渡ってしまうことが確定してしまったのです。
 もはや逃れようのない死。四十代後半だということも忘れて大声で泣き叫んでしまいたい、中年の醜態を晒してもいいから助かりたい、何度祈っても助かりようがない。聖夜の奇跡なんてまやかしもいいところ。
「は、はは……ははは……は」
 乾いた笑いしか出てこず、アルスティとポメ以外はかわいそうなものを見るような目で眺めるしかありません。
 あまりの哀愁さにルテューアはおずおずと手を挙げて、
「お、おじさん……ぼ、僕が食べるからいいよ……」
 とんでもない自己犠牲を発揮し、隣でケーキを食べていたカルミアが目を見開いた刹那、
「馬鹿野郎! おじさんは生前犯罪ばっかしてたクソ野郎って自覚はあるけどな! 未来ある若者を犠牲にしてまで生き残りたいとは思わないんだよなぁこれが! だから余計な手出しはするな!」
「ひえっ」
 すごい形相で叱られてしまい萎縮してしまいました。
「大丈夫よ、後でルテューアの分も作ってあげるから」
 アルスティから頼もしさがある台詞が飛び出しましたがただの処刑宣言です。真っ青になるルテューアですがどうしてこの女は微塵も気付かないのでしょうか。
「……殴りてえなあの女……」
「殴ったらカウンター喰らって腹に風穴が開くと思うぞ」
 カルミアがぼそりと呟くも、ヨゼは豚足をかじりながら現実味のある予測を返したのでした。
「じゃあミーアちゃん、おじさんはもう覚悟決めちゃったからあーたんからのプレゼント渡してくれ」
「そうしたいのは山々なんですけど……見当たらなくて……」
「へぇっ?」
 交換会が始まった時はプレゼントが山ほどあった場所を何度も探している様子ですが、アルスティお手製の兵器(料理)はどこにもないのです。なので何もありません、すっからかん。
「なんで? 足でも生やしてどっか行った? おじさんから逃げちゃった?」
「いや私がいくら料理上手でもそんなマジックはできないわよ?」
 否定の着地点が違っているような気がしますが誰も余計なことは言いません。
 何も言いませんが周囲を確認して探しはします、下手に放置すれば自分に被害が来るかもしれませんからね、自衛は大切。
「あっ!」
 誰かが声を上げました。誰かと思えばルテューアでした。
 トリブーナの上り階段を指しており、皆がその先へを目を向ければ、
「…………」
 旅団の黒猫、はまちがラッピングされた小さな袋を口に咥え、階段を登っていく姿。
「はまち!? なんで!?」
「どこ行くんだはまち!?」
「戻って来なくていいよ〜」
「とても軽い身のこなしであるな! さすが猫!」
「おぉ〜……」
 といった声を背中に受けながらはまちは登り切ると、こちらを一瞥することなくトリブーナから出て行ってしまったのでした。
「…………」
 静寂に包まれるパーティ会場。
 一匹の愛想の悪い猫が起こしたトラブル。楽しいパーティをぶち壊したようなものですから、叱られて当然という状況ですが。
「…………まっ、いっか!」
 清々しいまでの笑顔を浮かべたレグの一言により、はまちの追跡を試みる人物は出ませんでした。言わなくても誰も追いかけませんが。
 ほとんどの人形兵は死が避けられた喜びを噛み締めている笑顔だと受け取っていることでしょう。
 ただし、自分の料理に絶対の自信を持っているアルスティは悲しみを堪えている様子に見えたのか、
「落ち込まなくてもいいわ。また今度ちゃんと作ってあげるから」
 レグの肩を叩いて慰めました。純度百%の善意です。
 普段ならそのまま彼女の手を掴んでセクハラに勤しむところですが、
「ご心配なく」
 淡々と遠慮しておきました。





 その後、クリスマスパーティの夜も更けた頃合いにこっそり戻ってきたはまちに、レグはお礼として魚の魔獣の肉を大量に献上したのでした。
「ありがとうはまち……本当に、マジで……ありがとう……」
「…………」
 涙を流して低姿勢で猫に感謝しまくっている大人を、はまちは冷たい目で眺めるだけ。
「でもあーたんの手料理をどこかに捨てると大変なことになるんだけど、その辺りは大丈夫なのか?」
 人間の言葉を理解しているタイプの猫であるはまち、小さく頷きました。
「そ、そう……それならいいけど……一体どこに……いや、深く考えない方がいいな、うん」
「……にゃあ」(特別意訳:俺の本体がいる世界に送ったってわざわざ伝える必要はねえか……)
 目を逸らし、無愛想な猫としては珍しく小さな鳴き声を出した時、
「うえっ……ぐす、うえぐ……」
 何故か両目から大粒の涙を流しながらアイリスが絵本片手に歩いて来るではありませんか。
 いち早くそれに気付いたレグは慌てて駆け寄ります。
「アイリスちゃんどうしたんだ!? 一体何が……」
「セミ太郎が……セミ太郎があ……」
「セミ太郎って何!?」
 驚愕と同時にアイリスが持っている絵本のタイトルが目に入ります。ファルに貰ったクリスマスプレゼント、「セミ太郎のぼうけん」が。
「…………アイリスちゃん」
「セミ太郎が……カマキリ乃介の後を追って……それで……アタシはやめろって何度も言ったけど、やっぱり……やっぱり……ちょうちょ姫だってああ言ってたのに、セミ太郎は……テントウ蟲連合に……あうう、うええ……」
「言いたいことは色々あるんだけど、あの喧騒の中でここまで絵本に感情移入できちゃうところ、おじさんちょっと尊敬しちゃう」

 「セミ太郎のぼうけん」は老若男女問わず回し読みされ、瞬く間に旅団のベストセラーになったのは言うまでもありません。



2022.1.1
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