ギルド小話まとめ

「ケセランパサラン?」
 青々とした草木が多い茂った第四迷宮。太陽の光が眩しい昼間のこと。
 各所を流れる川のほとりに腰掛け、クアドラ第二パーティの一行は休憩をとっていました。
 魔物の気配がないこともあってせせらぎの小さな音に耳を傾ける余裕もあり、彼らはの間には大変穏やかな時間が流れていました。小鳥のハミングまで聞こえてきて、気分は完全にピクニック。
 そんな中、お弁当のサンドイッチを咀嚼するブシドーの女……ではなく青年のキキョウは、同じギルドの仲間で元ルーンマスター現ゾディアックの青年クロがぽつりと溢した、未知の魔物の名に首を傾げていました。
「アーモロードに生息する希少な魔物だそうです。と言っても私も知人に教わった程度の情報しかありませんが」
「ほーん……」
 適当な返事をして、キキョウは空を見上げます。
 今日の天気は良く、雲も青空に点在する程度でそこまで目立っていません。洗濯物を干したらきっと気持ちよく乾いてくれることでしょう。
 ここが人が死ぬ場所とはとても思えない、清々しいほど綺麗な青から目を逸らした彼は、
「…………それって食えるのか?」
「真っ先に尋ねることがそれですか」
「だって気になるじゃん」
 何を隠そうこのキキョウという女装ブシドー。レンジャーの親友の影響を受けて魔物を美味しく調理し食べる行為にすっかり夢中。同パーティメンバー、プリンスのカリブには理解し難い不審な目で見られますがいちいち構ったりしません。やりたいことを全力でやることが彼のモットー。
 オーベルフェの世界樹のダンジョン攻略から、レムリアの迷宮探索を共に経験した長い付き合いを得て、本能的に生きる彼の行動原理を理解するクロも口を挟んだりしません。男だからそこそこどうでもいいですし。
「食べられるかどうかは魔物の姿を見て判断した方が早いかと」
 傍にあった木の枝を拾うと、自分とキキョウの間の乾いた土を枝で引きずり、絵を描きます。
 あっという間に出来上がったのは……わたあめに丸くて小さい手足が生え、中央に棒線を引いた簡易的な顔が付いている、落書きのような絵でした。
 クロが枝を置き、絵が完成したことを悟ったキキョウはそれを指し、
「…………お前、絵画センスお察しじゃなかったっけ」
「私の画力の問題ではありません。それが全てです」
「えっ!? だってこれ……ええっ!? わたあめのマスコットキャラクターじゃん! 屋台の横で客引きしてそうなやつだって!“あまくてふわふわのわたあめをたべてほしいパサ〜☆”って言っちゃう系の!」
「具体的なキャラ付けですね」
 とっさに出したであろう汚い裏声も気にせず思うのは、あの外見なら面白おかしく喋っても不思議じゃないということ。
 そもそも世界樹は不思議の三文字で溢れ返るような場所だからあり得ないことを有り得ないと否定すること事態が馬鹿馬鹿しいとも、ひっそり考えるのでした。
「こんなファンシーな魔物が本当に樹海にいるのか……?」
「いるらしいですよ。希少価値が高いが故に、倒すと幸運に恵まれるという逸話もあるとか」
「どんな願掛けだよそれ……幸運欲しさにレアな魔物を探しに行って二度と戻ってこなくなるっつーオチしか見えてこねーわ」
「全くもって同感です」
 深く納得したところでキキョウは持っていたサンドイッチを平らげました。
 手を合わせ「ご馳走さま」と食物に感謝をしてから、改めてクロに尋ねます。
「そういやクロさあ、昨日の夜にナギットさんとどんな話をしてたんだ?」
「おや? 気になります?」
「うん」
 短く肯定し、後ろに置いてあった水筒を持って蓋を開け、
「俺のこととか言ってた? ご飯の味付けとか気にしてた? ルノワールとの進展ダメそう?」
「ダメそうですね」
「やっぱり」
 未来の主人の恋路が叶うのはまだ遠い未来とため息を吐き、水筒に口をつけて中の水を飲み始めます。
「しかし、わざわざ私に聞かなくてもキキョウが直接ナギットに尋ねれば良いのでは?」
 言い終わると同時にキキョウは水筒から口を離し、
「まあそうなんだけどさあ、クロから見てあの人がどんな風に写っているのか知っておきたいんだよ。なんたって、クロはナギットさんの貴重な友達だし」
「ほう」
「ほら。ナギットさんって人見知りだし家庭環境も普通の貴族よりもちょっと特殊だったから友達とかいなかったんだよ。ずっと孤独ってわけでもなかったけど、あの人にとって友達ってレアな存在だしさ?」
「キキョウこそナギットと友人では?」
「んー? いや、俺は違うよ」
 とてもあっさり。まるで当たり前のことのように簡単に否定しました。
「俺はナギットさんの従者……みたいなものだから、友達にはなれない。あの人と対等な立場にいるように見えるかもしれないけど、全然そんなことないからさ」
 へらへらと語るキキョウの顔に寂しさの類はありません。ただ、彼にとって当たり前のことを語っているだけのこと。ごく普通の会話に取れました。
「……今までの馴れ馴れしさと距離の無さ等々を踏まえても、お二人が友人のような関係であるようにしか見えなかったのですが」
「考えてみ? ただの友達は相手が死んだり、嫌われたりしたら自分の命を捨てるってフツーは言わないし実行しようとしないぞ?」
「……」
 以前、ナギットがサンダードレイクの雷に打たれて仮死状態になった際、躊躇なく切腹しようとしていた彼を見ていたので、確かな説得力がありました。
 相手のことを想い、命を落とすことを躊躇しない彼の姿勢は「友人」という関係性に収まりません。
 考えなくてもすぐにわかる、当たり前のことです。
「そうですね。確かにそれは友人という信頼関係を超越したもの……でしょう。従者というか家族というか」
「家族ねえ……昔はナギットさんのことを弟みたいに可愛がってたけど、今は……」
「今のキキョウには血の繋がった本当のお兄さんがいますからね」
「誰がだ」
 樹海の中だからいつものような大声は出さなかったものの、その手は確かに刀の鞘に触れていました。あとは抜刀するだけでクロの細い首はあっという間に胴体と切り離され、二十九年間という長い付き合いに終止符が打たれることでしょう。
「いいえなんでもありません」
 冷静に、取り乱すことなく否定すれば舌打ちと共に鞘から手が離れ、一命を取り留めることができました。
 事実とはいえ失言のせいで楽しく会話していた空気が台無しです。深いため息をつくキキョウに、クロは別の話題を切り出します。
「……そうそう、私、実はわたあめを食べたことがないのですよ」
「えっマジ?」
「マジです。縁日とは無縁の家庭で育ったもので」
「あー…………んじゃ、街に帰ったらいい感じのわたあめ奢ってやるよ。最近はカラフルなやつもいっぱい出てて、見た目が可愛いから女子にも人気なんだぞ?」
「是非ともご教授頂きたい!!」
 今日で一番ハキハキとした大きなお返事。
 刹那、キキョウは嫉妬で怒ったアオニが飛び蹴りして突っ込んでくると警戒して後方を見ましたが、彼女はナギットとカリブの喧嘩の仲裁……ではなく制裁の真っ最中。二人の会話は届いてなさそうです。
「よーし一命を取り留めた」
「しかし……女装するだけでは飽き足らず、最近の女性の流行まで追いかけているとは……何を目指しているのですか?」
「いや〜俺は自分の欲に素直なだけだぞ〜? 流行りのスイーツ巡りもただの暇つぶし」
「そうですか。でも、私はやはり見た目だけでなく中身も女性の方と共に巡りたいものですね」
「お前の欲望を隠さずに突き抜けて晒していく姿勢は結構好きだぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
「男からの称賛が光栄とかミリも思ってねーだろ」
「一応ちょっとは嬉しいんですよ?」


2020.9.13
9/9ページ