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後悔と懺悔の先

「さあ! 今日も全世界の男を撲滅しに行きますわよ!」
『行かない』
 透き通るほどの青い空、少し多いように感じる白い雲、気候は穏やか本日は晴天なり。
 太陽が登って間もない朝模様の下、クレナイは花が咲いたような笑顔で物騒なことを口走り、後続するキャンバスのメンバー全員に否定されました。
「私たちがこれから行くのは小迷宮、そして倒しに行くのは魔物。男と接する機会はほぼ皆無よ」
「そうですの……じゃあ手頃な男から血祭りに上げていきましょう」
「思考を素早く切り替えることができる点は称賛に値するわ、内容を改めたらね」
 刀を抜いて人混みに向かって行こうとするので、コキはクレナイの後ろから肩を掴んで制止。ギルドを結成して数ヶ月、付き合いが長くなるにつれて暴走するクレナイを止める作業はすっかり慣れてしまったので今更驚きも躊躇いもありません、あるのは呆れのみ。
「むう……コキなら全世界の男を滅ぼす私の気持ちを理解してくれると信じてましたのに……」
 振り向くクレナイは拗ねた子供のように頬を膨らませて不満そう。自分より年下の女の子に咎められて恥ずかしくないのか……恥ずかしくないのでしょうね。
「理解はするけど同意はしない。人の道理に従ったまともな行動を心がけなさい」
「汚らわしい男を滅する行為のどこが非人道的なんですの!?」
「暴行罪殺人罪って知ってる?」
 言いつつため息を吐くコキ。クレナイとこの手の会話を続けたところで着地点不明の言い合いが続くだけ、これから樹海探索が待っているのですから余計な体力は使いたくないというのに、この女の暴走が今日も胃を痛くする。
 さっきから会話に混じってこないワカバたち他メンバーといえば、遠い場所で彼女たちのやりとりを見守っていました。関係者だと思われたくないので。
「もぐもぐ」
 ワカバは見て見ぬフリというよりも、おやつのドーナツを頬張ることに夢中になっているだけですが。
 すると、
「コキー!」
 別の方角から名前を呼ぶ声がしました。ギルドメンバー外の女性の声。
「はっ!?」
 即座に反応したのは呼ばれた本人ではなくクレナイです。だって女の子の声がすれば瞬時に耳を傾けなければいけないマイルールがあるから。
 それらの言動は無視し、コキも声の主へと振り向くと、
「久しぶり!」
 エプロン姿の若い女性が笑顔で手を振りながらこちらに向かって歩いてくる姿が見え、コキの脳にある記憶を司る部分がスパークしました。
「あっ!? リリーじゃない!?」
「どちら様ですの!?」
 すごい勢いと形相で尋ねたのはもちろんクレナイでした。新しい女の子との出会いにより鼻息も荒くなっていますね、いつも通りです。
 態度の変貌にほんの少しだけイラッとしてしまったコキですが、ここはまともなギルドマスターらしく冷静に。
「彼女はリリー、向こうのレストランで働いている子よ。そのレストランがワカバのツケ先のひとつで、色々な意味で迷惑をかけちゃったりとかしてて……」
 言葉を濁すと同時に、リリーという名前の女性はコキたちの前で足を止めました。
「久しぶりねコキ! 元気にご存命でよかった!」
「お互いにね……それで、前よりも明るくなってるってことは……」
「うんっ」
 笑顔で頷いたリリーは腕の中で大切そうに抱えているものをコキたちによく見えるように、少しだけ前に出してくれます。
 それは布を丸くしてまとめたもの……ではなく、おくるみに包まれた赤ちゃんでした。
「二週間前に生まれたの! 女の子よ!」
「えっホント!? おめ」
 祝辞を伝える前にコキとリリーに割り込んできた影が二つ。
「ヤダー! ちっちゃい可愛い! 赤ちゃんなんて久しぶりに見たー!」
「ちいさい」
 スオウとワカバでした。二人共目を輝かせ、生まれて間もない小さな命を眺めています。
「…………」
 思わぬ二人の反応に少しキョトンとするコキでしたが、すぐに小さく息を吐くと、
「……まあ、無事に生まれてよかったわ、おめでとうリリー」
「うん。すぐに報告に行けなくてごめんね」
「いいのいいの、そっちにだって都合があったんでしょ? 私たちだっていつ樹海で死ぬかわからない立場だから、そういう気遣いはしなくて大丈夫よ」
 苦笑しつつ、ちらりと赤ちゃんを見ます。初めて見る大人にも関わらず落ち着いて、じっと彼女たちを眺めていました。
 大変愛らしい様を眺めつつ、思うことはひとつ。
「……私には一生縁がないんだろうな……」
 気がついたら声に出していました。口には出しませんがスオウやワカバも同じ気持ちです。
「そんなことはないよコキ! 大丈夫! まだ二十四でしょ? ちょっと遅れたって問題ないって、気にしない人はとことん気にしないんだし、諦めるにはまだ早いよ!」
 慰めるリリーですがコキたちが諦めている理由は年齢などではありません。左手の薬指を失った苦い経験から二度と男は作らないと堅く誓っているので。
 その辺りは語ると非常にややこしい問題なので笑って誤魔化しますが。
「はは…………ん?」
 直後に気付きます。クレナイが大人しいことに。
「あっ、あっ、ああっ、あ……赤ちゃん……世の宝……世界の希望……生命のっ……神秘ぃ……!」
 鼻息荒く興奮している様子だったので無視することにしました。触れないのもまた勇気です。
 そして、
「カヤ? 遠くでどうしたの?」
 カヤだけが距離を取ったまま、まるで地面と足が強力な接着剤でくっついてしまったように動かず、遠くでコキたちのやりとりを眺めていました。
 名前を呼ばれて一瞬だけ肩を震わせて反応しましたが、
「ふぇっ……あ、いや、その、別に……なんでも……」
「なによー遠慮しちゃってさー赤子ぐらいちゃんと見ておきなさいよ、アンタには一生縁のないことなんだし」
「勝手に決めつけないでください!?」
 慌てて否定するものの一歩も踏み出そうとしません。それどころか背を向けてしまい、
「本当に大丈夫なので! 私は先にマギニアの外で待ってますから! ええ!」
 そう言い残し、そそくさと先に行ってしまいました。早歩きで、もう見えなくなってしまいました。
「カヤ?」
「あらら、どうしちゃったのかしら?」
「さあ……」
 どこか動揺したようにも見えた仲間の言動に、ワカバもスオウもコキも、理由がわからず首を傾げるばかり。リリーも不思議そうに見ていました。
 さらにその横で、
「いいこと? この辺りどころか世界に存在する男は皆全てが汚らわしい悪の権化、滅ぼすに値する無価値な人間ですから、貴女は私の意思を継いで全ての男を……」
「赤子に変なこと吹き込むな」
 コキに叱られ洗脳に近い教育は強制終了しました。










 小迷宮、埋もれた城跡。
 第七迷宮に隣接している影響か、夏のような強い日差しや青々と茂った草木、所々に散らばった瓦礫の跡と、姿形だけでなく空気までもが酷似している謎多き迷宮。
 今日の気候はマギニア同様穏やか、やや蒸し暑いですがぬるい風が気持ち良いため探索に支障が出るほどでもなく、絶好の冒険日和。
 そんな場所で、キャンバス一行はある魔物を探していました。
「いないいない、らいでんじゅーいない」
「そうね……」
 木の枝で茂みを叩くワカバは変動しない状況にいい加減飽き飽きしているのか愚痴をこぼし続け、コキはため息を吐きました。
「本当にこの辺りにFOEがいるワケ? 朝からずっと探しているのに全然見つからないじゃない」
 最後尾のスオウから愚痴ではなく明らかな文句が飛び出し、コキのため息がまた一つ増えました。
「おかしいわね……FOEの渾然たる雷電獣……情報からしてこのあたりに出現するはずなのに……」
 地図を何度も見ていますが、自分たちの現在地に間違いはありません。事前に仕入れた情報では、この迷宮に点在する広場には、その魔物が腐るほどいるとのことですが。
「またガセネタつかまされたんじゃないの?」
「そざい、たかくうれるから、とびついた」
「うまい話には毒があるとはこのことでしたわね。だから男を根絶やしにすれば良いとアレほど……」
「ええい! 口々に文句を挟まないの! ここを見てダメだったら諦めて帰るからもう少し付き合ってよね!」
 傲慢なスオウならともかく、普段は滅多に文句を言わないワカバやクレナイまでも怪訝な顔つきをしているのですから相当疲労が溜まっているのでしょう。ここに来て得したことと言えば、ウサギの魔物を大量に狩ったお陰でワカバの晩ご飯代に困らなくなったこと。
「アンタ、本当に兎の魔物を食べるの?」
「たべる」
「お腹壊したりしないの? 魔物よそれ」
「アーモロードでいっぱいたべてたから、だいじょうぶ」
「ああ……そうね、アンタは天性の野生の女だったわね」
 ワカバは一時期アーモロードの第一迷宮に住んでいた経験があるので、魔物の血肉に抵抗がないため問題なし。
 なお、他のメンバーの晩ご飯は……という指摘についてですが、膨大な食欲を誇るワカバの食費を抑えられただけでもよしとしなければならないのです、キャンバスの場合。
「このままじゃあワカバの晩ご飯を確保しただけで身入りゼロのまま終わる……それだけは阻止しないと……」
 日々の金欠に悩まされているコキは苦しい表情。そろそろ月に一度の宿泊費の支払日が近いため、お金だけでも確保しておかないといけません。あそこまで居心地の良い宿はどこを探してもないのですから、強制退室は避けたいところ。
「この辺りにも影も形もなしと……カヤ、そっちはどう?」
「…………」
「カヤ?」
 近くで警戒にあたっているハズのカヤからの返答がなく、目を丸くさせながらそちらを見ます。
 顔を上げて広場の中央に目を向けている様子ですが、魔物を探しているというよりもどこか遠くを眺めているだけのよう。コキが何度か声をかけても生返事すらありません。
「……カヤ?」
 いくら声をかけても反応はゼロ。よって、痺れを切らしたスオウが杖で腰を小突きました。
「わっ!?」
 そのままバランスを崩して前に転倒、手を前に出したお陰で倒れ込むことはありませんでしたが、
「ちょっと、パーティの盾になってるアンタが簡単に転んじゃっていいワケないでしょ」
「す、すみません……」
 目を伏せつつ謝り、転んだ拍子に落としてしまった武器と盾を拾いつつ立ち上がりました。
「カヤちゃん、どうかしましたの?」
「ぐあい、わるい?」
 他のメンバーの誰よりも樹海探索に対して真剣に取り組み、危機管理がきっちりできている彼女らしからぬ気の抜けた言動に、クレナイとワカバは心配そう。
 優しい眼差しに罪悪感を覚えつつ、カヤは苦笑い。
「大丈夫ですよ、少しだけぼんやりしてしまっただけなので……」
「体調が悪いなら言ってもいいのよ? 金欠とはいえ万全の状態じゃないメンバーを樹海に無理矢理連れて行くほど馬鹿で愚かなギルドマスターじゃないんだから」
 言葉を遮るようにコキが再確認。それでもカヤは首を横に振り、
「いえ、本当にそんなのじゃないので。もう大丈夫ですから」
 この手のタイプの人間は、周りが何度言ったところで素直に聞き入れてはくれません。
「…………ならいいけど」
 もう少しだけ探索を続け、本当にダメだったら無理矢理連れて帰ると決意し、コキは広場に目を向け、
 魔物と目が合いました。
 その魔物はまるで黄色の固形物が半分以上溶けてしまったような液状みたいな形をしていて、ツノと赤黒い目がついている、不気味な存在感を放つ魔物。
「……あっ」
 黄色くて小さくて液体みたいな魔物がFOEの渾然たる雷電獣である。
 酒場でその情報を聞き出していたコキの意識は瞬時に「敵を討伐する」に切り替わりました。
「っ!」
 クナイを投げるも慌てたせいで手元が狂い、案の定避けられました。
 そして魔物は人間たちに背を向けると、一目散に逃走を始めます。
「えっなに?」
 ギルドマスター必死の形相にスオウが若干引き気味に尋ねると、コキは少々勢いをつけて振り向きまして。
「あれよ! 探してたFOEはアイツ! 人間に敵意を持ってなくて全然攻撃してこない雑魚当然のFOE!!」
「コキ、めがすごい、こわい」
 必死のあまり目が血走っているせいか、いつもの彼女とは異なる様子にワカバが少し怯え、自分よりも小柄なスオウの後ろに隠れてしまいますが、
「頑張りなさいワカバ! あれを倒して素材を売り飛ばしたらご飯がいっぱい食べられるわよ!」
「がんばる」
 自分が頑張ればご飯が食べられる。そうと分かって手を抜くワカバではありません。
「まてまて」
 怯えた様子は一瞬で吹き飛び、武器を持って魔物の後を追いかけ茂みの中に消えました。
「絶対捕まえて倒して!!」
 ギルドマスターとその相方がさっさと行ってしまい、その様子をにこやかに眺めるクレナイが沈黙したまま後を追っていきます。
 こうして、スオウとカヤが置いてけぼりにされてしまいました。
「あーあー……頭に血を昇らせちゃって……ちゃんと考えて動きなさいよね」
「……あの」
 ため息を吐いて進み始めるスオウをカヤは静かに呼び止め、その足を止めさせます。
「何よ」
 やや不機嫌の混じった声。彼女のことを何も知らなければ圧倒されて萎縮してしまうかもしれませんが、これがいつも通りだと知っているカヤは怯まずに続けます。
「さっきのFOEってどこか変……ですよね」
「そうねー。あんなに弱そうで人を見かけるとすぐに逃げちゃう臆病な魔物なんて変よねー」
「そうじゃなくて……こんなにも臆病な魔物が、どうしてFOEに指定されているのでしょうか……?」
 FOEとは、一般的な魔物とは比べ物にならないぐらい凶悪な強さを持つ魔物を指す言葉。
 一筋縄でいかない強敵なのは言うまでもなく、一匹のFOEのせいで多くの冒険者や衛兵が命を落とすことだって珍しい話ではありません。
 一匹だけでも人類の脅威となり得る魔物、それがFOE。
 しかし、今の黄色く小さい魔物が人間を屠る脅威を持つ魔物には見えません。どこかの迷宮には冒険者から逃げるフリをしておいて油断させ、隙を見て襲いかかってくる魔物もいると聞きますが……あの魔物がそこまで知恵の回るずる賢い種類にも見えない。
 カヤの言葉でそれに気づいたスオウ、手を軽く叩いて「確かに」と納得。
「考えられる可能性としては、コキが誤情報を仕入れたか、あの魔物には見た目だけじゃ判断できない別の何かがあるか……よね?」
「……こういう場合って、後者の展開になるのがほとんどですよね……」
 二人の間に一抹の不安が過ぎった刹那、

 遠くで雷が落ちた音が響き、予感の的中を知らせました。

 これによりカヤが青冷めてしまいますが、スオウはやれやれと首を振って、
「大丈夫よ、アイツらは落雷程度で死ぬような女じゃないから」
 即座に「そんなことないでしょう!」と断言すべきでしたが、スオウの言葉を否定できない何かが自分の中にあったせいで、言葉が出ないまま終わってしまいました。
 すると、
「あれ? 戻ってきた?」
 急いで向かおうとした矢先、踵を返してきたのかコキとワカバとクレナイが草むらから飛び出し、駆け足で戻ってくるではありませんか。
 何で? と首を傾げた途端、疑問の答えは現れました。
 大急ぎで戻ってくる三人の後ろから、巨大な魔物が姿を現したからです。
『は!?』
 叫ばずにはいられません。叫ばない方が難しい。
 コキたちを追う巨大な魔物、液状のような黄色い胴体に角が生え目は赤黒く、大きく開いた口の中には白い閃光を放つ電気がバチバチと激しい音を立てながら弾けています。
 それはまるで、さっき追っていた渾然たる雷電獣が巨大化したような姿でした。
「ちょっとちょっと! どういうことよあの魔物!」
「こっちも突然のことで状況がちゃんと飲み込めてないから質問は待って!」
 怒号を飛ばした後、その場で回転することで走っていた勢いをうまく殺し、振り返ることに成功したコキはクナイを三本飛ばします。
 三本とも魔物の足元に命中。すると、急ブレーキをかけたようにピタリと止まりました。
 突如襲われた自分の体の不具合に動揺しているのか、魔物は頭部を何度も振り回して暴れ始めます。
「よっし、足封じ成功……」
「きょうはすぐせいこう」
「お黙り」
 余計な一言ばかりぼやく仲間を軽く叱咤し、ようやく合流が叶います。
「それで、あの魔物は一体……?」
「渾然たる雷電獣を追いかけていたら途中の茂みからもう一体、渾然たる雷電獣が現れましたの。その二体がぶつかったかと思うと巨大化してご覧の通り……ですわ」
「がったいした」
 それが渾然たる雷電獣がFOEに指定されている由来でしょう。一匹だけなら何ともない弱い魔物ですが、仲間と合体することにより凶悪な魔物に早変わり。
「くる」
 魔物が頭を大きく振ると同時に周囲に雷が発生、晴天の空の元に落ちた雷は草を焦がし、小さな炎を生み出しました。
 最初に察知したワカバの一声のお陰で早めの回避しギルドの損害はゼロ。自身の雷が不発に終わった魔物は不機嫌そうに口内の電気の音を一層激しく鳴らします。
「おいかり」
「散々追いかけ回したら怒りもするわよ。とりあえず頭を封じればいいわね」
 指示される前にスオウは杖を握り直し方陣を描く準備を始めます。
 彼女はミスティックの術に長けた種族であるウロビトではなく普通の人間、どうしても術の発動は遅くなってしまうため、準備が整うまでは仲間たちに守ってもらわないといけません。
 手間はかかるものの一度発動してしまえば複数の魔物の動きを止める強力な方陣が完成します。その威力たるやキャンバスの戦力の要と称しても過言ではないほど、方陣がなければ危険だった場面は何度もありました。
「雷の攻撃をするなら、私がショックガードで防ぎ続ければ……!」
「でんきびりびり、すごくしびれる、さわっちゃうの、よくない、ひだりて、うごきにくい」
 分かりやすく伝えるためか、試しにワカバは左手をカヤに見せます。痺れが取れていないのか痙攣を起こしているように震え、開閉もままなりません。
「なっ!? じゃあ早く治療しないと……!」
「がんばればなんとかなる」
「なりませんから! 根性論とか今時古いですよ!」
 真面目に怒鳴ると分かりやすく落ち込み、頭を下げてしまいました。しまったと思っても手遅れです。
「あ……」
「カヤちゃんの手を煩わせる必要はありませんわ! 足封じで動けない今に仕留めてしまえばいいですもの!」
 唖然とする横で飛び出した赤色がいました。クレナイでした。
 コキやスオウの静止する声が響きますがこの猪突猛進の獣みたいな娘は聞く耳持ちません。刀を構えて飛び出していく後ろ姿が見えます。
 接近してくる外敵に気づきFOEが周囲に雷を落としますが、クレナイは跳ねるようなステップを駆使して回避。
 このまま、やたら大きな頭部めがけてショーグンの剣技で一閃、致命傷を与えることができる……はずでした。
 魔物が巨体に似合わない素早い動きで頭部を振り回さなければ。
「がっ」
 とっさに反応できなかったクレナイ。刀で防ぐことも叶わず横っ腹のやや上あたりに喰らってしまいました。和服の下に軽鎧を着ていなければ助骨が粉々になっていたかもしれません。
 勢いのまま吹き飛ばされてしまい、突然の空中浮遊に身を任せてしまいます。
 一同の真上を通過していく彼女の落下地点は広場を超えた先にある、崖の下でした。
「いけない!」
 カヤは無我夢中で武器と盾を放り投げ、駆け出していきます。
 仲間たちの制止する声が響くも、全て頭の中を通過していくだけで聞き入れません。
 間に合えと、祈るような気持ちで崖下に落ちていきそうなクレナイに。
 手を、伸ばしました。
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