ガレ魔女

 ガレリア雑貨店にある古びたワードローブの先は魑魅魍魎が巣食う混沌に満ちたダンジョンでした。
 そこを探索するのは魔女が作った人形兵たち。生身の人間はダンジョンに入ることができないため代理として、魔法生物である人形兵たちが探索を請け負っているのです。
 目的はダンジョンにある不可思議な物品を回収すること。魔女曰くそれを売り飛ばしてアパルトマンを買い戻す資金するとかなんとか。
 という事情があり人形兵たちは絶賛探索の真っ最中で、
「うわーすげー! 壁の隙間からどんどん出てくる!」
 壁に入った小さな亀裂から玉ねぎのような魔獣が溢れんばかりの勢いでわらわら出て来てきており、アイリスは子供のようにはしゃぎながら歓喜の声を上げました。
 迷宮「アパルトマン」の探索を初めて現実世界でおよそ一週間近く経ち、こちらの世界での探索慣れした人形兵一行。最初は一匹一匹に苦戦していた玉ねぎのような魔獣にも遅れを取ることはなくなりましたが、今回は数の暴力という戦法を取られています。
「多いな! ざっと見ても十五匹以上はおるぞ!」
 元気よく現状報告してくれたシュザンナ。素早い状況判断力は褒められるべき点ですがあっという間に複数の魔獣に囲まれてしまったため賞賛する余裕はなく。
「探索初めてすぐにこんなに囲まれるなんて聞いてないんですけどぉ!」
「言ってないものね」
 すっかり怯えてしまったベイランはマサーファの後ろに隠れてしまいました。
 非常に情けない様を見てすぐさま怒鳴り散らした人物がひとり、ヴィルソンです。
「おい! 魔獣が多い時はお前のドナムに頼るしかないんだからそんな所に隠れてないでさっさと前に出ろ!」
「あんなにたくさんいたらドナム準備してる間に襲われそうだし……」
 怒鳴られて萎縮しない人はそうはいません。ベイランも例に漏れることなく更にマサーファを盾に身を隠してしまいますが、彼女はそれを咎めることなく、
「大丈夫よ。ベイランが動かざる山のようになったとしても私が破撃砲で蹴散らして山は山のままにさせて安置しておくから」
「遠回しに俺のこといらない子扱いしてない!? やるから! 腕とか食いちぎられる覚悟でやるから見捨てないで! アパルトマンに置き去りにしないで!!」
「誰も置き去りにするとは言って」
 ない。
 最後の二文字が出る直前ヴィルソンの右足に痛みが走り、とっさに下を見ます。
 右足のふくらはぎ部分にかじりついている魔獣。今まさに鋭い牙を更に立てて足を食いちぎろうとしているところでしょうか。
「ゲッ」
 魔獣が牙を立てる前に払い除けなければ待っているのは想像を絶する激痛でしょう。すぐに古塔槍の餌を握り直し、足に夢中になっている無防備な魔獣に一撃、
「そおぃ!」
 与える直前に魔獣を払い除けたのは触杖を振り回すシュザンナの一撃でした。
 予期せぬ一撃により魔獣は吹っ飛ばされ壁にぶつかって床に落ち、透明な液体を撒き散らして玉ねぎのような臭いを放ちながら息絶えました。
「よし! まずは一匹仕留めたぞ!」
 シュザンナはガッツポーズをして、すぐさま半身もといオディロンの方を見ます。まるで褒めてと言うように。
 状況を傍観していたオディロンは頷いて、
「よくやったぞ我が半身、この調子で奴もろとも魔獣を蹴散らすぞ」
「うむ! 任せておくが良い我が半身よ! ここに奴を含めた無数の屍を築こうではないか!」
 大変嬉しそうなシュザンナでした。
 余談ですがオディロンは魔女ノ旅団の現リーダーであり、降霊灯を持ち歩く重大な役割も担っています。なので片手に触杖、もう片方の手に降霊灯もといランタン。
 そして、
「どさくさに紛れて俺をダンジョンの養分にしようとするな闇の兄妹!」
 ヴィルソンの激怒による絶叫が響き渡りました。
 右足から魔獣が離れたのはよかったのですが、触杖で殴られても噛み付く力を緩めなかった魔獣は彼のふくらはぎの肉ごと食いちぎって跳ばされていたのです。
 お陰で見るも無惨な状況、出血多量で床は赤色一色、骨まで喰われたかったことは不幸中の幸いですが、
「何度も言わせるな、我らは兄妹ではなく闇の王と闇の女王であると言っておるだろうが」
「物覚えが悪い男だな。だからエネマルごときに足を食われるのだぞ!」
「トドメを刺したのはお前だろうがゴラァ!!」
 まるで足を食いちぎられたことが悪いかのような発言をするオディロンとシュザンナ。右足が無傷で魔獣に囲まれていなければ即座に殴りに行っているところでした。
「それよりこの状況をどうにかしませんか……?」
 すっかり病人のように顔面蒼白してしまったベイラン。その後ろではマサーファが複数の魔獣相手に悪戦苦闘……。
「るんるん」
 しておらず、鼻歌混じりに破砕砲をぶっ放し鋭く尖った銃弾の雨を浴びせています。一撃ずつではなく一体につき複数。
 弾丸が体を貫通して力なく床に倒れた魔獣、撃ちどころが悪くて貫くと同時に弾けて玉ねぎ汁を撒き散らした魔獣、かすり傷で済んだものの体の半分程が粉々にされ床を這わないとまともに動けない魔獣等々、多種多様な無惨かつ残酷な光景を生み出してくれました。
 そして鳴り響く魔獣たちの悲鳴。
「……マサーファに任せておけば問題なさそうだが」
「あっはい、すみません。ヒートアップする前に止めなきゃって出しゃばりました……」
 オディロンに小さく頭を下げ、今にも泣きそうな気持ちを堪えるベイランはそそくさと申し訳なさそうに後ろに下がりました。
 自己嫌悪に陥った彼の視界に、最初に潰された魔獣の死骸に群がる魔獣の一匹が映り、
「美味いか? ヴィルソンの血肉」
「ぎしゃー♪」
「そっか! よかったな!」
 アイリスがまるで自分のことのように喜びながら魔獣の頭を撫でていました。
「博愛主義が過ぎる!!」
 思わず叫んでしまったベイラン。大声に驚いた魔獣は一目散に逃げてしまいました。
「じゃーなー元気で暮らせよー」
「あの、負傷したヴィルソンの心配は……」
「いやだって思ったより元気そうだぞ?」
 指す先にあるのは、ヴィルソンの負傷していな足を蹴り続けるシュザンナと「もっとやれ」と指示するオディロン。
「てかさ、なんでオディロンとシュザンナってヴィルソンのこと嫌ってんの?」
「さあ……俺もよくわからない。きっかけらしいきっかけがあったって話も聞いたことないし……」
「ほーん。詳しい理由はないけど単純に互いが気に入らないから敵対してるっつーカンジ?」
「たぶん……根本から相性が合わないんじゃないかな」
 ちらりと見ればぎゃあぎゃあと口論している三人が目に入りました。とはいえ二対一ですが。
「……詳しいことは本人たちから聞いたらいいと思う」
「そうだな! 現場で起こってる事件のことは当事者から聞いた方が手取り早くわかるもんな!」
「うん……」
 力なく返したベイラン。他人のプライベートというかデリケートな部分にずんずんと入っていく勢いのアイリスを信じられないような目で見ていました。
「……野次馬根性なのかお節介なのか……」
「ぎしゃー」
「いや、そんな魔獣みたいな返事で笑いを取ろうとしなくても……」
 と、振り向いた先にいたのは本物の魔獣でした。例の玉ねぎのような形状の。
「ほぎゃあ!?」
 珍妙な悲鳴で一同全員がベイランを凝視。そして、壁の亀裂から列を成して出てくる魔獣の群れを見ました。
「おお! 全く同じパータンだな!」
 どこか嬉しそうなシュザンナの横をベイランはマギア系ファセットらしからぬ高速で駆け、今度はオディロンの後ろに隠れます。
「なんかどんどん出てきてるんですけどお!?」
「闇の王たる我を盾にするとはどういうつもりだ貴様」
「ごめん……でもマッドラプターの時より打たれ弱くなっちゃったてるし、一撃でも食らったら致命傷だから……」
 弱々しく返されてもオディロンはベイランを邪魔者として退けようとはしませんが、近くで「お前ヒョロヒョロだもんなー!」と同意してくるアイリスの悪意ない一言が心にぐっさり刺さりました。
「よし貴様、その身を全て捧げて囮となり我らを逃がせ! さすれば闇の女王たる我の寿命を伸ばしたとして墓前で表彰してやろう!」
「当たり前のように生贄戦法で生き残ろうとするな!」
 シュザンナの悪意しかない提案で、オディロンが静かに目を光らせた刹那、

 ぴー。

 ひとたび笛の音が響き渡ると、人形兵たちだけでなく魔獣たちも一斉に音の発生源を見やります。
 皆の視線を一身に受け止めたのはマサーファで、彼女は赤色の笛を口に含み、無表情のままリズミカルに笛を吹きます。

 ぴっぴっぴっぴっ。

「ぎしゃ?」
「ぎー」
「ぎしゃしゃ」
「ぎーしゃぁ」
 一旦顔を見合わせた魔獣たち。笛の音に釣られて足踏みを始めると、マサーファは笛を鳴らしつつ魔獣たちが出て来た穴を指します。

 ぴっぴっぴっぴっ。

 笛の音は続き魔獣たちは音に合わせて歩き、穴に吸い込まれるように入っていくではありませんか。

 ぴっぴっぴっぴっ。

 ちゃんと一列に並んで戻っていく姿のなんと洗礼されたことか。床を埋め尽くすほどいた魔獣はあっという間にいなくなり、アパルトマンに静寂が戻りました。
「すげー! あっという間に魔獣が帰宅していった!」
「その無駄に洗礼された動きはなんだ……」
 目を輝かせるアイリスとは打って代わり、ヴィルソンは心の底から引いています。この読めない猫型人形兵の動向と能力と性格に。
「血も流さずに魔獣を撃退? したのはお見事だけど、そのスキル一体どこで仕入れてきたんだ……?」
 小さく拍手しつつもベイランが首を傾げていると、マサーファは笛を吹きつつも彼の元へずんずんと近づきます。
「へっ」

 ぴっぴっぴっぴっ。

 彼の正面から頭部を掴むと、有無を言わさず壁の亀裂に無理矢理押し込もうとするではありませんか。

 ぴっぴっぴっぴっ。

 ご丁寧に笛の音に合わせてごんごんと頭を壁に打ち付けて。
「痛い痛い痛い痛い痛い! なんで! どうして!? 俺なにかした!?」
 手加減してもらっているので死にませんが痛いものは痛い。口の端から鉄の味がしたのでどこからか血が出ていることは明らかですね。
「この中にベイランの頭だけ入ったらとても面白いような気がして」
「純粋な面白みだけを求めて人の頭部を犠牲にしないでください! 下手したら死ぬから! やめて!」
 悲痛な叫びを聞き届けた後、マサーファは手を離してベイランを解放しました。
「あと、すぐさま人を盾にする様子が情けなくて虚しかったから」
「すみませんでした……軟弱ですみませんでした……」
「わかればよろしい」
「随分と簡単に解放するな」
 一悶着もなくベイランが自由の身になったことに驚いたのか、オディロンが声をかければマサーファは毅然と返します。
「私は話の分かるタイプだから“やめて”と言われればすぐに手を止めるわ。強制はしたくないもの」
 「なるほど〜」と一同が納得している中でヴィルソンだけが非常に納得がいかない表情でマサーファを凝視しています。絶対に言葉にしないのは対応が面倒くさいからかか理念を理解したくもないからか。
 被害者のベイラン、額から口にかけて流れる血を袖で吹きつつ、
「ずっと前に言ってたね、君が俺をイジメるのは俺に自信をつけて欲しいからとかなんとか……」
「そうね。いつかアナタにちょっかいをかける私に毅然とした態度で応じてくれるその日を待っているわ」
「そんな日は一生来ないと思いますが……」
 下を向きつつ小声で返せばマサーファはベイランの左手の薬指を掴み、
「私に反抗する日が来ないなら来ないでいいわよ。でも、そうなるとアナタは一生私にいじめられるってことをゆめゆめ忘れないようにしなさい」
 いつもと同じトーンで喋りつつ指を本来曲がる方向とは逆方向に逸らせます。一気にではなくゆっくりと。
「痛い痛い! 痛い痛い痛い!! 一気に折らずにじわじわ来るほうが精神攻撃においてに一番効果的だって分かっての暴行はやめて! 楽しまないで!!」
「そうね」
 そして解放され、ベイランはその場に崩れ落ちました。
「こんな短時間に何度も責められるの久しぶり……」
「実は一生このままでもいいとか思ってね?」
「思ってない……」
 アイリスの無邪気で残酷な質問を力なく返し、それ以降は喋らなくなりました。
「しかし、執拗にいじめまくっていて愛想をつかれたりしないのか? 我は以前から貴様らの関係が不思議だ」
 本心から不思議がっているシュザンナ。彼女の視線の先ではしゃがみつつベイランの頭を撫でているアイリスの姿が映っていました。
「私とベイランのそれはお互いに理解があるし、誰が見ても私からの愛情だって分かるように接しているわ。飴と鞭がしっかりしているとも言うわね」
「言われてみればそうであるな!」
「心の内に愛情があったとしても、それが誰にも伝わらなければただの暴力と変わりないわ。愛情というモノは形はどうであれ相手に伝わって初めて愛情と呼べるものよ。私は絶対にそこを履き違えたりしないわ」
 淡々と語るマサーファの後ろで闇の王コンビがすごく頷いていて、ヴィルソンは無言のまま引きました。
「貴様のその心構えは素晴らしいな。闇の王のシモベに恥じぬ行為だ。賞賛に値するぞ」
「やはり貴様を我らのシモベに選んで正解であったな!」
「シモベじゃないわよ」
 即座に否定。しかし、シモベ扱いに迷惑しているのか実は嬉しいのか何とも思っていないのか、言葉や表情だけでは全くわかりません。仏頂面が板に付いているせいです。
 なので闇の王コンビの女王の方、つまりはシュザンナ、元々遠慮しない性格なのですが更に遠慮しません。
「つまり貴様は誰かを調教するのが好きということだな!」
 本当に遠慮しませんでした。
「調教が好きと言われると案外そうかもしれないわね」
「あ、そこ、肯定的に入るんだ」
 意外だと反応したのはアイリスです。ベイランへの慰めはもう終わった様子。
「ええ。私は弱い人をいじめて自分を優位な立場にいると見立て、自己顕示力を満たすことに興味もないしそういう趣味もないわ。ただ、相手のために正しいことを覚えて欲しい、もっともっと立派な人間になって欲しいと願って厳しく接しているつもりよ」
「子供の躾か」
「そうとも言うわね」
「俺への当たりの強さって子供の躾と同等の価値しかないの!?」
 ベイラン復活と同時に絶叫。直後、頭部スレスレを破砕砲の弾が飛び、壁に刺さりました。
「ヒッ」
 情けない短い悲鳴。
「子供の躾はとてもとても大切なことよ。怠ってしまえば子供の将来はほの暗い絶望の道になってしまうこともある。そこを舐めてかかると将来痛い目を見るわよ」
「す、スミマセンデシタ……」
「反省してすぐ次に活かしてくれるなら私はこれ以上何もしないわ。アナタは兄様よりも物分かりがいいし」
「にいさま?」
 キョトンと首を傾げて最初に反応したのはアイリスだけでした。
 するとマサーファ、即座に振り向いて説明してくれます。
「私、肉親は兄様しかいなかったの。兄様はある街の領主をしていて常に街のために何かできないか一生懸命考えていた真面目で優しくて、変なところで不器用な人だったわ」
「へー。ってことはお前は領主の妹と」
「私と兄様は腹違いの兄妹で、私は兄様に仕える侍女として働いていたから血の繋がった家族ってことは伏せられていたわ。後は察して」
「複雑な家庭事情ってのはなんとなーく想像ついたわ」
 誰にも触れられてほしくない腹はあるものでそれがわかればアイリスでも言及はしません。分からなかったらどんどん迫り立てるのが彼女の生き様ではありますが。
「兄様は街の領主で貴族だから他の貴族と接する機会も多くあるし会食とかもよくあった。だから私は兄様にテーブルマナーや貴族としての立ち振る舞い、女性へのエスコートの仕方を徹底的に教育したわ」
「それ、もしかしてベイランにやってるのと似たようなやり方でやったのか?」
「兄様は賢かったけど、同時に変に不器用だったから苦労したわ」
 あの容赦も配慮も遠慮もなく、いじめのような調教を実の兄であり目上の立場である領主にやったらしいこの女。ベイランもそこは初耳だったらしく顔を青くして震え始めました。
「その分、ベイランはとてもやりやすいわ。まだまだ調教する……じゃなくて教えることはたくさんあるけど、その度に新鮮なリアクションをしてくれるし嫌なことはハッキリ“イヤ”って言ってくれるから加減もしやすくて助かってるもの」
「ハッキリ“調教”って言った上で訂正しても手遅れだと思うぞ、アタシ」
「さすがフェイバリットにハッキリいじめって書いただけのことはあるな……」
 ぽそりとつぶやいたヴィルソン。誰にも聞こえないだろうと思っていましたが、シュザンナの耳には届いていました。
「うむ。そういえばそうであったな! 貴様のフェイバリットを見た小娘が“これでもか!”というほど引いておったな!」
「確か“ベイランいじめ”だったか……よくもまあ、公開されるプロフィールに堂々と“いじめ”と書けるものだな」
 オディロン、呆れてため息。
 人形兵にはそれぞれフェイバリット……つまりは好きなモノがあり、それは契約者の魔女や降霊灯だけでなく同類の人形兵たちも気軽に覗くことができる一種の公開プロフィールのようなものです。
 設定できるのは人形兵本人。一般公開されることは伝えられているので望めばフェイバリットを未記入にすることも可能です。その場合は「特になし」と表記されます。
 この形式を作ったのは降霊灯のようですがどういった目的があって設立されたのかは謎。だって降霊灯は喋ることができない朴念仁、詳細を語る手段はないのですから。
 余談ですがシュザンナやオディロンが言う「小娘」とは人形兵たちを現世に顕現させた魔女ナチルのこと。契約者でもある魔女を小娘呼ばわりはどうかと思われるかもしれませんが、闇の王基準でナチルは格下だと判断されたために小娘呼ばわりされた模様。年齢もひとまわり近く離れていますし。
「ん? 好きなモノを書けと言われたから正直に答えただけよ? どこか問題かしら」
 きょとんと首を傾げるマサーファ。本当に問題視していないご様子。
「お前らの場合は合意ありの公開プレイみたいなもんだから、別の問題はねえけど」
「プレイって言わないでくれません!?」
 被害者の悲痛な叫びは無視されました。
「マサーファ! 質問がある!」
「はい、シュザンナ早かった」
「つまり意図して傷付ける上で確かな愛情を示さなければ、それはただの暴力もとい嫌がらせと受け取っても良いということか!?」
 刹那、ベイランとアイリスの視線がヴィルソンに注がれ、彼の顔が引きつりました。
「その通りね。愛のない暴力をする場合、最終的に相手にどうなって欲しいか、そして自分の身を守るための最適解は何かをしっかり考えて計画を練っていくことが重要よ」
 話を聞きつつ目を輝かせるシュザンナ。目前で道徳とは正反対の教育が始まってしまっていますね、いつもであればオディロンが手段を問わずに止めに入ります。
 なのでまず、降霊灯をアイリスに預けると、
「単純に嫌悪しているから攻撃しているだけだが、やはり一から計画を練る必要があるということか」
 意外とノリ気らしくしれっと参加。こうしてヴィルソンの眉間にシワが追加されました。
「ええ。痛い目を見せるだけなら石を投げてぶつける程度で十分。存在を抹消したいなら隙を見て崖から突き落とす方法とか腹をナイフで刺すとか色々ある。でも、それらは法に触れてしまうリスクの高い行為、だから直接手を下さずに遠回しに精神攻撃を仕掛けて疲弊させ、自然な形で目の前から消さなければならないわ」
「ふむ」
「うむ!」
「そうしなければ自分の社会的立場を維持することができなくなってしまうもの。そして、それらは突拍子もない思いつきの行動よりも念密に計画を練って実行したほうが成功率が跳ね上がるわ。相手と自分の立場や状況を最終的にどのような形に収めるか、成功のビジョンをハッキリさせておいた上で適切な行程を段階に分けて計画、実行するようにしなさい」
「つまり、背中を蹴るだけでは全く効果がないから人気のない場所に誘い出して抹殺し、なおかつ自分のアリバイが立証できるような計画を立てなければ自滅すると言うことか!」
「そういうことね。さすが闇の女王、物分かりがいいわ」
「うむ!!」
 唐突に始まってしまった講座を真顔でメモする闇の王と女王。勉強熱心というか排除のためなら手段は問わないというか。
「……マジで何があったんだろうな、マサーファって」
「俺たちみたいな平凡人には想像もできない壮絶かつ薄暗い人生……でも、悪い子じゃないだよ、本当に……」
 遠い目をするアイリスにベイランは弱々しくフォローするしかできませんでした。
「おいコウレイトウ……アイツら殺していいか、ここで決着付けていいか……」
 殺意という殺意を限界まで濃縮させて絞り出した提案するも、降霊灯は無慈悲に否認。
「なんでだよ!」
 降霊灯ではなくアイリスに食って掛かる勢いですが彼女は動じません。ベイランが蒼白して怯んでいますが無視。
「仲良くしろとは言わねえけど互いに消すのはご法度だろ? 気に食わねえのは仕方ねえと思うぞ? 人間相性が悪い相手は徹底的に合わねえ場合もあるし……でも、触れちゃいけない領域に接触するのはアウトだって」
「それはそうかもしれないけどな!」
「そういうのをぐっと堪えて、お互いにぎりぎり不快にならないような距離で上手くやっていくことが大人のやり方じゃねえの?」
 ど正論でした。迷宮では自由気ままに動き回り、魔獣を捕まえようとして指ごと喰われるという無様な姿を晒したこともある、自由で寛容的な人物から発せられた常識的な答え。
「……」
 ヴィルソン、返す言葉もなく苦虫を噛み潰したような顔で黙りました。
「それにさ、マジで消そうと思ってるなら手段なんていくらでもあるだろ? 落とし穴に突き落としたりわざと迷宮に置いて帰ったり、向こうに戻ってガレリア雑貨店から叩き出したりキッチンの火にくべたり」
「……お前、一番エグい発想してないか」
「そうかあ? 誰でも思いつくと思うけどなー?」
 なあ? と降霊灯に同意を求めるように問いかけましたが答えは返ってきませんでした。
「存在をまるっと抹消するようなことをされずにゴアされるぐらいなんだから、殺したいほど憎まれてないってことだって! そこは良かったってことじゃん! 嫌われているけど殺されるほどじゃないって事実はしっかり噛み締めていこうぜ!」
 なんというポジティブシンキング。笑いながらヴィルソンの背中をバシバシと叩いて慰めるのでした。
 その光景を見ているだけのベイラン「まだ探索に出られる人数が不足しているから存在を抹消する手段に出てないと思う」と、発言することは躊躇われました。





 降霊灯は現状に危機感を抱いています。
 今、この旅団は絶妙なバランスの上で成り立っている。
 旅団を率いて探索するのは面倒だからオディロンに任せているけど、そこをサボっている分バランスを崩さないように努めるべきだし、一番疎かにしてはならない重大な仕事がバランス調整だと断言できる。
 バランスが崩れて旅団の運用が破綻してしまえば魔女の目的が果たせない。
 それはまあ……とてもとても困るので。



「さーてさて、素体と魂の小瓶が手に入ったし人員補充しようかなーっと」
 アパルトマンの探索が終わり、ここはナチルの部屋。
 迷宮からの収穫品には彼女が望んだ奇品の他に、魂の小瓶がありました。
 魂の小瓶と人形素体を組み合わせることで人形兵を作ることができ、それらはナチルのような魔女でないと行うことができません。これだけは、独特なノリだけど一方で頼もしさも感じる人形兵たちに任せられないのです。
「んじゃ、今日も作業の手伝いを頼むよコウレイトウ」
 ナチルの頭上には降霊灯。ランタンに入っていない魂だけの状態でちょこんと乗っかっています。
 降霊灯の魂を憑依させてから二人で人形兵を作ることにしているのは、自分ひとりで作るよりも質の良い人形が出来上がるから。
 質が良すぎて活きが良く、迷宮に入ってなくても人形サイズで勝手に動き回ったりしてしまう異常事態が起こっていますが奇品回収の効率は上がったので目を瞑ることにしました。ちなみに今は全員雑貨店に置いてきています。
 椅子に腰掛け人形作業台に小瓶と人形素体二つずつを置いて、
「そういや、ひとり足がヤバいことになっていたけど本当に修理は後回しでよかったの?」
 ――是認。
「ふーん……まあ、コウレイトウがいいって言うならいいけどね。さーて。次の人形兵はどうしよっかな……怪我ばっかりしてちゃ探索に支障が出そうだし、もうひとりぐらいピアチャリオットを増やして」
 ――否認。
「うえっ!? なに? 急にどうしたの?」
 ――否認。
「え、ピアチャリオットが嫌ってこと? なんで? 盾役が二人ぐらいいた方が安定するんじゃないの……?」
 ――否認、否認、否認。
「わかったわかった! そこまで嫌って言うなら作らないから! 何があったのかは分からないけど、コウレイトウなりに考えがあるってことでしょ?」
 ――是認。
「そっか……うーん、じゃあどうしよう、攻撃役を増やしてみよっかな? ワタシはシノブシとかプリマクピードーとかラピッドラプターがオススメなんだけど」
 ――是認。
「おっ? ノリ気じゃんコウレイトウ。それじゃあこの中から作ってみよっか。また人形サイズで勝手に動き回るヤツができるんだろうけど……ま、いっか」
 ――沈黙。


2021.8.16
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