ギルド小話まとめ


 湖の貴婦人亭のキッチンにて。
 今日の探索は事情により少しだけ遅れて始めると言うことで、いつもは早朝に行っているお弁当の準備を朝食後に行っている真っ最中。お弁当と言ってもほとんどおにぎりですが。
 黙々と作業が続く中、自称宇宙一可愛いヒーロー娘、ルノワールは軽鎧を脱いだ比較的ラフな格好で現れると、せっせとおにぎりを作っている仲間に声をかけます。
「ギンってさぁ、誰かにご飯を作ってもらいたいなーって思ったことないの?」
「む?」
 純粋で単純な疑問を投げかけられたギンというレンジャー。名前の通り綺麗で長い銀髪は後頭部で結ってポニーテールにしていて。金色の瞳は鋭いですがキツイ印象はあまりなく、その横顔は誰がどう見ても美人ですが男です。声でわかります。
「誰かにご飯を?」
「うん。だって君っていつもお弁当を作ってくれるでしょ? 飽きずに毎日毎日さあ。たまには自分以外の誰かにやってほしいなーって思わないの?」
「ふむ……」
 おにぎりを作る作業の手を止めて天を仰ぎ、天板の節目をじっと眺めながら考えて、
「……あまり考えたことはないな」
「へぇ〜、やっぱり君にとって料理がライフワークみたいになってるから?」
「そうかもしれない」
「ギンは美味しいご飯を作ることが、人生において絶対に切り離せないとっても大切な一部みたいになってるってことかぁ、生粋の料理好きだねぇ」
「そうだろうか?」
「好きじゃなかったら言われてないのに毎日続けないもん」
「なるほど……そういうものか。また一つためになった」
「これも僕が宇宙一可愛いから学べたものだよ」
「さすがルノワールだな」
「……あのぉ、もし?」
 二人の会話を遮るような形で割り込む、少し気の弱そうな声。
「お喋りする前に手を動かしてほしいなー……って?」
 弱々しく注意する声の主は、ナイトシーカーの青年ヒイロ。お弁当を作ってくれるギンのお手伝いをしたいと言い出し、現在進行形でおにぎりを握っている真っ最中。
 いつも着ている赤いコートは邪魔になるので部屋に置いてきましたし、長い白髪は後頭部でまとめています。
「大丈夫大丈夫、ヒイロが全部やってくれるんでしょ?」
「全部はやらないよ!? 慣れない人間がチャチャっとこなせる作業じゃないからね!? ルノワールも手伝ってよ!?」
「無理〜だって僕、お料理苦手だもん」
 ひらひらと手を振りながら拒否しました。
「確かに、ルノワールは料理をするよりも、薪に火をつける作業が得意なイメージがあるな」
「まあねぇ。アイオリスでは僕が火起こし担当だったもん」
 鼻を鳴らして得意げな彼女、地元では貴族の地位があると言っても誰も信じてくれないでしょう。さらに、
「僕は時代を先取りする系女子だからね! 従来の女の子が得意なことをするんじゃなくてもっと別のことを伸ばしていくべきなんだよ! だから料理ができなくて当然なのさ!」
「すごい、自分が不得意なことを胸を張って堂々と、ポジティブでもっともらしい理由を付けて断言するなんて……才能がなきゃできないよ……」
 顔を引きつらせているヒイロとは違って「でしょ〜?」と上機嫌に返すルノワール。小馬鹿にされていると気付かないのも才能でしょうか。
「料理をするのは僕じゃなくて、食べ物へのこだわりが強くて料理の腕もピカイチのギンがしてくれたらいいんだよ。ねぇ?」
「ふむ……私が食べ物にこだわっているのも、子供の頃に餓死しかけた経験があるからだろうか」
「幼少期のハードな虐待の話は日常会話にすり込ませるモノじゃないからねぇ?」
「そうか」
 表情を一切変えずに淡々と返す様を見て、おそらく注意される理由までわかっていないとヒイロは思いました。その辺りの過去のことについて感じることはないのでしょう。
 常に我が道を貫くルノワールは気を遣って触れない……というよりも、
「じゃあさじゃあさ! お料理大好きなギンに僕からリクエストしていい? お弁当に入れてほしいおかずがあるんだ!」
 瞬時に思考を切り替えて別の話題を持ってきたように見えました。
「お弁当のおかずか? 構わないが」
「やった! 実はずっと前から食べたかった料理があるんだー!」
「なんだ?」
「蜘蛛の姿揚げ!」
 クモの。
 姿。
 揚げ。
「ふむ……? 確かそれは、ハイ・ラガードの樹海料理店で出されている料理だったか? 以前話してもらった」
「さすが樹海に生きる男は話が早いねぇ! 僕にとっては思い出の味でさあ、ハイラガに戻って食べるにもマギニアからだと遠いでしょ? だからギンに作ってもらったほうが早いじゃん?」
「なるほど。それでリクエストしたと」
「イエ〜ス」
 ニヤリと笑ってグーサインまでするので、ギンも真顔で同じサインを返しますが、
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
 案の定、ヒイロから制止が入りました。
「蜘蛛の姿揚げって蜘蛛の魔物から作る料理だよね!? 俺は嫌だよ!? お弁当を開けたら魔物と目があってコンニチハってしちゃうの!」
 顔を真っ青にさせて首を振り全力で拒否。虫の類が苦手なのではなく、単純に魔物が怖いのです。
 しかし、
「まあまずこっちに材料になる蜘蛛の魔物が出てこなきゃ話にならないから、出てきた時に作ってくれたらいいよ」
「任せておけ、期待以上の物を作ると約束しよう」
「やったぁ」
「聞いてよぉ!」
 今日も今日とて、年上の意見は無視されるのでした。



 後日、蜘蛛の魔物が入手できなかった代わりにと、お弁当にタガメの唐揚げを入れたところ、ヒイロの絶叫が樹海に響き渡ったそうな。


2020.5.14
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