樹海で犯罪者と遭遇した際の対処法
いつもの朝、いつもの宿、いつもの作戦会議場所……もとい宿のロビー。そこにはソファーとミニテーブルが置かれているちょっとしたスペースがありました。
集まっているのはメンバーが全員女性という一風変わった冒険者、名前はキャンバス。
彼女たちはレムリアの秘宝の捜索にはあまり興味がなく、樹海で冒険がしたいから冒険者をしているという目的で集まっています。一部を除きますが。
マギニアに冒険者として認められた以上は秘宝探しに貢献すべきではありますが、このギルドには燃費が恐ろしく悪い女がひとりいるため、悠長にお宝探しをしている余裕がない現状。しっかりお金を稼がなければ明日から路頭に迷ってもおかしくないぐらいギリギリの生活を強いられているのです。
苦行を重ねているのはギルドマスターのコキだけですがさておき、
「迷宮で行方不明者?」
当たり前のことを当たり前のように疑問にしてぼやいたスオウの前には、神妙な面持ちで立つコキがいます。
「ただの行方不明じゃないわ。ここのところ毎日、同じ迷宮の同じ場所を通った冒険者がこぞって姿を消している。それも女性ばかり」
「何ですって!?」
たまらず声を荒げたクレナイをカヤが無言で制止し、
「もぐもぐ」
ソファーに座りおにぎりを頬張っているワカバは何ひとつ聞いちゃいませんでした。
「手かがりも少なくて魔物の犯行なのか人間の手による悪事かの判断もできないし、司令部もちょっとゴタゴタしてて動き辛いみたいで、こうしてクエストにして協力してくれる冒険者を募っているとのことよ」
コキがひらひらと動かしているのはクエスト用紙。酒場の掲示板に貼られている紙のことで、仕事の内容と報酬と依頼者の詳細が記載されています。右下には「受領」と書かれたハンコが。
「魔物のせいにしろ人のせいにしろ、原因になっているヤツを殺すか捕まえるかして街に持って帰ればいいってことでしょ? そこまで難しくもないと思うけど」
「油断は禁物ですよスオウさん。相手の正体が分からない以上、慎重に行動しないとこちらの身が危なくなるかもしれません」
と、スオウとカヤは彼女なりに真面目に問題に向き合ってくれていますが、
「つまりこの世に蔓延る汚らわしい男共をひとり残らず血祭りに上げて数を減らし、少しずつ世界を女性しかいない正常な状態に戻していけば良い……ということですわね。わかりましたわ」
「おなかがすいたら、いくさはできない」
クレナイとワカバのなんとマイペースなことか、呆れてしまったコキは深くため息をつきました。
「喋る度に少しずつ話が脱線していく現象の名称を知りたいわね非常に。てか、まだ事の首謀者が男だと決まったワケじゃないんだから殺意は抑えておきなさい」
「そんなっ! 私……実は一日に男を一匹仕留めないと死んでしまう不治の病にかかっている身で! 誰でもいいから殺しておかないと明日の朝日が拝めず……」
「今までなかったでしょうがそんな設定! 思い出したように付け足すな!」
ぴしゃりと叱れれてしまったことで、クレナイは不貞腐れて黙ってしまいました。
「コキ、おなかすいた」
「さっき朝ごはん食べたでしょ。それでおしまい」
「ごはん」
つい一分前までおにぎりを頬張っていたというのにお腹を空かせた子供のようにすがり寄ってくるワカバ、コキはここで下手に甘やかしたりしません。
「魔物を一匹倒したら一匹につき携帯食料一個食べて良し」
「まものたいじ、がんばる」
途端に目を爛々と輝かせ期待と希望とやる気に満ち溢れる戦士に早変わり。早速コキの服を引っ張って「はやくはやく」とせがむ始末。
「はいはい慌てないの。魔物もご飯も逃げたりしないんだから、急かしてもいい事なんてないのよ」
「ねえコキ、深夜の路地でひとりで彷徨いている住所不定無職の男ならひとりぐらい始末しても罪にはならないと以前から考えているので試しに殺ってみても……」
「だから殺るなって言ってるでしょうが! これ以上厄介ごとを増やさない! 増やそうとしない!」
「かい、おいしい」
「今は貝の話してないの!」
「厄介ごと!? もしやそれは酒場でよく見かけて調子の良い上に笑い声が非常に苛つくからそろそろ喉仏を抉り出そうと計画している例の男……」
「目の前で酒場の店主の抹殺法を世間話みたいに言ってる女のことよ!!」
「まっちゃ、おいしい」
「抹茶じゃなくて抹殺!」
物騒な会話と食べ物の会話を交互にしつつ、ワカバとクレナイに引っ張られながら出ていくコキの姿は傍目から見てもシュールでした。
喧騒が過ぎ去った後のロビーは異常なほど静かです。カウンターにいる宿の店主がホッとしたように息を吐く音すらハッキリ聞こえるほど。
取り残されたままのスオウとワカバは遠くを眺めながら、
「なんかアイツ、幼児二人を抱えてる肝っ玉母ちゃんみたいになってきたわね」
「……故郷の母が懐かしくなったので今日の探索が終わったら手紙を書こうと思います」
「そうしなさい。生きてるって報告するだけでも大事よ、ええ」
レムリアに点在する遺跡のひとつ。またの名を第十二迷宮。
魔物が跋扈する危険地帯のはずですが、今は異様なまでに魔物の気配が少なく、風は止み、鳥のさえずりも無く、虫の声も聞こえません。
とある部屋の中央で、キャンバスの冒険者たちは倒れていました。
ぴくりとも動く気配がなく屍のように見えますが、微かな呼吸の音がするため眠っているとわかります。
現状は魔物一匹もいませんがここは樹海のど真ん中「何が起こってもおかしくない」と称されている場に見張りも立てず無防備に寝るなどあってはならないこと。
なのに彼女たちは眠っています。襲われても仕方ないほどに。
不気味なほど静寂な樹海に彼女たちが倒れている理由が現れました。
「……うまくいったな」
木の陰に隠れ、息を潜めていたのは軽鎧を来て腰に短い剣を下げた冒険者風の男。
彼が現れると同時に、木の上から降りて綺麗に着地した男がひとり、部屋の扉を開けて堂々と入ってきた男がひとり、カモフラージュのために被っていた迷彩柄の布を取って姿を現した男ひとりと出てきて、部屋の広い場所にぞろぞろと集まっていきます。
最後に、茂みの裏で頭部や顔に赤い液体をベッタリと付けて倒れていた屍がむくりと起き上がりました。
「よーし今回もバレなかった。やったぜ」
「あのさー絵の具を使って死体のフリするのって、どう見ても潜伏には不向きだと思うけどー?」
「意外とカモフラできてるぞ? 樹海で死体を埋葬する冒険者なんてほとんどいないから無視されるし、見つかったら見つかったで死体のフリして樹海で倒れることに性的興奮を覚えるって言ったらみんな引き気味に逃げていくし」
「うっわ…………帰ったらお前だけギルドから除外するわ……」
「いや嘘だから! カモフラを誤魔化すためのジョークだから本気にしないでくんない?!」
悲痛な叫びは無視されました。
「冒険者っていうのも馬鹿だよなあ〜睡眠ガスが充満したこんな部屋を調べるなんて」
「何もないが無駄に広い部屋を調べるのは冒険者の習性だからな。部屋に入ったタイミングでガスを流し“何もない部屋だが調べたら何かがあるかもしれない”というありもしない根拠を並べて無駄行動をしている内にガスが体に浸透して、気が付いた時には夢の中って寸法よ」
「冒険者の悲しい習性を逆手にとった罠だよねーお陰で商品が楽に手に入って大助かりだよー」
「女冒険者の相場は結構するからなあ」
「今月の売り上げも先月を大きく上回りそうだ」
「いや〜笑いが止まらないっすね!」
ゲラゲラと下品な笑いを上げる男たち。それぞれの腰のベルトには獣避けの鈴を付けており、万が一の急襲も避けれるように徹底してあります。
「眠らせて〜女は拉致って男は身包み剥がして放置! 装備がひとつもない男は魔物に殺されて死ぬ! 持ち帰った女共はアジトで仕込んで出荷する! 難しいこと考えないで済むから楽だよな〜この仕事〜」
むくり、起き上がりました。
「しかしそろそろ潮時だな。司令部が重い腰を上げつつあるらしい」
ぱたぱた、服についた土埃を払います。
「うげっ。じゃあ別の樹海に行って土壌作っとく?」
きょろきょろ、周囲を見て状況を確認して、
「いや、一度身を隠してほとぼりが冷めてから……」
ぐさ。
軽鎧を着た男の左肩を刀が貫通しました。すぐに引き抜かれて血が飛び散りました。
「―――――――――――!!」
声にならない悲鳴をあげて倒れる男。
「うおおぉっ!?」
「えっ、な、なんだ!?」
「どうしたどうしたどうした!?」
「さ、刺さってた! 刀が刺さって……えっ?」
「まずは一匹」
他の四人は信じられないといった様子で、一斉に顔を上げました。
男の肩を台無しにした直後とは思えない冷酷かつ冷静にぼやいたのは、赤い髪に桃色の花飾りを着けた女。名前はクレナイです。
「はっ!? お、お前っ?! な、な、なんでぇ!? 眠ってたんじゃなかったのか!?」
「何故、私が男が作った下劣な罠にかからないといけないのかしら?」
「質問を質問で返すなあ!? あれは耐性がなければ半日以上はぐっすり……」
刹那、刀の鞘が弾丸のような速度で飛び、叫んでいた男の右目にヒット。反射的に目を閉じていなければ失明していたことでしょう。
「イぎャあ!?」
悲鳴を上げてひっくり返ってしまった姿のなんと情けないことか。
「女の子が用意した罠なら誠心誠意でこの身を委ねていたというのに……蓋を開ければただの下劣でゴミで糞で呼吸するだけで罪でもはや存在が罪を重ね続けるだけの男だったなんて……」
「なーにワケのわからんこと言ってんだクソアマ!」
ひとりの男が殴りかかろうと拳を振り上げて迫っていきます。ちなみに部屋の扉を開けて入ってきた男です。
クレナイは避ける素振りすら見せず、男の拳が届く直前に刀の背で横顔をぶん殴りました。
「ごへ」
間抜けな悲鳴と頭蓋骨が砕ける気味の悪い音が同時に生まれてから、男は左に吹っ飛び、倒れて動かなくなりました。
「ひぇ……」
あっという間に三人もやられてしまい、残ってしまった二人は身震いするしかできません。
逃げなければ殺られる、でも逃げたら仲間が捕まるか殺される。
絶体絶命の窮地に追いやられた際に人間は保身を守るために行動するものですが、彼らは結束力があるのか怯えて動けないだけか、足がぴくりとも動きません。
「本当は三枚に下ろしても良い……というかそうしたいところですけど、樹海で遭遇した悪人は殺さず生かして連れて帰らないと報酬が減るから絶対に殺すなとコキに釘を刺されていますの……」
非常に残念そうに、今日は良いことが何も無かった時のような暗い表情で語るクレナイ。
死なずに済むと確信した男二人はホッと安堵の息を吐き、
「殺さないで生かすのは仲間の情報を吐かせたり犯罪の裏を取るためらしいので、最悪喋る口と考える脳とそれを動かす心臓が無事であれば、他は何をしても問題ありませんわよね?」
ものの十秒も経たずに再び地獄、一直線に突き落とされました。
「い、いやだ……いやだやめて……せめて五体満足で帰して……」
「は? 男の命令を聞く理由が私にあると思っていますの? どれだけ蛆が湧いた頭してますの」
「せめてそこはお花畑の頭と表現してほしいです!」
「馬鹿野郎! 今は表現の話をしてる場合じゃねえんだよ死体ごっこフェチ野郎!」
「フェチじゃないもんただのカモフラだもん!」
口論している最中、クレナイはもう一本の刀を鞘からゆっくり引き抜いて一刀流から二刀流に切り替えます。防御を完全に捨て、攻撃に特化したショーグンの基本スタイルです。
「くそっ……!」
死体ごっこフェチ野郎じゃない方の男が舌打ち混じりにズボンのポケットに手を入れると、素早く何かを取り出しクレナイに向けて投げました。
「っ!?」
不意の投擲に少しだけ驚いたものの、寸前で刀を振るい飛んできたモノを横に真っ二つ。
飛んできたのは小さな袋で、空中で二つに炸裂したそれは桃色の粉を散らし、クレナイの顔や上半身にかかりました。
「わぷっ!? な、なんですのこれは……」
「かかったなあ女ぁ! この粉は一度嗅いだら最後、肉欲に溺れ快楽にしか興味関心を抱かなくなって死ぬまで男を求めてしまう、すごーく簡単に言うと非合法のヤベェ薬だ!」
下品に笑いつつも丁寧に説明してくれました。優しいところもあるようですね。
すると、死体ごっこフェチの男が彼の服の裾を引っ張り、
「いいの? いつも拉致った後にすぐ使って逃走意欲を無くす手筈だったのに」
「緊急事態だ。多少のイレギュラーな対応は仕方ないだろう。不測の事態が起こってもマニュアル通りを貫いているようじゃあ社会人やっていけなくなるぞ。アドリブが大事なんだよアドリブが」
「はあ……?」
あまり納得がいかないのかため息ににた声を吐き出した後、クレナイの方へ目を向けると、
「……」
黙ったまま服や顔ついた粉を払っていました。
「……あ、あれ? どうして即効性のある薬を嗅いだのに平然としているの……?」
「私がこんな幼稚な策にかかると思いまして? 一度死んでイカダモに生まれ変わってすぐ死んでまた死になさい」
「微生物への転生を勧められたの生まれて始めてなんですけど!?」
「ヤダー! もうダメだー!! 殺されるぅ!! いやだー!!」
真っ青になる男たち。様子からしてあの粉が最後の切り札だったのでしょう、互いに抱き合って震えは更に加速、揺れすぎて残像が見えるレベル。
「さて……これからどうするかは少しずつ斬り落としながら考えますわ。私はできるショーグンなので作業しつつ最適な過程を導き出すことができますから」
「斬り落とすって何を!?」
「指詰めるのだけはやめて!」
「知らん」
クレナイが二本の刀を構えます。その刃が届いた時が、自分たちの命が終わる時。
いえ、殺すなと釘を刺されているようなので死ぬことはないでしょう。しかし、この女は人間を楽に殺す方法も苦しめて殺す方法も、苦しめて生かす方法も熟知していると、今までの言動でわかってしまいました。
「「ヒッ――――――」」
男の恐怖が頂点に達し甲高い悲鳴が溢れる寸前。
ぷすり、ぷすり。
二人のうなじに細い針のようなモノが刺さった途端、一秒と待たずにそれぞれ左右に離れて倒れてしまいました。
「あっ……」
「ショック受けた顔しないの」
ぴしゃりと叱る低めの声は木の上から発せられ、その主は音もなく降りてきました。
「あらコキご機嫌よう。いつからそこにいましたの?」
「アンタたちが次々と倒れてすぐよ。糸を使って脱出する時間もなかったし、事件解決の手がかりが掴めるかもってとっさに隠れて正解だったわ」
囮みたいに扱ったのは申し訳なく思っているけど……と付け足しましたが、クレナイは小さく首を振り、
「それぐらい気にしなくても良いですわ。男どもの攻撃は一切効かない私には何の問題も発生しない話ですもの」
「木の上から見てて思ったけど、どういう体質してるのよアナタ」
「男を殺すことに特化した体質ですわ!」
堂々と、まるでテストで高得点を取ったから褒めて欲しくて親に見せる子供のように答えました。コキは無言でした。
「それはそれとして、コキはどうして睡眠ガスを吸って無事でしたの?」
「地元にいた頃にそういう鍛錬をしていたってだけよ。分身は得意だったけど毒に耐える鍛錬は苦手だったからかなり苦労したけど……」
言葉を止め、周囲で呻き声を上げつつ倒れる男たちを一瞥してから、
「こんな光景を見れるなら、頑張ってよかったなあって思うわね」
鼻で笑いました。
さて、冒険者行方不明事件の首謀者たちを街に連れて帰り、己が働いてきた悪行を全て吐かせるまでが仕事。
連れ帰る途中に目を覚まして暴れられても困るので、荷物からロープを取り出し男たちを次々と縛っていきます。
「まるでお肉屋さんで売られているハムのようですわね。奴らはハム以下以下以下以下以下以下の価値もありませんけど」
「はいはい」
軽く聞き流し適当に相手をしつつも、コキは手早く束縛作業を続けます。
「手際がいいですわねぇ、それも地元の技術ですの?」
「そんな感じ……ちなみにここを引っ張ると股間が圧迫されて開放されるまで痛く苦しい思いをすることになるわ。主に拷問に使われた技術」
「そんなことしなくてもさっさと斬り落とした方が早くありません?」
「速度の問題じゃないの」
物騒な話が飛び交う中、びくりと震え上がったのはクレナイに鞘を投げつけられた男。
倒れてから気絶したフリを続けており、不意をついて襲い掛かろうと隙を窺っていましたが、
「ひとりぐらい手が滑って殺しちゃったとしても、お咎めはないでしょうね」
という独り言で震え上がってしまい何もできなくなってしまいました。
その男もしっかり縛り上げて一仕事終えたコキは、クレナイに尋ねます。
「ところで、さっき少しずつ斬り落とすとか言ってたけど……どうするつもりだったの?」
「マグロの解体ショーのようにひとりずつ丁寧に削いで最終的には肉片に」
「却下」
意識が残っている男がまた震えました。悲鳴を上げたら殺されるとでも思っているのでしょう。
「ちゃんと動体と頭は残しますわ! この前みたいなヘマはしないと約束します!」
「また失敗するとかそういうのを言ってるんじゃないの! 生死の境の痛みを与え続けていたら心を病んでノイローゼになるに決まってるでしょうが! メンタルを殺したら情報を吐かせるどころじゃなくなっちゃうの! 精神攻撃も禁止!」
「そんなっ! 魚の解体ショーをしている新人職人女の子を見て覚えたから試したかったというのに!」
「は?」
呆れた目で見ますがクレナイはお構いなしに語り始めます。
「たまに行く居酒屋ではその日に水揚げされた魚の解体ショーを行っていますの。最近解体ショーに参加し始めた職人の女の子は経験が浅い故か細かいミスが多かったり動きがぎこちなかったりと危なっかしいところもありますが、それがこの先の成長に繋がっていくと思うだけで我が子のような愛おしさが芽生え、私はもうすっかりあの子のファンになってしまいましたわ〜」
「うんうんそれで?」
「それからは定期的に店に通うようになり、ヤジを飛ばす男どもをちぎっては投げちぎっては投げ時々刺し……」
「あんのクレームはアンタの仕業かあああああああああ!!」
コキ絶叫。女の子の話を始めた時から嫌な予感はしていましたが見事的中するとは。
「とばっちりでワカバが店を出禁になったって落ち込んでたんだけど!」
「そんなっ! それでは後で出禁命令を出したあの居酒屋の店長を始末してワカバちゃんに謝罪しなければ!」
「動くな猛獣!!」
声を殺して話を聞いていた男はずっと震え上がっていたそうな。
悪事を働いていた男たちはマギニアの衛兵たちに引き渡されました。
何人かは全治数週間の怪我を負い、他数名は心に傷を負っていましたが、キャンバスにお咎めがなかったのは不幸中の幸いでしょう。敵と認識している相手を睨む犬のように犬歯剥き出しにして威嚇するクレナイが怖かったというのもあるのでしょうが。
心と体の治療をしつつ取り調べを進め、組織の全容を調べるだけでなく拉致された女性冒険者たちの捜索にも本格的に取り掛かることになり、事件解決に向かって大きく前進できることでしょう。
キャンバスは酒場からの報酬だけでなく幾ばくかの謝礼金も受け取ることができ、しばらく食費に悩まずに済むと大喜びしました、コキが。
多額の報酬を受け取った際にやることは決まっています。そう、ワカバが各地で食べまくったお陰でできてしまったツケの支払いです。
ワカバを連れてマギニア各地に奔走してしまったコキを見送り、カヤとスオウは酒場から宿までの帰路に付くことに。
「無事に解決できてよかったじゃない。これでしばらく金がないってコキの愚痴を聞かずに済むわね」
やれやれと息を吐くスオウですが、あまり何もしてないような……とカヤは思っても言いません。発言した後が怖いので。
「はあ……というか、スオウさんだったらこういった罠が貼られていることぐらい占いで見ることができたんじゃないですか?」
「私の占いが世界で一番万能で完璧でも、自分の未来だけは見ることができないの。だから今回の罠についても予知することはできなかったわ、覚えておきなさい」
「は、はい……」
「ところでそこで落ち込んでいるアレは何」
スオウが言う「アレ」とは、帰路についてからずっとカヤの背中にしがみついて俯くクレナイです。
「引っ付かれたら邪魔じゃない? 捨てていきなさいよ、ソレ」
「もう慣れたので大丈夫です」
即答したカヤですがその目は遠くを見ていました。
「殺せなかった……ひとりぐらいなら良いって思ってたのに……男を殺せなかった……」
落ち込んでいる理由はお察しの通り。慣れたというよりも呆れ果ててしまっているのでカヤだけでなくスオウも言及しません。
「スオウさん、クレナイさんが男性を殺す未来って見たことありますか?」
「犯罪に直接繋がりそうな未来を見ても見なくても、全てノーコメントにするって決めてるのよ」
淡々と返されてしまいクレナイがますます落ち込んでしまいます。重いため息まで吐いちゃいます。
「でも、アンタとクレナイのことを占った時にとっても面白い未来を見たことがあったわ。かなり先のことだから本当に“そう”なるのかは分からないけど」
「面白い……? なんですか? それって」
「はぁ? 面白い未来を当事者たちにわざわざ喋るワケないでしょ? 馬鹿じゃないの? 勝手に聞こうとしないでくれる?」
「自分のことだから普通に気になっちゃうんですけど!? なんですか!? 何を見たんですか!?」
「教えなーい」
軽くはぐらかし、スオウは早足で逃げるように先に行ってしまいました。
「この世の全ての男を滅ぼして私とカヤちゃんと世の女性だけの夢の王国を作って私が唯一無二の……」
「そういった冗談みたいな話は、クレナイさんだと本当にできそうな気がするから怖いんですけど……」
ギルドメンバーが犯罪者になるのは嫌だな……なんて思いつつ、カヤはため息を吐くのでした。
「お願いですから殺人事件沙汰は起こさないでくださいね、クレナイさんがどれほど男の人を憎んでいるのかは分かっていますけど……」
「大丈夫ですわよカヤちゃん、バレないようになりますから」
「バレてもバレなくても問題ですから!」
2022.1.10
集まっているのはメンバーが全員女性という一風変わった冒険者、名前はキャンバス。
彼女たちはレムリアの秘宝の捜索にはあまり興味がなく、樹海で冒険がしたいから冒険者をしているという目的で集まっています。一部を除きますが。
マギニアに冒険者として認められた以上は秘宝探しに貢献すべきではありますが、このギルドには燃費が恐ろしく悪い女がひとりいるため、悠長にお宝探しをしている余裕がない現状。しっかりお金を稼がなければ明日から路頭に迷ってもおかしくないぐらいギリギリの生活を強いられているのです。
苦行を重ねているのはギルドマスターのコキだけですがさておき、
「迷宮で行方不明者?」
当たり前のことを当たり前のように疑問にしてぼやいたスオウの前には、神妙な面持ちで立つコキがいます。
「ただの行方不明じゃないわ。ここのところ毎日、同じ迷宮の同じ場所を通った冒険者がこぞって姿を消している。それも女性ばかり」
「何ですって!?」
たまらず声を荒げたクレナイをカヤが無言で制止し、
「もぐもぐ」
ソファーに座りおにぎりを頬張っているワカバは何ひとつ聞いちゃいませんでした。
「手かがりも少なくて魔物の犯行なのか人間の手による悪事かの判断もできないし、司令部もちょっとゴタゴタしてて動き辛いみたいで、こうしてクエストにして協力してくれる冒険者を募っているとのことよ」
コキがひらひらと動かしているのはクエスト用紙。酒場の掲示板に貼られている紙のことで、仕事の内容と報酬と依頼者の詳細が記載されています。右下には「受領」と書かれたハンコが。
「魔物のせいにしろ人のせいにしろ、原因になっているヤツを殺すか捕まえるかして街に持って帰ればいいってことでしょ? そこまで難しくもないと思うけど」
「油断は禁物ですよスオウさん。相手の正体が分からない以上、慎重に行動しないとこちらの身が危なくなるかもしれません」
と、スオウとカヤは彼女なりに真面目に問題に向き合ってくれていますが、
「つまりこの世に蔓延る汚らわしい男共をひとり残らず血祭りに上げて数を減らし、少しずつ世界を女性しかいない正常な状態に戻していけば良い……ということですわね。わかりましたわ」
「おなかがすいたら、いくさはできない」
クレナイとワカバのなんとマイペースなことか、呆れてしまったコキは深くため息をつきました。
「喋る度に少しずつ話が脱線していく現象の名称を知りたいわね非常に。てか、まだ事の首謀者が男だと決まったワケじゃないんだから殺意は抑えておきなさい」
「そんなっ! 私……実は一日に男を一匹仕留めないと死んでしまう不治の病にかかっている身で! 誰でもいいから殺しておかないと明日の朝日が拝めず……」
「今までなかったでしょうがそんな設定! 思い出したように付け足すな!」
ぴしゃりと叱れれてしまったことで、クレナイは不貞腐れて黙ってしまいました。
「コキ、おなかすいた」
「さっき朝ごはん食べたでしょ。それでおしまい」
「ごはん」
つい一分前までおにぎりを頬張っていたというのにお腹を空かせた子供のようにすがり寄ってくるワカバ、コキはここで下手に甘やかしたりしません。
「魔物を一匹倒したら一匹につき携帯食料一個食べて良し」
「まものたいじ、がんばる」
途端に目を爛々と輝かせ期待と希望とやる気に満ち溢れる戦士に早変わり。早速コキの服を引っ張って「はやくはやく」とせがむ始末。
「はいはい慌てないの。魔物もご飯も逃げたりしないんだから、急かしてもいい事なんてないのよ」
「ねえコキ、深夜の路地でひとりで彷徨いている住所不定無職の男ならひとりぐらい始末しても罪にはならないと以前から考えているので試しに殺ってみても……」
「だから殺るなって言ってるでしょうが! これ以上厄介ごとを増やさない! 増やそうとしない!」
「かい、おいしい」
「今は貝の話してないの!」
「厄介ごと!? もしやそれは酒場でよく見かけて調子の良い上に笑い声が非常に苛つくからそろそろ喉仏を抉り出そうと計画している例の男……」
「目の前で酒場の店主の抹殺法を世間話みたいに言ってる女のことよ!!」
「まっちゃ、おいしい」
「抹茶じゃなくて抹殺!」
物騒な会話と食べ物の会話を交互にしつつ、ワカバとクレナイに引っ張られながら出ていくコキの姿は傍目から見てもシュールでした。
喧騒が過ぎ去った後のロビーは異常なほど静かです。カウンターにいる宿の店主がホッとしたように息を吐く音すらハッキリ聞こえるほど。
取り残されたままのスオウとワカバは遠くを眺めながら、
「なんかアイツ、幼児二人を抱えてる肝っ玉母ちゃんみたいになってきたわね」
「……故郷の母が懐かしくなったので今日の探索が終わったら手紙を書こうと思います」
「そうしなさい。生きてるって報告するだけでも大事よ、ええ」
レムリアに点在する遺跡のひとつ。またの名を第十二迷宮。
魔物が跋扈する危険地帯のはずですが、今は異様なまでに魔物の気配が少なく、風は止み、鳥のさえずりも無く、虫の声も聞こえません。
とある部屋の中央で、キャンバスの冒険者たちは倒れていました。
ぴくりとも動く気配がなく屍のように見えますが、微かな呼吸の音がするため眠っているとわかります。
現状は魔物一匹もいませんがここは樹海のど真ん中「何が起こってもおかしくない」と称されている場に見張りも立てず無防備に寝るなどあってはならないこと。
なのに彼女たちは眠っています。襲われても仕方ないほどに。
不気味なほど静寂な樹海に彼女たちが倒れている理由が現れました。
「……うまくいったな」
木の陰に隠れ、息を潜めていたのは軽鎧を来て腰に短い剣を下げた冒険者風の男。
彼が現れると同時に、木の上から降りて綺麗に着地した男がひとり、部屋の扉を開けて堂々と入ってきた男がひとり、カモフラージュのために被っていた迷彩柄の布を取って姿を現した男ひとりと出てきて、部屋の広い場所にぞろぞろと集まっていきます。
最後に、茂みの裏で頭部や顔に赤い液体をベッタリと付けて倒れていた屍がむくりと起き上がりました。
「よーし今回もバレなかった。やったぜ」
「あのさー絵の具を使って死体のフリするのって、どう見ても潜伏には不向きだと思うけどー?」
「意外とカモフラできてるぞ? 樹海で死体を埋葬する冒険者なんてほとんどいないから無視されるし、見つかったら見つかったで死体のフリして樹海で倒れることに性的興奮を覚えるって言ったらみんな引き気味に逃げていくし」
「うっわ…………帰ったらお前だけギルドから除外するわ……」
「いや嘘だから! カモフラを誤魔化すためのジョークだから本気にしないでくんない?!」
悲痛な叫びは無視されました。
「冒険者っていうのも馬鹿だよなあ〜睡眠ガスが充満したこんな部屋を調べるなんて」
「何もないが無駄に広い部屋を調べるのは冒険者の習性だからな。部屋に入ったタイミングでガスを流し“何もない部屋だが調べたら何かがあるかもしれない”というありもしない根拠を並べて無駄行動をしている内にガスが体に浸透して、気が付いた時には夢の中って寸法よ」
「冒険者の悲しい習性を逆手にとった罠だよねーお陰で商品が楽に手に入って大助かりだよー」
「女冒険者の相場は結構するからなあ」
「今月の売り上げも先月を大きく上回りそうだ」
「いや〜笑いが止まらないっすね!」
ゲラゲラと下品な笑いを上げる男たち。それぞれの腰のベルトには獣避けの鈴を付けており、万が一の急襲も避けれるように徹底してあります。
「眠らせて〜女は拉致って男は身包み剥がして放置! 装備がひとつもない男は魔物に殺されて死ぬ! 持ち帰った女共はアジトで仕込んで出荷する! 難しいこと考えないで済むから楽だよな〜この仕事〜」
むくり、起き上がりました。
「しかしそろそろ潮時だな。司令部が重い腰を上げつつあるらしい」
ぱたぱた、服についた土埃を払います。
「うげっ。じゃあ別の樹海に行って土壌作っとく?」
きょろきょろ、周囲を見て状況を確認して、
「いや、一度身を隠してほとぼりが冷めてから……」
ぐさ。
軽鎧を着た男の左肩を刀が貫通しました。すぐに引き抜かれて血が飛び散りました。
「―――――――――――!!」
声にならない悲鳴をあげて倒れる男。
「うおおぉっ!?」
「えっ、な、なんだ!?」
「どうしたどうしたどうした!?」
「さ、刺さってた! 刀が刺さって……えっ?」
「まずは一匹」
他の四人は信じられないといった様子で、一斉に顔を上げました。
男の肩を台無しにした直後とは思えない冷酷かつ冷静にぼやいたのは、赤い髪に桃色の花飾りを着けた女。名前はクレナイです。
「はっ!? お、お前っ?! な、な、なんでぇ!? 眠ってたんじゃなかったのか!?」
「何故、私が男が作った下劣な罠にかからないといけないのかしら?」
「質問を質問で返すなあ!? あれは耐性がなければ半日以上はぐっすり……」
刹那、刀の鞘が弾丸のような速度で飛び、叫んでいた男の右目にヒット。反射的に目を閉じていなければ失明していたことでしょう。
「イぎャあ!?」
悲鳴を上げてひっくり返ってしまった姿のなんと情けないことか。
「女の子が用意した罠なら誠心誠意でこの身を委ねていたというのに……蓋を開ければただの下劣でゴミで糞で呼吸するだけで罪でもはや存在が罪を重ね続けるだけの男だったなんて……」
「なーにワケのわからんこと言ってんだクソアマ!」
ひとりの男が殴りかかろうと拳を振り上げて迫っていきます。ちなみに部屋の扉を開けて入ってきた男です。
クレナイは避ける素振りすら見せず、男の拳が届く直前に刀の背で横顔をぶん殴りました。
「ごへ」
間抜けな悲鳴と頭蓋骨が砕ける気味の悪い音が同時に生まれてから、男は左に吹っ飛び、倒れて動かなくなりました。
「ひぇ……」
あっという間に三人もやられてしまい、残ってしまった二人は身震いするしかできません。
逃げなければ殺られる、でも逃げたら仲間が捕まるか殺される。
絶体絶命の窮地に追いやられた際に人間は保身を守るために行動するものですが、彼らは結束力があるのか怯えて動けないだけか、足がぴくりとも動きません。
「本当は三枚に下ろしても良い……というかそうしたいところですけど、樹海で遭遇した悪人は殺さず生かして連れて帰らないと報酬が減るから絶対に殺すなとコキに釘を刺されていますの……」
非常に残念そうに、今日は良いことが何も無かった時のような暗い表情で語るクレナイ。
死なずに済むと確信した男二人はホッと安堵の息を吐き、
「殺さないで生かすのは仲間の情報を吐かせたり犯罪の裏を取るためらしいので、最悪喋る口と考える脳とそれを動かす心臓が無事であれば、他は何をしても問題ありませんわよね?」
ものの十秒も経たずに再び地獄、一直線に突き落とされました。
「い、いやだ……いやだやめて……せめて五体満足で帰して……」
「は? 男の命令を聞く理由が私にあると思っていますの? どれだけ蛆が湧いた頭してますの」
「せめてそこはお花畑の頭と表現してほしいです!」
「馬鹿野郎! 今は表現の話をしてる場合じゃねえんだよ死体ごっこフェチ野郎!」
「フェチじゃないもんただのカモフラだもん!」
口論している最中、クレナイはもう一本の刀を鞘からゆっくり引き抜いて一刀流から二刀流に切り替えます。防御を完全に捨て、攻撃に特化したショーグンの基本スタイルです。
「くそっ……!」
死体ごっこフェチ野郎じゃない方の男が舌打ち混じりにズボンのポケットに手を入れると、素早く何かを取り出しクレナイに向けて投げました。
「っ!?」
不意の投擲に少しだけ驚いたものの、寸前で刀を振るい飛んできたモノを横に真っ二つ。
飛んできたのは小さな袋で、空中で二つに炸裂したそれは桃色の粉を散らし、クレナイの顔や上半身にかかりました。
「わぷっ!? な、なんですのこれは……」
「かかったなあ女ぁ! この粉は一度嗅いだら最後、肉欲に溺れ快楽にしか興味関心を抱かなくなって死ぬまで男を求めてしまう、すごーく簡単に言うと非合法のヤベェ薬だ!」
下品に笑いつつも丁寧に説明してくれました。優しいところもあるようですね。
すると、死体ごっこフェチの男が彼の服の裾を引っ張り、
「いいの? いつも拉致った後にすぐ使って逃走意欲を無くす手筈だったのに」
「緊急事態だ。多少のイレギュラーな対応は仕方ないだろう。不測の事態が起こってもマニュアル通りを貫いているようじゃあ社会人やっていけなくなるぞ。アドリブが大事なんだよアドリブが」
「はあ……?」
あまり納得がいかないのかため息ににた声を吐き出した後、クレナイの方へ目を向けると、
「……」
黙ったまま服や顔ついた粉を払っていました。
「……あ、あれ? どうして即効性のある薬を嗅いだのに平然としているの……?」
「私がこんな幼稚な策にかかると思いまして? 一度死んでイカダモに生まれ変わってすぐ死んでまた死になさい」
「微生物への転生を勧められたの生まれて始めてなんですけど!?」
「ヤダー! もうダメだー!! 殺されるぅ!! いやだー!!」
真っ青になる男たち。様子からしてあの粉が最後の切り札だったのでしょう、互いに抱き合って震えは更に加速、揺れすぎて残像が見えるレベル。
「さて……これからどうするかは少しずつ斬り落としながら考えますわ。私はできるショーグンなので作業しつつ最適な過程を導き出すことができますから」
「斬り落とすって何を!?」
「指詰めるのだけはやめて!」
「知らん」
クレナイが二本の刀を構えます。その刃が届いた時が、自分たちの命が終わる時。
いえ、殺すなと釘を刺されているようなので死ぬことはないでしょう。しかし、この女は人間を楽に殺す方法も苦しめて殺す方法も、苦しめて生かす方法も熟知していると、今までの言動でわかってしまいました。
「「ヒッ――――――」」
男の恐怖が頂点に達し甲高い悲鳴が溢れる寸前。
ぷすり、ぷすり。
二人のうなじに細い針のようなモノが刺さった途端、一秒と待たずにそれぞれ左右に離れて倒れてしまいました。
「あっ……」
「ショック受けた顔しないの」
ぴしゃりと叱る低めの声は木の上から発せられ、その主は音もなく降りてきました。
「あらコキご機嫌よう。いつからそこにいましたの?」
「アンタたちが次々と倒れてすぐよ。糸を使って脱出する時間もなかったし、事件解決の手がかりが掴めるかもってとっさに隠れて正解だったわ」
囮みたいに扱ったのは申し訳なく思っているけど……と付け足しましたが、クレナイは小さく首を振り、
「それぐらい気にしなくても良いですわ。男どもの攻撃は一切効かない私には何の問題も発生しない話ですもの」
「木の上から見てて思ったけど、どういう体質してるのよアナタ」
「男を殺すことに特化した体質ですわ!」
堂々と、まるでテストで高得点を取ったから褒めて欲しくて親に見せる子供のように答えました。コキは無言でした。
「それはそれとして、コキはどうして睡眠ガスを吸って無事でしたの?」
「地元にいた頃にそういう鍛錬をしていたってだけよ。分身は得意だったけど毒に耐える鍛錬は苦手だったからかなり苦労したけど……」
言葉を止め、周囲で呻き声を上げつつ倒れる男たちを一瞥してから、
「こんな光景を見れるなら、頑張ってよかったなあって思うわね」
鼻で笑いました。
さて、冒険者行方不明事件の首謀者たちを街に連れて帰り、己が働いてきた悪行を全て吐かせるまでが仕事。
連れ帰る途中に目を覚まして暴れられても困るので、荷物からロープを取り出し男たちを次々と縛っていきます。
「まるでお肉屋さんで売られているハムのようですわね。奴らはハム以下以下以下以下以下以下の価値もありませんけど」
「はいはい」
軽く聞き流し適当に相手をしつつも、コキは手早く束縛作業を続けます。
「手際がいいですわねぇ、それも地元の技術ですの?」
「そんな感じ……ちなみにここを引っ張ると股間が圧迫されて開放されるまで痛く苦しい思いをすることになるわ。主に拷問に使われた技術」
「そんなことしなくてもさっさと斬り落とした方が早くありません?」
「速度の問題じゃないの」
物騒な話が飛び交う中、びくりと震え上がったのはクレナイに鞘を投げつけられた男。
倒れてから気絶したフリを続けており、不意をついて襲い掛かろうと隙を窺っていましたが、
「ひとりぐらい手が滑って殺しちゃったとしても、お咎めはないでしょうね」
という独り言で震え上がってしまい何もできなくなってしまいました。
その男もしっかり縛り上げて一仕事終えたコキは、クレナイに尋ねます。
「ところで、さっき少しずつ斬り落とすとか言ってたけど……どうするつもりだったの?」
「マグロの解体ショーのようにひとりずつ丁寧に削いで最終的には肉片に」
「却下」
意識が残っている男がまた震えました。悲鳴を上げたら殺されるとでも思っているのでしょう。
「ちゃんと動体と頭は残しますわ! この前みたいなヘマはしないと約束します!」
「また失敗するとかそういうのを言ってるんじゃないの! 生死の境の痛みを与え続けていたら心を病んでノイローゼになるに決まってるでしょうが! メンタルを殺したら情報を吐かせるどころじゃなくなっちゃうの! 精神攻撃も禁止!」
「そんなっ! 魚の解体ショーをしている新人職人女の子を見て覚えたから試したかったというのに!」
「は?」
呆れた目で見ますがクレナイはお構いなしに語り始めます。
「たまに行く居酒屋ではその日に水揚げされた魚の解体ショーを行っていますの。最近解体ショーに参加し始めた職人の女の子は経験が浅い故か細かいミスが多かったり動きがぎこちなかったりと危なっかしいところもありますが、それがこの先の成長に繋がっていくと思うだけで我が子のような愛おしさが芽生え、私はもうすっかりあの子のファンになってしまいましたわ〜」
「うんうんそれで?」
「それからは定期的に店に通うようになり、ヤジを飛ばす男どもをちぎっては投げちぎっては投げ時々刺し……」
「あんのクレームはアンタの仕業かあああああああああ!!」
コキ絶叫。女の子の話を始めた時から嫌な予感はしていましたが見事的中するとは。
「とばっちりでワカバが店を出禁になったって落ち込んでたんだけど!」
「そんなっ! それでは後で出禁命令を出したあの居酒屋の店長を始末してワカバちゃんに謝罪しなければ!」
「動くな猛獣!!」
声を殺して話を聞いていた男はずっと震え上がっていたそうな。
悪事を働いていた男たちはマギニアの衛兵たちに引き渡されました。
何人かは全治数週間の怪我を負い、他数名は心に傷を負っていましたが、キャンバスにお咎めがなかったのは不幸中の幸いでしょう。敵と認識している相手を睨む犬のように犬歯剥き出しにして威嚇するクレナイが怖かったというのもあるのでしょうが。
心と体の治療をしつつ取り調べを進め、組織の全容を調べるだけでなく拉致された女性冒険者たちの捜索にも本格的に取り掛かることになり、事件解決に向かって大きく前進できることでしょう。
キャンバスは酒場からの報酬だけでなく幾ばくかの謝礼金も受け取ることができ、しばらく食費に悩まずに済むと大喜びしました、コキが。
多額の報酬を受け取った際にやることは決まっています。そう、ワカバが各地で食べまくったお陰でできてしまったツケの支払いです。
ワカバを連れてマギニア各地に奔走してしまったコキを見送り、カヤとスオウは酒場から宿までの帰路に付くことに。
「無事に解決できてよかったじゃない。これでしばらく金がないってコキの愚痴を聞かずに済むわね」
やれやれと息を吐くスオウですが、あまり何もしてないような……とカヤは思っても言いません。発言した後が怖いので。
「はあ……というか、スオウさんだったらこういった罠が貼られていることぐらい占いで見ることができたんじゃないですか?」
「私の占いが世界で一番万能で完璧でも、自分の未来だけは見ることができないの。だから今回の罠についても予知することはできなかったわ、覚えておきなさい」
「は、はい……」
「ところでそこで落ち込んでいるアレは何」
スオウが言う「アレ」とは、帰路についてからずっとカヤの背中にしがみついて俯くクレナイです。
「引っ付かれたら邪魔じゃない? 捨てていきなさいよ、ソレ」
「もう慣れたので大丈夫です」
即答したカヤですがその目は遠くを見ていました。
「殺せなかった……ひとりぐらいなら良いって思ってたのに……男を殺せなかった……」
落ち込んでいる理由はお察しの通り。慣れたというよりも呆れ果ててしまっているのでカヤだけでなくスオウも言及しません。
「スオウさん、クレナイさんが男性を殺す未来って見たことありますか?」
「犯罪に直接繋がりそうな未来を見ても見なくても、全てノーコメントにするって決めてるのよ」
淡々と返されてしまいクレナイがますます落ち込んでしまいます。重いため息まで吐いちゃいます。
「でも、アンタとクレナイのことを占った時にとっても面白い未来を見たことがあったわ。かなり先のことだから本当に“そう”なるのかは分からないけど」
「面白い……? なんですか? それって」
「はぁ? 面白い未来を当事者たちにわざわざ喋るワケないでしょ? 馬鹿じゃないの? 勝手に聞こうとしないでくれる?」
「自分のことだから普通に気になっちゃうんですけど!? なんですか!? 何を見たんですか!?」
「教えなーい」
軽くはぐらかし、スオウは早足で逃げるように先に行ってしまいました。
「この世の全ての男を滅ぼして私とカヤちゃんと世の女性だけの夢の王国を作って私が唯一無二の……」
「そういった冗談みたいな話は、クレナイさんだと本当にできそうな気がするから怖いんですけど……」
ギルドメンバーが犯罪者になるのは嫌だな……なんて思いつつ、カヤはため息を吐くのでした。
「お願いですから殺人事件沙汰は起こさないでくださいね、クレナイさんがどれほど男の人を憎んでいるのかは分かっていますけど……」
「大丈夫ですわよカヤちゃん、バレないようになりますから」
「バレてもバレなくても問題ですから!」
2022.1.10
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