ガレ魔女

 ガレリア宮の地下は迷宮で拾った戦利品を保管する倉庫のような場所になっています。
 それらを整理するのは一部の人形兵たちの仕事ですが場所と戦利品の数の都合上、鍵をつけて保管などはできないため、基本的に見える場所に晒される形で安置されています。つまり、勝手に悪戯されてしまうことなど日常茶番時なのです。
 さすがに勝手に売却するという暴挙に出るような人はいません。そんなことをしてしまってしまえば惨たらしい最期が待っていることを皆が知っているからですね、ヒントは守銭奴。



 という場所なのですが、基本的に暇な人形兵が暇な時間を潰すための遊び場と化しているのが現状。
 現に旅団の中でも問題児と称されているカルミアと、まあまあ仲の悪いヨゼがアイテムを漁っておりまして。
「なーなー、ホントに掘り出し物があるのかー?」
「ある。戦利品の中にオタカラ本があったって件をおっさんから聞いたからな、間違いねえ」
「へー」
 心底興味なさそうなヨゼ。カルミアの言う「オタカラ本」が何のことかサッパリな上に興味もなかったので当然のリアクションでした。
 彼の目的の品には興味がないものの、無数にある戦利品を片っ端から調べる作業には面白みを感じているためどこか楽しそうです。
「なんかおもしれーのないかなー?」
 宝探しをする子供のような無邪気な口調と声色で仕分け済みのトレジャーアイテムをひとつずつ手に取り、少し触っては元の場所へ、触っては元の場所へ……を繰り返していると、
「ん? なんだこれ」
 規則正しく並べられたアイテムの中にひとつだけ奇妙な存在感を放っているものを見つけ、警戒心もなくそれを手に取ります。
 持ち上げられたのは短い鎖に繋がれている金属製の輪っかが二つ。それぞれの輪っかには鎖がついており、鎖の反対側が開くようになっていて、何かを通すことができそうです。
「なんだこれ? なんだこれ?」
 興味を惹くモノを見つけた子供のように目を輝かせ、ヨゼは謎の金属物体の至る所を触ったり匂いを嗅いだり小突いてみたり……。
「おい。さっきから何遊んで」
 がしゃん。
「がしゃん?」
 振り向いたカルミアが見たのは右手首に金属製の輪っかのひとつを着け、立ち尽くしているヨゼの姿。
「…………?」
 何が起こったか理解できず首を傾げるばかりでした。よってカルミア、当然爆笑。
「ぶわはははははは! なんで自分で手錠着けてんだよバカじゃねえの!」
「あ? テジョウって何だよ? また俺の知らねー言葉で変なことしようとしてんのかよ?」
「手錠は今お前の手首にぶら下がってるそれだよバーカ」
「あ゛ぁ?!」
 売り言葉があればすぐに臨戦態勢になるのがヨゼの生き様。この場に仲良し友達のルテューアかヨゼが敬愛するオディロンがいれば争いは回避できたかもしれませんが、今は二人共いないため、
「潰す!」
 当たり前のように殴りかかってきました。
「そんなモンが当たるかよ!」
 カルミアは当たる直前に体を逸らして回避。魔獣と戦っている時なら即座に鋭い反撃をするところですが、生憎今は武器がないので殴り返してやろうとして、
 足に重心をかけた途端、ずるりと滑りバランスが崩壊。
「やべっ!」
 とっさに腕を伸ばし、掴んでしまったのはヨゼの腕。
「わっ」
 体勢を立て直すことは叶わず、ヨゼを引っ張るような形で一緒に倒れてしまいました。
「ギャッ!」
「うげっ!」
 がしゃん。
 聞き覚えのある音が響いた時にはすでに手遅れ。
 ヨゼの右手首とカルミアの左手首は手錠によって繋がれてしまいましたとさ。
「げぇぇぇぇええ!! どうすんだよこれどうすんだよこれぇ!!」
「あん? なんかやべーの?」
「テメェは事の重大さを理解しろや! つーかどけよ!!」
「おう」
 淡々と返事をしてさっさと退いて立ち上がろうとしますが、カルミアが倒れたままなので立ち上がれず、
「あ、あれ? あれっ? なんで繋がってんだ?」
 慌てつつ右手を引くと同時に、カルミアの左手が強制的に引っ張られて、
「イテテテテテ!! 引っ張るなバカ!」
「うるせぇ! テメーが離せばいいだろ!」
「そう簡単に離れられるワケねえだろボケ!」
「あ゛?!」
 その後、口論しつつも若干……いえ、かなりの苦労の果てに立ち上がることに成功。ついでに、手錠のことをよく知らないヨゼにカルミアは丁寧に説明してあげました。
「へぇ〜犯罪者を捕まえるためにケーサツが使う道具か〜確かにこれなら逃げたくても逃げられねえな」
「……実物を見たことねえってなら分かるけど、手錠すら知らねえのってマジで信じられねえ……」
「だって俺、人形兵になるまでケーサツってのも知らなかったんだぞ。そりゃあ分かんねえよなー」
「へー」
 想像もできないほど混沌じみた世界から来たのだとしみじみ思いました。思うだけに留めて、ギロリとヨゼを睨むと、
「いいか! アステルゴリラだ! アステルゴリラを探せ! そんでもってこんなもんぶっ壊してもらうんだよ!」
「まおーさまならおーせつしつでミーアたちと茶ぁしばいてるぞ」
「アーシェは素の身体能力がゴリラじゃねえんだよ! クロウの方を持ってくんだよクロウを!」
「なるほどー」
「ホントお前危機感ねえよな……」
 もはや怒る気にもなれず、大きなため息をつきまして、
「ルミィーヨーゼフーおまたせーあーたんとの鍛錬終わったから来たよー」
 平和の象徴のようにのほほんとした様子のルテューアが現れました。旅団では二人しか存在しないアステルゴリラの片割れです。
「でかした!!」
「えっ」
 突然褒められてすぐに照れるほど都合の良い頭の持ち主ではないルテューア、ただただ棒立ちして唖然。
「なあなあルテューア、手錠っつーのぶっ壊してくんね?」
 ヨゼが右腕を上げ、カルミアと繋がっている手錠を指すだけでルテューアには状況が理解できました。
「ああ! 仲良しさん!」
「ちげえよバカ!! 現状、アステルゴリラの片方のお前しか頼れねえんだよ! さっさとこれ引きちぎってくれよ!」
「壊しちゃっていいの?」
「あ?」
 キレるカルミアをものともせず、ルテューアは続けます。
「これって探索している時に拾ってきたアイテムのひとつなんでしょ? ただのアイテムって言ってもそれは旅団の持ち物なんだし、勝手に壊しちゃうのってよくないと思う……」
 ひどく真っ当な意見。旅団は個人ではなく大人数の人形兵で成している組織ということが脳髄の奥まで叩き込まれていますね。
「いや今は緊急を要する案件なんだぞ!? 怒られるとかでビビってる場合じゃねえ!」
「えー? 俺、まおーさまに怒られるのはイヤだ」
「お前……」
 ヨゼまでこの有様。切羽詰まっているのはカルミアだけ、呆れ果ててとうとう言葉を失ってしまいました。
「それじゃあ、これを壊していいかあーたんたちに聞きに行こー!」
「おっしゃー!」
「ああもうどうにでもなりやがれ……」
 ルテューアは両手、ヨゼは繋がれていない左手を振り回しながら進み始めてしまい、カルミアは渋々付いて行くしかできませんでした。離れられないので。





 かくして、三人はアルスティたちが集まっているという応接室まで赴いて、
「ぶわはははははは!」
「ドジ! フツーにドジじゃない! こんなミラクルって本当にあるのね! おもしろっ!」
「やーいやーい」
 いつも通り揃っていたレグ、アルスティ、ニケロに散々笑われました。
「……」
 この気楽な大人たちをどうにかして殴り倒せないかと黙って思案するカルミアですが、ヨゼは全く気にしておらず、
「まおーさま! どうしよう!」
「鍵とかは付いてなかったのか」
「ない!!」
「ならば平和的手段での解決法は皆無に等しい」
 光の速さで見放されました。
「あれ? みーさんは?」
「さっきお茶のおかわり淹れてくるって言って出ちゃったわ。私も手伝うって言ったのに頑なに拒んじゃって……よほどこどわりの淹れ方があるのねえ」
 それはこだわりのためではなく世界の、旅団の、ルテューアのためです。孫のように可愛がっている少年のために彼女はいつもギリギリの攻防戦を繰り広げているのです。
「そう……」
 遠い目をしつつも静かに安堵したルテューアを横目に、カルミアはさっさと本題に入ります。
「打つ手がないってことはねえだろ。この手錠を物理的にぶっ壊せば俺たちは晴れて自由の身だ。一応、壊すなら一言あった方がいってコイツらが聞かねえから話に来ただけだっつーの」
 そう言いつつヨゼを指せば彼は何度も頷いて同意を表現。一応わざと人を指しているのですが、それが失礼に当たるという考えがないのか、不快そうな態度はありませんでした。
 このようなくだらない些細な争いはいちいち注意するだけ無駄ですし、当人たちの問題なのであえて口に出さないのは、そういう暗黙の了解があるからです。
 それらを踏まえ、あえて何も言わなかったアルスティは本題を逸らすことなく答えます。
「私やルテューアの手にかかればその程度のアイテムを壊せないことはないわ。でも、その鎖を引きちぎったとしても手首についた輪っかは残るわよ? それでもいいの?」
「それもぶっ壊せばいいだけの話じゃねえか」
 心底呆れてため息をつくと、
「いやいや? カルミアくん、それを判断するのはちと早いぜ?」
 突然、レグが口を挟んできました。
「は? どういうことだよ」
「この手錠はいつもアイテムの管理をしているあーたんたちが全く把握していなかった正体不明のシロモノだ。つまり、こいつは本当にただの手錠なのかそうでもないのかもわからない。そんな正体不明なモノを勝手に壊しちまって、何が起こるかなんて想像もつかないだろ?」
「なるほど! 何か起こるかもしれないし何も起こらないかもしれないんだね!」
 真っ先に納得して手を叩いたのはカルミアたちではなくルテューアでしたがレグは嬉しそうに「正解!」と一言。更に続けます。
「俺たち人形兵は死んでも簡単に生き返るから自己責任っつーことで未知なるものに触れるのであれば文句はない。けど、自己責任だけで済む問題かそうでないかも判断できない以上、正体不明のモノに迂闊なことはできないってワケだ」
「何もかもを腕力で解決できるって簡単に思わないことね」
 最後に断言したアルスティでしたが「いつも腕力で問題解決しようとしてるお前がそれを言うか……?」とカルミア疑問。ニケロとオディロンも同じ気持ちなのか、どこか遠い目をしています。
 すると、アルスティの後ろにある床が両開きドアのようぱかりと開き、
「アルスティ……探索の件で相談したいことがある……」
 そこからエクスレイナがひょっこり顔を出しました。
 誰もが想像もしない想定外の場所から当たり前のような雰囲気で現れた女にカルミアだけが絶句。ツッコミ放棄。
「あらレイナ、また新しい抜け道を開発したの?」
 すぐさま振り返り当たり前のように対応するアルスティは、すっかり慣れっ子という様子でした。
「ああ……うるさい伯爵もいない上にユリィカは非常に寛大だ。ならばガレリア宮を我々の過ごしやすい場所に改造して当然」
 当たり前のような顔をして違法改築宣言をし、開いた床から這い上がると開いている床を足で閉じました。
「改造するのは構わないけど、見取り図ぐらいは共有して欲しいわね」
「わかった。後でキャルに持って来させよう……」
 と、視界に繋がれた男二人を捉え、
「……特殊プレイか?」
 捻り出した答えを告げれば、
「好きでこうなってるんじゃねえんだよ!!」
 カルミア絶叫。横からヨゼも「そーだそーだ」と野次。
 しかし、冷静沈着を体現した女性であるエクスレイナは動じません。小さく頷いて納得の意を表し、
「それは失礼した。しかし……呪具で遊ぶのは関心しないな……」
 なんてぽつりと溢すと、一同が凍りつきます。
「……どうした?」
 誰ひとりとして喋らなくなってしまった中、ヨゼだけが首を傾げていまして、
「じゅぐって何だ?」
 すぐさま疑問に思ったことを口に出しました。
「呪われた道具……使用したり身に付けたりすると使用者に災厄や不幸を招くとされる不吉な品だ。私たちの間で一番身近なモノだと……特異性奇品がわかりやすい例だな」
「おお! それなら俺でも分かる! つまりこれは奇品なんだな!」
「それは違うと思う。私たちが見てきた奇品のような強い呪いの力は感じられない……それに、もしもそうだったとしたらコーレイトウが貴重品として仕分け、簡単に触れさせないようにするはずだ……」
「んじゃあ違うな! これはフツーにトレジャーアイテムの中にあったから!」
「ああ……強い力は感じないからそこまで強力な呪具ではないのだろう」
「てかお前詳しいじゃん、じゃあ外してくんね? ずーっとコイツと一緒にいるのは俺やだ」
「好き好んで着けているワケではなかったのか……わかった。だが解呪の薬を作るには一晩かかるからそれまで待っていてくれ」
「おいくらだ?」
「私は未成年から依頼料を頂かない主義だから金品は必要ない……が、その呪具をじっくり研究したいから、それを私に提供してくれないか?」
「いいぞ!」
「わかった……明日の朝には解呪すると約束しよう」
 深く頷いた後、足で床をコツリと叩くと床が開くのでさっと入り、丁寧に閉めて退場。
「じゃーなーよろしくー」
 にこやかに手を振るヨゼですが、
「ちょっと待てやぁぁ!!」
「あん?」
 胸ぐらがあれば掴みかかっていそうな勢いと怒声を繰り出すのはもちろんカルミア。しかし怒られる理由が分からないヨゼはきょとん。
「つまりあれか!? オレはお前とひと晩中こうして繋がれてないといけねえってことか!? ええぇ!?」
「そうだな」
「ふっっっっっざけんじゃねえぞバカヤロウ! 何が悲しくてテメーなんかと一晩過ごさなきゃいけねえんだよ!」
「誰がバカだゴラァ!!」
 互いに怒りがど頂点。間に入れないルテューアはオロオロしていますが、周りの大人たちは冷静でした。
「ヨゼくん、馬鹿って言われたことにだけキレてない?」
「本当に分かりやすい思考回路ね」
「単純だよね〜」
「我がシモベよ、暴れるなら外で暴れろ」
「まおーさま! 俺はガレリア宮の外に出たら動けなくなっちまうぞ!」
「わかっておるわそれぐらい」
 オディロン、ため息混じりに額を抑えます。頭痛がひどいと誰もが見てわかる様子。
「シュシュの暴走とヨーゼフの問題行為、どっちの方が頭痛が酷いの〜?」
「……残酷な質問をするな……」
 ニケロの悪意のある質問には答えませんでした。
「る、ルミィ……レイナが手錠を取ってくれるのは明日になっちゃのは仕方ないことなんだし、一晩だけ我慢しようよ……」
 一触即発の間に勇気を持って入り、まずはカルミアに声をかけたルテューア。ここで突っぱねられるのであればヨゼの説得を試みるつもりでしたが、
「……弟分のお前にそこまで言われたらしょうがねえから、我慢してやるけどなあ」
「ホント!? よかった!」
 安心したのも束の間、今度はルテューアの右手首がカルミアの右手にがっしりと掴まれてしまい、
「あれ」
「お前も付き合え!!」
 捉え方と発言を聞いたタイミングによってはとんでもない台詞が木霊しました。
「……………………」
 一旦停止してしまいましたが、驚愕状態からの復活が早い彼はすぐに我に返り、
「えっ、え、ぇ、えええええええええええ!?」
 驚愕の叫び、それはオーバーリアクション。
 驚く彼が不思議だったのか、アルスティは声をかけます。
「カルミアとヨゼの不毛な争いをいい具合に中和できるのはルテューアだけなんだから、一晩だけ付き合ってあげてもいいと思うわよ?」
「わ、わかってるよあーたん……えっと、イヤってワケじゃないんだよ? 急にお誘いされてびっくりしちゃっただけだよ」
 控えめな返事でしたが一応承諾されました。カルミアは小さくガッツポーズ、状況改善とは言えませんがこれ以上の悪化は防げそうです。
 今はまだ眺めるだけのレグはニケロにこっそり、
「嫌いなものからくるメンタル的な負担を減らしたくて好きなものを入れちゃうカルミアくんの気持ち、おじさんわかっちゃうな〜ねえ?」
「知らな〜い。てゆ〜か、ルミィは人に依存しすぎだと思うけどね〜僕」
 返事はやや冷たくてレグの心が若干傷つきましたが、いつものことだと心の中で流すことにしました。
 なお、ヨゼは「ルテューアと一緒ならいっかー」と言わんばかりにワクワクしていましたが、すぐに何かに気がついて、
「ってぇ! お前ばっかりズリィぞ! そうなら俺だって誰か誘ってやるもんねー! まおーさま!」
「貴様らのくだらぬ茶番に付き合うつもりはない」
「そっかあ」
 ラピッドラプター並のスピードで諦めました。
「…………納得が早いな……」
 しつこく迫られるのも鬱陶しいですがあっさり諦められるのもスッキリできず、簡単な感想しか出せないオディロンでした。
「闇の王様とシモベ仲良く乳繰り合えばいいじゃねえか」
「せんわ」
「なんだお前、羨ましいのか? シモベが羨ましいのかあ?」
「ねーよ!」
「我は貴様をシモベにする気は一切ない。我が半身も同様にな」
「おう、逆にありがてえよそれ」





 こうして日が沈み、夜になりました。
 魔法生物である人形兵たちに睡眠は必要ありません。彼らにとって睡眠は人間でいう嗜好品のようなもので、生きる上では不必要な行為です。
 しかし、人間だった頃の習慣はそう簡単に抜けることはなく……更には降霊灯が人間らしい生活をすることを尊重してくれることから、彼らはまるで人間のように食事をし、睡眠を取ることを許されているのです。
 就寝は主に人形兵用の個室で、ベッドで寝ます。
 カルミア、ヨゼ、ルテューアの三人がひとつのベッドで寝るという特殊事態案件により特例が発生し、今日だけ部屋に大きなベッドを置いてもらうことになりました。
 大人たちは非常に協力的でした。散々面白がられましたが。
「「コイツと隣は嫌だからルテューアが真ん中に来い」」
 部屋に入るや否や同じ台詞を同じトーンの同じタイミングで告げられましたが、
「鎖が邪魔だから真ん中に入れないよ……」
 控えめに断られた刹那ものすごい剣幕でジャンケンが始まり、ヨゼが勝利を収めました。
「クッッッッッッッッッッッ」
「“ソ”が出てこないまま貯めてるってことは相当悔しいんだね、ルミィ……」
「やい負け惜しみ」
「うるせぇ!! もう寝る!!」
 やることもない時は寝るに限るので、灯りを調整し部屋を薄暗くしてから就寝です。ベッドにカルミア、ヨゼ、ルテューアの順番で並び、あとは目を閉じて寝るだけという状況で、
「どうしてヨーゼフはルミィとリンゲージしようと思ったの?」
 ふと、ルテューアからそんな質問が飛び出しました。
「嫌がらせだろ」
 即答したのはカルミアですが、
「は? ちげーし」
 否定したのはヨゼでした。嘘には思えないストレートな返答で。
「何が違うんだよ、無理矢理リンゲージした分際で」
「じょーおーさまが言ってたんだよ“リンゲージは良いぞ、これまでにはなかった強い結束力というモノが魂に刻まれることで、もっとヤツに良いところを見せたい! そうだ! 強くなれば良い! という気持ちが芽生え、なんだか強くなった気がするのだ! お前も良い相手がおればリンゲージの関係を結ぶとよいぞ”って。俺はまおーさまとじょーおーさまのシモベとして強くなんなきゃいけねーから、リンゲージした」
「そんなフワフワとした理由で魂と魂の関係を結んでんじゃねえ!!」
 リンゲージにより迷惑している張本人からすればキレて当然、ベッドシーツを殴って最大限の怒りを表現。
「うわわ……」
 ルテューア、突然の怒声にちょっと驚いたものの、聞きたいことができたので最初にそれを尋ねます。
「強くなりたいからリンゲージしたのはわかったけど、ヨーゼフがルミィを選んだ理由ってなに?」
「だってコイツしかいなかったんだもん」
「人を余り物みたいに言うんじゃねえよ! 他にもいるだろうがお前と仲良い奴なんて!」
「そーだけどさあ」
 そう返し、左手を上げて目の前まで持ってくると、
「キキはシモベ仲間だからダチとかそーゆーのじゃねーし、まおーさまはじょーおーさまとリンゲージしてるからダメだし、ルテューアはアルスティとリンゲージしてるから無理じゃん」
 一本ずつ指を折り曲げて説明し、ルテューアだけが頷きます。
「で、どうしよっかなーって悩みながらリングのアイテムを漁ってたらさ、こーてきしゅのリングを見つけたんだ。その時に真っ先に頭の中に浮かんできたのがコイツだったからリンゲージした」
「なるほどー」
「……結局、消去法じゃねえか」
「しょうきょほーってなんだ」
「余り物」
「なんだお前、余り物だったのか! だっはっは!」
 カルミア、奥歯を噛み締めながら「コイツ殺してえ……」と心の中で呟きます。ここでお互い喧嘩に発展しても何のメリットもないので大人しくするしかありませんが。
 言葉はなくとも本人が発している殺気や憎悪の念で何を考えているのかなんとなく分かってしまったルテューア、若干慌てつつ、
「で、でもっ、僕はルミィとヨーゼフがライバルって関係がすっごいお似合いだと思うよ! よく喧嘩してるけど仲良しさんだし」
「どこがだよ!」
 今にも噛みつこうとする形相のカルミアに怯んでしまい、次の言葉が出なくなってしまいましたが、
「確かに、コイツとはどっちがルテューアの兄貴分かっていう話で喧嘩はするけど、別にぶち殺したいほど憎いってワケでもねーし、俺はまおーさまみたいにかーだいな心の持ち主だからどーんと受け入れてやってるぞ!」
 なんて断言。
 いつもならすぐに悪態吐くカルミアですが、引っかかることがあります。
「……寛大?」
「それそれ!」
「いやお前、オレはお前をぶち殺してやってもいいってぐらい嫌いだってわかって言ってんのか……?」
「おう!」
 即答でした。
「喧嘩するのってさ、自分以外の誰かがいないとできねーことじゃん。そりゃあ嫌いなヤツはぶっ飛ばしてやりてーって思うけどさ、それって一人ぼっちだったら絶対にできないことでもあるじゃん」
「当然だろ」
「俺だってガキの頃はそーゆーめんどくせーこととかしたくなかったけど、生き残るためには誰かと喧嘩して勝たねーといけねー。そうしないとまた雑草食って腹を壊すハメになるんだ」
「どんな生活してたんだよ……」
 かつて見た、ホームレスみたいな生活がカルミアの脳裏を過りますが、
「どーゆー生活って……」
 切り出したものの一旦言葉に詰まり、ほんの少しだけ考えた後に続けます。
「何にもしなかったら死ぬ……かな」
「は?」
「生きるためなら何でもしなくちゃいけねーところ。モノを盗んだり誰かと喧嘩したり落ちてるモノ食ったりさ、俺は盗みも喧嘩もあんまり得意じゃなかったから拾い食いばっかしてたけど、そしたら食える草と食えねー草の見分けはつくようになったぞ」
 絶句するカルミアをよそにヨゼは続けます。
「ガキの頃はひとりでいることが当たり前だった。誰かと一緒にいるのってあんまりよくないんだよな、メシとか取られたり変なことに巻き込まれたりするからさ、たまーに顔見知りと話する程度で、ずーっとひとりで生きてた」
「…………」
「でも、死ぬまでひとりじゃなかったぞ。知らないガキに勝手に懐かれてさ、あっち行けって言ってもずーっと着いてくるんだよ。だからそいつを俺の手下にした“俺は何もできねーけどここで生きてくやり方は教えてやるぞ”って言って」
「あ、それが1号くんなんだね」
 ルテューアが口を挟むと、ヨゼの声色は明るくなります。
「そうそう! 手下1号! 名前がないからそう呼んでた! そしたらなんか知らない間に手下増えた」
「……なんで、知らない間に手下が増えてんだよ」
「わかんね。誰か連れてきたんじゃねーの? 俺はそんなに気にしなかったなー」
 呆れてモノも言えず黙ってしまったカルミア。
 恐らく、口と頭は悪くてもそれらに嫌味や悪意の欠片も感じさせない彼の人間性のお陰で、弱い立場に立たされている子供が引き寄せられたのだと考えられます。本人が分からない以上真相は不明ですが。
「手下も増えた、食い物は自分で探してくるのがルールだったからいつも腹減ってたけど、ひとりだった時より楽しかったんだよな」
「へー」
「ま、病気になってみんな死んだけど」
「は?」
「みんな死んで俺だけ取り残されてさ、世界がなくなっちまったのかなって思うぐらいに静かになった。マジのマジでひとりぼっちになっちまったんだって初めて気が付いた。嫌いなヤツと喧嘩するのも好きなヤツと楽しく過ごすのもひとりだったら絶対にできねーことなんだって。ひとりだったら楽しいことも嫌なことも、全部全部なくなっちまうんだって」
「……ひとりになったって気づいて、どうしたんだよ」
「どうもできねーよ。俺も病気になってたから動けなかったんだ」
「…………そうかよ」
「またひとりぼっちになってさ……たぶん、産まれて初めて、ひとりが怖いなって思った。情けねー話だ……何で怖くなったのかわからなくてまおーさまに聞いたらさ、集団で生きることを知ったことで“孤独”を自覚できるようになったから、怖くなったんだって」
「……」
「孤独が怖くなったところでどうにもできねーよな、俺ひとりの力じゃあどうすることもできなくって……そんで、その後に死んだ」
「…………」
「だからこうやってお前と喧嘩できるのって、本当はすっげー幸せなことなんじゃねえのかなーって思ったりするぞ。周りに誰もいなかったら、喧嘩だってできねーもん。喧嘩するほど嫌いな奴と一緒にいる方がひとりぼっちよりもいい」
「……………………」
 カルミアは何も言いません。言えません。
 想像以上に重苦しい話でコメントに困ってしまったからです。
 こういった話題について無神経に煽ったりしたところで、スッキリしないことはやらなくても分かります。
 大切な人たちの死が広がっている光景を、絶望するほど眺めてきたから。
「お前……」
 何か声をかけようとして、
「…………」
 いい感じの言葉が出てこなくて詰まってしまって、
「お前って……」
 意を決して何かを。
 言葉にすることは難しいけど伝えないといけないかもしれない何かを……。
 口に、出そうとして、
「ぐぅ」
「すやすや」
 横を見れば、ヨゼとルテューアがとてもとても穏やかな顔と寝息を立てて眠っていました。
「……………………」
 結局、カルミアは何も言いませんでした。





 翌朝。日が登ってまだ間もない時間。
 三人は目覚めると同時にエクスレイナに会うためガレリア宮のキッチンに向かいました。目的はもちろん解呪。
 早朝にも関わらずエクスレイナは待っていました。彼女ひとりだけでした。
「あれ? キャルはいないの?」
「昨日、アルスティに頼まれたガレリア宮改造計画の設計図を具体的かつ分かりやすいように作図し直してもらっている」
 施工計画の設計図を作成する使用人なんて聞いたことありません。ヨゼとルテューアは感心している様子ですが、カルミアはさっさと本題に入ります。
「で。どうやって解呪してくれるんだよ」
「薬を使用する。これをかけるだけで簡易的な呪いは解除できから、腕を出してくれ」
 心なしか妙にワクワクしている様子で持ってきたのは壺。乳児ほどの大きさはあります。
 ルテューアとヨゼは純真無垢な性格に似合う、目を輝かせながら「その壺の中には何が入っているんだろう?」と言葉がなくてもわかるリアクションですが、
「え……なんだ、その壺……」
 ドン引きして顔を引きつらせるカルミアです。いつも通りのギャップ差。
「この中に一晩寝かせて成熟させた解呪薬が入っている……量は少ないが効能は私が保証しよう」
「おう! わかった!」
「イテッ」
 ヨゼは軽いノリで手錠のかかった腕を差し出せば自然とカルミアも腕を出す形になるので、エクスレイナは持っていた壺を腕の上で斜めに傾けます。
 壺の口に青色の雫が溜まり、やがて重力に負けて落下。ヨゼの手錠の上に着地すると……、
「外れた!」
 がしゃりと音がして手錠が外れ、床の上に落ちました。
「助かったあ!」
 同様にカルミアの手錠も外れ晴れて自由の身に。
「おぉ〜二人ともよかったね!」
 小さく拍手をするルテューアの横でエクスレイナは手錠を拾い回収。丁度いいと言わんばかりに壺の中に入れました。
「……これは報酬として貰っておく。じっくり研究させてもらうぞ」
「二度と誰の目にも留まらないところに永久に保管しておいてくれ」
「呪いの品は頻繁に人前に出す物ではないから大丈夫だ」
 本当に大丈夫かと心配になるカルミアでしたが、これ以上あの手錠に関わりたくないという気持ちが先立つので言葉にはしないでおきました。
「つーかさ、そこそこでっけえ壺なのにクスリがちょっとしか入ってねーんだな」
「材料等を仕込み、定められた術式を使えば様々な変化が起こり……最終的にこの程度の量になる……詳しく説明したいところだが、専門用語が多いから素人が理解することは非常に難しい」
「まおーさまでも?」
「どうだろう……? 彼は魔法の類に詳しいというコトもないが素人という雰囲気でもない、もしかすると触り程度なら理解できるかもしれない」
「まおーさまがちょっとしか分からないなら俺とかぜってームリじゃん」
「……お前の基準は全て彼なのか……?」
「おう!」
 自信満々の返答だったので返答は頷くだけに止めておきました。
「完全に依存体質野郎じゃねえかアイツ……ひとつのモノにだけ縋って生きてくとかすっげー惨め」
「あ? なんか言ったかテメー」
「べつにー」
「あわわわ……」
 いつもの険悪な雰囲気にちょっとだけオロオロするルテューアですが、エクスレイナは、
「………………………………」
 長い沈黙を保ちつつカルミアを凝視するだけ。本当にじーっと眺めているだけ。
 彼女が何を思ったのか誰も知る由もありません。
 そして、ふと思い出したように彼らに切り出します。
「ところで……ひとつ、頼みがある」
「なんだ? まおーさまの闇の力の復活っつー目的に役立つことなら手伝うぞ?」
 鼻を鳴らして得意げなヨゼですが、次の瞬間エクスレイナから衝撃的なセリフ。
「研究の結果、お前たち三人は呪いの力を持つアイテムと良い意味で相性が良いことが判明してな……」
 刹那、目が点になる三人。
「ほえ?」
「んえ?」
「あぁ?」
「命に関わるようなモノは出さないから安心してくれ。丁度、旅団の荷物に紛れ込んでいたこれを調べたいから協力して欲しいんだが……」
 壺を一旦床に起き、どこからか取り出した出したのは首輪が三つ。ペットの犬猫に着けるような、黒い皮素材に銀色の金具がついた、お店にあってもおかしくない普通の首輪。
 ひとつだけ異質な点を挙げるとするならば、それぞれの首輪には鎖が着いており、それは全ての首輪と繋がっていました。
「何がどうなってこのような品が作られたのか検討が付かなくてな……分からないのなら徹底的に調べ上げろが我が家訓……それに則り調べてみることにした。心配しなくても、解呪の薬は作っておいてあるからすぐに外して」
 顔を上げたエクスレイナが見たのは、ルテューアの襟首を掴んで一目散にドアからキッチンの外へ逃げていくカルミアとヨゼの後ろ姿でした。
「…………」
 言葉もなくフラれてしまっても表情を一切変えず、立ち尽くしていたエクスレイナは。
「……普段は仲違いしているというのに危機的状況下に置ける逃走、あるいは防御反応は驚くほど一致しているな……あの二人は」
 そんな独り言をぼやいた後ちょっとだけ肩を落とし、壺をもう一度抱えると練金釜へ向かうのでした。


2021.10.3
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